58話 ヘスティア
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ダンジョンの台所に女神様が降臨してしまった。
有名なあの紐を装着してはいなかったが、やはり巨乳。なぜかOL風の服装を纏い、ストッキングから覗くそのムっチムチな脚はフェチにはたまらない逸品だと思う。
決して太っているわけではない。コルノやレヴィアが細いので、相対的にややぽっちゃ……に見えるだけである。モデルとグラビアアイドルの違い……ちょっと違うか。
とにかくそんな感じの肉感的な美女が台所に現れた。
「久しぶりね、ヘスティア」
「リヴァイアサンさん、お久しぶりですー」
「この姿の時はレヴィアと呼びなさいと言っているでしょう」
たしかにリヴァイアさんさんみたいで、さんがカブるもんな。
「ヘスティアって12柱じゃなかったのか? 12柱はほとんどが死亡したりダンジョンマスターの眷族にされたって……」
ヘスティアなら狙っていたダンジョンマスターも多そうだ。
「彼女は邪神のダンジョンの攻略を命じられてすぐにディオニュソスに12柱の座を譲ったのよ」
「わたしは戦闘力低いですからダンジョン攻略なんて無理ですので。ディオニュソスさんの酔拳はすごかったんですよー。お酒目当てのドワーフのダンジョンマスターと酔って暴走したケンタウロスたちに殺されてしまったのが残念です」
ギリシャ神話でもヘスティアが甥のディオニュソスに12神の座を譲ったってパターンも多いか。
ただ、12神入りできなかったことを嘆く甥にその座を譲ったってのは、なんか気になるんだよね。ゼウスがあれだから甥っ子なんてたくさんいるじゃん、って。12神でいたくない事情でもあったのかね。
この世界のヘスティアは戦闘力が理由でその座を譲って、それで生き延びた、と。
「でもなんで台所に? いくら炉の女神様だからって、焜炉もありなの?」
ロリの炉ではないようだけど。
「ヘスティアは火の担当なのよ。私の同僚ね」
「同僚?」
「ヘパイストスの滅後、彼の仕事を背負わされたの」
浮気ばっかりするアフロディーテの旦那でやはり12神のヘパイストス?
炎と鍛冶の神で、いろいろアイテムを創ったあの神様?
やっぱり死んじゃってるのか。
「ふっふっふ。ここにはちょうどいいのがあるので見ててくださいねー」
そう言いながら台所のコンロを指差す。うちには小人用のと、普通の人間用の2つのサイズのコンロがある。
そのまま近付いて、カチッと人間用のコンロに火をつけるヘスティア。
「行きますよー」
コンロの炎に手をかざすと、火力が一気に増して炎が膨れ上がる。コンロの最大火力は軽く超えている大きさで今にも天井に届きそうだ。
その炎に吸い込まれるようにヘスティアの姿が消える。
カチッ。今度は小人用のコンロから音がした。誰も触っていないはずなのに火が点いている。
その炎がやはり急激に大きくなって、そこから小人サイズになったヘスティアが現れた。
小さくなっても胸は大きい。むしろ、同じサイズになったことでコルノ、レヴィアとの差がより一層際立ってしまう。
「こんなとこですねー」
「私は人間になれないのに、あなたはこんな簡単に小人になれるのはズルいわね」
うん。サイズ調整も可能な転移なんてチートすぎる。リヴァイアサンの水跳躍だけでもインチキくさいのに。
「いいじゃないですか。これでも神なんですから。えっへん!」
「……まあいいわ。あなたは同士なのだし」
「またそれですか」
ふう、とわざとらしい大きなため息。両手を広げて首振りやれやれ、のアメリカンなポーズまでするのでちょっと鬱陶しい。でも、その動作だけでも揺れるんだからすごいなあ。
「いいですか、わたしは処女神。結婚できないのと違うんですよー」
あ、同士ってそっちのね。
そんな言い方するからレヴィアの瞳に嫉妬の炎が浮かんじゃったでしょ。まったく、どっちが火の担当なんだか。
「レヴィアちゃんは結婚できるよ。ボクといっしょにフーマのお嫁さんになるんだもん!」
「へ?」
「彼女は異世界のあなたの姪よ」
そうか。ヘスティアはポセイドンの姉になるから、そんな関係なのか。
似てねぇー。
「えっと、おばさん? ボクはコルノ。異世界のポセイドンの娘だよ」
「コルノさん、おばさん禁止ー。ヘスティアお姉さんと呼んでー」
あ、半泣きだ。泣くほどのことかね。甥っ子や姪っ子なんて多いでしょうに。
「そういや、前世の世界のヘスティアはポセイドンとアポロンに言い寄られて、ゼウスに泣きついたんだっけ」
それと、さっきの12神の座を譲ったぐらいしかヘスティアって有名なエピソードがないんだよな。その分、あっちの神様にしては珍しく悪いイメージはないんだけどさ。
「お父さんが……」
「コルノさんには悪いけど、ポセイドンさんもアポロンさんも結婚相手にはちょっと……」
「それはわかるわ。あの2柱だったら私も断った」
結婚したがっているリヴァイアサンでも嫌なのね。ポセイドンもアポロンもモテそうなんだけどなあ。
◇
ヘスティアがちっちゃくなったので、台所からコアルームに移動して話を続ける。
「はい、この大きさだと、おやつも大きくなっていいですねー」
アイテムボックスから出した大きな煎餅をぱきっ、と割って俺たちに渡してくれるマイペースな女神様。
今度はレヴィアがため息をついてお茶の用意をしてくれる。俺の温泉作製で用意してある台所の温泉は洗い物用なのでそんなに熱くはないが、それでも利用すればすぐに熱湯を沸かせる。
「煎餅があるってことは米もあるのか」
「使ってるのは多分、冥府産のお米よ。乙姫もそこのをDPで購入しているわ」
「冥府の? 食べても大丈夫なのか?」
あの世の物って食べちゃ駄目なんじゃないの?
嫁さんに食べさせることで冥府に留まらせることになって、ハデスは別れずにすんだんだよね。
「だいじょうぶですよー。冥府はダンジョンマスターの食料も作っている一大生産地なんですから」
「ダンジョン“冥府”は豊穣の地と化しているらしいわ。12柱だったデメテルもあの戦いで死んで冥府を住処としているせいね。その分、地上は残念なことになっているようだけど」
「ハデスさんはデメテルさんに頭が上がらないようですねー。弟だし娘婿だし」
うわ、ハデス大変そう。逆らえる要素が見当たらない。
デメテルは豊穣の女神。彼女がいなくなっててこの世界の農業は大変なのかな?
でも、リヴァイアサンやヘスティアみたいに仕事を引き継いだのがいそうな気もする。
あとさ、冥府はダンジョンなのね。
「死んだ12柱は冥府にいるの?」
「ハデスさんと仲がいい方だけですねー。他の方はどうなったか……。あ、デメテルさんが冥府にいるのはペルセポネさんのお願いのようですよ」
ペルセポネはハデスの妻でデメテルの娘だ。
冥府にいなくなった12柱はどうなったんだろう。生まれ変わったか消滅したか……。
異世界のとはいえ、父親がそうなってしまったコルノの頭をそっとなでる。コルノも嫌がらずにじっとなでられるままだった。
◇◇
電話機を小人用の新しいのにヘスティアが変えてくれた。彼女はまたしても黒電話にしようとしたが、俺は断ってプッシュホン式のやつにしてもらった。FAXもついている。
「じゃ最初につけたのは持っていきますねー」
アイテムボックスに巨大黒電話を収納するヘスティア。なんでも一度ダンジョンマスターに与えた物は簡単には回収することができないらしい。それでわざわざ直接やってきたそうだ。
「それからこれはお詫びですー」
運営からのお詫びか。どうせ行動力の回復アイテムあたりだろ。ガチャチケでもくれれば御の字だ。
……って誤用か。御の字って本当は、最もありがたいって意味らしいからな。
ヘスティアがくれたのは箱だった。
パソコンのソフトでちゃんと小人用にしてくれたようだ。
「これは……あのメールソフトか。ちゃんとGODOS用があるじゃん」
「何人使ってもだいじょうぶなライセンスなので安心して使ってください。もっと使用者を増やしてー」
「そうは言ってもね」
どんなライセンスだよ。前世の世界の海賊版っぽいけど、そっちのライセンスはいいのか?
メールソフトなんて、個人が使いやすいのを使えばいい。……それに俺、そんなにメールする相手もいないし。
そんなこと考えていたらヘスティアの前に、箱に手とタイヤがついたようなものが出現した。
「これがわたしのペット、ヘパさんですよ」
「……ロボじゃなくてメカの方か」
ずいぶんとペットのチョイスが女性らしくないような。
それ以前にPC上で動くんじゃないのか? 実体化しているように見える。
「普通はパソコンか、ウィンドウ上にいるんですけどねー」
「ウィンドウって、ステータスとか見る?」
「はい。ダンジョンレベルが上がればパソコンがなくてもメールできるようになりますよー。長く使っていればこのように付喪神化もしますし」
付喪神か。ある意味擬人化キャラのプロトタイプだよな。
だからって、メールソフトのキャラが付喪神になっちゃうのか? 長くって100年以上も使ってるのか……。
「ヘパさんはとっても賢いのです。火の管理のお仕事も手伝ってくれるんですよー」
それってもしかしてヘパイストスの生まれ変わりなんじゃ?
名前ももしかして狙ってつけたのかもしれない。
「これがわたしのメアドですので、あとでメールくださいねー」
「あんまりペットでメール送ると死んじゃうだろ」
あのソフトはペットが運んだメールの数が一定数になるとペットの寿命がくる。
そんなにメール運ばせてたら付喪神になる前にいなくなっちゃうって。
前世の俺のペット?
ソフト導入時から俺が死ぬまでずっと生きてましたがなにか?
「あ、このソフトではその仕様ありませんのでだいじょうぶですよー」
「変なとこでマイナーチェンジしてるのか」
もしかしてメールを運んでくれる付喪神ってけっこういたりするのだろうか。
「レヴィアさんもメールくださいねー。結婚のことをくわしく聞きたいですから」
「婚姻届の申請で送ってあげるわ」
「楽しみにしてますー」
外堀が埋められてしまった気がする。
もう結婚するしかないのな。
「もう少しサボっていたかったんですけど、呼び出されてしまったんでそろそろ戻ります。コルノさんもまたね。今度くる時はあの子が目覚めているようにがんばってくださいねー」
あの子?
あのソフトの俺のペットのことだろうか。ノートパソコンにデータ残ってるかな。
でも目覚めるってのがちょっと気になる。
思わせぶりな別れの言葉を残し、うちの台所から巨乳OL女神は去っていくのだった。




