56話 守護妖精
巨人を援護しようと隠形スキルを使いながら走り出す。
この時、ミサイル飛行で行かなかったのは咄嗟のことで忘れていたからだが、それは正解だった。
巨人に近づくにつれて雲一つない晴天だった空が一天にわかに掻き曇り、強い雨が降り出す。それだけではない。激しい風までもが吹き出したのだ。
ミサイル飛行なんかしていたら、軽い小人の身体は簡単に吹き飛ばされていただろう。今だって飛ばされないように謎草を掴んでこらえている状態だ。
巨人の足に群がっていたネズミたちもモンスター化してない小さい個体は風で飛ばされていっている。
そして、モンスターっぽい大きなネズミは巨人のナイフの餌食となっていく。
もしかしてこの嵐は巨人が起こしているのか?
この距離ならいけるか、と鑑定を試すとあっさり成功した。
『スプリガン(巨大化中)
遺跡を護る守護妖精
巨大化し、巨人になることができる
嵐を呼ぶこともある 』
巨人じゃなくて正体は妖精だったのか。
スプリガン?
まさかあのナイフはオリハルコン……ってことはないか、さすがに。マッチョスーツも着てないようだし。
で、嵐はやっぱりスプリガンの仕業みたいだな。
遺跡を護るってあるから、ダンジョンと繋がった巨大空間にいたのもあいつで間違いなさそうだ。
大粒の雨だけでも小人の身体にはしんどいので、エアーコートで薄い空気の層を纏う。
おお、これだけでも全然違うな。強風の影響もだいぶ減った。
「げっ、雷もか」
ビカドカンッ! と強烈な光と轟音がほぼ同時に俺に届く。どんだけ近いんだよ、まったく。ライトニング系の魔法で慣れてなきゃかなりびびったぞ、きっと。
『雷耐性スキルを習得しました』
うわっ、こっちまで雷の電気届いていたのか。豪雨で地面が濡れてるせい?
……のわりには痺れたりとかしてないんだけど。あっ、エアーコートのおかげか!
エアーコートを使ってなかったら、あのネズミたちのように強風で飛ばされることになったのかな。さっきまでのネズミと違って飛ばされてる時にもがいてないから、雷のショックで心臓が止まってるのかもしれない。
うーん、スプリガンには俺の援護の必要がないような気がしてきた。
小さなネズミの群れの相手は大変そうだって最初は思ったんだけど、もう足には登ってないみたいだし、雷に耐えた大きなモンスターネズミ、ビッグラットも10メートル級の巨人の敵ではない。さくさくと倒されていく。
また落雷があるかもしれないので近づくのすら躊躇う。
どうすんべ?
迷ってる内に雲間から光が漏れてきた。気づくと、雨も風も止んでいる。
もう戦闘は終わってしまったのか。
感知スキルで探ってみても、ネズミたちの反応はない。あるのは、スプリガンともう1体だけだ。
この反応だともう1体も俺より大きい生物みたいだけど、ここからじゃ見えないな。
巨大スプリガンが辺りを見回す。一瞬、包帯の奥の瞳と目が合ってしまった気がしたが、どうやら見つからなかったようだ。隠形スキルがいい仕事をしてくれたのかな。
おや? 巨大スプリガンの姿がどんどん小さくなっていく。元のサイズに戻るのだろうか。
着ている服や包帯もそのまま小さくなっているみたいだ。そりゃそうか。じゃなきゃ鉤爪や義足も困るだろうし。
見失わないように感知スキルとマップに注意する。といっても、あの辺は俺が行ったことのない場所だからマップは完全な空白状態なんだよな。
小さくなったスプリガンの姿が謎草に消えてしまった。どうやら普段のスプリガンは俺と同じくらいか、それよりも小さい妖精のようだ。
感知スキルを頼りに、スプリガンの後をゆっくりと追う。もう1体も仲間なのか、スプリガンと反応が重なったまま移動している。騎乗用のモンスターかなにかだろうか。
「あ、消えた」
思わず声に出てしまう。重なった反応が感知スキルから消えてしまった。
スキルの感度を上げようと集中する。CPを使うために「レェェェダァァァァァっ!」と叫びたいところだが、見つかる可能性があるので、叫ばずに気合を篭める。
レヴィアの話では、練気や瞑想といった方法でCPを篭めるのが一般的らしい。ようは集中できればいいんだろう。
なので、それっぽく雰囲気を作るために人差し指と中指を揃えて立てた刀印を顔の前に持ってくる。おお、忍者っぽい!
ここで九字でも切ればさらにかっこいいのだろうが、その間に目標を見失ってもいけないので、そのまま意識を集中する。
『気力操作スキルを習得しました』
成功したかな。新たなスキルの習得とともに、一気に感知スキルの範囲が拡がった気がする。
「……いた」
どうやらスプリガンたちは地下に移動したようだ。地下に反応がある。
やはり、巨大空間で見た巨人はさっきのスプリガンだったのだろう。どんどんと地下深くへ反応が移動して消えた。CP強化の感知スキルの圏外に行ってしまったか。
なかなか速い移動速度だった。妖精サイズの馬かなにかだろうか?
一度反応が消えた辺りへと警戒しながら歩いて行く。途中でビッグラットの死体がいくつもあったのでアイテムボックスに回収しておいた。凶悪な顔のでかいネズミだ。せめて可愛ければ飼って牧場を考えたのに。
ネズミしばりならカピバラのモンスターとかいないかな。俺の温泉にゆっくり浸かっているのを眺めて癒されたい。
◇◇
地下への入り口はすぐにわかった。石を重ねた祠のようなものが建っていたからだ。高さ、幅ともに50センチぐらいだろうか。正直、うちよりもダンジョンの入り口っぽい。
その周りにやはり、石を並べて円が作られている。石の大きさは1つが60センチぐらいだろうか。
「あれ? これってストーンサークル?」
環状列石というにはちょっと石が小さい気もするけど、なにか意味があるのかな。とりあえず、空白だったマップにもその石が表示されて正円に配置されているのを確認した。その中心に地下への入り口がある。
さて、と。場所もわかったことだし、ダンジョンに戻りますか。
調査もしたいけど、もうマップに記入されたから転移でくることができる。後回しにしてもいいだろう。
それよりも、ダンジョンが無事なのかの方が気になる。
巨大化スプリガンの戦闘による振動と、豪雨に土壁の1層は耐えられただろうか?
土砂崩れなんて起きてなきゃいいけど。
帰るか。
コアルームに転移……この状態じゃ駄目だな。エアーコートを張るのが遅れたせいで汚れている。濡れたのはだいぶ乾いたけど泥の汚れがけっこう凄い。今見たら飛んできた葉も多くくっついていた。天然のギリースーツ状態だ。
さっきスプリガンと目が合った時に見つからなかったのはこの泥汚れがカモフラージュになったんだろうか。
妖精島にはギリー・ドゥーもいるみたいだけど、こんな格好してるのかね?
そう思いつつ、眷属チャットを使う。
『
フーマ>ダンジョンは無事か?
コルノ>うん。雨の水はたいしたことなかったし、
コルノ>ちょっと掘削中の量産型が地震で崩れた土に埋まっちゃったけど
コルノ>ゴータローたちと助けたからだいじょーぶだよ
ゴータロー>ゴ!
フーマ>そうか。その地震の原因は巨人がネズミたちと戦っていた揺れだ
フーマ>戦闘は終わったんで揺れはもうないと思う
コルノ>そうなんだ。フーマは無事なの?
フーマ>無事だ。俺が戦闘に入る隙がなかった。でも、かなり汚れてる
フーマ>風呂に転移したいんだけど誰もいないよな?
コルノ>うん
フーマ>わかった。詳しい話は戻ってからしよう
』
これでよし、と。
ラッキースケベなどという危険なイベントのフラグを潰しておく。レヴィアに責任取れって言われるのも困るし、風呂場で全裸コルノと遭遇したら今度こそ我慢できないかもしれない。
それを避けるためにも温泉に入れる眷族を探すのもいいかもしれん。ペンギンでもいいなあ。
風呂場に転移して、泥や葉っぱを落とす。
「うわ、靴ん中まで泥が入ってる……」
洗面器で軽く脱いだ服を洗って、洗面器にのせて脱衣所の洗濯機へ持っていく。靴はしっかり洗って、あとで風魔法で乾燥させるか。
ガララッと風呂場の戸を開けると、そこには全裸のコルノとレヴィアがいた。
「あら? もう上がるのかしら?」
「い、いや、汚れ物を洗濯機に……」
「そう。コルノ、はい」
「うん!」
2人の裸に注目してる間にサッと洗面器ごと洗濯物を俺から奪うレヴィア。その洗濯物を受け取って洗濯機代わりとなっているマグカップにぶち込むコルノ。流れるような連携だった。ただし揺れはない。
おっさん覚えた。
ない胸は揺れない。
雷耐性LV1(new)
気力操作LV1(new)




