84話 スケさん
書籍版、10月25日発売です。
今回もグロ注意かも?
“蠅騎士団”……を率いる騎士団長、“蠅の王”ことベルゼブブ。
ベルゼバブだったりベルゼビュートだったりすることもあるけどこの世界ではどれだろうね。
さらに、騎士団だけじゃなくてベルゼブブって“七つの大罪”の“暴食”を司る大悪魔でもある。
前世の知識だと同じく“七つの大罪”メンバーのレヴィアタンであるうちの嫁と関係が深いはずなんだけど、こっちではどうなんだろう。聞きづらい。
まあ、邪神のダンジョンの“フライナイツ”が蠅騎士団って決まったわけでもないし、この件は保留でいいか。
今は事後処理がまだ残っている。
「アリとハエの死体はこれで全部?」
「そうみたい」
「他のモンスターは?」
「テリーと相棒は見てないのだ」
ふむ。レギオンアントの女王を操ったハエ騎士が地上進出を目論んだのか、それとも他に理由があったか。
情報をはかせるために、もっとちゃんと手加減しておくんだったなあ。
「生き残りのハエか幼虫はいるか?」
「全部ちゃんと始末したのだ」
……俺の<感知>スキルにも全然反応がないな。本当に生き残りはいないらしい。残しておくように言うんだった。
「ハエは倒したはずだけど、何匹かのアリがダンジョンの外に出たからね、それに寄生していたら地上にも逃げられているかも」
ミーアの言うようにハエたちはダンジョンの奥、コアルームを目指したけど、アリたちはダンジョンの外を目指していた集団も多く、逃げられた数もそれなりにいる。
そいつらに寄生していたハエを捕まえて情報を聞きだせるか?
でも、女王に寄生していたハエ騎士以外は喋ってないんだよなあ。あいつらの言語がわかればいいんだけど。昆虫語とかスキルがあるんだろうかね。
「その心配はございやせん」
そう渋い声で現われたのは、一言で言えば血塗れの透明人間、いや、透明小人。
「スケさん! だいじょうぶなのか?」
「ちいとばかし、しくじりやした」
「今治すから。ハイヒール!」
傷だらけの――透明なんでたぶんだが――透明小人に<回復魔法>をかける。この透明小人もうちのダンジョンで暮らし始めた妖精の一人。種族は【エサソン】だ。
[【エサソン】
ランクR LV21
小型の妖精
<透明化>のスキルを持つ
キノコや菌類を食べる ]
ガラスみたいにほぼ透明なんで顔も性別もよくわからないが、声が渋いんで男だと勝手に思っている。
スケさんというのは名前ではなく愛称。スケスケだから「スケさん」である。
エサソンは菌類のスペシャリストで普段は第1層最奥の泉のそばで“カエルの腰掛け”というキノコや“妖精バター”という菌類を育てている。彼らの主食のようだ。
無邪気な妖精といわれるエサソンの中でもスケさんは異端に近く、様々なキノコの育成に力を入れていて、その中には毒キノコもあったりするマッドマッシュルーマーなのだ。
「HPは回復したようだな」
「すいやせん」
「それで、さっきの心配ないってのは?」
「あっしのかーいいやつらがアリどもを殺っておりまさあ」
えっと、可愛いやつらって……菌類?
スケさんは菌類を視ることができたり会話できたりするらしいけど、そいつらって可愛いの? 「かもす」とか言われてるんだろうか?
「かーいいやつらって?」
「妖精アリタケでさあ」
コルノの質問にスケさんが答える。アリタケってたしか……冬虫夏草?
ゾンビバエと同じくアリに寄生して脳を操って自分の都合のいい所で発芽させる恐るべき寄生生物だったような。
「アリに寄生するキノコであってる?」
「へえ。妖精アリタケはたとえハエが先に寄生していようが養分にしちまう、かーいいやつでさあ」
なんと恐ろしい。スケさんも恐ろしい。
――後日、ダンジョンの外で妖精粟原種に噛み付いているアリの群れが見つかった。どれも同じ高さの葉にしっかりと噛み付いて、頭からキノコが生えて死んでいた。夢でうなされそうな光景で――
「ハエも養分にするって、寄生するのはアリだけか? 他の生き物、妖精たちには寄生しないのか?」
「残念ながら、アリと、それを餌にしている生物にしか寄生しやせん」
「相棒はだいじょうぶなのだ?」
「む……そのお嬢さんはアリではないのか、寄生できねえようでやすね」
アリグモは無事か。寄生する条件ってアリの成分かなにかなのかね。アリを食ったハエを食べてたけど、それだと違うんだな。
って、眷属にしたうちのアリたちが心配だ!
◇
眷属にしたアリたちをチャットで呼び出した。その数、十三。兵隊アリが一に働きアリが十二。……だったはずなんだけど。
「誰?」
やってきたのは、六本あるはずの脚が何本か欠けている十二体の働きアリと、一人の全裸な美女の小人だった。恥ずかしくないのか隠そうともせず、リニアほどではないが見事な双丘を惜しげもなく晒している。
「はっ。司令官殿に眷属にしていただいたメディアレギオンアントであります!」
ビシッと敬礼する全裸の美女小人。【メディアレギオンアント】って兵隊アリだったよな。たしか眷属にした兵隊アリはコルノの必殺技の爆風で飛ばされて気絶してたやつだ。そのおかげで欠損がなかったはずだけど、人型じゃなかったのは確かだ。
「その姿は?」
「進化したであります!」
「進化?」
「ボス、レギオンアントはいつ女王アリが倒れてもいいように、次期女王候補たちはわざと進化しないのだ。女王がやられたらその候補が進化してすぐに新たな女王となるのだ」
俺の疑問にテリーが答えてくれた。そういや、<鑑定>した時、やけにレベルが高いアリが多いと思ったけど、そういうことだったのか。
んで、この全裸小人が兵隊アリが進化した姿だと。
「現在の自分はムリアンコマンダーであります!」
[【ムリアンコマンダー】
SR LV1
アリの妖精
変身能力を持つ
嗅覚が高い
ムリアンのリーダー格
フーマの眷属 ]
ふむ。<鑑定>でもたしかにムリアンコマンダーになっている。口調が軍隊調なのは、元が軍隊アリの兵隊アリだったからだろうか?
「進化した時には服はできないのか。とりあえず、これを使ってくれ」
アイテムボックスから出した毛布を渡して、羽織るのを確認しながらさらに聞く。
「眷属にした他のアリたちも進化できるレベルだったけど、進化はしないのか?」
「他の者は欠損部が治るまでは進化しない方がいいと判断し、進化をさせてないのであります。自分は司令官殿に説明するために無許可ながら進化したであります。罰はいかようにも受けるであります!」
……まさか、元アリだから「あります」が多いのか?
「会話ができない状態だったんなら進化するのも仕方がないか。話せるようになったんだから今度からは相談してくれよ」
「了解したであります、司令官殿!」
毛布で身体を隠しながらも、やはりビシッと敬礼するムリアンコマンダー。働きアリたちも進化したらこんな軍人さんになってしまうんだろうか?
働きアリなんだから違うと信じたいな。女王になるってことはやはり全員メスなんだろうから働く女性か。働く女性……そうだ、働きアリたちが進化したらメイドさんになってもらおう。ハルコちゃんにメイド服を頼まなくてはいけない!
「スケさん、メ、いやこのアリたちは俺の眷属なんだ。妖精アリタケの寄生を止めてもらえないか?」
<鑑定>したらムリアンコマンダー以外のメイド候補は妖精アリタケに寄生されてしまっていた。
メイドさんになる前にキノコの餌食になんてするわけにはいかない。
「へい、わかりやした」
そう頷いて――透明だからわかりにくいけど、たぶん頷いた――スケさんが働きアリたちに近づいていく。
「おめえら、聞いたとおりでえ。お嬢さんたちから離れやがれ」
その声の後、目視や<感知>では変化は全くわからなかったが、<鑑定>だと[寄生されている]が消えていたので妖精アリタケが寄生を止めてくれたようだ。
「すいやせんでした! フーマ様の眷属とはついぞ知らずにこんなことを仕出かしちまい……この落とし前はあっしの命で!」
「そんなことされても困るから!」
土下座してるらしいスケさん。妖精のくせになんで任侠ノリなんだろう。名前で言ったらご隠居のボディガードなのに。
「謝罪したい気持ちがあるのなら、フーマの眷属になりなさい」
「あっしが?」
「そりゃ助かる。菌類のエキスパートが眷属になってくれるなら発酵食品の生産が捗るから、是非眷属になってほしい」
「へ、へい。おそれ多いでやすがこのスケさん、喜んでフーマ様の眷属にならさせていただきやす!」
おお。レヴィアの助言で頼もしい眷属が仲間になりそうだ。
口調はちょっとアレだけど、その能力は有用すぎる。稲が上手く育ったら日本酒や納豆にチャレンジしてみるかな。
そう皮算用を始めた俺の前にリニアがやってきた。……やはりムリアンコマンダーよりも大きいな。なにがとは言わないけど。
「フーマ! あ、あたしもフーマの眷属にしてくれ!」
「リニアもさっきの戦いでレベルアップして進化できるようになったんだよ。マスターの眷属にして進化先を増やしてやってくれないか?」
リニアの嘆願をミーアがフォローする。
進化できるなら、ムリアンコマンダーが判断したように欠損を治してからの方がいいかもしれないな。眷属になればダンジョンの力で欠損部分も治療できる。
彼女の義手義足はゴーレムだから融合してサイボーグっぽく進化するかもしれないけど、女の子にそれは可哀想だ。
それにボスがベルゼブブなのかわからないけど、フライナイツと戦うためにも戦力は多いにこしたことはない。
たださ、さっきからレヴィアの視線がちょっと恐いんだよね。
ムリアンコマンダーのおっぱい、ガン見したのはまずかったか。
レヴィアタンが司る“七つの大罪”は“嫉妬”だもんなあ……。




