85話 表へ出ろ
書籍版、10月25日発売です。
あとがきの下の表紙のリンク先、オーバーラップノベルス様のHPで立ち読みと口絵が公開されています。
リニアは俺の目を見て眷属化を申請してくる。
……俺のことばかりを意識しているからレヴィアの様子に気づかないんだろう。
「あたしはさっきのハエに苦戦した。このままじゃ常若の国やディアナ様たちを護ることなんてできない! 頼む! あたしに力を貸してくれ」
さっきの戦闘でリニアは巨大化してなかったみたいだ。ハエ相手には大きくなったところでたいして意味もなかったのかもしれない。
嵐を呼べば少しは対処できたと思うけど、ダンジョン内の被害を考えて使わなかったのかな?
「あたしにできることなら、なんだってするよ。だから……」
以前も「好きにしていい」とか言ったもんなあ、この娘。
それだけ常若の国やディアナを大事に思っているんだろうけどさ。
あんまりそういうことは人目があるところで、特に嫁さんの前では言わないでほしい。
「待ちなさい」
俺の前にレヴィアが出てきた。ついに我慢できなくなったか。
「れ、レヴィア様?」
「ここでは話はできないわね。表へ出なさい」
い、いきなりの喧嘩腰? OHANASHIするつもり?
「……わかったよ」
覚悟を決めた顔でダンジョンの外への通路に向かおうとするリニア。
レヴィアもそれに続く。
「レヴィア?」
「ここは私に任せなさい。あなたたちはやることがあるでしょう」
ついてくるなってこと?
そりゃまだ戦いの後始末もあるし、邪神のダンジョンを警戒しなきゃいけないけどさ。
このまま行かせてもいいんだろうか?
「うん。いってらっしゃーい」
「コルノ?」
「レヴィアちゃんにまかせておけば、だいじょーぶだよ」
いや、コルノはレヴィアタンが嫉妬を司るって知らないから……もしかしてそれは俺の思い込み?
だってさ、「前世ではお前、大悪魔で嫉妬を司っていたよ」なんて自分の嫁さんに言えないじゃん。嫌われたらどうするのさ。「実家に帰ります」って言われそうで聞けるわけがない。
その流れで、この世界に“七つの大罪”があるかは確認できてないんだけど、むうぅ。掲示板で聞いておけばよかった。
「ゴ! ゴッゴッ! ゴー!」
俺の前にやってきたゴータローが大きな両腕を振り回してなにかを言っている。
そうか、ゴータローも心配なのか。
「フーマ、ゴータローも進化できるようになったから早く進化したいんだって」
「そっちか」
ゴータローがレヴィアのあの視線に気づくのはまだ早かったか。それともレベルが25になって進化できるようになったから浮かれているのかもしれん。
「ゴータローは進化の前に改修するんじゃなかったのか?」
「そうなんだけど、改修してから進化するのと、進化してから改修するの、どっちがいいか迷ってて」
「なら、量産型で両方試せばいい。量産型ゴーレムも今の戦いで進化できるようになったのがいるはずだ」
「そっか。そーだね。ゴータロー、もうちょっと待っててね」
すぐに進化できないとわかり、「ゴ……」と落ち込むゴータロー。その身体でどうやって肩を落としているんだか。
っと、今はそれどころじゃないっての。
「スケさん、眷属にするから抵抗しないでくれよ」
「へえ」
とにかく今は人手が足りない。さっと儀式を済ませてスケさんを眷属にした。
さらにDPを使って、スケさんとテリーに<感知>スキルを追加する。二人とも小さい種族なので小人価格で済むから助かった。さっきの戦いで入手したDPでも余裕で賄える。
「スケさん、テリー、<感知>スキルを覚えさせたから確認してくれ」
「<感知>スキル? ……うわ、なんなのだ、これ?」
「こいつはたまげやしたね」
慣れない感覚に驚愕の表情を見せる二人。一人は透明なので表情はわからないか。
「それの訓練がてら、この巨大空間にモンスターの生き残りがいないか確かめてきてくれ」
「ボス、ここ、すげえでかいのだ!」
「ゴーレムたちも見回っている。念のためだ」
「わかったのだ。相棒、行くのだ」
アリグモが二人について行く。あいつもいつまでもテリーの相棒じゃあれかな。名前を考えてやるか。ムリアンコマンダーやアリたちも名前がなさそうだからそっちもだ。
「アリたちは欠損部をDPで治すとして、ムリアンコマンダーはまず服をなんとかしないとな。ちょっとこい、転移するから抵抗しないように」
「了解であります!」
全裸に毛布を羽織ったムリアンコマンダーを連れてコアルームに転移、ハルコちゃんに預ける。
「ハルコちゃん、こいつの服を頼む」
「わかっただ」
「よろしくお願いするであります。自分はムリアンコマンダー。迷彩服を希望するのであります」
ムリアンコマンダーのリクエストに不安を覚えながらもすぐに巨大空間に戻って、アリたちをDP治療。欠けた脚や触角が治っていく。
十二体のアリ全部が完治したので……しまった、通訳にムリアンコマンダーを残しておくべきだったか。
「俺の言うことがわかるか?」
アリたちが頷いたので一安心。
そういやさっきもちゃんと命令聞いてたよ。ムリアンコマンダーが喋れるのにアリたちが喋れないから焦ったけど、契約時にインストールした基礎知識でこっちの話は通じるようになるんだった。
「進化はちょっと待っててくれ。トレントたちと一緒に湖面を警戒するように」
再び頷く十二体のアリ。早く進化してもらってメイドさんにしたいけど、すぐ進化させるとさらにゴータローがイジケそうだし難しいところだ。
「コルノは傷ついたゴーレムの修復を頼む」
「はーい」
「ミーアはダンジョンの被害状況を、ニャンシーは妖精たちの被害を確認してくれ。妖精たちはまだ第2層から移動させないように」
「了解したよ」
「わかったのにゃ」
彼女たちは返事をして、作業のために現場へと移動していく。
「ゴータローは引き続きゴーレムたちとダンジョン全体を見回りだ。不審なものがあったら、すぐに連絡するように」
「ゴ!」
働きアリを進化させなかったので機嫌が戻ったのか、ゴータローは元気よく返事をする。
よし、こんなもんだろう。まだ他にも、傷ついたショタフェアリーの眷属化とかも残っているけど、そっちは後回しでいい。
俺はクロスケを連れて地上に転移した。
「クロスケはダンジョンから逃げたアリやハエを探してくれ。……危険だからレヴィアとリニアには近づくなよ」
「カァ」
勢いよく飛び立つ温泉カラス。
俺はそれを見送りもせず、<感知>に意識を集中させる。
こっちか!
二人の反応を捉えたので<隠形>を使いながらその付近に転移だ。
◇
二人がいた場所はダンジョンの入り口から結構離れていた。
以前は謎草と呼んでいた妖精粟に隠れるように身を伏せながら、様子を伺う。
「この辺りでもういいだろ、話って?」
どうやら、ちょうどいいタイミングだったようだ。
最近習得した<鋭敏>スキルのおかげで強化された聴覚によって二人の声が聞こえてくる。
「リニア、あなたはフーマのことをどう思っているのかしら?」
「……恩人だよ。フーマのおかげでまだ常若の国の封印はまだ無事だ。それにディアナ様たちも助けてくれると約束してくれてる」
無事、か。でもディアナを助けるとたぶん封印も解けちゃうんだよなあ。
ネズミやアリたちが出てくるぐらいだから封印に隙間があるんだろうけど、それ以上に大物が出てくるようになると困ったことになる。
約束はしたけどなかなかに難しいよ。
「だから、フーマの眷属になると?」
「あ、ああ……それにさっきも言ったようにフーマの眷属になればミーアみたいに進化先が増えるかもしれない。今のままじゃあたしは常若の国を護ることなんてできない」
リニアの進化か。スプリガンってなにに進化するんだ?
まさか巨人ってことはないだろうけど。……義手義足のゴーレムつけたままだと「力が欲しいか?」とか言い出す進化しそうで恐い。
「それって結局、あなたの都合よね」
「そ、そうだよ。その分、あたしはフーマのために戦う。フーマの望むことならなんだってする!」
うん。邪神のダンジョンの封印を解くのはやばいかもしれないけど、かわりにリニアが眷属になってくれるなら交換条件としては悪くない。
邪神のダンジョンも、中途半端な封印のままではのんびり酒を飲むこともできないみたいだから、なんとかしないといけないのだし。
「もし、要石をやめたアルテミスがフーマと戦うことを選んだら、どうするつもりかしら?」
「え?」
「彼女はダンジョンマスターと戦っていたわ。そして敗れた。命までは取られなかったけれど、その能力の多くを奪われた。ダンジョンマスターを憎んでいてもおかしくはないわ」
それも問題なんだよなあ。石化の解除の前に眷属化するのがそれを回避する手段だとは思うけど、神様だし抵抗される可能性がある。
アフロディーテも死んだダンの眷属になっていたみたいだから上手くいくかな? でも眷属にした時に入るDPはやたらに大きそう。復活無料のレベル域を超えそうだ。
アルテミスを倒したダンジョンマスターが能力を奪うだけで殺さなかったのは、アフロディーテみたいに眷属にするつもりだったんじゃないか?
それで失敗して逃げられた。……だとすると、俺が眷属化しようとしても無駄かもしれない。
復活させる時はヘスティアも呼んでおいて、説得してもらうしかなさそうだな。
「あなたはどちらを選ぶのかしら?」
「……ディアナ様がフーマと戦うことなんてない。あたしがちゃんと説明して説得する!」
説得してほしいなあ。能力を奪われたとはいえ、フェンリルをボコボコにした女神となんて戦いたくはないわけで。
現在のスキルレベル
<感知LV7>
<隠形LV9>
<鋭敏LV3>




