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ノーリミットアビリティ  作者: 桐地栄人
序章 いつもと違う日常
3/70

序章その3 見上げる天上

「な……なに言ってんだ?」


少年は聞き返す。

命を狙った相手を弟にするなんて正気の沙汰とは思えなかった。

しかも少年は、実はお金持ちからお金を盗んでは貧しいものに配る義賊だった、なんて事もない。

生きる為に必要最低限だったとはいえ自分のために人の物を盗むコソ泥だった。

聞き間違いだと思ってしまうのは仕方のないことだろう。


だが、ジンの言葉に驚いたのは少年だけではなかった。


「ジ、ジン様!?わ、我々はなにも聞いておりません」


フラグマが口を挟む。その横ではコスモスも顔に手を当てて困った顔をしている。


「ええ、たった今思いつきましたからね」

「なっ!?」


 どうやらジンはここに来る前から決めていた言葉ではなかったようだ。


「一目惚れ、というやつですよ。僕は彼を一目見て弟にしたいと思ったんです」

「い、いけません!このような辺境の……しかも、何処の馬の骨とも分からぬ者を貴方様の弟にするなど…… お爺様もご許可致しませぬでしょう。それに下の者も納得しません。もちろんこの私もです」

「それを説得するのがこれからの僕の仕事ですね。それに説得もそれほど難しいことではありません。お爺様も彼を見たらすぐにご許可を下さるでしょうし」

「それは……一体……?」


 フラグマが聞き返す。

 すると、ジンは立ち上がり、フラグマと真正面から見合う。

 普通ならば身長百八十センチは軽く超えるフラグマと、身長百三十センチ程のジンが見合っても子どもと大人の睨み合いにしか見えない。

 しかし、ジンが纏う気がジンを対等以上の存在に引き上げていた。

 フラグマもジンも一歩も引かず互いを見つめ合う。

 このまま睨み合いが続くかと思いきや、ジンが口を開く。


「僕の才能が……彼を弟にしろと言うんだ」


 少年にはその言葉の意味が分からなかった。

 しかし、フラグマには伝わったのか、目を見開き驚いている。


「そ、それは……」

「こんな事初めてだよ。僕の知る限り、ヴァリエール家の過去を見てもこんな人は他にいなかったはず」


ジンは少し興奮しているのか、先程までの敬語も忘れてフラグマに語る。


「彼には何か天命があるのかもしれない。それが何かまでは分からないけど僕はその勘を信じたいと思う」


 それを聞いたフラグマは暫く目を閉じ、そして数秒後に目を開けると、


「……貴方様がそこまで仰るのであれば我々からいうことは何もありません。差し出がましいことを申し上げました。申し訳ございません」

「いえ、構いません。僕も少し興奮してしまいました。彼を置いてけぼりにしてしまいましたし」


 ジンは再度少年に合わせて膝をつくと興奮のためか、砂色の瞳をさらに輝かせながら少年の真っ黒な目をまっすぐに見てくる。


「勝手に興奮してごめんね。それで……どうかな?僕の弟になってくれると嬉しいのだけど……」


 そう言ってジンは透き通る様な笑顔で手を差し伸べる。


「……」


 一瞬の戸惑い。

 これ以上ない程素晴らしい誘い。恐らくもう二度とこんな事はないだろう。

 少年がここに居続けても何も変わらない未来が待っている。少年の特性を活かせば他の人よりも安全な人生を暮らせる。

 だがしかし、それでも人は死ぬ時は死ぬのだ。

 銃弾が飛び交うのが日常茶飯事のこの街では流れ弾に当たって死ぬのは別に珍しくない。

 他にも衛生面の悪さから重い病気に罹ればまともな薬もない為、治すこともままならない。

 その他にも寝ている最中に少年に気付かずに寝ぐらに火を付けられたりと様々なリスクがあるのだ。

 ジンについて行けばそれらのリスクは全て無くなる。

 夜中に突然の銃声で起き上がることも、病気に怯えることも無くなるのだ。 

 貰えるご飯も少年がいつも食べてる虫に食われて歪な形をした果物や泥が付いたままのボロボロの野菜とは比べ物にならないであろう。

 そんな甘い蜜を垂らしたような日常が、手を伸ばせば届くところまで来ている。

 だが……。


「断る!」


 そう叫び、ジンの差し出した手を弾く。


「どうせお前は俺を利用しようとしてるんだろうが!」


 少年は純粋ではない。世界の不平等さも大人の汚さも直に見てきた世界の汚さに揉まれた子どもだった。

 こんな甘い話は罠だと相場が決まっている。

 少年は少しだけ時間を空けられたことで勢いを取り戻せた。


「……うーん」


 ジンは少し考える様な素振りをする。

 少年はそんなジンをキッと睨み続ける。少しでも気を緩めると心が揺れてしまいそうになる。


「じゃあ約束をしよう」


 突然ジンが真顔になりそう切り出した。


「約束、だと……?」


 反射的に批判しようとした。どうせ後になって反故にするに決まっている。しかし、ジンの真っ直ぐな瞳に押され、その声は喉の奥で止まってしまった。それほどまでに力強い視線だった。


「うん、約束。僕達は君に命令をしない。したくない事はしなくていい。君に何かしたいことができるまで僕達は静かに見守らせてもらうよ。そしてそれが出来たら全力で応援する。ジン・ヴァネッサ・トト・ヴァリエールの名に誓うよ」

「ジ、ジン様っ!?それは!」

「あらあら……」


 ジンの誓いを聞いたフラグマが慌てふためく。コスモスも先程以上に困った顔だ。


「ヴァネッサ」


 その名前にどの様な意味が込められているのか少年には分からなかったが、それがとても大切なものだとは分かる。


「いいのですよ。これが僕の彼に対する精一杯の誠意です。それでどうだろう?この条件で僕の弟になってくれないかな?」

「……」


 信じてもいいのではないだろうか。

 そう思ってしまった。ジンの言葉にはそれだけの重みがあったのだ。


「……分かった」


 ポツリと少年は呟く。


「本当に!?ありがとう、嬉しいよ。じゃあ、約束」


 ジンはそう言って右手の小指を立ててくる。

 俗に言う指切りげんまんというやつだ。少年も見たことがある。

 その指をしばらく見つめた少年は、数秒の沈黙の後、ゆっくりと口を開く。


「一つだけ、なりたいものがある」

「言ってみて。力になるよ」


 穏やかな……まるで本当の弟の頼みを聞くような表情でジンは言った。

 そんなジンに対し、シークは衝撃の言葉を口にした。


「俺は……お前になりたい」

「えっ?!」


 ジンは初めて驚いた表情をする。そのことに少し優越感を感じながら、少年は更に続ける。


「お前みたいな偉い人間になりたい。お前みたいな凄い人間になりたい」


 もう二度と煤けた衣服を着なくていいような、臭い飯を食わなくていいような、何年も使い古した汚い靴を履かなくていいような。

 そんな人間になりたい。

 そして少年が知る限り、それに最も近いのは目の前にいる憎くて恨めしくて、格好良くて憧れる男だった。それは純粋ではないが幼い少年が夢を見るには充分すぎるほどの輝きだった。


「……」


 しかし、ジンはしばらくの沈黙の後、静かに笑い出してしまった。


「なんだ?何かおかしい!」

「あ、ああごめんごめん!おかしくて笑ったわけじゃないよ。ただね、何だか嬉しくてね。……なるほど、弟を持った兄とはこんな気持ちなんだね」

「……馬鹿にしてるのか?」

「違うって。……あっ、そうだ!一つだけ決めなきゃいけないことがあった!」

「……決めなきゃいけないこと、だと?」

「そう!物凄く大事なことだよ」

「……」

 突然の話題の変換ではあるが、少年はジンの言葉に警戒する。

 最初に簡単な条件を突き付けといて後で「ああそう言えば大したことじゃないんだけど……」と言って後からさらに条件を突き付けてくると言う詐欺を聞いたことがあった。

 もしそうならばこの場から即座に逃走しなければならない。

 そう思って身構えていたのだが……。次の瞬間、ジンの口から発せられた言葉は、


「君の名前を決めようか!」

「は?」


 少年の名前を決めることだった。

 悪い方向ばかりを考えていた少年は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「名前だよ。いつまでも少年では呼びにくいだろう?」

「……んなもんどうでもいいだろうが」

「よくないよ。名前は大切なものだからね」

「ふん、勝手にしろ!」


 少年はいじけて背中を向ける。

 しかし、ジンはそんな少年の態度すら微笑ましく思ったのか、笑顔になりながら顎に手を当てて考え込む。


「うーんそうだなー。やっぱり一生使うものだからカッコよくて名乗り易いのがいいよね……。ああそうだ、君はこの街ではなんて呼ばれているのかな。あだ名くらいあったよね?」

「……シーフ。そう呼ばれているはずだ」


 少年は背中を向けたまま答える。


「シーフ……、泥棒だね。ふーむ……」


 少年の通り名を聞くと、ジンは顎に手を当ててしばらく考え込む。そして……。


「……シーク。シーク、うん、いいね。君の名前は今日からシークだ。シーク・トト・ヴァリエール。今日からそう名乗って欲しい」

「シークか……。悪くねぇな……」


 その日から少年の名前はシークとなった。

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