第9話 部屋割り
奈落山と別れたシークは、既に起きていたレインとアルト、そして防蔓に迎えられる。
「おう、おかえりー」
「おかえり」
「おかえりです! 長かったですね。どなたと会っていたのか教えてもらってもいいですか?」
「ああ、ただいま。奈落山……つっても分からないか。俺達が列車に乗っていた時、一緒の部屋だった奴だ」
「へーシーク、いつの間に彼女と約束したんだ?」
「えっ? レイン君も知っているんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ? 俺とシークは一緒の列車の同じコンパートメントだったんだ」
同じ列車で一緒だったとは言ったが、同じコンパートメントは言っていなかった。
「ええ! で、でも、じゃあ部屋も一緒だったって……」
「ああ、つまりこの二人はもともとペアだから、残りの二つの空きに偶々俺が入ったってことになるな」
「凄いですね! お三方は運命で結ばれているのかも!」
危険な香りのする言葉をアルト同様、素で言われ、背筋からぞわりとしたものが上ってきた。
「それ、本当に気持ち悪いからやめてくれ」
「ご、ごめんなさい。三人とも凄い仲がいいから……」
防蔓はシークの一睨みでシュンとしてしまう。
その様子を見て可哀想に思ったのか、レインが慌ててフォローする。
「ぐ、偶然が重なっただけだ。それで偶々息が合ったんだよ。な、シーク」
「ああ、レインとは初めて会った時から他人の気がしなかった。そう、まるで十年来の……」
そこでシークは一拍ためるとレインをちらりと見る。レインも視線に気付き、シークに合わせ口を開く。
「主従関係のような」
「友人のような!」
……。
「……おい」
「ふぅ……」
シークはなんで合わないんだ、と言わんばかりの非難の目線でレインを睨む。
「おい!」
「二回言わなくても聞こえてる。あー、恥ずかしい」
「恥ずかしいじゃねぇだろ!おかしいだろうが!」
「は? 何がだ?」
怒鳴るレインに対して、シークは何を怒っているのか分からないという顔をする。
「何で俺とお前の関係が主従関係なんだよ! いつから俺がシークの従者になった?」
「自分が従者側だと分かっているんだな」
「ちょ……これは違っ……」
「あはは、二人は本当に仲がいいね」
二人のやり取りを見てアルトが笑う。
「お、お二人は本当に仲がいいんですね」
「だろ?」
「どこがだよ!」
同意するシークと議論を続けたいレイン。
しかし、レインが次の言葉を発する前に室内に放送が流れる。
「新入生の皆様、大変長らくお待たせいたしました。今より地下食堂にて新入生懇親会を開催したいと思います。準備が出来次第、地下食堂へとお越しください」
その放送に即座に食いついたのは、先ほどまで怒っていたレインだった。
「お、飯じゃん! 早くいこーぜ。この学園のご馳走とやらをたらふく食ってやる」
「焦るな焦るな。今行ったら絶対に混むだろう? もう少し後から行けばゆっくりと行ける」
興奮するレインを落ち着かせるため、シークはのんびりした声で発案する。
そんなシークの発案にレインは懐疑的な視線を向ける。
「昨日、シークの言うとおりにしたらレインのクソ野郎だかなんだか言ってなかったか?」
「大丈夫だ。今日はそんなことにはならない」
十五分後、人も疎らになっている廊下をゆったり歩き、エレベーターに乗って一気に地下に降りたシーク達は、食堂のドアを開ける。そしてこう呟いた。
「ちっ、レインのクソ野郎」
「ほらな、ほら言った! だから言っただろうが!」
既に、男女のほぼ全ての新入生が着席をしており、疎らに空きはあるものの、シーク達が固まって座れるスペースはなかった。
「どうすんだよ。ばらばらに座るか?」
「そうするか。俺と防蔓、そっち二人でいいか?」
「そうだね。それがいいと思う」
「はい! 大丈夫です」
二人だけなら何とか座れるスペースが幾つか見つかるので、レインの提案に三人は賛同する。
「じゃあ、また後で」
そう言って、二手に分かれようとしたその時、遠くからエイトを呼ぶ声がした。
「おーい、シーク。こっちだよー」
奈落山が遠くから手を振ってくれている。
そこには、シーク達が遅れてくることが分かっていたかのように防蔓の分も含めて、四人分の席があった。
そのことを確認したシークは、奈落山に手を振り返しながらレイン達に振り向き、ニヤリと笑う。
「想像通り」
「嘘つけ!」
レインの突っ込みを背中に受けながら、四人は奈落山の下へと向かっていく。
「席取っといてくれて助かった」
「席、サンクス」
「奈落山さん、席を取ってくれてありがとう」
「ありがとうございます!」
四人は席に腰を下ろすと開口一番に感謝の言葉を述べる。
「君達、というかシークなら人混みを嫌って遅れてくるだろうと思ったからね」
「おう、流石! わかってるな」
「お前ら……いつの間にそんな阿吽の呼吸で会話が出来るようになったんだよ」
レインが前で呟いているが、無視して奈落山がシークにこう言った。
「貸し一つ、だからね」
「ああ」
シークが約束をすると、奈落山の前の席から知らない女子が話しかけてくる。
「遅刻が前提に思われているとは……情けないと思わないのか?」
「ん?」
シークがそちらのほうを見ると、金髪の長い髪に、青色の瞳にきりっとした眉。
育ちの良さが窺える気品ある雰囲気を持つ少女が、睨みつけるような眼差しでシークを見ていた。
「……誰だ?」
記憶の中に当てはまる人間がいなかったシークは小声で奈落山に質問する。
「ああ、彼女は私と同室になった……」
「シャーリー・ホロウだ」
奈落山が紹介しようとすると横からシャーリーが口を挟んでくる。
「……」
シークが沈黙したのはホロウという苗字に聞き覚えがあったからだ。
「あー、間違っていたら申し訳ないんだが、ホロウという苗字はあのホロウ家で間違いないか?」
「貴様がどのホロウを指しているのか分からんが、教科書にも載っているヴァリエールの重鎮、ホロウ家を指しているのであれば、そうだ」
「そうか。ありがとう」
(がっつり分かってんじゃねぇか)
ホロウ家は砂神の神憑の一族、ヴァリエール家を代々支えている一族だ。彼女の言い方からも分かるが、シャーリーも自分の家に相当誇りを持っているようだ。
「ええっと俺も名乗ったほうがいいか?」
シャーリーがまだ睨んでくるので、一応聞いてみる。
「いらん。貴様の名前は先ほど奈落山さんから聞いているからな。シーク・トト!」
トトの部分を強調しながらシャーリーは苦々しげな声を出す。
「お、おう」
シャーリーのシークを睨む目があまりに鋭いので少したじろいでしまう。
まるで射殺すかのように視線をシークに送ってくるのだ。
「あー、そんな目であんまり俺を見ないでくれると助かるんだが……」
「目つきが悪いのは生まれつきでな」
「そうか。それはすまなかった」
(絶対に違うだろ。俺、なんかしたか?)
シャーリーと会った事は一度もないはずだ。少なくともシークの記憶の中にはない。
シャーリーが睨んでくる理由について、少し頭を悩ませていたシークに、奈落山が横から質問をする。
「それで、シークはレイン達と一緒に来たが……もしかして同部屋かい?」
「ん? ああ凄い確率だろう? しかも俺の部屋番号3333だぜ?」
「へー……うーん」
「どうした?」
シークの質問を、答え辛そうにしている奈落山の代わりにシャーリーが答える。
「三十三階ならばそれほど低い確率ではないだろう」
「ん? 一、二、三十五階を除いた三十二階ある中で、一階につき十数部屋。一緒になるなんて相当低い確率だろ?」
「……やはり知らないのか」
「え、違うのか?」
呆れたように呟くシャーリーの代わりに奈落山が答える。
「シーク、その計算はちょっと違うよ。三十三階と三十四階はいわゆるⅤIPルームなんだ。部屋の大きさや内装は変わらないけど名家の子どもが集まっている」
「え、名家?」
シークは慌ててレインとアルトを見る。
「「……」」
当の二人は目を見開き、驚いていた。
「お前ら知ってたか?」
「い、いや、俺は初耳だ」
「ぼ、僕も知らなかったよ」
「そうか、防蔓は知って、いたよな」
防蔓は全く驚いておらず、むしろシーク達を申し訳なさそうに見ていた。
「僕は知っていました……。ごめんなさい」
「いや謝る必要はねぇよ。聞かなかったし、そもそも知らない俺らが無知なだけだ」
「ふん、全くだ」
シャーリーが鼻を鳴らしながら頷いている。
「ご両親なら知っていたはずだけど教えられなかったのかい?」
「俺は……」
奈落山に聞かれ、ジンとコルトの顔が浮かぶ。
(じじいは……言わないな。ジン義兄さんもどうせ知っていただろうが……言わないな。あの二人は組ませると本当に駄目だな)
そう結論付け、シークは首を横に振る。
「駄目だな。二人とも言わない。お前らは?」
レイン達に顔を向けると、二人はしかめっ面をして唸っている。
「うーん、俺は……ちゃんと教えてくれる気がするなぁ……」
「僕も、だね。たぶん知らなかったんじゃないかな?」
「あー、その可能性はある。それにそもそも俺らの家は別に裕福じゃないし」
アルトが可能性を提示すると、レインもそれに賛同している。
「へー、じゃあ何でお前らがVIPルームなんだ?」
「幾つか可能性は考えられるけど、やっぱり一番は向こうのミスかな。もしくは、人数合わせか。二人は同部屋を希望したんだよね?」
「ああしてたな」
「じゃあ、たぶんそれだね」
奈落山の考えにレイン達があっさり同意する。あまりにあっさりだったので、少しだけ疑問に思ったシークが深く追求しようとしたその時……。
「は――い、ちゅーもーく!」
マイクによって増音された声が突然響き渡り、追及の中断を余儀なくされた。
声につられてシーク達が前を見ると、教師と思われる人達が壇上に並んでいた。
彼らより少し前に立った女性がマイクを持っている。静かになった新入生達を見回して笑顔になると、改めて話を続ける。
「新入生の皆さん、初めまして。私の名はホークアット・メイシス。君達がこれから七年間過ごすこのクラス、コキノス組の校長をしている者だ。分からないこと、そして分からないことがなくったって気軽に話しかけてくれたら嬉しいよ。そして……」
ホークアットと名乗った教師は、そこで新入生の一部、カオス人を見つめる。
「この学園に来た以上、ここにいる全ての者の権利は平等である。私はそれを全力で守ることをここに宣言する! それを心に刻んで学園生活に望んでほしい。以上!」
一瞬の静寂が生徒達の間を流れ、次の瞬間、天井のシャンデリアが揺れるほどの拍手が生徒達の間を流れる。ホークアットが壇上を降りるのと入れ替わりに、コキノス組の生徒と思われる制服を着込んだ男が壇上に上がってきた。
その後ろに同じ制服を着た男女が六人、並んで立っていた。
「ん?」
新入生達から見て一番左端に見たことのある女の子がツンとした表情で立っていた。
(何でヒツジがあそこにいるんだ?)
シークの疑問は、先頭に立っていた男が解消する。
「お初にお目にかかる。闘技会コキノスチームの主将を務めている七年生のドバイ・ローエンだ。この学校では二年間かけて、各組から選抜された各六人の生徒同士で勝敗を決める闘技会と呼ばれる武の祭典がある。私を含め後ろに並んでいる六名はその闘技会のメンバーである!」
生徒達は先ほどの歓声とは打って代わり、静かにローエンの話を聴いている。
「今期のメンバーは既に決まっている故、今年の君達に出場権はない。しかし、来年から新しく始まる、来期の選抜メンバーは今年から始まる。つまり、来年から君達が選抜入りを果たす可能性は充分あり得る。他でもない、君達から見て左端に立っているヒツジも二年生時から選抜入りを果たし、なんと昨年の前期闘技会では一度も相手に敗れることなくコキノス組を勝利に導いている。超能力者の強さに年齢は関係ない! 選抜メンバーに選ばれるよう研鑽を忘れるな。以上!」
ローエンが締めくくると、生徒達の間から割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こる。
(あいつ、闘技会のメンバーだったのか)
闘技会の存在は知っていた。しかし、ヒツジがメンバーだったことは知らなかった。
そもそもヒツジはそういった類の祭り事には興味を示さない人間のはずだ。
自分からでないとすると恐らく、ジンにでも唆されたのだろう。
「ねぇシーク、ちょっといいかい?」
「ん? なんだ?」
ジンはなんていってヒツジを説得したんだろう、などとどうでもいいことを考えていたシークの横から奈落山が小さい声で話しかけてくる。
「ヒツジって名前なんだけど……」
「ああ、そのことか。お前の認識であってるぞ。その、ヒツジだ」
奈落山はジンの周りについて知っていた。シークを知っているのなら、もう一人の側近、ヒツジも知っていて当然であろう。
「いいのかい?」
「あいつがあそこに立っているってことはジンが許可したってことだ。ならいいんじゃないか」
(寧ろ推した側だろうし)
ローエンと代わって、またホークアットが壇上に上ってくる。
「では挨拶も済んだことだし、大変長らくお待たせしたね。皆さんお待ちかね、食事の時間だ!」
そう叫ぶと同時に、右指を弾く。
すると突然、テーブルの上の空間が歪み始め、次の瞬間、芳醇溢れる香りが辺りに立ち込めるのと同時に、様々な料理が並べられていた。
それを見た生徒達の間からは、歓声とも悲鳴とも取れる声が発せられている。
「おお! すげー!」
レインが横で叫んでいるのを見て、アルトが冷静な声で説明する。
「これは空間系かな。それでもこの量を一瞬で移動させたとなると、相当な精度と熟練度だね」
しかしその目は目の前の料理に釘付けだ。
「では、新入生のみんな、ご入学おめでとう! せーの……」
「「「いただきます!」」」
生徒達の声が食堂に木霊し、食事が始まった。