173話 小忍者式
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今回は三人称
その日。
邪神のダンジョンであり、とある目的を持つダンジョンマスターたちによって最近は人気スポットとなっている“未熟者のダンジョン”の一部のエリアは普段とは違う盛り上がり方を見せていた。
「よお、遊びにきたぜ」
片手を上げたのは黒セーラーの少女、アキラ。吸血鬼のダンジョンマスターである。
「いらっしゃいアキラさん。来て下さって嬉しいわ」
そう返したのは同じく黒セーラーの有翼の少女コトリ。このエリアを常時使用しているダンジョンマスター集団であるヨウセイの穴のまとめ役の一人。
「姐さん! よくお越しに……なんスか、その鯉?」
アキラの付近、彼女の頭より少し下を泳ぐように浮いている大きな緋鯉を指差すチャラ男。耳にピアスのついた狼フードを被った彼はヨウセイの穴のメンバーであるエージン。【ヴァンパイア・ウルフサルク】となっているアキラの舎弟だ。
「こいつはアライ。オレの眷属だぜ」
紹介されたのを理解しているとばかりにアキラの前に出てゆらゆらする緋鯉。エージンはそれを不満そうな顔で睨む。
「そッスかー。オイ、アライ、姐さんの一番の舎弟はオイラッスよ。そこんとこ、よおく覚えておけッス!」
「なに人の眷属と張り合ってんだよ。あ、俺は」
緋鯉と張り合って珍妙な動きで威嚇するエージンを押しのけて次々と挨拶していくヨウセイの穴所属のダンジョンマスターたち。その中に数名、眷属のメスゴブリンやゴブリナ種が次いで紹介されている。
「ゴブリナちゃん元気? これうちの子。ゴブリナになったばかりなんだ」
「おう。オレはアキラだ。ゴブリナん時は世話になったな。あいつは元気だぜ」
自分のところのゴブリナと違うなーと思いつつ紹介されたゴブリナの頭を撫でるアキラ。つい「よーしよしよし」と友人のダンマスが眷属を撫でる時の真似をしてしまう。それで彼のことを思い出した。
「そういやフーマはどうした? ここで先生やってんだろ?」
「コーチは自分のダンジョン付近の邪神のダンジョン攻略に忙しいようです」
「なんだよ、まだやってんのか? 言ってくれりゃ手伝うのによ、水くせーなあ」
彼には何度も世話になっているので、できれば借りを返したいのだがその機会がないとため息をつくアキラ。コトリもそれに同調する。
「まったくです。私たちだってコーチのおかげでそれなりに戦えるようになってますのに」
戦闘には不向きな種族であるにも関わらず、ヨウセイの穴の誰よりも強い彼に鍛えられたのだ。自分だって役に立つ所を見せたい。指導の成果を示したい。そんな思いを燻らせているダンジョンマスターたちだった。
「まあまあ。アニキも自分の眷属を鍛えるいい機会だって言ってたじゃないッスか。オイラたちが頼りないから頼ってこないわけじゃないッスよ」
「んー、あいんつんトコの、猫や小人みたいだもんなあ。鍛えるのは必要か」
ったく、と頭をかきながらエージンのフォローに納得するアキラ。
「猫ちゃんたち、可愛かったですよねえ。女子会の参加者たちも猫カフェ続けてほしいって言ってる方が多くて」
「猫カフェ!?」
「監督の眷属ってやっぱり小さくて可愛いのが多いのか? メルヘンだなぁ」
「女子会、いいなあ」
女性ダンマス限定の女子会には当然参加していない男性ダンマスたちが猫と戯れる少女たちを妄想して顔がにやける。
「今回の女子会の会場は乙姫のダンジョン、竜宮城。乙姫はコーチとお知り合いで、コーチの眷属やダンジョンで暮らす小型のケットシーちゃんをお借りしていたのです。みんな子猫のように小さくて可愛くて。いつもは自分の可愛さで争う不仲なダンマスたちも猫ちゃんの魅力にノックアウトされてましたわ」
「あー、いつもはあんなじゃないんだ?」
「ええ。ギスギスした組み合わせもありまして。幹事を任されたダンマスは席順に頭を悩ませるそうです」
そんなの知りたくなかったよ、と男ダンマスたちの顔が一瞬で曇る。幹事と聞いて、前世で新人時代にやらされて失敗したなあと思い出す者さえいた。
「乙姫も大変だったんだなあ」
「はい。まあ、あの方に逆らえる女性ダンマスはほとんどいませんから、席順程度では問題はおきなかったでしょうけれど。今回、コーチのおかげでご縁ができて本当に嬉しい」
「乙姫、強いもんなあ。オレじゃまだ勝てそうにねえ」
乙姫に逆らえる女性ダンマスはここにいたか、とコトリは顔には出さず内心で大きなため息。コーチが自分に相談したワケだよと何度思ったことか。
「なあ、猫ちゃんもすごい気になるけど、コトリとアキラちゃんの服、お揃いだよな? 流行ってんの?」
普段はジャージなのに今日に限って黒セーラーのコトリを疑問に思っていたら、やってきたアキラも同じく黒セーラー。気になってしょうがなかったダンマスたち。【ホワイト・ウェアタイガー】のタイガが猫のことはいずれフーマに聞こうと決意しながら質問した。
「ふふ。いいでしょう。これは乙姫に戴いたの。今回、彼女の息がかかったダンマスたちに配られたわ。揃った時は女子校みたいになってて。次の女子会はきっと、自分の派閥を独自の制服で揃えるところが増えるんじゃないかしら?」
「オレのはフーマがくれたんだけどな。けっこー頑丈だぜ、コレ」
「それはそうでしょう。リオハルコン製です。欲しがるダンマスがどれだけいることか!」
よく見れば二人の黒セーラーは微妙にデザインが違っていた。一番はコトリの背中、【鳥人】の証である翼を出すためのスリットだが、他にも細部が異なっている。
「姐さんよく似合っているッス。オイラも学ラン着た方がいいッスかね?」
「セーラー服を見ただけで若返った気がするのう」
「うん。できればうちのゴブリナにも着せたい」
「制服ならゴブリナたんには水色のスモックしかあるまい。名札と帽子もセットでな!」
アキラに合わせるか迷うエージン、セーラー服に再び鼻の下をのばす【堕天使】のジンゴ。
【ホブゴブリン】のポポイノポイはセーラーのゴブリナを夢想し、【ゲイザー】のベアドンはそれを駄目な方向に改案する。
「学ランならポポポに着せるっちゅ。黄色と黒のちゃんちゃんこもセットで」
「で、ソラタは水色のフード付きローブか?」
「黄土色じゃね?」
「灰色だよ」
有名な妖怪少年のコスプレを進める【ラットマン】のソラタに、その相棒の衣装の色で意見を違える【スケルトン】のメビウス、【ガシャドクロ】のカタナシ、【ボーン・デット・ドラゴン】のリュウジの骨組。
「服なんてもう何年も着てないなあ」
「うむ。お洒落というには違うかもしれないが、監督の栄養剤で花が咲いたぐらいか」
【アルラウネ・タンブルウィード】のマリモに【ツリーシャドウ】がジョルトが肯き、フーマの薬品の被験者になった時に満開になったのを思い出した。
「ふーん。いつもこんななのか?」
「ええ。お恥ずかしい限りです。でも、コーチのおかげでみんなここまで笑えるようになったんですよ。コーチにお会いするまでは暗い顔で愚痴ばっかりだった」
「ああ。悪い方向にばかり空回りしてた。やっと入った新人に騙されて利用され、勇者に殺されそうなとこを監督に助けられてさ」
「アニキにはいつか恩返しするッスよ。そのためにも特訓ッス!」
フーマに一番迷惑をかけているという自覚があるエージンは拳を強く握りしめる。
その発言に、狼耳がぴょこんと生えて反応するアキラ。短めのスカートからはフサフサの尻尾が覗く。
「特訓? 面白そうじゃねえか!」
「おお、アキラちゃんもやる気みたいだな!」
「いいの? 監督が眷属にやらせたいんだけど恥ずかしがってやってもらえないみたいな特訓よ?」
「へ? 恥ずかし?」
そのまま熱血モードになりそうな集団に水を差すコトリ。予想外の言葉にアキラの動きが止まった。
代わりに他のダンマスたちが騒ぎ始める。ヨウセイの穴には所属していないが、ゴブリナ育成のための情報交換のためにいたダンマスや、こっそり見物していた外部のダンマスたち。
「眷属に恥ずかしいことだと?」
「監督ってあの小さい忍者だよな。眷属って、ゴブリナ?」
「たしか、美女堕天使のアスカもだ」
「ゴブリナちゃんやアスカさんに恥ずかしいことだって!?」
妙に盛り上がる外野たちに、特訓の内容を知っているヨウセイの穴メンバーは生暖かい視線を送った。そーいうんじゃないんだけどなー、と。
◇ ◇
「ダーッシュッ! スッ! ラぁぁぁッッッッッッッッッッッッッシュ!!」
フロアボスの上位ゴブリン種を一撃で屠るエージンの必殺技。彼はいつも以上の手応えを確かに感じていた。
その彼をフードごとアキラが小突く。
「やっかましい」
「いやでも姐さん、これが特訓の内容なんスよ。アニキに聞いたんスけど、威力上げるためCPを上手く使うのに気合い入れるッスよね? 叫ぶとやりやすいッス。叫び方、ちょっと変えるとSPの入りも違うみたいッス」
「マジかよ」
あまりの特訓内容にちょっと呆れてジト目になってしまった彼女を誰が責められようか。
「そりゃ眷属さんたちも恥ずかしがりますよねえ」
「ちょーっとハズかしーぐらいなんッスか。照れちゃ駄目ッス。慣れると気持ちいいッス。スッキリするッスよ!」
今日のために個人特訓していたエージン。彼のダンジョンにあるカラオケ部屋が有効活用され、どんな叫び方が格好いいか研究を重ねている。
「威力が上がるのは本当ですよ。監督が手本に見せてくれた時はゴブリン・キングとその取り巻きの集団が一瞬で消し飛びました」
「ボス部屋が爆発で埋め尽くされたもんな。ウォール張っとけって言われてなかったらこっちもヤバかった」
「まだ信じがたいけどあれ、ファイアーボールだったんだぜ」
下級魔法であるファイアーボールであの威力。今思い出しても冷や汗が流れてしまうヨウセイの穴メンバーたち。その彼らを見てやっとアキラは、「あ、ギャグじゃなかったんだ」と悟った。
「それを可能とするこの奥義を簡単に教えてくれちゃっていいのかねえ?」
「なんかアニキからしたらたいしたことないテクニック扱いっぽいッス」
「マジかよ、さすが監督」
「たぶんコーチにはまだいくつも奥の手があるのでしょう」
乙姫を紹介したことでコトリによるフーマの評価はかつて無いほどに爆上がりしている。恥ずかしいこの特訓も必要なことと覚悟して向かっていた。
「でも、問題点はいくつかあんな。恥ずかしいのも含めて」
「監督も言ってました。攻撃内容を叫ぶと目標になにをするのかバレるので、叫んだり叫ばなかったり、叫んだ内容と別の行動を取ったり、色々できるようになっとけって」
「必殺技によって格好いい言い方も違うッス」
「そこ、問題なの?」
アキラの疑問にはうんうんと肯くダンマスが大勢。各自こっそりと自分の必殺技の発音を練習していたり。
「アニキの言うには即応性は落ちるけど、若干のタメがあった方が威力がいいみたいッスね」
「同じ言い方でもダンマスによって効果が違うようなので自分に合った発音が重要みたいですね」
「CPを意識して使うのは難しい。このやり方で我輩、使えるようになったのである」
ダンジョンを進み、必殺技シャウトを試すヨウセイの穴メンバーたち。エージン同様に効果を実感してた。
「ウいンドぉ! バズぅカぁぁぁぁぁあああ!」
「ルぁイトニんグぅぅ、ブラスタぁぁぁぁぁぁああ!」
「アッッパーカッ!」
息切れしながらも妙に達成感のある顔を見せるダンマスたちにゲストである吸血姫は奇妙な居心地の悪さをおぼえていた。「自分もバカになるべきなんじゃね?」と。
「マジに効果あんのかよ。けどさ、単純にやかましいだろ。みんながこれやるようになったらうるさすぎねえか?」
そう言いながらも威力上昇は気になっていて、帰ったら試してみたアキラ。
確かに威力は上がった。上がったのだが……。
「ア、アキラさま?」
目撃した眷属たちがさっきの自分のような顔で心配してきて、地味にヘコむ彼女だった。
エージンが言っていたように、気持ちよかった自分がいることをはっきり確かに感じながら。




