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ノーリミットアビリティ  作者: 桐地栄人
第二章 挫折の果てに

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第54話 挫折の果てに見上げる空は眩しくて……

地面に倒れ伏したのは……ジャックのほうであった。

それと同時にシークの胸から腕が戻っていく。


「あ、ありえないのです! そ、そんな私の能力が……返されるなど……!」


口から夥しい量の血を吐き出しながらジャック叫ぶ。

シークは意識を失いつつあるジャックを見下ろしながら語りかける。


「奇遇だったな。俺もお前と同じ能力を持っていたんだよ。空穴」


変人種は二つの身体と二つの魂を持つ。

そして、能力も二つ。


「そんな、はずは……な、い……ガハァッ!」

「沈め」


その声と共にジャックは顔を地面へと落とし、二度と上げることはなかった。


「……ふぅ」


ため息を一つ吐くと、シークは振り向き、シャーリーに近付いていく。

あまりにも平然とした歩き方に、シャーリーは心配になって恐る恐る聞く。


「お、お前……胸は大丈夫なのか?」

「ん?ああ問題ない。ほれ」


そう言って服をたくし上げる。


そこには昔の訓練の古傷以外、真新しい傷は存在しなかった。それに、そもそも先程シークが吐いたはずの血反吐のあとさえなくなっていたのだ。


「な、んで……」


シャーリーはシークが最後に見せた能力が空間系ではないことに気づいていた。

自分が使う系統だからこそ、何よりも詳しく調べていた。

仮にシークが空穴を使っていたとしても、血反吐まで消えるなんてことはあり得ない。

起こった事実すらも変えられる力。

そんな系統は一つしかない。


「お前……まさか……!?」

「まあご想像にお任せするよ。それに俺はあいつみたいに自分の能力をペラペラと語ったりはしない。大事なのはあいつは死んで、俺が無事で、何より重要なのはお前が無事だってことだ」

「……」


圧勝。


シャーリーが手も足も出ずに敗北した相手を、シークは傷一つ負う事なくあっさりと倒してみせた。

これくらいは当たり前だと言わんばかりに堂々としたその態度に、シャーリーは胸を打たれる。

シャーリーが幼い頃より夢にまで見て憧れ、目指していた最強の姿があった。

全世界で最強とまで言われるヴァリエール直属の守護者の姿がそこに……。


そして、顔が自然と地べたに落ちていく。

ポトリ。

一粒の涙が地面へと落ちる。


追いつけない……追い越せない。

同じ歳なのに、自分とシークの間には既に圧倒的過ぎるほどの差がある。それを、嫌という程教えられてしまった。


「ああ、やっぱり私は……」


シャーリーはこの瞬間、目指していた夢を諦めた。




一方、そんなシャーリーの心の機微に全く気付かないシークは自身の影に月光刀を仕舞い肩を回しながら、俯くシャーリーに話しかける。


「立てるか?立てるならさっさと帰るぞ。久々に全力疾走したから疲れたぜ」


シャーリーの前に立ったシークはぶっきら棒にそう言う。

しかし、俯いたまま動かないシャーリーを訝しんだシークは、肩を回すのを止めて再度聞く。


「どうした?腰が抜けて立てねぇってんならおぶってやるぞ?」

「……」


しかし、シャーリーはシークのその言葉にも沈黙を返す。


「本当にどうしたんだ?怪我……じゃないよな?それとも、腰が抜けて立てないことを恥ずかしがってんのか?だとしたら気にする事はないぞ。俺も初めての実戦でな……」

「……違う」


場を和ませようと自分の失敗談を語ろうとしたシークの言葉はシャーリーの悲痛な呟きによって掻き消された。


「お、おう……」


シークは他人の心の機微に非常に疎い。

シャーリーが、なぜ俯いていて悲痛な声を上げているのかが全く分からず困惑してしまう。


「私は、もう……戻らない」

「は?」


シークはシャーリーが何を言ったのか分からず、疑問符を口にする。


「すまんが聞こえなかった。もう一度言ってくれるか?」

「…………私は、もう……戻らない」

「……」


相当な葛藤があったのだろう。一つ一つ区切るように、しかしはっきりと告げた。


「それでいいのか?」


数秒間の沈黙の後、シークの最初の言葉はそれだった。


「……」


いい訳ない。

それは彼女の生きてきた十三年の月日が塵と化してしまう事と同義だ。

それを理解してなお、シークはさらに追求する。


「答えろ。 お前はそれでいいのかって聞いてんだ」

「……ヒクッ、い……い、いい」


嗚咽と共に何とかその言葉を絞り出す。


「………そうか。なら、何でいまお前は泣いているんだ?」

「こ、これは……い、今までの……今までの努力が、無駄……になったから」

「どう見ても違うだろうが」

「ち、違くない!私は……私は本当に!」


頭にあるその続きの言葉が口から出てこない。胸が痛い。息はしているのに、酸欠状態のように苦しい。


「違うだろう?お前が涙を流しているのは、今のお前の言葉を、お前自身の心が否定しているからだ。ジンの横にいたいという夢を諦められないからだろ」

「こんなもの!」


やっと大きな声が出た。勇気を振り絞って、全てを終わらせるための悲鳴をあげる。


「こんなものは親の教育で植え付けられただけのものだ!私自身の望みではない!」


張り裂けそうなほど痛む胸を堪えながらシャーリーは叫ぶ。


「……確かにお前の進んできた道は、家の定めによって決められたもんだったのかもしれねーよ」


それは否定しない。

シャーリーが昔、嫌々訓練をさせられていたことはシークも聞いた。

だけど……。


「それを理解してなお、お前はジンを守ろうって目指していたんじゃないのか?その為に、血の滲むような努力をしてきたんじゃねーのか!その為に、邪魔者の俺を血反吐を吐きながらでも排除しようとしたんじゃねーのかよ!お前の努力の始まりは、例えお家の教育だったとしても……今までお前がジンの為に努力していた気持ちは紛れもなく本物だったはずだろ!」


彼女は狂気的なまでにジンを守ろうとした。そう教えられてきたから、だけではない。それだけであるわけがない。


シーク自身、ジンがただの優しさで自分を救った訳ではないことを知っている。

シークが超能力者でなければ、シークが天職持ちでなければ、きっとジンはシークのもとに来なかっただろう。


「それでも……」


自分の心臓を握りながら……、膨らんでくるあの時の抑えきれない高揚感を思い出しながら、シークは言った。


「お前はヴァリエールに憧れたんだろ」


シークがヴァリエール家に引き取られた当初はジン達を少しも信用せず、反抗した。

しかし、嫌々でも手を動かしていれば自然と文字を覚えていくもの。

そして、文字を覚えて数ヶ月経ったある日、シークは見たのだ。絵本にまでなっているヴァリエールの歴史を。

ジン達は決してシークに見せようとはしなかったけれど。


その中でも最も有名で最も古い逸話がある。神話といってもいい。

同時の世界はあまりに荒れ果てており、戦争をしない国の方が珍しかったと言われるほどであった。

そんなある年、再起不能とみなされたこの星に神が自らの使途を送り、人々に戦を仕掛けた。そして一年と経たず、存在した国の九割が滅んだ。

当然である。

空を舞い破壊の限りを尽くす天使の軍団に勝てる国などあるはずがない。

そう誰しもが信じ、絶望していた。

その中にあってただ一国、星を滅ぼす為に送られてきた神の使徒に戦を挑み、勝利した国があった。

全国民を指揮し、空を舞う天使の軍団に勝利した軍。それを率いていたのが、初代ヴァリエールだった、

アガルト・トト・ヴァリエール

歴史上最強と言われる軍師の名前。

国を立て直し、世界を立て直し、戦に明け暮れていた星を、神さえ見放したその星を立て直して見せた。

そこから始まるヴァリエールの栄光の数々。


シークはその時、確かに自分の世界が壊れる音を確かに聞いた。

それ程までに衝撃的だったのだ。


「お前はそんな彼等の横に自分が居られることを誇りに思ったんだよな!心の底から、自分がヴァリエール家に仕えられることに感謝してたんだよな!」


断言出来る。何故かって? そんなの簡単だ。


「だってさ、他でもない、この俺が……そう思ったんだよ」

「……」


シャーリーはしゃっくりを繰り返す。


「あんなすげーやつの隣に居られるって、そう考えただけで胸が高鳴ったんだよ。ヴァリエールの歴史の一ページを……そのすぐ横で見られるって思っただけで幸せになれたんだ。俺は生まれも育ちも悪くてさ、盗みばっかりしていたんだ。そんな人間でも、こんなすげぇ奴の横に居られるってことがとんでもなく嬉しかったんだよ!お前は嬉しくなかったのか? こんなすげぇ 奴の隣に自分は居られるんだって誇りに思わなかったのか? 違うだろ!」


シークは感情を爆発させるように叫ぶ。

ヘリオスでヴァリエールに憧れない者はいない。それ程までに有名で、それ程までに彼らは英雄だった。


今尚語り継がれるその昔話を見ては心と体を震わせ、語り合っては胸のうちから湧き起こってくる興奮とも羨望ともいえる感情をぶつけ合う。

人はその感情に憧れという名前を付けた。

そして憧れは夢となり、夢は目標となる。


シャーリーもそれを感じていた。だから今までやってこれたはずだ。

どんな努力も、目標のためならばと喜んでやった。

どんな痛みも強くなる為の代償だと思えばへっちゃらだった。

どれだけ笑われようと、胸を張っていた。

こんなにも自分は幸せなんだって……感じていた。

それは間違いなく……。


「お前自身が目指した事だろうが!」

「……っ!」


シークの魂からの叫びを聞いて、シャーリーは次から次へと涙が溢れてくる。

報われた気がした。



「で、でも……私は、お前に……酷いこと、言って……」


しかし、自分がヒツジを失望させ、シークを貶めた罪を思い出し、再び俯いてしまう。


「許すっつたろ?そもそも別に気にしてないしな」

「きっと……誰も私を許さない」

「誰もって誰だよ。俺が知る限りお前が突っかかったのは俺だけのはずだ」

「……」


シークは穏やかな声で続ける。


「許すよ。俺はお前を許す。もし他に誰か侮辱した相手がいるのであれば一緒に謝ってやる」

「何で……何でそこまでしてくれるんだ」

「お前の努力が報われて欲しいって思ったからだ。それに……ヴァリエールは神憑達の中で最弱だから。俺達が盾になってやらねーと、すぐやられちゃうからだろ?」


ヴァリエール家は神憑達の中で最弱なのは有名な話だ。他の神憑と一対一で決闘した場合、ヴァリエール家は神憑の誰にも勝てはしない。


「でも……でも、ヒツジ様は私に」

「お前だって本当は気付いているだろう? ヒツジはお前に二度と顔を見たくない、だなんて言わなかった」


ヒツジは言った。

好きに生きなさい、と。出直して来なさい、と。

それはつまり……。


「ジンも俺も、ヒツジだって、お前が変わってくれることを望んでいる。そして変わって見えてくるもんが増えても、ジンの横に居続けてくれることを望んでんだよ」

「そんなこと……あるわけ……」

「ないと思うか?お前が牙城院や奈落山と一緒のルームメイトになったこと。一年全組を併せても恐らくお前に勝つことが出来る数少ない存在である俺と奈落山が同じ組であること。そして、お前と奈落山が同じ部屋であること。全部偶然か?出来すぎてないか?」

「でも、そんなこと……」

「ヴァリエールなら出来てもおかしくない。それはお前が誰よりも知ってんだろ」


しかし、ヴァリエール家は知能と知恵の高さで比べれば、他の神憑の追随を絶対に許さない。仮に他の神憑達と一対九で頭脳戦をしたとしても、ヴァリエール家は彼等に完勝する。

それ故、断絶を繰り返す神憑達の中で最古の家系であり続けるのだ。

そんなヴァリエール家の次期当主が、その横にいようと目標にしている人物が、自分を見て期待している。こんな嬉しいことが他にあるだろうか。


「無いに決まってるよな!」

「うん……うん!」


シャーリーはしゃっくりを繰り返しながらも何度も頷く。


「ジンはそこまでお前に対して手間と時間を掛けてる。それだけお前を見ているし、その分だけ期待してる」

「私は……私は……」

「戻ってこい!」


未だ迷い、そして逃げ道を探そうとしていたシャーリーに、シークは手を差し伸べながらはっきり告げる。


「俺と一緒にあいつを守ってやろう。そして、あいつの目指しているものを……一緒に見よう」


ぶっきら棒で、恥ずかしくて、本当のことを言えないシークの、紛れもない心からの言葉だった。


「いいのか?私は……どうしようもなく愚かで、弱い人間なのに……」


止めどない涙を流しながら、ゆっくりと顔を上げたシャーリーの頭を撫でながらはっきりと断言する。


「いいに決まってんだろ?他の誰でもねぇ、お前がいいんだ」

「シーク……シーク!私は、私は……!」

「何も言わなくていい。胸くらい貸してやる」

「シーク!!ーーーー……!!」


満点の星空の下、シャーリーはシークの胸に抱きつき、感謝と謝罪の言葉を涙ながらに言ったのだった。




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