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白の少女、黒の夢  作者: 浜能来
ファス・シンセシス
10/10

恐れ

 見た目は本物と変わらない合成タンパクのハンバーグに、酸味ばかりが強い大量生産のケチャップ。その付け合わせも形ばかりでとても上等とは言えない。冷凍状態で搬送されてきた葉物野菜はすっかりくたびれていて、カットされたニンジンなどは噛み締めるとスポンジのように水が染み出してくる。

 一応味に飽きが来ないようにと曜日ごとにメニューは変わるものの、まずいところだけは変わらない。それが宿舎の端に外付けされるように建っている食堂の常であった。

 そうであっても、昼時には訓練後の汗臭さを伴った兵士たちがひしめき合って。黒魔迎撃用の基地であり、都市部どころか農業地域からも離れているのだから、他に行く当てもないのだ。

 それは、第二〇三強化兵中隊のアリス小隊の面々にとっても同じことである。

 いくつも並べられた長机の一列、その隅っこに肩をぶつけ合いながらも並んで座る三人がいた。


「あの、何とも思わないんですか?」

「「あぁ? 何のことだよ」」


 突然の質問に、ジャックとノリスは声も動きもそろえてカルロの方を向く。食事の手を止めずに言うものだから、ジャックの口からは食べかすが飛び、綺麗な放物線を伴ってカルロの食器に入ってしまう。そのくせに食事の邪魔をするなとばかりに睨みつけてくる二人に呆れながら、カルロはフォークの先で食べかすをジャックの方へと弾いてやった。


「何って、ほら、アレですよ」

「アレでわかるかよアンポンタン。そんなんで食事の邪魔すんじゃねぇよ」

「アレで分かれよアンポンタン。あの子以外にないだろうよ」


 まるで脊髄反射の如く。空中で食べかすがスプーンに弾かれ、カルロの皿に舞い戻る。

 カルロはにやつく二人に視線で抗議を送りつつも、もう一度弾いて今度は机の下に落とす。


「へっ、俺たちに食べかすを飛ばすんじゃねぇよ」

「いや、そもそもは……」

「そうはいってもなぁ、証拠がねぇからなぁ」


 そうしてジャックとノリスは視線を見合わせて笑い出す。またいつものことかと、視線が胡乱げに向けられては戻っていく。カルロはやはりこの二人は苦手だとため息をこぼし、周囲を気にしてか声を低めて話題を戻す。


「それで、何とも思わないんですか? ジャックさんもノリスさんも、確か……」

「何とも思わないかって、そんなわけないだろ」

「あぁ、まったくだ。珍しくジャックがまともなこと言ったな」


 低く、重い。

 急な雰囲気の変化にカルロは息をのむ。彼らのえへらえへらとした顔が引き締まるのは、カルロにとって初めて見るものだった。いつの間にか、彼らの食事の手も止まっている。


「言うまでもねぇ。あの子は――」


 自然、カルロの喉が鳴る。続く言葉に身構える。

 ジャックとノリスはそんなカルロに向き合い、確かめるように目を見合わせ。


 そして、にやりと笑った。


「「めちゃくちゃかわいい」」


「……は?」


 鳩が豆鉄砲を食らう様とは、カルロの今を言うのだろう。

 時間の止まったように固まったカルロを尻目に、二人は再び口をくちゃくちゃと言わせながら語らい続けた。


「いやぁ、めったに女なんて会えないもんなぁ」

「何年ぶりだ? 五年は経ったか?」

「もっとだろ。こっちきてからずっとだからな」

「……いやいやいやいや! 何ですかそれ! そんな雰囲気じゃなかったでしょう」


 興が逸れたとばかりに振り向く二人。その反応に、カルロはそれこそ彼らの本音であると理解した。そして、呆れのあまり「えぇ……」という声だけが漏れる。


「むしろ、他に何があるんだ」

「そうだよなぁ。確かにちぃとばかしちいちゃいが、女であることに変わりねぇ」

「ていうか、カルロにはちょうどいいんじゃないか? あれくらいで」

「はぁ、そうですね。えぇそうですよ」


 なんだよ、つれねぇなぁ。それだけ言って、ジャックとノリスは、二人でファスの魅力を語りだす。髪が綺麗。顔の作りが整っている。もう少し肉がついてないと折れそうだ。とくに胸はもう少し欲しい。酒でも入っているんじゃないかというペースでまくしたてる二人を見て、カルロは無意識にフォークの先でハンバーグをいじめていた。そして拗ねたように、ぼそり呟いた。


「僕はあの子が、怖いですよ……」


 話し声が止んだ。ジャックとノリスが押し黙るだけで、他の人の喧騒など消えてしまい、ぽかりと空白が開いたようだった。その静けさにカルロは初めて自分が声に出していたことに気づく。

 仕方ないだのなんだのごまかすカルロをジャックとノリスはからかうでもなく見つめ、どちらともなく口を開いた。


「まぁ、気持ちはわかるけどよ」

「お前、逃げ遅れだもんな」


 逃げ遅れ。国や自治体の避難誘導に乗り遅れ、あるいは乗ることができず。黒魔の中を這いずって逃げ延びた者たち。

 カルロはその言葉が出るたび、自分の髪をむしるようにして手ぐしで梳く。その仕草が、真に何をむしろうとしているのか。ジャックとノリスは考えない。


「そりゃあ怖いだろうさ。俺だってあの馬鹿力は二度と食らいたくねぇ」

「まったくだ。何のために強化兵になったのかわかりゃしねぇ」


 食器を持っていた手をひらひらと振るジャック。その手はつい先日まで赤く腫れあがっていた。もちろん、ファスにはたかれたからである。別段、ジャックが普通の大男であれば問題ではない。問題なのは、ジャックが強化兵であったから。

 強化兵とは、このシルルが黒魔に対して白兵戦を仕掛けられている最大の理由だ。最高レベルの国家機密とされた、人間生化学の結晶。死の危険を伴う手術を必要とする代わり、その体は黒魔に勝らずとも大きく劣りはしない屈強なものへと変質させる。筋力のみならず治癒力まで底上げされた彼らは、人間兵器と呼ぶにふさわしい。

 ジャックやノリスなどの粗野なものが軍属として戦えているのは、失敗すれば死体すら機密保持のためと隠匿される強化兵手術を受ける人間の貴重さによる。そしてそれゆえに、その一世一代の大賭博の報酬たる身体能力が、あんな少女に負けていいはずがないのだ。


「……そういう話じゃありません」

「あん? じゃあどういう話なんだ」

「どういう話って、彼女が黒魔だってことに決まってるじゃないですか!」

「……おいおい、声がでけぇぞ。巻島にでもふられたか?」


 食器と椅子をけたたましく鳴らして立ち上がるカルロを、ノリスがなだめる。カルロはハッとして周囲を見渡す。

 突然の大声に一瞬注意が集まるが、二つのジャガイモ頭を見つけるといつものことかと食事に戻る。『黒魔』と言う単語だって、ほとんどについては世間話のタネみたいなもので。特に気に留める者も見えなかった。

 しなびた様子で座るカルロの背中をノリスが一度張り、面白がったジャックがわざわざ席を立って、もう一度張る。


「心配すんな。そんときゃあそん時だ」

「流石にコールタールみたいな色した奴とはヤれないからな。俺らで叩き潰してやるさ」

「……そうですか」


 タイミングを揃えてウインクを送ってくる二人に、カルロは唇を尖らせてそっぽを向く。ぐちゃぐちゃになっていたハンバーグをフォークでかき寄せていく。

 そのかちゃかちゃとした硬い音に紛れるように、カルロは言った。


「その、お二人はいいんですか? 黒魔を殺すために、志願したって」

「なんだ、そんなつまらないこと知ってんのか」

「ま、公然の秘密ってやつだろうよ」

「そうだな。……ん? ノリス、なんだ、公然って?」

「……流石に擁護できないぜ、兄弟」


 そうしてまた、彼らは二人で話し始めてしまう。珍しくふざけずに話した名残か、彼らにしては静かに話すものだと、カルロは思った。

 それは、数年前には考えられなかった光景。そう、カルロは伝え聞いていた。

 彼らのあだ名たる『ポテトヘッズ』は、本来頭にクレイジーと付けて完成する。クレイジーポテトヘッズ、命令も何も無視して突貫する彼らは、まさに戦闘狂クレイジーであった。


 強化兵なのだから、どうせ怪我はすぐ治る。

 強化兵なのだから、兵器として戦おう。

 強化兵なのだから、死んでしまっても構わない。


 そんな彼らが落ち着きを見せたのは狭霧の小隊に所属してからで、カルロはその後の二人しか知らない。今以上に殺戮を愉しむ彼らを想像しようとして、彼は口の中のハンバーグを吐き出しそうになる。


「……まぁ、あれだな」


 勝手に自分の想像に苦しんでいたカルロを引き上げたのはジャックだった。身近な頭髪を指先でなぞりながら、自分に確認するように言った。


「俺たちもクレイジーなんて言われて親孝行してる気になってたが」

「おっと。別に、クレイジーなのが嬉しいんじゃないぜ。誰よりも手向けを贈れてる、その称号みたいに思えたんだ」

「……そうなのか?」


 げんなりを言葉に仕掛けて、カルロは口をつぐむ。いつも通りとぼけたジャックではあるが、そこには言葉を選ぶぎこちなさがあったから。


「まぁ、ジャックがどうかは知らないが、俺たちが萎えたキッカケは同じはずだ」

「萎えたっつーか冷めたっつーか。まぁ、キッカケは同じだな」

「それって……」


 探るように視線を送るカルロ。その先で二人は視線を見合わせ、言うまでもないとばかりにさらりと言う。


「「隊長だよ」」

「ありゃあ、機械だ。俺たちには自己満足の楽しみがあったが、隊長にはそれすらもない」

「正直、俺たちは隊長のが怖い。感情もなくただ殺す、一方的に黒魔を殺す。そんなの、殺す対象が違うだけで、黒魔なんかよりよっぽどタチが悪い」

「まったくだ」

「あぁ、まったく」


 それだけ言って、二人は音汚く残りの食事をかきこんだ。切り替えの早さについてこれないカルロを尻目に食事を終えて、同時に席を立つ。

 そしてカルロの後ろを通り抜けざまに、ジャックがぼそりと囁いた。


「そんな隊長が匿おうとしてるんだ。面白くはあっても、怖くはねぇな」


 それじゃ、後でな。手をひらひら振って去っていく彼らは既に、常のふざけた調子を取り戻していて。その背中を見つめるカルロだけが置き去りだった。


「面白い……」


 反芻したその単語には、冷え切った単調さが宿っていた。


 ◇◆◇


 他の隊員二名に遅れて出ていく、第二〇三強化中隊のアリス小隊隊員を、獲物を見つけたハイエナの目で眺める二つの人影があった。彼らの周りには見えない壁でもあるように、薄気味悪く人がいない。


「おい、聞いたな」

「もちろん。そのための私たちだ」


 たったの二言で、二人の会話は終わった。食べかけの()()()()の皿にナイフとフォークを揃えて置いて、襟元のナプキンを取る。

 立ち上がる彼らの身を包むのは、嫌味なほどに皺一つない、純黒の軍服だった。

「少しいいですか?」

「なんだよカルロ」「もうつまらねぇ話は勘弁してくれよ」

「いやまぁ、大したことじゃないんですが……」

「めんどくせぇな、早く言えよ」「そうだそうだ、お前みたいなもやしにかかずらってるより、よっぽど俺たちはファスちゃんと話してぇ」

「あー、わかりましたよ、言いますってば」


「あの子が五年ぶり以上の女だって言ってましたけど、巻島准尉、いますよね……?」


「「…………あ?」」


「えっ、いや、だって。確かにちょっと幼い印象はありますけど、准尉もちゃんと女性じゃあ……」


「マジかよお前……」

「どう考えたって無理だろ……」

「無理だなんて!そんなの、准尉に失礼です」

「おい。おいまさか、俺たちがルックスが好みじゃないとか、そう言う話してると思ってんのか?」

「やばいぜジャック。こいつ、マジもんだ」


「まったく、なんなんですか。もしかして、准尉がお二人に惚れるわけがないって話なら、そんなことないと思いますけどね」


「「……」」


「まったく、あの金髪キザ野郎といいこいつといい」

「俺らよりクレイジーな奴が多すぎるぜ、ここはよ」

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