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ノーリミットアビリティ  作者: 桐地栄人
第1章 初めての学園生活
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第19話 天職持ち


「おかえり」

「おう」


自室に戻ったシークの下に、ギリギリまで待ってくれていたレイン達が迎えてくれる。


「じゃあ、時間も時間だし、行くか」

「ああ、待っててくれてサンキューな」

「いやいいよ、ギリギリまで待つくらい。じゃあいくか」


 四人で部屋を出て、廊下を歩き、エレベーターに乗る。

シークのいる階層は三十三階。一階に着くまでに何度か生徒を乗せるために何度か止まる。

その度に乗り込んでくる彼らに共通しているのは、エレベーターの中にシークを見つけると突然驚いた顔をして、チラチラと横目で見てくることだ。

そして、六人目を載せた時だった。一人の男子生徒が勇気を出して挨拶をしてくる。


「おはよう、シーク君」

「ん、おはよう」


 もちろん名前知らないし会ったこともない人間だ。向こうからの一方通行で知られているだけだが、無視するのも嫌な感じであろうと思い、シークも適当に挨拶を返す。

一人が挨拶をしたのをきっかけに挨拶をする生徒が増える。


「おはよう、シーク君」

「おはよう」

「おはようございます」

「ああ……」

「おはようです」

「……ん」


 段々面倒くさくなってきたシークは挨拶が適当になっていく。

一階に着くと、他のエレベーターからも生徒が降りてきて、歩いているシークを見つけると隣の同部屋の人間に声を掛けてシークを指差して知らせている。

結果、エントランス中の生徒達がシークを見ていた。外に出るとそれが倍になる。

女子が横の寮から出てきて、その中の一人がシークを見つけると、一気に他の女子生徒も騒ぎ出したからだ。

そして、それを見たレインも騒ぎ出す。


「おいおい、一体何の騒ぎだ?」

「わざとらしいから止めろ」


 男が話しかけても欠伸をして一切興味を示さなかったレインが突然、シークの隣でわざとらしくそわそわし出す。


「「あはは……」」


 防蔓とアルトは苦笑いだ。


「彼女達はいったい何を騒いでいるんだ? ま、まさか、俺……」

「お前じゃないから安心しろ」


 女子達から、「あれがシーク君?」という声が彼方此方から聞こえる。

必然的にシークの顔の評価へと変わるが、それから聞こえてくるシークの顔面評価のほとんどが、普通、だった。


「複雑な気分だ……」

「普通! 普通って! しょっぱ!」


横で大笑いしているレインの脇腹を軽く殴ったあと、溜息を吐く。


「だ、大丈夫だよ、シーク君! シーク君はかっこいいよ!」


 防蔓がシークを励ましている。それにアルトものって来る。


「そうそう、シークはかっこいいよ」

「虚しくなるからやめてくれ……」


 防蔓は美少年という言葉がぴったりと似合うほどの整った可愛らしい顔をしている。

 アルトも女装すれば女子生徒に見えるほど整っている。レインはイケメンよりの顔だ。

 しかし、シークは普通だ。整った顔はしているものの、取り立てて何かあるわけではない。


(なんか腹立ってきた)


 イケメン達に囲まれたシークは晒し者にされている気がして段々と腹が立ってくる。


「ほら、急ぐぞ!」


 ぶっきら棒にそう告げ、シークは足を速める。


 その後、レイン達と別れたシークは一人、教室の前に佇んでいた。

何故なら、今までとは違う異質な空気が教室内から流れてくるからだ。

シークが今から受ける授業の名前は特殊技術学。

超能力とはまた別の、ごく僅かの超能力者しか持っていない特殊な才能の集まりだ。

それらは先天的なものであり、正しい意味で天才と呼ばれる者達だった。

そんな異質な教室の中を、シークはドアの隙間から中を覗き込む。


「うわー……」


 ついそんな声が漏れる。

 ノートに何か書き込んでいる者。

机に突っ伏している者。

窓から外を見ている者。

ここまでは普通だ。問題はここからである。


 まず目に付くのは、両手に人形を持って動かしている少女だ。能力か何かで、触れてもいないのにもう一体の、計三体の人形を動かし、まるで人形劇でもしているかのように小さくボソボソと呟いている。


次に教室の一番後ろでは生徒が一人倒れていた。よく見ると、その頭の下には枕が敷いてあり、倒れているのではなく寝ていることが分かる。ここは自室ではない。授業二日目にして、教室の後ろで堂々と居眠りをしているその異常さにシークはげっそりする。


他にも、ヘッドホンで音楽を聴きながらリズムに合わせて身体を揺らしたり、お菓子を食べている生徒がいる。


これだけ異質な空気の中で、彼らは平然としている。それどころか他の誰にも興味がないかのように誰とも話さず、また、話そうともしていない。

 教室内を一度見回して、ゆっくりと音を立てないように教室内に入る。

静かに開けたからだろう。シークが入ってきても誰も見ない。

それどころか気付いてさえいないのか誰も何のアクションも起こさない。

他人に興味がないのか、本当に気付いていないのか。

どちらの可能性も否定できない。


シークは静かにドアに一番近い教室の一番右前に座る。それと同時に一時間目の始まりのチャイムが鳴る。やはりギリギリだったようだ。

教室内には空席が目立つが、それは来ていないからではなく、彼らの存在の希少さ故、席が全て埋まらないからだ。

 チャイムが鳴り終わるのと同時に教員が入ってくる。

しかし、それでも教室内にいる生徒のほとんどが微塵も気にしない。

シークが入ってきた時と同様、彼らはたった一人たりとも教師の方に顔を向けなかった。

教師も予想通りなのであろう。それを見ても少しも動じない。


 天職持ち。それが彼らの総称だ。

 人によって特性は違うものの、天職を持つ者達は特性に適した分野において世界一の才能を持っている。普通の人間が長い年月を経ることによって身につける技術を、彼らはこの世に生を受けたその瞬間から持っている。天職を全うするためならその才能は何処までも高くなる。その天職で生き、育ち、そしてその分野でトップになるために産まれてきた存在。

それ故、彼らは若干十二歳にして自分の確固たる世界観を持っており、その道に不必要な他者が介入する余地がなかったのだ。今までは……。


 ドアから真っ直ぐに教壇まで歩いた教師は、教室内を少し見回した後、一言呟く。


「こちらを見なさい」


 その瞬間、教室内の全ての生徒が反応を示した。頭の内側、脳に染み渡るようにその言葉が響いてくる。


「立っている生徒は着席しなさい。寝ている生徒も同様です。机の上に教科書とノート、筆記用具以外を置いている生徒はバックの中にしまいなさい。私の顔と声を遮る物を付けている者はこれを外しなさい」


 怒鳴ることもない、淡々とした静かな声だった。それでもその場にいる生徒達の興味を引くには充分だった。

それほどの力が彼女の声には宿っていたのだ。


「へぇー」


 シークはその様子に感嘆の声を漏らす。まず間違いなく、全授業で最も癖のある授業を受け持つだけあってこの程度は予想の範囲内のようだ。

生徒達は先生に興味を持ち始め、もそもそとゆっくりながらも各々空いている席に座りだす。

生徒達が座ったのを確認した教師はそれを見て大きく頷くと、よく通る声で自己紹介を始める。


「協力してくれてありがとう。では早速だが自己紹介をさせてもらおう。私はメイリー・アイスティス。天職は、教師だ」


 生徒達は何も言わない。ただ興味はあるようで、その視線は真っ直ぐにメイリーを見ている。


「では、この授業の概要を説明する。この授業の名前は特殊技術学と名付けられているがその実、私が君達に教えるのは技術ではない。何故なら私は君達の天職あった技術を教えることができないからだ」


 至極当然である。天職が教師である彼女の特性は、教鞭をとること。自分の持っている知識を最高の形で生徒達に届けることである。知らないことは教えられないのだ。


「私がこの授業で教えるのは、君達が社会に出て上手く人と付き合えるようにコミュニケーション力を高めることだ」 

(特殊技術学ってそういう意味かよ)


 シークは内心でがっかりする。

この場にいる生徒の数は通常の授業の半分もいない。

これだけの人数の天職持ちを揃えれば、その才能は全くとしてまとまりも関係性のない天職同士が現れる。

そんな中、一体どんなことを教えるのだろうかと期待していたら、要するに道徳だった。

 教室に入ったときの教室内の様子を考えれば、確かに彼らには最低限、人との付き合い方を今一度、しっかり教える必要があるのかもしれない。

だがしかし、シークは人との付き合い方は最低限日常生活に支障をきたさない程度にはあるつもりだ。つまり別にこんな授業としてやるまでもないことだった。

シークは内心、かなり期待していただけに、がっかりした拍子にやる気まで削がれていく。


(道徳とか面倒くさ)


 ついそう思ってしまった。

その瞬間、メイリーはシークのほうに首を回し、注意する。


「今、面倒くさって思ったでしょう? シーク君」

「なっ!」


 シークは驚きに目を見開く。


「私の天職は教師といったはず。受け持っている生徒の行動は瞬き一つ見逃したりしない」

「……」

(へー)


 シークだけではなく、他の生徒達もその言葉に驚き、ニヤリと笑う。

その顔は自分達と同じ人間の匂いを感じた、独特の顔だった。

メイリーは生徒達から無事合格をもらえたようだった。それからは生徒達一人一人に軽く質問をして今日は解散となる。


 二時間目の授業を受ける前に、一緒に受講するレインとアルト、防蔓と合流する。


「おうシーク! 一時間目、どうだった?」

 早速ニヤニヤしながらレインが質問をしてきた。シークはその質問に、授業風景を思い出しながら答える。


「よかったんじゃないか? 癖のある奴らばっかりだったが上手く纏めていた」

「おお、それはすげーな」

「ああ、天職は教師だってよ」

「ふーん」


 レインは適当な相槌をうち、何か思いついたようにシークの顔をみる。


「で、お前の天職はなんだ?」

「言うか」

「そらそうか」


 シークが即拒否するとレインは笑って誤魔化す。


「レイン、他の人に気軽に天職とか聞いちゃ駄目だよ」

「流れでいってくれるかなぁと」

「言うわけないだろ」


 少しだけ笑っている様子からシークもそれほど気分を害していない。

その様子にアルトはホッとし、レインもまた笑う。


「……」


 何も言わず静かに防蔓はレイン達のやり取りを見ている。その様子に気付いたシークが防蔓の肩に手を回して聞く。


「どうした、防蔓?」

「い、いえ、何でもありません」

「そうか」


 防蔓は慌てて首を横に振っている。


「お、教室に着いたな」


 ちょうど次の授業が行われる教室に着く。教室のドアを開けると、二日目とあって中からは生徒達が話し合う喧騒が聞こえてくる。

しかし、その生徒達の一人がシークを見つけると一瞬で教室内に広がり、シークに視線が集まる。


「……」


 シークはその視線に気付いているものの、全て無視して端っこの空いている席へと行く。レインはそれらが全く気にならないようで、周りを見回しながらインタビュー風に聞いてくる。


「一夜にして有名人になったシーク君。ご感想はありますか?」

「うぜー」


 シークが席に着いた瞬間、周りの生徒がざわつく。他人に指を指されたり、ジロジロ見られたりするのがあまり好きではないシークは不機嫌な表情で答える。


「た、大変ですね」


 防蔓が横からシークに同情する。


「全くだ。これで闘技会のメンバーになったなんて知られたらまた面倒ごとになる」

「おお! やっぱりその話だったのか! 実は俺、一時間目でお前について聞かれたぞ」

「僕達も聞かれたね」


 レイン達三人は、朝と夜はほとんどシークと共にいる。シークは基本的に無表情で少し近寄り難いが、レイン達はそうでもない。

特に防蔓やアルトは一見、気が弱そうに見えるので格好の獲物であろう。


「ふーん、何て?」

「シークとの関係性とかローエン先輩に呼ばれた理由は何か、とか」

「うん、それで正直に同部屋って事と後半は知らないって答えたよ」

「そうか……、なんか迷惑かけて悪かったな」

「構わないさ。それに噂もすぐに静まる。人の噂もなんとやらっていうし」

「ああ、あり……」


 レイン達に感謝を述べようとしたとき、教室のドアを開けて入ってきたシャーリーが視線に入る。

シャーリーもシークに気付き、鋭い憎悪の視線を送ってくる。

それも一瞬のことで、すぐに視線を戻して、シークとは真逆の位置にある椅子に座り、教科書とノートを開いて授業の予習をしている。

しかし、シャーリーがシークを睨んでいた様子は他の生徒達も目撃していた。


「ねぇ、今の見た?」

「見た見た、何あれ? 感じ悪―い」

「自分より強いシーク君に嫉妬して貶めようとしたって噂、本当だったのね」

「そうそう! 幾ら何でも酷いよね……シーク君が可哀想よ」


 当然、既に広がっていた噂の標的の的となる。それらが聞こえているはずのシャーリーは歯牙にも掛けていない。

だが、それは、見ている側からすれば図に乗っているように見えたのであろう。

ウェーブの掛かった青色の髪を背中まで伸ばし、纏っている雰囲気や身に着けている装飾品からも、一目で高い位の家柄の者であろうと分かる少女がシャーリーに近付いている。

その目は明らかに高圧的なものだった。

反対側でそれを見ていたシークは、三人に質問をする。


「あれ、誰だ?」

「さあ、いいとこのお嬢様ってことは分かるが名前は知らんな」


 レインが知らないということはアルトも知らないだろう。次にシークは防蔓に顔を向ける。


「僕、あの方、知ってます」

「へー、誰?」

「あの……ネロ様に仕えているトール家のレイシアさんです」

「ネロ様ってのは水神の神憑、アーク家のネロ・アークだよな?」

「はい」

「あーそりゃまずいな」


 アーク家を含めた水神傘下のセントラル人はヘリオス人を嫌っている。それは、過去の大洪水の最中にヘリオスの神憑が起こした悲劇が原因となっている。

特にシャーリーのホロウ家とレイシアのトール家は犬猿の仲だった。

レイシアはシャーリーが問題を起こしたと聞いて、ちょっかいを掛けに行ったのだろう。あわよくばヘリオス人の評価を下げられたら万々歳であろう。


「ちょっといいかしら、ホロウさん」


 気取った話し方をしながらレイシアがシャーリーに話しかける。

一方でシャーリーは名前を呼ばれたのにもかかわらず、そちらをちらりとも確認しない。無視されたレイシアは、額に血管を浮かべる。


「ちょっとホロウさん、私の声が聞こえなかったのかしら。それともホロウ家の方は耳、いえ、頭が弱いのかしら?」

「なんだと? 貴様、もう一度言ってみろ」


 家の名前を出されて無視できなくなったシャーリーがギロリとレイシアを睨む。


「あら、では耳が遠いホロウさんの為にもう一度言って差し上げますわ。このセントラルでは家柄以上に強さが全て。弱き者が強き者を侮辱するなど以ての外。ええ、それが例え平民であろうとカオス人であろうと」

(あちゃー)


 シークは内心で頭に手をやりたい気分になる。レイシアは大きなミスを犯した。シャーリーはレイシアを鼻で笑う。


「な、何が可笑しいのかしら?」

「いや失礼。まさか、トール家の者がここまで愚かだと思わなくてな。つい笑ってしまった」

「何ですって?」

 レイシアは頬をほんのりと赤くしながら聞き返す。

「いいか、よく聞け。シーク・トトはヘリオス人だ!」

「な、なんですって!」


 あまりの衝撃にレイシアは顔を引きつらせながらシークを見る。シークもレイシアに対して苦笑いを返すしかない。


「情報の精査も出来ん愚かさを公然と晒すとは……。流石はトール家だな。昔から意味の分からん言っちゃもんだけが取柄なだけはある」


 シャーリーに言い負かされ、レイシアは羞恥で顔を真っ赤にする。


「……覚えてなさい。トール家の家訓はやられたらやり返す。トール家を侮辱した罪、必ず償わせますわ!」

 そう捨て台詞を吐いて、髪をかき上げながら踵を返し、自分の席に戻っていった。シャーリーはその背中を見送ることなく、また教科書を開き予習を始めた。二人のやり取りを聞いていたクラスはまた騒然となる。


「また、面倒くさいことばらしてくれやがって……」


 他の生徒達ががシークに話しかけなかったのはシークの素性が全く分からず、雰囲気や見た目からカオス人だと思っていたからだ。

しかし、生来ヘリオス人は社交的だ。気になる相手には自ら話しかけていくことも厭わない。カオス人ならそれはそれで構わないのだ。だがしかし、万が一カオス人ではなかった場合、それは侮辱とも捉えられかねない。

最低限裏が取れるまでは遠くから見ていようとした矢先の出来事だったのだ。ヘリオス人と思われる生徒の中には、早速シークにいつ話しかけようか相談する声がちらほら聞こえてくる。


「大変だな、シークも」

「うっせ」


 棒読みの同情をするレインを邪険に扱いながら、数時間後に押し寄せてくるであろう生徒達に頭を悩ませるのだった。

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