174話 夏の定番
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のんびりという程ではないが、眷属たちのレベリングも兼ねて一気に進むことはせず陣地を固めながら攻略していたら次の階層へのボスエリア付近でアンデッドが登場。
能力的にはちょっと強くなった程度だが、うちの眷属たちの多くに効果が大きかった。
「オバケ怖い」
あのさ、モンスターだってオバケだと思うんだが。
妖精たちだけでなくテリーやタマも怖がる始末。今まで暴食の十二指腸ではアンデッドは見かけなかったから仕方がないのかもしれないのかな?
それともおっさんの知識からの怪談やホラー映画の情報が入ってきているのだろうかね。
うちのダンジョンにいるウィルオウィスプだって人魂そのままの外見なのにねえ。
タマはヨウセイの穴のアンデッドダンマス見てたはずだよね? えっ、あいつらは怖くない? それはそれで喜んでくれるかな。逆に落ち込むかも……それはないか。
「ゴブリンや他のモンスターもスケルトンになってるのが増えてきましたね。ハエの餌の残りをリサイクルということでしょうか」
「こんなことならフェアリーたちも、先に知り合いのスケルトンやゾンビに会わせて慣らしておくべきだったか」
どうせこのダンジョンは攻略できたら妖精たちのあの世として機能する予定。つまり、幽霊だらけになるんだからさ。
「フーマはオバケ怖くないの?」
「コルノさん、オバケと幽霊を一緒にしてはいけないと思う」
オカルト大好きなミコちゃんのツッコミが入った。おっさんとしては、こっちの世界だと一緒にしても問題ない気がしてたり。
「幽霊か。おっさんの知識にあるような怨念の塊だったら面倒そうだけど、スケルトンやゾンビならすぐに慣れるって」
「そう言うけど、ラットキングにだってアンデッド混じってたよね。あの時は戦うのに夢中だったけど、今でも時々夢に出るんだ」
青い顔のリニア。震えてるのか? 震えが収まるようにその肩をそっと抱きしめる。
「リニアちゃんの夢で見たけどアレは怖いわ。マブちゃん泣きそうになったもん」
自分がリニアを慰めたかったのか。指をくわえてじいっとこっちを見てるマブ。その視線がちょっと怖い。
マブは夢の女王だけあって他人の夢にも簡単に侵入できるみたいだ。
「ラットキングか。前上司の分体みたいなやつだった。強力なスキルも貸与されていたな」
「もしかしてあの血肉化ってベルゼブブのスキルだったのか?」
「ええ。そして貸与していたスキルはラットキングが倒された時に返却されているはずだ」
いかもにも暴食って感じのスキルな〈血肉化〉。そりゃ食いまくるよなってスキルだった。
[〈血肉化〉
吸収した物が持っている能力を手に入れる可能性がある
対象は死体でもかまわない ]
少しでも食われたら危険。こちらのアドバンテージを奪うなんて厄介すぎる。対抗スキルはないものか。
「だがラットキングの死体を食して取り戻したわけではないから、やつが吸収した能力は入手されてはおるまい」
「返ってくるのは貸したスキルだけ、か」
もしかしてラットキング、無事に帰ってたら新しく手に入れた能力を吸収されるために食われていたのかもしれない。集合体のネズミ一匹ぐらいなら影響少なそうだし。
「爆弾とか食ったら自爆するようにならんかな? 運営側は火薬を嫌ってるけどさ」
「自分の能力で死んじゃうようなスキル?」
「クラーケンと潰し合ってくれてもいいけど、協力されても困る」
まあその前にダンジョンボスまでたどり着かないといけないワケだが。
ベルゼブブ戦は総力戦として、それまでに眷属を少しでも鍛えるしかないか?
誰を重点的にレベリングするか考えていたら、追加報告が。
「暴食の十二指腸第1層に新たなモンスターが出現しました!」
◇
この世界には昆虫が大型化したモンスターがわりと多い。うちにだって蟻の大型モンスターがいるし。他にもハチ、カマキリ等がポピュラーだろう。昆虫じゃないけど虫となるともっと増える。クモもうちにいたね。
で、他に驚異になるのはどの虫か?
トンボ? たしかにあの機動性は驚異だ。顎の力も強いし。
カミキリムシ? トレントたちが嫌がりそうだ。でも前世では幼虫が食用になってたはずだから、うちの妖精たちなら美味しくいただきそう。
カやノミ? 病気も怖いし痒さが強いのは勘弁してほしい。
ベルゼブブ自身がハエの上級モンスターなのでその配下にもハエが多いが、ダンジョンには他にも虫系がいる。
新しく出てきたのがそれだった。しかもおっさん内で巨大化してほしくない昆虫のランキング上位にくるやつだ。
「まさかセミのモンスターとはなあ」
[【ダンジョンゼミ】
種族ランクR
セミのモンスター
樹液だけでなく生物の体液も吸う
その鳴き声はあまりにも大きい ]
鑑定の解説だとこう。あの宇宙人のように分身することはないようだけど、実際に聞くと「あまりにも大きい」なんて説明だけじゃ表現できないほどの騒音。1メートルぐらいのサイズなので普通のセミよりもかなり低音ではあるのだが、同時に爆音。反響しやすいダンジョンの通路で鳴かれたらダメージをくらうどころか気絶するレベルだ。
吸血よりもその音で冒険者たちにも危険モンスターとして認識されているらしい。
しかもセミっていうと定番のアレ。死んだと思って近づくと急に復活して飛ぶっていう。前世で夏場、ベランダで落ちてるのを見ると気が滅入ったよ。復活してそのまま飛び去ってくれればいいけど、そこまでの元気がなくて飛び立つことができずに壁や窓にぶつかりながらブブブブって床を這われると捕まえづらかったなあ。
その重低音ゼミが第1層に出現。騒音をバラ撒きまくっている。
「スケルトンを用意する際の血抜きに使用したか?」
「ハエなのに血抜きなんてするんだ?」
「言っただろう、前上司は美食家を気取っている。ちなみにダンジョンゼミもメインの目的は食用。揚げると美味い。たぶん我らの迎撃目的で放ったのではなく、逃げられたのだろう」
前世でもセミは食べられたんだっけ。おっさんは食ったことはなかったけどさ。
あとダンジョンゼミは巨大なんだが。こんなの揚げる鍋とかあるんだ? いや、熱の通りを考えたら丸揚げじゃなくて解体してからか?
「セミは落ちてアリの食料となるのが運命でアリます」
「食いたいのか?」
「もちろんでアリます! わが同胞も張り切っているのでアリますよ!」
頼もしい、と思うことにしよう。
問題の騒音に関してはエアーウォールを張ればなんとかなるはず。あれは音もかなり遮ることができるからね。おっさんがヨウセイの穴の連中に気合い注入のためにシャウトすることを教えた時にさ、あまりな声を聞かれるの恥ずかしくてウォール張らせたんだよ。
揚げ物かー。ワインもいいけどビールが欲しくなるな。
まだうちのダンジョンじゃ小麦や大麦を育てていない。米の次は麦かな? たしかビールは大麦で……ホップってのも必要だったっけ。ホップってなに? たぶん植物なんだろうけど。
掲示板で聞いてみるか。入手しやすければいいな。
「妖精たちもアンデッドよりはセミと戦いたいようね」
「普通のセミなら食べていましたから」
「マジで妖精島の妖精って狩猟系だよね?」
一応、ヒエや粟に近い植物で農業していた妖精もいるけど、この前のネズミたちに畑を荒らされまくって大打撃を受けてしまった。うちのダンジョンができなきゃ妖精島はかなりピンチだったようだ。
「外骨格生物のスケルトンって見た目変わらなさそうですよね?」
「虫系のスケルトンかー。食後の蟹とか再利用できそうかも?」
「うちで倒した三葉虫のカラがアンデッド化しないように、供養塚が必要かもなあ」
墓地やあの世は準備中だからついでに倒した敵の供養もしてしまおう。
こっちだと死骸を未処理にしておくと瘴気でアンデッドになることもある。うちのダンジョンが瘴気を吸収してるのでその可能性は低いけど食材になった生物や敵も供養しておくのもいいだろう。
妖精たちが幽霊に怯えることも減るかもしれないし。
「私どもにお任せ下さいませ」
スケルトンに怯える妖精たちの時からずっと黙っていたモルガンがついに口を開いた。
まあそういうのは教会の仕事になるのかな?
「スケルトンの相手にはわがシスターたちも同行させて下さい。もちろん私も参りますわ」
「こ、怖くないの?」
「我らが神がいるのです。聖なる光をかの者たちに届けてみせましょう」
たしかにアンデッドや悪魔退治には教会の出番かもしれない。
聖なる光かあ。おっさんまだフサフサなんだけどと、ふとそんなバカなことを考えてしまった。
◇
「ホォリィィィィイ! レエザアァァァァァァ!!」
モルガンの放った聖光の魔法。
いや、恥ずかしがってたのを半ば無理矢理特訓させて必殺技シャウトをマスターさせたのはおっさんだけどさ、あの威力なに? アンデッド特効?
まさにスーパーロボットの光線兵器のように拡散した眩い光がスケルトン数体を貫いてあっさりと蒸発、昇天させた。つうか、モルガンって剣で戦うんじゃなかったのか?
「神のご威光ですわ!」
「おっさんの威光ってビーム兵器だったのか……」
「後光も攻撃になりそうですねえ」
シスター妖精たちがモルガンをキラキラした瞳で尊敬してる横でおっさんとミコちゃんはため息をつくのだった。
神様より教皇の方が強そうとか言わなれないといいなぁ。
そのまま第2層の様子をちょっと確認。
本当に軽い偵察をしてもらうだけのつもりだったのに第2層もそのまま制圧してしまった。
おっさんたちがスケルトンに手を出すのが遅れたのがビビったと思われて準備していたのか、ほとんどスケルトンしかいなかったからモルガンとシスター無双。やはり聖光にはアンデッド特効があるようだ。
「さすがに疲れたのですわ」
「ご苦労様」
疲れを口にするモルガンの顔は上機嫌。あまり活躍できなかったのを実は気にしていたようだもんなあ。レヴィアにいいとこを見せる機会がないって。
妖精たちのあの世ができたら、これからもっと動いてもらうことになるだろう。
「私が出てからしばらく経つのに、トラップも隠し部屋もそのままとはなんという体たらく!」
昔の職場の残念さを嘆いているアスカ。まあそのおかげで隠し部屋で飼育していた牛妖精や鶏、ハチたちをあっさりと確保できたのでおっさんには有り難い限りなのだが。
寄生や病気その他の罠がないのをしっかりと〈鑑定〉し、安全を確認してからうちのダンジョンに連れ帰ったよ。
これで、乳製品も自給自足できるようになるかな。
「前上司もさすがに乳用の品種のブルベガーは喰わなかったようだ。まだ怯えていてすぐには乳は出そうにないが、こいつは妊娠していなくても乳が出る。無事でよかった」
「食肉向けじゃないってうちの妖精たちにも周知させた方がいいぞ。あいつらの視線でストレスたまるかもだから」
周囲を警戒しているようにキョロキョロしっぱなしなホルスタイン柄のブルベガーを愛おしそうに撫でるアスカにそう忠告しておく。せっかくの乳牛が食われたら困るもんね。
「あちらの伝承では黒毛で赤い目だったはずですが……黒毛牛だとお肉美味しそうですよね」
ミコちゃんまで!?
食肉用の牛はいないかな? この感じだといたとしても、もう喰われていそうだよなぁ……。
牛だけにモウ喰われて、なんてね。




