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ノーリミットアビリティ  作者: 桐地栄人
第1章 初めての学園生活
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第8話 協力

「奈落山か?」

「……シーク?」


 ゆっくりと手を離し、相手を解放して二、三歩下がる。

 すると、相手もゆっくりとこちらを振り返る。太陽は既に沈みきり、月明かりが照らす中、瞳を濡らし、腕で体を抱き震える奈落山がいた。

それを見たシークは内心かなり動揺していた。


(何故こんなところに奈落山が?)


 ここは本来、今日は人が、ましてや生徒が来る場所ではない。その証拠に、明かりがついていない。

 とりあえず、考えるのは後だ。

ゆっくりと、だがこれ以上ないほど誠意と持ってシークは頭を下げる。


「すまない。大変申し訳ないことをした」

「……」


 奈落山は沈黙している。

シークもそれ以上何も言わない。


「……頭を上げてよ、シーク」


 静かな奈落山の声が、静かなこの場所に響く。


「……」


シークも は動かない。


「頭を上げてよ。何か事情があったんだよね?」


 奈落山の再度の言葉に、シークはやっと頭を上げる。彼女の表情は少しだけ強張っているものの、その声音には優しささえあった。


「何か……あったんだよね? 話してくれないかな?」


 奈落山が優しいのは、シークが自分以上に震え、何かに怯えているのが伝わってくるからだ。


「その前に聞かせてくれ。何でお前がここにいる?」

「……肌がざわつくような気配を感じてね。多分、あれが殺気というものなんだよね?」

「……」

「たまたま私は近くにいたから来てみたんだ」

「そうか……」


 シークはそう呟くだけだった。

あれだけの殺意が放たれたのだ。気になって来てしまっても仕方がないだろう。


「やばい奴がいた。死にまみれた怪物が……」


 ポツリと呟く。


「……そんなに、強いのかい?」


 シークの声音に宿る感情を敏感に感じ取った奈落山は恐る恐る質問をする。


「強い。だがそれだけじゃない。奴はそれ以前の問題だ」

「それほどの……」


 シークの尋常ならざる雰囲気に、奈落山も息を呑む。


「ああ、だから……もう俺に近付くな。ことが済むまで……」

「嫌だ」


 自分が狙われている可能性を考えて、距離を置こうとしたシークへの返答は否、だった。


「お前……ふざけて言っているんじゃねぇんだぞ。本気だ。本気でやばい奴だったんだ」

「私は真剣だよ」


 奈落山は、鳶色の瞳に光を灯しながら断言する。


「友人が困っているのを黙って見過ごせる私ではないよ」

「いつ、俺とお前が友人になったんだよ。まだ会って二日目だぞ」

「寂びしこと言わないでよ、シーク。握手をした仲じゃないか」

「っ! お前……」


 寂しそうな顔をした奈落山に、シークは思わず息を呑む。


「お前、少しガードが緩いんじゃないか? 俺と対峙したあいつも大概普通じゃねぇが、俺も普通じゃない。出会ってたかが二日しか経ってない奴にそんな積極的に協力しようとするな。俺はお前を嵌めようとしているのかもしれないだろ」


 奈落山のガードの緩さにはシークも一言を言わずにはいられない。

だが、奈落山はその言葉に眉一つ動かすことはない。


「確かに私とシークは会ってまだ二日だよ。でも私はもっと前から君を知っていたよ?」

「は?」


 口を半開きにするシークに対して、奈落山は淡々とその答えを口にする。


「十神、砂神ヴァネッサが神憑の一族ヴァリエール家。その次期当主たるジン・ザ・ヴァネッサ・トト・ヴァリエールが側近にして歴史上初めての血の繋がらない弟、シーク・トト・ヴァリエール。そして……君がスラム街出身だということも、ね」

「……」


 シークは沈黙する。


「他国に干渉しないのと他国の情報を集めないのでは意味が違うからね。十神の関係者、特に次期当主とその周りくらいは調べるさ。特に君は出自が出自だからね」


 当たっている。

しかし、驚きはしない。

その可能性は考えていた。特に奈落山家はアネモニアのナンバー2。シークのことを知っていても不思議ではない。

だから、ほんの少しだけ寂しい可能性も考えなくてはならない。

しかし……それはシークにとって考えたくないことでもあった。


「……てことは俺に近付いたのも?」


 聞きたくなくても聞かなくてはならない。見たくなくても見なくてはならない。

真っ直ぐに奈落山の目を見つめる。

辺りは暗くなってきているが、この距離まで近付けば嘘を吐いているのかどうかすぐに分かる。

だが、そんなシークの目を真っ直ぐに見返しながら奈落山は答える。


「それは本当に偶然だよ。街で君とすれ違ったのも、列車のコンパートメントで出会ったのも」

「それが嘘ではないという証拠は?」

「私が私にとってなんら利のないこのタイミングで話しているのが証拠、かな?」

「……いいだろう」


 シークは納得する。確かにシークから情報を引き出したいのであれば、もっと上手いやり方が幾らでもある。

それに、シークがジンの側近であると言うことは秘密であるが、知られたからなんだという程度のものでしかない。


「十神関係を抜きにして私は君と友人になりたいって思ったんだよ」


 お茶目な笑顔を浮かべた奈落山の表情には、既に先ほどまでの恐怖は完全になくなっていた。


「そうか……」


 よくわからないところはある。

しかし、その笑顔に対して追求をするほどシークは野暮じゃなかった。

奈落山はシークが納得したのを見て一つ頷くと、真面目な顔に変え、話を戻す。


「それで、その死にまみれた怪物の狙いって言うのは……」

「ああ、恐らく……ジン義兄さんだ」

「そうか……じゃあ手伝うよ」

「いらん。この件に関わるな」


 シークは即座に拒否する。

 すると、奈落山はジト目でシークに近付いてきて、両手でその頬に触り思いっきり引っ張ってくる。


「いててててて!」

「シーク、この流れで普通断るかい?」


少しだけ笑顔に怒りの色を滲ませるが、すぐに手を話してくれる。


「流れに任せてお願いしますって言えるほど弱い敵じゃないんだよ」


 引っ張られた頬を擦りながらシークが答える。


「だからだよ。相手は女子だよね?」

「ああ」

「女子の情報収集は男のシークじゃやり辛いだろう?」

「……」


 男子のシークが女子のことを聞いて回れば変態扱いか、ミゼに気があるみたいな噂が立ってしまう。


「それに比べて女の私なら問題ないからね」

「……あんま学校で特定の人間について聞いて回ると嫌われるぞ」

「そこは私だよ? 任せてくれ」


 確かに今までの奈落山を見る限り、人付き合いは問題なさそうに見える。


「……」


 少しだけ考える。そして決断する。


「……分かった。よろしく頼む。お前の力を貸してくれ」

「うん、任されました!」


 奈落山が嬉しそうに頷いたのを確認して、別れようとした時、奈落山から声が掛かる。


「ああ、ちょっと待って。手伝うための条件を一つ、いいかい?」

「ん、あんまり無理なお願いでなければ構わないぞ」

「もちろんだよ。じゃあ……」


 奈落山は右手を差し出してくる。


「握手、してよ」

「は?」


 奈落山に身バレをしても驚かなかったシークが、今度は目を見開き驚きの声を上げる。


 しかし、それも無理のないことだろう。

超能力者にとって肌と肌を重ねる握手は、時と場合によってさまざまな意味を持つ。

だが、何処の場であっても言えることがある。

それは、相手への信用と信頼の証。

相手が自分に触れることを許可した証。

そしてここは学校。それが意味するのは、奈落山がシークを本当の友人として認めたということだ。


「協力して強敵を倒すのに信頼は必須条件だよね。君が私を信頼してくれるなら……私も君を信頼するよ」

「……ああ、こちらこそよろしく頼む」


 シークも右手を差し出して、その手を握り返す。


「これからよろしく頼む」

「うん、よろしく」


太陽が沈みきり、綺麗な満月が差し込む寮の最上階で堅い友情が結ばれた瞬間だった。

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