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新・南極物語  作者: 足立 和哉
5/11

5)宇宙飛行士。スペーシー

「今、地球上人類の悲鳴がかすかに聞こえました」

ソナー専用のヘッドホンの片耳を外しながら、サウサント中尉が私に言った。

「方位は?」

「方位313.3度、直線距離で18.2kmになります」中尉が答える。

「様子を見に行くぞ」

「え、しかし、スペーシー少佐、我々の任務は、この山脈線上に限定されています」

中尉は任務に忠実だ。

「20kmまでは誤差範囲内だ」

 私は操縦盤の前に座り直し、乗務員全員に加速対応をとるようにに指示してから、操作盤の方位と位置を設定してから発進ボタンを押した。

 反重力飛行体は外から見ている分には、実にしなやかな動きを見せるが、搭乗者に掛る加速感は並大抵のものではない。

 私が操縦している飛行体はメンタミア号一世号とよぶ。これまで反重力飛行体は何万機も制作されてきたが、宇宙への長期旅行が可能になった初の飛行体だ。メンタミア号は、その時代に応じて国の威信をかけて作られるので、1時代につき、国の名前を付けられるのは1機のみだ。それでも何万世という名称はあまりにも冗長過ぎる。それで今回宇宙への長期旅行が可能になったのを期に一世号にリセットしたというわけだ。光速の5倍の飛行体を製造することに成功したのだ。宇宙への長期旅行は地上では長く生きられない我々人類の長年の夢でもあった。

 操縦席には360度の視野画面があり、特定の地域を拡大鮮明化することも可能になっている。悲鳴の聞こえた地点が見る見る近くなってきて木々の間の残雪の上に黒い点が見え始める。

「拡大鮮明化します」画像担当係のピクチアリ少尉が言った。

 ズームアップされた先には明らかに人間と分かる姿が映っていた。

「身長158cm前後、形態的に地上人の雌と思われます。推定年齢生後20年から30年。顔から出血、服やズボンに破れがあり、そこからも出血している模様」ピクチアリは報告した。

「地上に降りて様子を確かめる」

 私がそう言うと隊員にどよめきが起こる。

「スペーシー少佐。特別任務でない限り、地上人に姿を見られるのは禁止されています」

サウサント中尉がすぐに口を挟んだ。確かに服務規程上はそのようになっている。

「対象物の生死は不明。おそらく意識もないだろう。だから大丈夫だ」

私は部下たちが口を挟ませる余地なく言って、防護服を身に着け出した。

「仕方ないですよ。皆さん、一度言い出したら、いくらでも規程の抜け口を探す隊長さんですから」

 給仕係のコッカー伍長が軽口を言いながら、私の着替えを手伝ってくれる。

「くれぐれも大気の紫外線や空気感染には注意して下りてください」

サウサント中尉が根負けした口ぶりで私を見送る。

 私は最後に防護用ヘルメットを被り転送室に入った。丁度、対象物の真上に来た時に転送室の下部が開き、私はゆっくりと下降した。反重力を部分的に微調整しながら下降するのだ。

 次第に地表人の様子が分かってきた。うつ伏せに倒れた彼女の顔は横を向いて頬と頭から出血をしていた。滑り落ちてきた跡があるので、途中の木々のどこかでぶつかるか、擦れて出来たのだろう。画像で見た通り服やズボンはあちらこちらに枝で引き裂かれた跡があり、そこからも血が滲んでいた。右脚が不自然に曲がっているので、恐らく右脚は骨折しているだろう。

 私は彼女の傍に着地した。最近の防護服、ヘルメットや靴は軽量で動きやすくなっている。しかし、これらはあくまでも地上用であり、宇宙空間では使用できない。もっと厳重な生命維持装置を装着した宇宙空間用の服とヘルメットが必要になる。地上用は地上の空気を清浄化する軽量の装置を担ぐだけよい。

 残雪は締まりのない雪質で一歩歩くたびに足が雪面にめり込む感じだ。南極大陸の雪質とは全く異なっている。

 私は彼女が身に着けていたリュックを外してから、体全体をゆっくりと仰向けにした。気を失い目を閉じて、口は半ば開いていたが、端正な顔立ちだ。母国メンタミアで活躍するアイドルに似た顔の女性がいたようにも思う。私はベルトに取り付けた小さなバッグから手の平サイズのスキャナーを取り出し、彼女の頭から足先までをスキャンした。読み取ったデータは飛行体に送られて、解析結果が直ぐに知らされる。

「解析結果をお伝えします」

ヘルメット内に取り付けた小型スピーカーから軍医のフォーレン軍曹の美声が聞こえてきた。我が部隊の唯一の女性隊員でもある。

「軽い脳震盪による意識障害状態です。頭部から体にかけての傷は軽症ですが、右脚の大腿部に複雑骨折が見られます。血圧は155の97と交感神経興奮状態にあるのか高め、心拍数は・・・」

フォーレン軍曹の細かい報告はまだ続く。後半は私は聞いていなかった。

 この場所で放置すると彼女は確実に死ぬだろう。私は彼女を回収して治療を施すことにした。私は体の上に着いた雪や枯葉をできるだけ取り除いた。

「サウサント中尉。今からこの雌の個体を飛行体に回収して治療をして、再び地上に返すことにする」

直ぐに応答は無かった。また規程違反になるとでも言うのだろうか。

「分かりました。少佐と共に回収しますので、対象物と密着状態になっていてください」

少し間はあったが、物わかりの良い応答があった。

 私の防護服は反重力装置に反応する装置が付いている。飛行体から出される反重力波が私の付近にある物質を全て飛行体の中に取り込まないための工夫だ。これがあるため私が上手く抱きかかえるようにしないと彼女を飛行体に引き上げることができない。

 転送室に戻ると次に滅菌室に入る。体に着いた異物、細菌、ウイルスの類を全て除去しなければ飛行体内が汚染されて私たちの生命が危うくなるためだ。

「スペーシー少佐。治療は滅菌室の中でします。表面をいくら除菌しても体内から出てくる息や体液の中に有害物質が含まれているかもしれませんから」

軍医で女医のフォーレン軍曹が防護服を身に着けて滅菌室に入って来た。

彼女は手際よく回収した地上人の雌の衣服を脱がして全裸にする。衣服は別の保管箱に入れて、後に地上に戻す際に利用する。フォーレンは専用の処置台の上に乗せた地表人の頭から再びスキャナーを当てながらモニターを確認しながら、患部に治療用の薬剤を塗布してから、特殊な周波数の光線を当てる。

私は地上人の雌の裸体は教科書でしか見たことが無かったので、実際に目の当たりにすると生々しく感じた。両胸に膨らみがあり、その先には発達した乳首がある。私たちの人類の女性には何故か痕跡程度の乳首しか胸にはない。そして、腹部に目を移すと特徴的な穴がある。この下の国では「ヘソ」と呼ばれているものだ。私たち人類の女性にはある育児嚢の入り口に当たる切れ込みがない。後の形状は私たちと変わらない。

「スペーシー少佐。じろじろと観察し過ぎじゃないですか。男の眼になっています」

フォーレン軍曹が私に向いて話かけてきた。

 防護服の上のヘルメットは付けたままだ。顔の部分は紫外線除けのためにミラー状になっているから彼女から私の表情は見えないはずだった。

「顔を向いている方向で分かるんですよ」フォーレンは付け足した。

「なるほどね。初めて見るから、この際、よく観察しておこうと思ってね」

「今度は複雑骨折部位の治療しますから、少佐は腰の部分を押えて下さい」

フォーレンはそう言うと不自然に曲がった右脚を修正して左脚と並べた。

 骨折した脚を動かした時の痛みが強かったのか、地上人の雌が「ウッ」と声を漏らした。そして、瞼が半分ほど開いた。表情は虚ろだったが、私は思わず「大丈夫か?」とヘルメット越しに声をかけていた。彼女の口元がかすかに動いて何か音を発したようだった。そして再び眠りについた。

「ユメって言ったみたいね」フォーレンが言った。

「地上人も眠っている時に夢を見るのか」私は頓珍漢な質問をしていた。

「この娘、薄目を開けた時に見えたのって少佐のヘルメットに映る自分の顔だったはずよ。それを見て、夢の中にいるのかなって思ったのじゃないのかな」

「なるほど」私はフォーレンの推理に感嘆した。

「骨の細かな欠片はそのうち吸収されるから、主要な部分の骨接ぎをしておきますね」

フォーレンはそう言うと光線治療を患部に施し始めた。


「終わったわ。でも、まともに歩けるには二三日は必要よ」フォーレンはそう言った後、付け加えた。「彼女、変なの」

「え、何が」私はフォーレンのヘルメットの中にあるであろう目を見つめた。

「もう一回スキャンしてみるから、少佐はモニター見ていてください」

 フォーレンは地上人の下腹部をハンディスキャナーでスキャンし始めた。

「少佐は地上人の雌の尿道と膣の位置関係はご存知ですか」

フォーレンが私に挑みかかるような口調で問いかける。

「私は解剖医じゃないからね」ワザと知らないとは言わなかった。

「別々なんですよ。でも、彼女の場合、膣に尿道が融合して一つの管状態になっているの」

フォーレンはモニター画面を指差した。

 確かに膣と尿道が融合して一本の管を形成していた。

「これは一体どういうことだ。君たち女性と同じ構造をしているのか」私は驚いた。

 有袋類動物は基本的に膣と尿道が融合している。男性の射精管が尿道と融合しているのと同じだ。男女とも生殖器官と尿排泄器官が融合しているのだ。

「上半身の乳房は明らかに地上人と同じ形状なのに、生殖器官は私たちと同じなのよ。それに、ここを良く見てください」フォーレンは臍の下側に付いている痕跡のような横線を指で示した。

「真皮の断裂線のように見えるけど、明らかに遠い過去にあったはずの退化器官ね。この内部のスキャン映像は乳首の退化した跡にも見えるわ」

「どういうことだ。この断裂線は育児嚢の入り口の退化器官というのか」私は驚いた。

「そう、彼女は私たちと地上人との間に生まれたハイブリットの末裔のようね」

フォーレンは特に驚いた様子もなく淡々と言った。

「で、どうするの」フォーレンが私のヘルメットを改めて覗き見る。

「確かに元の場所に戻すのは、彼女にとってリスクが大きいね」

私が迷っているとヘルメット内のスピーカーからサウサント中尉の声が聞こえてきた。

「少佐。元の場所に戻すべきです。特別任務以外で地上人と接するのはよくありません」

「まあ、君の言うのも分かるが」私は目の前にいる雌の眼が再びうっすらと開くのを見た。

「あなたは誰?」という声が目の前の口から聞こえてきた。

「君は山から滑り落ちて気を失っていた」私はそう答えた。

「そう。私は雪の上を滑り落ちたわ。でも、ここはどこなの?病院?」

「そのような所よ、応急処置は施したから、今から戻ってもらうわよ」フォーレンの声だ。

「君の名前は?」私は尋ねた。

「カシワザキ ミユ」苦しそうな息づかいで彼女は答える。

「私はスペーシーと言います」

「スペーシー・・・でも、誰?」

「ミユ。私はこれから君を地上に戻します」

 ミユは私の返事を聞いたかどうか分からないが、再び眼を閉じた。



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