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ノーリミットアビリティ  作者: 桐地栄人
第1章 初めての学園生活
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第5話 未熟な神速の剣

 次の日の朝、シークは尿意を感じて目が覚める。


「天井近くね……? それに揺れて……、ああそうだった」


 見慣れぬ異常に低い天井と体に感じるかすかな揺れに、少しだけ疑問に思うもすぐに何故かを思い出す。


「列車内だったか」


 昨日、学校に行く最中の列車で一泊したことを思い出し、ベッドを出る。

太陽が顔を出す前に起きてしまったシークは、辺りがまだ暗いことに気付き、音を立てないように靴を履いて向かいのベッドを見る。

二段ベッドの下段にはレインが寝ていた。

寝相はそれほど悪くなく、寝返りをうったときに被せてある毛布が多少乱れているだけだった。無警戒に出しているそのお腹にボディーブローをくらわせてやろうかと思ったが、レインが叫んだ拍子に周りが何事かと起き出してしまっては申し訳ないと考え直し、止める。

 結局シークは肉を取り戻せず、肉の脂とソースがついただけの冷え切ったご飯を食べることになった。


「この恨み、いつか絶対に晴らす」


 飯の恨みは怖いのだ。

 上段にはアルトが寝ており、こちらはまるで性格を現すかのように真上を向いたまま動いていない。その証拠に掛けてある布団も皺がない。

 二人を確認したシークは、後ろを向く。上のベッドには奈落山が寝ているはずだ。


(あれ、いないな……)


しかし、その場所は既にもぬけの殻になっていた。

 自分と同じトイレかもしれない。

 そう結論付けたシークは、静かに部屋を出て、トイレが一番近い後列車へと向かう。二車両ほど後ろに行くと、面積一つがロビーになっている車両の前に着く。トイレはこのすぐ先だ。

そこで、シークはドアの取手に手を掛け開こうとして、立ち止まる。


(この音はなんだ?)


部屋の中から低い風切り音が聞こえる。恐らくは木刀か何かを振っているのだろう。

 規則正しくなり続けるその音は、一回一回が心臓に響くような重く力強かった。一刀一刀に、しっかりと力を込めているからこそ出る音だろう。


(こんな時間に誰だ?)


 早朝というにもまだ早い時間帯だ。意を決してドアを開け、ロビーに足を踏み入れる。

早朝の月明かりに照らされた広いロビーの端で、素振りをする奈落山がいた。

その眼光には昨日までの人懐っこそうな優しい眼差しはなく、人を射殺すかのような鋭い視線を前方に向けている。

そのきりっとした表情は昨日の笑顔の中にある美しさとはまた別の、触れたら切られてしまいそうな危うくも気高い美しさがあった。

 そして奈落山のしている素振りは通常の素振りとは違っていた。

彼女は腰を低くし、木刀を腰に差すように構えたまま微動だにしない。

次の瞬間、先ほどの心臓に響くような重音とともに、木刀が斜め上に斬り上げられていた。

シークはその眼光に見惚れ、入り口でジッとしていたのだが、奈落山はシークに気付き手を止め声をかける。


「ふふふ、そこで突っ立っていないでこっちにきたら?」

「あ、ああ」


 その言葉で我に返ったシークは体裁を整えながら奈落山へと近付いていく。


「邪魔をしたようで悪かったな」

「いや、構わないさ。そろそろ止めようと思っていたしね」

「そうか……。それにしても速いな。流石はかの有名な奈落山家の娘だぜ。あまりに速くて刀身を見失うかと思った」

「つまり……見えていた、ということかな?」


 シークはその質問ににやりと笑うだけだ。


「へー……」


 シークの表情に問いの答えを見た奈落山は、感嘆の声を上げると構えを解いて姿勢を伸ばし近くにおいてあった水筒から液体を口に流し込む。


「くぅ――! やっぱり運動の後に飲む水は何物にも換えがたい美味しさがあるよねー!」


 水を凄い勢いで飲んだ奈落山は、おっさんみたいなことを言っている。


「おっさんみたいだぞ」

「ん? あっはっはっは、シークはお母様みたいなことを言うね。お母様もはしたないから止めなさいとよく言うよ」


 お母様と言うのは、現剣神・奈落山崩壊ほうえのことだ。


「……俺は会ったことがないから分からないんだが、剣神はやさしいのか?」


 奈落山の明るさを見るとそれほど厳しくなく、逆に、放任主義者のように見える。

しかし、奈落山はその言葉にきょとんとした顔をしたあと、大笑いして否定する。


「あっはっはっは、そんなわけないじゃないか。凄く厳しい方だよ、お母様は。怒ると剣で斬りかかってくるからね」

「ぜんぜん笑い事じゃないだろ。殺しに来てんじゃねーか」

「あっはっはっは」


 それでも笑う奈落山をジトッとした目で見る。


「それでなんでそんな風になるんだよ」

「私の性格はお父様譲りだね」

「ふーん……」


 母親が厳しくて父親が優しいのだろう。他人の性格を根元まで調べる気のないシークはそこで追求を止める。


「それにしてもシークは目がいいんだね。お母様には遠く及ばないまでもかなりの速さがあったはずなのだけど……」


 自分の木刀を愛おしそうな視線で撫でながらぼやく。


「まあ、ぎりぎりだけどな」

「それは……羨ましい限りだね。……一目見たときからなんとなく思っていたんだけどさ、シークってもしかして相当強いの?」


 少し身をかがめ、下から覗き込むように見てくる。だが、シークは動じずに困ったような笑みを浮かべる。


「どうだろうなー。実を言うと俺は身内の人間以外とあまり戦ったことがない。だから分からん」

「ふーん、まっ、いっか。近いうちに戦う機会もあるだろうし。楽しみは後にとっておきたいからね」

「……」


 妙な期待を持たれてしまったみたいだ。シークは背中に冷や汗をかきながら頬をかく。

シークは話題を変えようと奈落山をじっと観察すると、木刀が少し普通のものとは違うことに気付く。


「それ、ちょっと見せてもらってもいいか?」

「ん、これかい? べつにいいよ」

「ありがとう」


 一言お礼を言って、奈落山から渡された木刀を見る。


「へー……」


 刀身の反れ具合や長さ、それに使われている木材もシークの知っている木刀とは違う。内側には金属も使われている様で、見た目以上に重い。


「お前専用ってヤツか?」

「よくわかったね。私の身長や好みに合わせて新調してもらった特注品だよ」

「そうか……。そんな大事なもの、見せてくれてありがとな」

「見せるくらいなら別に構わないさ」


 お礼を言って、木刀を奈落山に返す。


「ああ、そういえば……」


 そこでシークは聞こうと思っていた疑問を思い出す。


「何でお前、誰かから逃げるように走っていたんだ?」


 シークが駅前の路地ですれ違った少女は奈落山だった。


「ん? 私と何処かであった……ああ! あの時すれ違ったのはシークだったのか! あっはっはっは、それはまた凄い偶然だね。何で気付いたの?」

「んー匂い、だな」

「えっ、私ってそんなに匂うかい?」


 目を見開いて驚いた奈落山は、慌てて自分の服の匂いを嗅ぐ。


「いや、甘い匂いだから気にするな」


 シークは少しだけ笑いながら安心させようと正直な感想を述べる。

しかし、奈落山はシークの感想に戸惑いながら身を引こうとする。


「……それは別の意味で気にするのだけど。シークってもしかして変態さん?」

「止めろ。俺は紳士だ,……おいっ、俺から離れようとするな」


 シークは弁明するが、奈落山の表情から嫌悪感は消えない。一歩二歩と離れようとする奈落山を慌てて静止させる。


「信用して大丈夫なんだね?」

「ああ……」


 やっと納得してくれた奈落山は再び笑顔に戻る。その笑顔の意味を悟ったシークは小さく溜息を吐く。


「冗談でも止めてくれ」

「あっはっはっは、ごめんごめん。シークが真面目な顔で匂い、とかいうから」

「……」


 舌を出して謝る奈落山に、シークはなんと言っていいか分からず困ってしまう。


「それで話を戻させてもらうけど、私の匂いってそんなに特徴的かい? 私は他国の人間だからもしかしたら独特の匂いというものがあるのかもしれないけど……。それにしても、ヘリオスに来るアネモニア人はそれほど珍しくないはずだよ?」


 アネモニアは他国と国として関わらないと宣言してはいるが、鎖国をしているわけではない。それだけでは奈落山とは特定できないはずだ。


「すれ違いざまに目が合っただろ? それに眼と髪の色とかでな」

「へー、確かにこの眼とこの髪の色はあまりいないからね」


 奈落山は自分の目と髪を触りながら少し誇らしげに同意する。


「けど……」


 奈落山の色の瞳が光を放ったように怪しく光る。


「それだけじゃないんだろ?」

「っ……!」


 奈落山の意外な切り返しにシークは一瞬だけ驚くも、すぐに平静を取り戻す。


「これ以上は企業秘密だ」


 その答えに奈落山はおっ、という顔をしたあと、噴き出すように笑う。それに釣られ、シークも笑う。

二人の笑い声は朝日が射しこむ誰もいない列車の中で、これからの学園生活を彩るように木霊した。



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