プロローグ3 ロスタイム
「……眠くないけど寝るか」
何時間もキャラメイキングに夢中になってしまった。
それで疲れが限界を突破して幻覚が見えているのかもしれない。徹夜もできないなんて、年だなあ。
「はぁ。まだドキドキして……あれ?」
ドキドキしてない。というか、心臓の鼓動が感じられない。不整脈?
左の手首に右手を当てて脈を計る。
「脈がない……」
そんなバカな。これも幻覚? それとも寝落ちして見ている夢?
そういえば食欲がないどころか、ずっとトイレにも行ってない……。
俺、本当に死んだっぽい。
なんか身体が動かしづらいのは運動不足のせいかと思ったら、死後硬直なのかもしれない。
えーと、温めればいいんだっけ?
とりあえず使い捨てカイロを関節に貼りまくった。効果があるかはわからん。
これが夢ならライトノベルの読みすぎで見たんだと、起きた時に笑えばいい。
今はまず、死後硬直で完全に動けなくなる前に転生設定をまとめてしまおう。
といってもスキルはだいたい必要そうなのとったし……種族はスクナでいいのか?
転生先が小人ってのは……色々と困らないか?
バグ前提でメイクしてるから、あとで修正されたら……悩んでる時間はないか。
転生の準備ができないまま死後硬直で動けなくなったら、このまま死ぬのか?
それともゾンビに?
俺のロスタイムがどれぐらい残ってるかわからん。
小人だっていいじゃないか。ゾンビよりきっとマシだ。
救急車を呼ぶという選択肢はなかった。
だってもう死んでるし。
解剖されたり、なんかの実験台にされそうだ。
だいたい、なんて電話すればいいのさ?
俺、うまく説明できる自信がない。そんなコミュニケーション能力高かったら引き篭もり気味になんてなってないっての。
限られた僅かな時間でできることをしなくてはいけない。
優先順位の第1位は当然アレである。
健全なオタク男子なら死に際に皆が考えるはずだ。
パソコン内のエロ画像の消去!
……くっ、俺には消せない!
でも消さなくては!
クチコミを書いているみんなもこんなことを思いながら転生作業したのかな。
あ、初めてダスケのクチコミが役に立つかも。
そうだよ、転生先に持っていこう!
転生作業に使っているからこのデスクトップパソコンは残念ながらたぶん持っていけない。重いし。
ノートパソコンとタブレットを、空中に浮いたままの光る箱に入れてみる。
「やはりこれが前世のアイテム持ち越し用か」
モニタ上の前世のアイテムの残り重量が減った。
電源アダプタとUSBケーブル、デジカメも入れて……もしかしてこれ、来世の俺から見たら6倍の大きさになるのか。
っと、悩んでる間にデータを移行しておこう。
デスクトップパソコンに繋がっているカードリーダーにメモリーカードをセットしてエロ画像や動画、死後に見られたくないデータを移動させておく。
コピーや移動が早いカードリーダーを買っておいて本当に良かった。
メモリーカードは通販サイトの期限間近のポイントで買うようにしてたから、余分があるので足りるだろう。
むこうで見れるかはわからないけどさ。
こんなことなら太陽電池で充電できるやつ買っておけば……。
あ、手回し式の充電器付きのラジオがあったな。あれなら携帯ぐらいは充電できるか。一応持っていこう。
薄い本は時間があればスキャンするんだけど残念だ。大きなサイズで読みにくいと諦めて、お気に入りだけ厳選して持っていこう。
諦めてない? 気のせいでしょ。
フィギュアはどうすっかな。等身大サイズになるとさすがに怖いよなあ。
出来心で魔改造しちゃったやつは持っていくしかないけどさ。
……あれ?
もしかしてこれ、ガラテア対象?
本物になるの?
ならば持てるだけ持っていくしかあるまい!
あと、遺言も書いておくか。
自殺と勘違いされる?
けどまあ、両親への感謝の気持ちだけでも書いておこう。
弟たちよ、親の面倒は頼んだぞ、と。親父たち泣いちゃうかな?
「心臓止まってても、涙は出るんだな」
気づけば、俺は泣いていた。
未練がないわけじゃないもんな。
不完全燃焼だった深夜アニメの第2期シーズン楽しみだったし、予約したフュギュアもまだ届いていない。
……あれ解約しておかないとマズイな。間に合うかな。
作業中のデスクトップパソコンに負荷をかけたくなかったので、来世持ち越し箱に入れたノートパソコンを取り出して予約をキャンセルする。なんとか間に合ったか。
再び持ち越し箱にノートパソコンを収納する。
あと他に入れるものはなんかあるかな?
異世界転生もので役に立つのってなんだっけ?
食料は適当に入れた。冷蔵庫は重すぎるよな。テレビは放送が流れてないだろうし、エアコンはダンジョンにつけられるのか?
……来世の俺はダンジョンマスターになるみたいなんだよな。
そうか。DPってよくあるダンジョンポイントってやつか!
ダンジョン作成にも使うんだろうな。ほとんど使っちゃったよオイ。
小人のダンジョンって、普通の人間サイズだと入れなそうだよなあ。撃退して稼ぐの無理なんじゃ……。
来世の俺、詰んだ?
いや、能力値は高いし、スキルもたくさんある。きっとなんとかなるはずだ!
他の種族で作り直してる時間もない。
できることをしよう。
必要そうなのはだいたい入れたと思う。
クチコミにあったように米の苗とかほしいけど、買いに行くのは無理。お袋が送ってきた玄米に期待するしかない。芽は出るはずだよな? 発芽玄米って玄米から作れたはずだ。
スクナの種族特性に期待しよう。
……まあ、ここにある玄米は一昨年のだけどさ。
だって、玄米って炊くの面倒なんだよ。そのおかげで残ってるんだからいいじゃん。
服は……来世の俺にはサイズが合わないか。
あ、今のうちに新品の下着に変えておこう。「下着は綺麗にしておきなさい」がお袋の口癖だもんなあ。どんだけ俺の下着が汚れてると思ってたのさ。
いかん、また泣けてきた。このままだと俺の死体、干からびちゃうな。
発見が遅れれば、そうなるか。弟に連絡しておこう。ついでにきた時にゴミも出しておくようにメールして、と。
電話じゃないのは、声を聞いたらさらに泣いて会話なんてできそうにないから。
お、データ移動も終わったな。もう愛機には見られて困るデータもない。
メモリーカードを来世箱に入れて準備OK。涙も拭いた。
よし、じゃあ作成完了をクリックしますか。
「わが生涯に一片の悔いなし!」
嘘だけどな!
ネタに走らなきゃクリックする勢いなんてつかないっての!
右腕を高く突き上げながら左手でクリックする。
『本当によろしいですか?』
……決意したんだから水を差さないでくれ。
俺の一生って最後までカッコつかなかったなあ。
残りDP:129.46