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新・南極物語  作者: 足立 和哉
9/11

9)スペーシーと柏崎ミユ、再び。

「不思議なのよね」柏崎ミユは友人を前に1カ月前の出来事を何度も話していた。

  明るい広い窓のある喫茶店のガラスの向こうは昼だというのに薄暗く、ガラス窓には細かな雨粒が付いていた。

「いちいち夢のことを気にしてどうするのよ」

  向かいでスマホをいじくりながら佐々木加世は呆れた顔をミユに向けた。

「どうしても夢とは思えないのよ。だって、変よ。いつの間にか山の上から車の中にいるなって考えられないわよ」

「だから、疲れてきってしまって途中の出来事忘れてしまったのよ。朦朧として歩いていたのよ。遭難しなくて良かったとラッキーに思わないとね」

 加世はアイスコーヒーのグラスに刺さった太いストローに口をつけた。

「私を誰だと思ってるのよ。これでも登山には自信はあるわよ。途中で夢遊病者のようになって下山するなんて・・・」

「でもミユは山から滑って落ちたって言ってたよね。頭を強く打って朦朧としたまま滑った所まで戻って・・・」

「それはあり得ないわ。私が滑り落ちた所はそんな簡単に登れる所じゃないの」

「でも、今無事なんだからいいんじゃないの」

 加世は太いストローでグラスの氷をかき混ぜながら、スマホに眼を移した。

 ミユはガラス窓に付いてくる雨粒を見た。

「ガラス越しなのよ。ヘルメット。そうヘルメット越しに私は彼と話をしていたのよ。スペーシーって言ってたわ。それにいい男だったわ」

 ミユは脈絡なく記憶が蘇ってくるのが分かった。

 加世は再びスマホから顔を上げた。「どうしたのよ。何か思い出したの?」

「何だか突然頭の中に映像が出てきだしたのよ。空間を浮いていたのよ。私と同じ地球人だと言ってたけど宇宙人かもしれない」

  ミユは突然席を立った。

「何を突拍子もないことを・・・」

  加世は自分の代金だけをテーブルに置いて、急いで外へ出て行くミユを見送っていた。


 柏崎ミユは車を勝釣山の登山口に向けて走らせていた。車外は霧雨でたとえ勝釣山へ行っても何も分からないとは思ったが、どうしても行きたいと思わせたのだ。

 あの日、他の登山者もUFOじゃないかと見ていた飛行体があった。確かにあれは不思議な動きをしていた。自分の体験が絶対にあのUFOと関連性があると思っている。登山口のある駐車場は霧に覆われたようになっていた。他に車はいない。車外にでると服に小さな雨粒が付いて、しばらくしていると服が濡れてしまいそうだった。ミユは車に常においてあるレインウェアを取り出し身に着けた。そして、勝釣山の登山道をゆっくりと回りを確かめるように登りだした。

 前回の出来事で絶対足を骨折に近い怪我をしているはずだったのに、何故か歩ける。多少、違和感は残っているが1ヶ月経つか経たないかの今の時期にいつもと同じように山を登れるとは、これこそ不思議だった。

「私がここで滑り落ちたら、また彼は来てくれるかしら」

 30分ほど登り、晴れていれば向かい側に山々が見えるはずの尾根にたどり着いた。今はガスに隠れて何も見えない。20メートル先の景色もぼんやりしている。慌てて登ってきたのでミユは熊除けのベルをしていないことに気が付いた。

「昼だから大丈夫かな」

 一般に熊の活動時間は早朝か夕方だと言われている。

 その時、登山道の先から黒い影がこちらに向かってくるのが見えた。ミユは熊にこれまで遭遇した経験は無かったが、初めて背筋に冷たいものが走った。ミユは潮時だと判断して、ゆっくりと下山し始めた。登山道には濡れた木の根が絡んでいた。普段のミユなら決してしないだろうミスをした。斜面にある濡れた木の根を踏み誤ってしまったのだ。尻もちをつきながら登山道を2メートルほど滑り落ちてしまったのだ。傍にあった木の太い枝につかまって何とかブレーキをかけられた。

 その時、ミユは背後に気配を感じた。

「大丈夫ですか?」

 それは男性で少しくぐもった声だった。

 それはミユにとっては懐かしい声だった。振り向くとヘルメットの中にスペーシーの顔が見えた。

「やっぱり、事実だったのよね」

 ミユはゆっくりと立ち上がりながらスペーシーを見つめた。

「記憶が残っているんだね。僕と会ったことを覚えていると君に迷惑がかかると思って、君の記憶を消したはずなんだが、やはり君には普通の量では効果がないみたいだ」

 ヘルメットの透明のシールド越しに見えるスペーシーは微笑んでいた。

「本当はあなたは何者なの?ちゃんと日本語も話しているし、顔はアラビア系だけど地球の人の顔だし」

「しいて言えば、地底人かな。地表の紫外線やバクテリア、ウイルスの類に弱くてね。こんな姿をしていなくてはいけない」

  スペーシーはヘルメット内の通信装置を一時的に切っていた。ミユとの会話を上空にいるサンサント中尉に聞かれたら何を言い出すか分からない。

「柏崎ミユさんは、いつも山に登っているの?こんな霧雨の日にも登るなんて、何か山の関係者かなにか?」

「まさか!段々、あなたに助けられたことを思い出してきて、今日はどうしてもここへ来なくちゃと思って後先考えずに来たんです」

  ミユは大切なことを言うのを忘れていた。

「まさか、会えるなんて思っていなかったから。この間は助けてもらってありがとうございました。本当に私、死ぬところでしたよね。それに脚も治療されていたみたい」

「僕達の世界の科学は地表人類の科学よりかなり進んでいる。だから空中を自由に飛び回れる飛行船で移動したり、ある程度までの病気や怪我なら、応急処置だけでかなりの部分まで治してしまえる」

「すごいわね。私自身が体験していなかったら、とても信じられないわね」

 ミユはくすりと笑った。

「少し雨あしが強くなってきたね。話をしながら下山しようか」スペーシーはミユに下山を促した。

「本当だ。今日は1日雨の天気予報だったわ。それにしても地底人て、どこの地底に住んでいるの?まさかこの日本?」

  ミユは慎重に足を運びながら気になることを聞いていた。

「詳しいことは国家機密になっているから、さすがにそれは言えないけどね。日本ではないよ。ミユさんの出身はどこなのかな?この近く?」

「T県の堀ケ野村というのよ。今は市町村合併で堀ケ野地区と呼んでいるけど。本当に山奥になるわ。限界集落っていう言葉が分かるかしら。6世帯でもう高齢者ばかり。だから私の家族は町の方に引っ越して仕事しているのよ。でも、私の90歳になる祖父がまだ1人でそこで暮らしているわ。倒れるまで、そこにいるって」 

「ミユさんは自分の祖先のことで何か言い伝えかなんか聞いたことはあるかな?」

  スペーシーはミユが思いもよらぬことを聞いてきた。

「言い伝えですか?何かあったかしら。私が堀ケ野村にいたのは、本当に子供の頃だからなあ。直接、私の祖父にでも聞いてみる?でも、その恰好じゃびっくりするわね」

  ミユは悪戯っぽい笑顔でスペーシーに答える。

「でもヒルコの儀式というのがあったわ。村で唯一の神社が恵比寿神社で、奇妙な障害のある赤ん坊が十数年に1回は産まれて、必ず半年以内に無くなってしまうの。産まれて間もない赤ちゃんや中絶された胎児のことを水子みずことか水蛭子ひることかいうけど、それと同じ感じかな。その恵比寿神社に神として祀るのよ」

「死んだ子を神として祀るのかい?奇妙な障害でどういうものなのかな?」

 スペーシーは不思議な気がした。

「実際には見たことはないわ。子供の私には見せてくれなかったのかもしれない。村の人なら詳しいと思うけど」

「そのミユの故郷の堀ケ野村に行ってみたいな。詳しい住所を教えてくれるかな」

「えー、無理よ。スペーシー、そんな恰好で行ったら怪しまれるわよ。私があなたが聞きたいことを祖父から聞いてみてあげるわよ。何か調査しているのと関係していそうなんでしょう」

 ミユはスペーシーの眼を見つめた。

 スペーシーもミユの瞳を見つめていた。直感力は素晴らしいと思い、また魅力的な瞳だと思った。

「するどいね。じゃあ、ミユの都合の良い日を知らせてくれれば、私の方で色々段取りをするから、連絡先を教えてくれないか?」

 登山口にある駐車場まで、二人は当たり障りのない話題だったが楽しい会話を続けていた。そして、別れ際にお互いのメールアドレスを交換して別れた。

 スペーシーはミユの車が視界から消えるまで見送ってから、ヘルメット内のマイクのスイッチをオンにして上空の飛行船に自分を回収するように命令を下した。


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