49話 先輩
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4/24 誤字訂正
11/17 ハイエロファント→ポープ
目の前の小型種のケット・シー。
いろいろ気になる情報をくれたけど、それが本当かを確認しないといけない。
「さてニャンシー」
「なんですにゃ?」
ケット・シーっていうと、本当かどうかは知らないけど、それをモデルにしたっていう長靴をはいた猫を思い出す。
口の上手い猫が、オーガを騙して殺して城や領地を奪って、飼い主に与えるという話。
あの話も末子成功譚だったな。猫の飼い主が3男で。たまには長男がいい目に合うが話があってもいいだろうに、って長男だった前世の俺は思ったなあ。
まあそれはともかく、今の俺のポジションって長靴をはいた猫のオーガにもなりかねない。
だからさ。
「ここがダンジョンと知られたからにはそのまま帰れるとは思っていないよな?」
「にゃっ? そっちから話したにゃ!」
「いやあ、うっかりうっかり」
頭をかきながら誤魔化すがもちろん、うっかりなどではない。
けっして可愛い小猫を前にして猫好きのおっさんがはしゃいで、口が軽くなったわけではないのだ。
「わざとらしい」
レヴィアたんがジト目で俺を見ている。彼女の綺麗な瞳はそんなのさえ似合っちゃうんだからずるいよなあ。
たしかにわざとだったけどさ。
小人のダンジョンとは教えたが、転移でこのボス部屋に跳んで連れてきたので入り口は見せていないし、このダンジョンが動物の巣穴に偽装しているとも明かしてはいない。
もし逃げようとしてもこの層の構造は一見さんにはきついだろう。
……あ、コアルームを襲うって選択肢もあったか。連れてくるのは2層のボス部屋の方がよかったな。今度があればそうしよう。
今回は逃げられたり、襲われたりしないようにさっさとすますとして。
「ニャンシー、その足を治したくはないか?」
「……無理にゃ。妖精教皇の神聖魔法なら治せるかもしれないけど、そんな偉い妖精になんて会えるわけがないにゃ」
妖精なのにそんなに高レベルの神聖魔法を使うのか。さすが教皇だな。
どんな神を崇めてるんだろう。まさかダンジョンマスターたちの運営じゃないよな?
「ふむ。それじゃ治せるか試すから、そこから動かないでくれ」
「にゃ? ニャンシーを帰さないんじゃなかったのかにゃ?」
「治すとは言ってるけど帰すとは言ってない」
帰すわけないでしょ。こんな可愛い猫をおっさんが見逃すとでも?
まだモフモフも肉球ぷにぷにもしてないのに?
ニャンシーの肉球はアシュラよりも小さいから感触が楽しみなんだよね。
なのに1本減ってるんじゃ楽しみ半減。痛々しく思っちゃって堪能できそうにないでしょ。
「とにかく、おとなしくしてろよ。痛くはしないから」
「わ、わかったにゃ」
「もし動きそうならアシュラが抑えてくれ」
「な」
では、始めるとしよう。
特殊な構えを俺が取ると、ニャンシーが寝ている布団に魔法陣が発生して輝きだす。
「にゃ? これは……」
「じっとしてろ!」
「わ、わかったにゃ」
小猫はおとなしくしているので、そのまま続ける。
数分後、“儀式”は終わった。
「どうだ?」
「……だましたにゃ。眷属ってなんにゃ!」
「騙してはいない。眷族になればダンジョンの効果で欠損も治るからな」
ニャンシーは無事、俺の眷属になった。
そう。さっきのは儀式の魔法陣。
いやあ、儀式の時のポーズはどんなのがいいか、悩みに悩んだね。相手が眷属になってもいいって思えるような威厳のあるポーズをってさ。
「あんな変な立ち方をするやつがニャンシーのマスターかにゃ……」
「なぅ」
慰めるようにアシュラがニャンシーの毛づくろいを始める。
えっ? 今のポーズ駄目だったの?
指と腕の角度にも気をつけたのに。
「……ダンジョンマスターとして眷属ニャンシーに命じる。俺に嘘をつくこと、俺やダンジョンが不利になること、その二つをニャンシーがすることを禁じる」
「わかったにゃ。元から嘘なんてついてないにゃ」
ダンジョンマスターは眷属に絶対の命令権を持つから、こうしておけば安心だろう。
もう眷属契約は耐性ができて解除されてるけど、アキラの時もこれを使ってお互いのステータスを見るのを禁じたっけ。
「日本語も覚えたよな? これからはそれで話してくれ。日本語ならコルノもレヴィアもわかる」
「こうかにゃ? ニャンシーですにゃ」
「あ、ボクはコルノ、よろしくね」
精霊語がわからなくて黙って見ていたコルノも会話に混ざってきた。
……コルノは珊瑚のニンフだとしたら、精霊みたいなもんだから覚えていてもよさそうなのにな。
勉強したらすぐに習得するかもしれない。あとで教えよう。
「先輩って呼んでくれてもいいんだよ」
キラキラと特殊効果が見えそうなほど期待した表情のコルノ。
「コルノ先輩?」
「うん! なにか困ったことがあったらボクを頼ってね! お腹空いてない? 足の感じはどう? まだ痛い?」
後輩ができて嬉しいのか、コルノが張り切っている。……ニャンシーからしたら微妙にうっとうしいんじゃないだろうか。
「お、お腹はまだだいじょうぶにゃ。足はちょっと変な感じにゃ」
「変?」
「なくなった所がムズムズしてかゆいような、温かくて気持ちいいような、よくわからん感じなのにゃ」
ふむ。すぐに生えてくるわけじゃないから不安だったけど、ちゃんと治りはするみたいだな。
DPもあるからすぐに治すこともできるけど、今はまだいいか。
コルノにクリーンをかけてもらってからニャンシーを寝かせていた複製小人用布団をアイテムボックスに回収する。
「いい寝心地だったのにゃ」
「寝具はあとで支給する。それともここでアシュラと寝るか?」
「にゃっ、そんな、まだ早いにゃ」
「じゃあ、ボクと寝ようよ!」
コルノは誰かと寝るのが好きだな。
……俺が夜這いにいかないように用心している?
どうだろ。近づいても緊張されることは減ったと思うんだけど。
「とりあえず、さっきの話を詳しいことを聞かせてもらおう。作業でもしながらさ」
さっき収穫したばかりの採れたて新鮮な黒ジソを取り出す。もっとも、アイテムボックス内に入れておけば、さっきとか関係なくいつでも新鮮なんだけどね。
「これの葉っぱを外すのを手伝ってくれ」
「こんなに採ったのかにゃ。よく無事だったにゃ」
「無事?」
「このブラックバジリソが生えてるところには、これを食べる黒バッタがいるにゃ。とても凶暴で危険なやつにゃ」
また虫か。でも黒ジソが餌ってことは草食?
凶暴だって言うのなら会わなくてよかったか。
「そういや外では虫に会わなかったな。昨日までは出る度に遭遇してたのに」
「たぶん、ネズミにやられたんじゃないかな?」
並べた黒ジソのそばに座りながらのコルノ。
さっそく1枚の大きな葉っぱに手を伸ばし、ぷちっ、と茎からむしり取る。
「ネズミか。芋虫だけじゃなくて、他の虫もあいつらが襲っている、か」
「ありえるにゃ」
だから今日は虫に出会わなかったのか。いったいどんだけの群れなんだか。
でも葉っぱは残っていたから、まだそこまで食料には不足していない?
それとも完全に肉食か。
「ネズミが葉っぱも食うようになって、この辺の植物がなくなると困るな」
「それだけじゃないにゃ。難民が襲われるにゃ」
「難民ね。本当にくるのか? かなり遠いんだろ?」
森まで飛んだ時に見た感じ、妖精富士までは村や町といったものはなかったんだけど。
それとも妖精だから、木の上や地面の下で暮らしている?
「ダイダラ山のむこうですにゃ。この島にいる妖精は元々、大陸での争いを嫌って逃げてきた者かその子孫にゃ。戦うのは苦手にゃ。得意だったのは行方不明の姉か、いなくなったディーナ・シーぐらいにゃ」
「ディーナ・シーか」
ディーナ・シーってたしか、英雄妖精とか騎士妖精だったはず。
たしかに戦闘能力はありそうだ。
捕まえたら例の台詞を言ってくれるのだろうか?
あ、もういないんだっけ。
「あの時の船の中にこんな子たちがいたのなら、もっと堪能しておけばよかったわね」
手際よく葉を取っていくレヴィア。リヴァイアサンなのに本当に慣れているな。
3層ボス部屋は黒ジソの香りが立ちこめている。色はあれだけどいい香りだ。しそ巻きが食べたくなるね。
しそ巻きは味噌をシソで巻いて揚げた料理。揚げてるからシソがパリっとしてて美味い。中に巻くのもいろいろあって、甘いのもいいんだけど、俺は辛いのが好きかな。ビールにもよく合うんだよね。
この黒ジソで……作るにはちょっと大きいか。小さく切っても厚みがあるから巻くのも難しいかもしれない。今日はいいか。
「他にはどんな妖精がいるんだ?」
「けっこう種類がいるのにゃ。小さい妖精ばかりだにゃ」
そんなに小さい妖精っていたっけ? 転生エディットの種族にもそれほど見なかったような気がする。
「フェアリー、ノーム、ピクシー、リリパット、コロボックル、リュタン、ジャックフロスト、ノッカー、ブラウニー、ニス、コリガン、ギリー・ドゥー、エサソン……」
そんなにいるのか。後の方はちょっと知らないのが増えてきて聞き流す。
「ケット・シーは多いのか?」
「少ない方にゃ。親戚以外のケット・シーは知らないにゃ。番を探すのもたいへんなのにゃ」
そう言ってアシュラに熱い視線を送るニャンシー。
残念だ。ケット・シーが多ければこのダンジョンに来てもらって猫牧場にしたのに。
にゃんこでDPが稼げれば最高だったのになあ。
作者名変わりました




