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新・南極物語  作者: 足立 和哉
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6)宇宙探索隊総指揮者。メイヤー少将

私は反重力装置を利用しながら、ミユを彼女が遭難していた直ぐ上の山の稜線に付けられた道に下ろした。日は傾きかけており、空気の温度も下がっていた。

「ミユ。聞こえるかい」

私の声にミユはゆっくりと眼を開けた。

「君はまだ二、三日はまともには動けない。君が住んでいる場所まで送ろう」

 ヘルメット内の小型スピーカーからサウサント中尉の声が聞こえてきた。

「少佐・・・」という声だけだった。諦めともいえるため息も聞こえてきた。

「私、この山の登山口の駐車場に車を置いてます。そこまで送ってもらえたら何とかなると思います」

ミユは苦しそうに答えた。

「ピクチアリ少尉、この山の近辺に地上人の車はないか?」

「その位置から直線距離で1.94Km、方位315度、標高差535mの場所に1台の赤い車が見えます」

ピクチアリの検索は早い。

「すまんが、そこまで私たち二人を浮遊させて移動させてくれ」

私はミユを抱きかかえて反重力装置が起動するのを待った。

「どうなるの?」

ミユは私に抱きかかえられたまま、不安そうな顔を向ける。ヘルメットのシールドがミラータイプになっているので、いくら私が話をしても彼女自身と話をしている印象もあるのだろう。

 日も傾き、雲ってきて紫外線量も減ってきたので私はミラータイプから透明タイプのシールドに切替えた。ミユには私の顔のほとんどが見えているはずだった。

「人間だったのね」弱々しい声でミユがつぶやいた。

 意識がまだ朦朧としているのかもしれない中で、私を宇宙人とでも思っていたのかもしれない。日本語は私たちにとっては古代言語の一系列だが、話すことは可能だった。

「これからミユを赤い車のところまで運びます」

私はミユを抱きかかえながら浮遊を始めた。飛行体は真上にあり、私たちを一気に赤い車のところまで運んだ。

「どうして私が空を飛んでいたの?信じられないわ。あなたはやはり宇宙人なの?」

 車の横に立ったミユが驚いた表情で尋ねる。防護服が地球外生物の印象を与えるようだ。

「君と同じ地球人だよ。訳あって防護服をきているけどね」

 そう言いながら私は赤い車の中を見た。古いタイプのガソリンで動くタイプの自動車だ。そして、右足で操作するオートマチックタイプだ。

「右脚骨折治療後だから、運転すると途中で右脚の状態が悪化して事故を起こす危険があるな」

山間の駐車場ですでに薄暗くなってきていた。

「ミユ、君は助手席に乗りなさい」

私はもう少し彼女を麓まで下ろすことにした。

「どうするんですか?そんな恰好で運転できるんですか?」

ミユは助手席に座りながら不安げに聞いてきた。

「規程違反です。少佐」

今度はサウサント中尉のきつい声がヘルメット内に聞こえてきた。

「許可なく地上人と話をすることすら禁じられているのに、あなたは顔も見られてしまった」

  確かにこのまま本部に帰還すると何らかの罰則が私ばかりでなく部下たちにも及ぶ可能性があった。しかし、規程ぎりぎり許容範囲の証拠さえ作っておけばよいのだ。

「ミユ、君を無事に人家の近くに届ける代わりに、私の言うことを聞いてくれ」と言いながら私はミユの顔に催眠用スプレーを吹きかけた。

このスプレーの効果は私との出会いを夢の中の出来事として記憶するはずだ。助手席でくったりとなったミユを確認してから、サウサント中尉に命じた。

「車ごと浮遊させて近くの人家近くに下ろしてくれ」

車の移動中に私はコンソールボックスの中にあったミユの運転免許証を見ていた。26歳、住所はT県の県庁所在地の郊外の町になっている。私は助手席で催眠薬によって眠りこけているミユの顔を覗き込んだ。いつしか彼女に惹かれている自分を感じていた。

「少佐。下に地上人のリゾート施設がありますが、そこの付近に下しますか?」

ピクチアリ少尉の声が聞こえてきた。

 私はドアを少し開けて下を覗き見た。温泉施設だろうか、夕暮れの中で灯りが何か所も点きだしている。そして施設専用の駐車場には車が何台も出入りする様子が見えている。施設の裏手に人通りの少ないスペースが見えていた。

「サウサント中尉。施設裏手の人のいないスペースが確認できるか?できればそこに下してくれ」

「了解」サウサント中尉の素直な声が聞こえてきた。

 ミユの車はゆっくりと降下を始め、大した振動もなく着地した。私は車を出る際にもう一度ミユの寝姿を確認してから外に出た。そして、私だけが、ゆっくりと飛行体メンタミア一世号に向かって浮遊し始めた。

「少佐。彼女に肩入れし過ぎじゃないですか」

飛行体に戻ると早速、女医のフォーレンが私をからかうように言った。

「少佐。帰還予定時間ぎりぎりです。これからメンタミア基地に直行しましょう」

サウサント中尉の上ずった声が聞こえた。

「そうしよう」

私は搭乗員全員に至急、銘々の座席に着くように命じてから、操縦盤の操作にかかった。


メイヤー少将はメンタミア王国宇宙探索隊の総指揮者である。今年50歳になる男性で、メンタミア王家の血縁でもあり、さらに上位の役職を約束されたような男だった。私は帰還早々にメイヤー少将の部屋に呼ばれた。これまでに無いことだったので、帰還予定時間はクリアしていたが、部下の誰かが私のコンプライアンスぎりぎりの行動をリークしたのかもしれないという疑心が湧いた。

「座りたまえ」

 少将は私に広い部屋の一角にあるソファを指差した。

「君たちの部隊は、珍しい地上人の雌を捕獲した後で、放置したと聞いたが」

 少将はゆっくりとした口調で尋ねた。

「フォーレン軍曹ですね」

 私は彼女の冷やかすような笑顔を思い浮かべた。

「確かに珍しいとは思いますが、人の発生の過程で生じる奇形の一種なのではないでしょうか」

 私は何故少将自らがそのような話題で私を呼び出したのかが分からなった。

「うむ。その認識は正しい。それ以上の詮索は無用にして欲しい」

 重々しい口調でメイヤー少将は言った。

「何か特別な背景でもあるのでしょうか」

「詮索するなと言うと、きっと詮索するだろう。しかし、君の胸の中にとどめたままにしておいて欲しい。単なる奇形ではないと私は思っている」

 少将自身が話がっているようにもみえる。

「私が子供の頃に曾祖父さんから聞いた記憶がある。大昔にメンタミア人とホモ・サピエンスが交配して子孫ができたと。そして、その子孫は地上人の中に混じって脈々と存続しているらしい」

「私が会ったのがその子孫だと」

 私は愛くるしいミユの顔を思い浮かべていた。あれから彼女は無事に家に辿りつけただろうか?

「君の両親は生物学者と獣医だ。今の話は彼らにとっては垂涎の話題だろう。絶対に話題にしてはいけない」

 私の問いかけには答えずに少将は私の眼を見つめながら私に箝口令を敷こうとしていた。

「上官の命令には絶対服従します。詮索ならびに他言はいたしません」私は思わずそう口にしていた。


 メイヤー少将はスペーシー少佐が立ち去った扉をしばらく見つめていた。おもむろに受話器を取り上げた。

「詳細の検証は必要ですが、有力な情報が入って来ました」

 メイヤー少将は相手の反応を待った。なにやらくちゃくちゃという音が聞こえる。何かを口に含んでいるらしい。

「何の話だ」

 なんとなくだらしのない抑揚の声が聞こえる。

「地表人との混血問題ですよ」

「あー、そうか。今、ディナーの最中だ。酔いが醒めた時に話を聞かせてくれ。そうそう、ライブラリアンにも、その話を聞かせてやってくれ。彼も私の命を受けて行動している男だ」

 電話先の男の声はそう言うとメイヤー少将の返事を待たずに電話を切った。

「困った男だ」

 メイヤーは相手のアルコール中毒と疑われるような行動を心配した。

 メイヤーは反重力飛行体を利用した宇宙開発チームの総責任者ではあったが、南極大陸から離れて宇宙へ行く気は全く無かった。彼の思いは南極大陸での一族の繁栄だった。しかし、現王政下ではメイヤー一族の権限は弱かった。王家の血縁とは言え、直系の王族とはかなり離れていた。

 メイヤー自身は現王政に反発する王族グループとの中間的な派閥にいたが、その先祖は反発グループの親族から派生した家族であった。自分が宇宙開発チームの総責任者に任命させられたのは反王政派への見せつけではないかとメイヤーは思っていた。

 反重力タイプの宇宙船は安全性が高まったとは言え、まだ確実な宇宙旅行を保障してくれるものではなかった。そして、宇宙開発の過程での事故は、すべてメイヤー少将に負わせられる。

 そして、反王政派グループの中心的な存在であり象徴がアルコール中毒を思わせる若者だった。


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