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【企画】覆面小説家になろう〜雨〜 作者:覆面作者
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No.02 雨はこの穢を、洗い流してくれるのだろうか

 いつもの公園。いつも俺達が逢い引きを重ねていた、人気ひとけのない、寂れた公園。
 そのいつもの公園で、土砂降りの雨の中只ひたすら、彼女を待っていた。いつもとは違う想いを胸に秘め。

 黒い傘をさし、それに豪快な音で叩き付ける雨音を聞きながら、雨雲が醸し出すドス黒い景色に溶け込むような黒いジーンズと黒い開襟シャツで、公園中央の桜の大木にもたれ掛かる。
 この豪雨は、俺達の血をどこまで洗い流してくれるのだろう。この雨に二人の血を晒すことによって、次に逢うときは、もっと堂々と自分達の愛を人前で示すことが出来るようになっているのだろうか。
 そんなことは解らない。解らないのだが、もうどちらも、この愛に疲れ果ててしまっていることは確かなのだ。

 この、決して報われることのない愛に。

 どちらとも無く、『清算しよう』という話が持ち上がる。雨の降る日がいい、そう提案したのは俺だ。雨水の川に、自分達の汚れた血を全て流し切るために。
 俺達が普通にお互いを愛せるようになるために。この赦されることの無い恋愛シミュレーションを、とっととリセットするために。

 初めての出逢いは実に十九年も前に及ぶ。偶々家が近所だったらしく、幼稚園が同じだったのだ。そこから腐れ縁的に小中高大と進む道を同じくしたに伴い、お互いにとって、お互いが、傍に居てくれないと落ち着かない存在となってしまっていた。
 二人とも、持っている両親は血が繋がっている者ではない。父親は生まれる前に既に他界していたらしく、俺の母親はやたら難産したようで、俺を産むと同時に亡くなってしまったらしい。彼女の母親も、出産時のトラブルでこの世を去っている。

 中学の二年生辺りだったか、あまりにも境遇が似過ぎているせいか、意思の疎通が完全に出来ていることに気付いてしまった。それが恋愛感情に発展するまでにはさほどの時間も必要としない。








 今日と同じような土砂降りの雨の日だった。この公園で二人の身の上を確認しにいこうと、待ち合わせていた。
 中学生でありながら、結婚を前提とした交際を始めた二人にとって、一番始めにやっておかなければならないこと、お互いを把握すること。
 それぞれ両親から、自分を引き取ってきた施設の名を聞き出し、それが同一であることが判明したために、二人で向かうことになったのだ。
 施設に到着して最初に園長から貰った言葉に、俺達は唖然とした。

「二人とも入って間もなく引き取られたからうまく出会えるか心配だったんですが、その様子だと【姉弟仲良くやってるようですね】」

 時間が止まった。二人で暫く、その場を動くことが出来なかった。








 土砂降りの雨。それが奏でる轟音。ドス黒い空。沼のようになった公園。
 全てがあの忌まわしき日と同じ状況だった。ただ、それと違うのは、今日、この日は、終わるのではなく新たに始めるための日だということ。俺達二人の血を洗い落として、全てをやり直すきっかけを作るための日だということ。

 彼女の私生活が忙しくなってきたらしく、最近前よりも逢える回数が減ってきたが、それも、今日のために色々と引き継がなければならないことがあるという理由ならば仕方が無い。今俺達は、それほど大掛かりなことをしようとしてるのだ。








 向こうから、足音。全てを清算するためにやってきた彼女の足音。バシャバシャと水を踏み弾きながら、俺のもとへ近付いてくる。
 その水音は次第に早くリズミカルになっていく。
「ごめんね、遅くなって」
 言うなり彼女は、飛び付くように抱きついた。そして、さもそうなることが必然的な流れであるかのように、俺達の唇が、重なる。
 一体どれぐらいそうしていただろう。悠久とも思える永い時間。俺達最後の愛。感性ではなく、五感から感じ取ることのできる、確かな【愛】。
 どちらともなく、唇を離す。そして、土砂降る雨音に掻き消されそうな程か細い声で唇から唇へと伝えた筈の感情を、音にして伝える。
「貫こう、俺達の愛を。そのためのリセットだ」
 ジーンズの左ポケットに入っている折りたたみナイフに手をかける。彼女も右ポケットをまさぐっている。あの中に、俺のと同じ折りたたみナイフが在る筈だ。この日のために用意した、お揃いのナイフが。
 そして、計画通りに互いの腹部にそれを……、

 突き立てた。

 熱気を伴う猛烈な痛みがほとばしり、瞬く間に体力が失われていく。だが、彼女には、そんな様子は微塵もなかった。手応えがやたら硬く、間違いなく傷つけてもいないだろうと思いはしたが、実際にそうらしい。
 そんな中彼女は、俺の左手に対し、強烈な手刀を繰り出してくる。そしてそれは左手の甲にヒットし、その結果として、その部分に青痣を作ることになってしまった。自分でも情けないほどか細い呻きが、自然と漏れる。
 そして彼女は、降り止まない雨に濡れながら、鬼のような狂った笑顔で俺の腹からナイフを抜き、俺が取り落としたナイフを素手で拾ってから、腹の傷口にしっかりとあてがい、そこにそれを、再度刺し込んだ。
「今時ライフジャケットなんざ、十万円も積めば買える時代なんだよ」
 悪魔の如く口元を歪め吊り上げながら、彼女が説明を始める。
「ふん、一緒に死ぬ気なら、引き継ぎなんかほっぽって逢いに来るに決まってんじゃん」
 視界が霞んできた。もう、彼女の表情も読み取れない。
「あんたが弟だって判った時点で、恋愛感情なんかとっくに醒めてるっつの」
 まるで永遠に続くかのような口撃と激痛の中、次第に目頭が熱くなってきた。この落涙が、痛みによるものでも死に瀕した筋肉弛緩に因るものでもないことは、俺自身がよく解っている。
「あとはあたし……捨てて、……呼んで『正当……だ』……い張れ……完……成立……」
 駄目だ。はっきりと聞こえない。霞んでいた視界が、白い光に包まれていく。あぁ、なんて気持ちがいいんだろう、あの苦痛の向こう側に、こんな快楽があったとは。



 姉さんにも、教えてあげよう、この快感を……。








 二千八年六月四日、あたしの弟は死んだ。名目上は、あたしを殺そうとして、返り討ちに遭ったことになっている。
 実際はそうではなく、弟が計画した心中を逆手にとって罠に嵌めたのだが、警察は、あたしの思惑通りに正当防衛であるとして、捜査を打ち切ってくれた。
 これで真っ当な恋愛を満喫できる。否、できる筈だったのだ。

 あたしには、弟を殺した時点で既に交際していた彼氏が居たのだが、あたしも彼も、事件後から何も居ない筈の玄関から何かの気配を感じるようになってしまったのだ。

 決まって、土砂降りの時に。

 これだけなら、さほど回数は多くないと思うかもしれないが、決してそうではない。このところ、毎日あるのだ。五メートル先も見えなくなるほどのひどい夕立が。

 ニュース番組の特集や、ワイドショーなどは、強引に地球温暖化と結び付けてしきりに報道している。それほど明らかな異常気象だった。
 今もまた、ワイドショーいわく『気温が高くなったため、例年以上に海水が蒸発しているがために、雨雲が発生しやすくなっている』ことによるらしい夕立が、この世のものとは思えないレベルの騒音を撒き散らしながら、そこら中に叩き付けている。ベランダに弾ける雨水が更に視界を利かなくし、まるで窓にスクリ
ーンセイバーでも掛かっているかのような惨状だ。

 ヤツが来た。いつものように玄関に佇む、インビジブルな何か。その正体が弟であろうことは予測がついているのだが、姿が見えないだけにどうしようもなく不安になってしまう。般若心経でも知っていれば効果があったのかもしれないが、それを知らないあたしの口からは一向宗徒でもないのに必然的な流れとして、

  「南無阿弥陀仏」

 という経文が連続して出てくることになる。
「駄目だよ姉さん、因果応報は浄土真宗の教えなんだから。それを相手に浄土真宗の経文は通じないよ」
 やはり弟だ。そして、あたしに何かしようとしている。因果応報という言葉が示すもの、あたしが刺したからこいつが死んだ。この原因が招く結果が何なのかは、もはや火を見るより明らかだ。
「やめて。助けて。殺さないで」
 自分でも驚くほど冷静な声色で、命ごいを始めてしまった。情けないほどに震えながら、ジリジリと後退していく。
「姉さん、死ぬのって凄く気持ちいいんだよ」
 ああ、殺す気だ。この言葉によって、それは確定してしまったのだ。この間にあたしの背中は、ベランダの大窓に張り付いてしまった。もはや逃げ場はない。
「だから、姉さんにも教えてあげに来たんだ」
 インビジブルな弟がそう言った刹那、背にしていたベランダの窓が突然われた。そして、背から腹部にかけて、熱痛い激痛。恐る恐る下に目を向けたあたしが見たものは、血にまみれながら不気味に輝く、臍近辺から不自然に突き出た巨大な硝子片だった。

 瞬く間に力が抜け、思い音を発てて尻餅をつく。次第に、上半身を持ち上げていることもままならないほど、脱力してしまう。

 腹が痛い。只ひたすらに痛い。痛い痛い、痛い。

 しかし、その痛みも全く無くなり、意識がホワイトアウトする直前にそれはやってきた。

 あれ? なんか、気持ちいい……。



 この気持ち良さ、彼にも伝えてあげたいなぁ。








 二千九年八月四日、俺の彼女は死んだ。何やら不幸な事故に遭ってしまったようで、硝子の破片で串刺しになってしまったらしい。

 今年もまた気象台は、異常降雨量を観測している。そして困ったことに、彼女が死んでからというもの、インビジブルな何かの数が二体に増えている様なのだ。

 土砂降りの時に限って出てくるあいつらの片割れが元カノだということは解っているのだが、やはり見えないというのは気味が悪い。

 空がドス黒く染まってきた。もうすぐ、ヤツらの時間だ。そして騒音が響き渡る。



「ねえ、死ぬのって、とっても気持ちいいんだよ」



〈終〉
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