172話 暴食の十二指腸 第1層攻略中
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本日も問題なく邪神のダンジョン攻略が進んでいるようで、明るい顔のアスカたちからの定時報告を聞いている。
「それでは確認のために再度説明する。現在順調に攻略中の第1層はフィールドエリアで庭園、もしくは繁殖フロアと呼ばれていた」
「繁殖……」
「配下の予備軍とそれに漏れたモンスター、あれは食材と呼んでいましたが、それを自然繁殖させるためのエリアです。防衛にはあまり力を入れていません」
「だから順調にこっちの管理領域が増えている、と」
ダンジョンどうしの戦いは領域の奪い合い。防衛側は領域に対して影響力の大きいエリアボスを配置、それが倒されるとそこの領域を奪われてしまう。
攻撃側はエリアボスが生き残っている限り、どんなにポイントをつんでもその領域を自分のダンジョンとして扱うことはできないというワケだ。
「そのワリにはたまに高レベルのゴブリンとかいたけど?」
「第1層のモンスター自体の追加はあるが、餌の追加はごく僅か。ほとんどがダンジョンボス直属の手下に中抜きされてここには届かない。だからモンスター同士で食い合っていたようだ。これはテリーに言われてやっと気づいたのだがな」
情けない。と乾いた笑いを見せるアスカ。
なるほど、命がけで戦っていると。ダンジョンのモンスターなのに野生のような環境で放置されてるから中には強いやつもいるのね。そういやテリーもゴブリン食ったって言ってたっけ。
暴食の十二指腸のボス、ベルゼブブ。
前世でも有名な悪魔と同じ名前だが、アスカの話によるとこの世界のベルゼブブは“暴食”の二つ名の方がより強く出ているっぽい。自分のダンジョンの名前にも使っているぐらいだし。
前世の方だとあんまり暴食っぽいエピソードはないのにってミコちゃんは言ってたけど。
七つの大罪か。“傲慢”のルシファー。“憤怒”のサタン。“嫉妬”のレヴィアタン。“怠惰”のベルフェゴール。“強欲”のマモン。“暴食”のベルゼブブ。“色欲”のアスモデウス。
ベルフェゴールだったっぽい種族【ベルフ】のダンジョンマスターは直接本人に会ったことはないが、話に聞く限りたしかに怠惰な性格だったようだ。大麻に手を出すあたりは怠惰というよりは退廃のような気もしないでもないが。
でもレヴィアタンことリヴァイアサンは嫉妬の担当なんだけど、うちのレヴィアはそこまで嫉妬深くはない?
たまに焼き餅やいてくれてそこが可愛いのは認めるところではあるのだが。
「さすがに第1層は魔法攻撃してくるモンスターが少なかったな」
「魔法は目立つからな。迷宮タイプならまだしもフィールドタイプのエリアではすぐに発見される。ハエの餌になりやすい」
「そんな理由で?」
ベルゼブブの配下の蠅の騎士団は横柄で下の者には強く出る。食事も与えないのに無茶ぶりはするという連中。逆らったら食われる、ミスしても食われる、美味しい種族に進化したら食われる、気分次第で食われる。そんな有様なのでダンジョンのモンスターからも嫌われているらしい。
このエリアのモンスターを家畜としか見てないようだからそうなるか。いや、家畜にだって餌ぐらいはやるだろうに。
この前戦ったラット・キングもベルゼブブの配下だった。あいつが持っていた〈血肉化〉のスキルはベルゼブブが与えたものらしく、今頃は本来の持ち主に戻っているんじゃないかとのこと。まったく、面倒な。
ってか、スキルのレンタルみたいなことできるの? ポイントで? ふーん。
「私にはそんなスキルを貸さなかった!」
「いや、アスカは強引に邪神のダンジョンを出たんだろ? 結婚相手に会うために。引き留められてたのを振りきってさ」
「それは……まあ。カツカツなポイントを割り振ってダンジョン運営をしている私がいなくなったら、まともに維持すらできなくなるのを理解しているやつも僅かにだがいたからな」
ミコちゃん情報によればベルフェゴールではなくアスタロトが“怠惰”担当って説も前世ではあったらしいけど、アスカには合わないな。ベルフェゴールと結婚しようとしていたのはセットで担当だったってことなんだろうか?
「ふん、その証拠に現在の瘴気の量からもポイントが底を付き、あまりモンスターを増やせなかったようだ」
「なのに配下のハエ騎士を増やしてたってことは、うちに攻め込む準備と考えるのが妥当か」
「ラット・キングや私が敗れたのだから、ようやく本腰を入れる気になったのだろう。それとも食うものが無くなって、か?」
やはり食事優先なタイプっぽいか。吸収した物が持っている能力を手に入れる可能性がある〈血肉化〉を有効に使おうとしたら食事優先なのはわかるけどさ。
ディアナがダンジョン出現時に封印してなかったら妖精島の連中、食い尽くされてたかも。それとも第一階層で家畜扱い?
「第2層は玄関。基本的にここからがやつの配下の領域と思ってくれ」
「玄関ね。門でもあるのか?」
「門はこの第1層にある。第2層への階段前だ。配下以外は通さない」
「某、本体の分身の一つであるのに、生まれたのは庭園エリアの沼。玄関に通してもらったのは売られた時だけだった。ゲコおこぷんぷんなのである!」
ハエたちとしても捕食される可能性があるカエルと一緒にいたくなかったんだろう。
あと「おこ」なんておっさんからの知識なんだろうなぁ。おっさんが死んだ時にはもう死語になってたような気もするけど。まさにぷんぷんを体現するべく頬を膨らませるハインリヒ。以前は違和感があったが、なんか最近自然になってきた。それともこっちが慣れただけか。
「第3層は客間。滅多に客はこなかったぞ。玄関フロア、客間フロアともにベーシックな迷路型のダンジョンにしていた。今はわからんがな」
「客向けが迷路? ああ、ダンジョンの侵入者が客ってことね」
「いや、邪神のダンジョン同士でも繋がりがある。そっち関連の客も極稀にきたぞ。ハインリヒを売った時とかな」
「今度は某がやつをポイントに変えてやるのである!」
ますます頬を大きく膨らませるハインリヒ。膨らませすぎて破裂させるなよ、童話みたいに。ってアレは腹か。
邪神のダンジョン関連ってどっからくんのかな? やっぱりポータルで行き来してるんだろうか?
掲示板情報によれば、ダンマスのダンジョンと邪神のダンジョンはお互いに技術をパクりあってる可能性がある。こっちにできることはむこうができてもおかしくはない。
「第4層は食堂。私の元職場だ。さて、誰が後を任されたか」
「なるほど。食堂担当だけに台所事情に詳しいと」
むう。ギャグが高度すぎてみんな笑ってくれないのは寂しい。
……そんな目で見ないで。
「第5層は寝室。ここに入れるのはダンジョンボスであるベルゼブブだけだ。おそらくコアもこのフロアにある」
「やっぱり邪神のダンジョンにもコアがあるんだ?」
「多くはダンジョンボスと同化しているぞ。自分が倒されるなんて考えているやつは少ないからな。ベルゼブブがどちらかは不明だ」
なるほど。邪神のダンジョンと戦うダンジョンマスターは万が一、自分が倒された時のためにダンジョンコアは安全な場所に隠すことが多い。ダンジョンコアさえ無事ならば復活できるからだ。
ある意味ダンジョンマスターの本体であるダンジョンコアは同時に弱点でもある。コアが破壊されれば復活はできず、ダンジョンは死ぬ。だからDPをつぎ込んで超強化した自分の身体と同化するダンジョンマスターもいないではない。
おっさんやヨウセイの穴の連中のたまり場と化している未熟者のダンジョンが残っているのも、ダンジョンボスであるゴブリンキングがコアと同化していないからか。あそこのコアはまだ発見されていないし、破壊されたりしたらダンマス連中から顰蹙を買うだろう。ヨウセイの穴の連中もコアを見つけたら保護する、って言ってたり。
同化は本体が強ければ一番安全なのかも知れないけれど、死亡時以外にもデメリットがあって本体がダンジョンにいないとダンジョン機能が働かなくなる。眷属が少なかったり、外出が好きなダンマスには向かない。まあ、コア中継器を設置すればこの問題は解決するか。
補足になるがコアを破壊すると経験値が一気に入り、コアが所持していたスキルを入手する可能性がある。それもあってか勇者は積極的にコア破壊を狙う。冒険者の場合はダンジョンに経済的効果があったりするとギルドに止められるみたいだけど。
なお、ダンジョンマスター同士では潰し合うのを防ぐため、経験値もスキルも得られない。
「玄関以降は一気に攻めたいところだな」
「迷路なんてアリたちにまかせるでアリますよ。ほとんどが女王を失った群れなのが悲しいでアリますが」
アンコの発言に合わせてか、ダンジョン機能であるモニターの表示が切り替わった。モニターに映るのは大きなアリが整然と行進していく光景。
眷属にこそしてないが、こっちの管理領域下になったことで隠れていたモンスターを発見しやすくなり、アリやクモ等、協力的なモンスターが増えている。
アリたちは不測の事態に備えて、女王種に進化できるようにあえて進化しない個体を用意していたが、そのあたりもハエにやられてしまっていた。
逆に考えると、女王種に進化さえすれば繁殖はできるので絶滅の心配がないから、ハエたちも容赦なく襲っているのだろうか。一匹だけでも確保してればいいや、的に。
アンコに説得され指揮下に入ったアリたち。姿こそ変わったが近い種族だったアンコに従う彼女たちはマジで軍隊アリの行進。うちのダンジョンに攻めてきた時以上の数が移動する姿は圧巻である。
フィールドエリアでもこれなのだから、狭いダンジョンの通路をアリが犇めいてやってくるなんて考えただけでゾっとするね。
ダンジョンモニターに表示に変化があった。アリの行進にハエが数匹向かってきたのだ。卵を植え付け、寄生するために。
だが、アリの一匹がピョンと高く跳んでハエを捕獲する。よく見ればそれはアリではなかった。リオの進化前と同じ【レギオンアントミミックスパイダー】だ。アリによく似た姿のアリグモのモンスター。
ハエの脅威から生き残ってたアリの群れだけあってか、アリグモも多くいたのだ。もちろん、うちのダンジョンに従うことを納得してくれている。
「ハエトリグモの系列だけあってハエ特効のスキルを持っているのでアリますよ」
「リオはそのスキルレベルが低かったからやつらに捕まって働かされてたのだ」
「リオの糸は凄いもんなあ。そりゃ狙われるか」
リオは直接捕獲よりも巣で捕獲するタイプだ。ジャンプで捕まえるには〈ハエ特効〉のスキルレベルが低いから罠を磨いたのだろう。
同じ種族でも職種のような違いはあるってことだな。
「逆に寄生バエはアリ特効のスキルを持っているので厄介なのでアリます」
「なるほど。だからハエに勝てなかったのか」
うちのダンジョンにアンコたちが現れた時の、アリの脳まで操る凶悪なハエの幼虫を思い出す。やつらは大型のアリを真っ先に狙っていたらしく女王やその候補が犠牲になっていた。
寄生バエの除去ができれば救うことができるかもしれないが、攻略を開始してからまだ寄生されているアリに会っていない。偵察時にハエが餌と幼虫をセットしていた巣を破壊しまくったから、それを防ぐためにもう第1層にはいないのかも?
「寄生チェックはこまめにやってくれ。傷ついた個体を後方に下がらせる時もだ」
「了解でアリます」
寄生されたら虫下しの妖精薬の改良のためもあって被験者になってもらっている。駆除率は上がったがまだ味が不評で外科的に取り出してもらえばよかったなんて言われるのが悲しい。〈錬金術〉と〈調合〉のスキルレベルをもっと上げたい。
味さえ良ければチェック関係なく全員に飲ませたいのに。
「ハエたちからこちらのエリアへの攻撃は?」
「あまりない。ゴブリンの死体を使った罠には入れ食いだが」
またモニターの表示が切り替わって、今度は蜘蛛の巣にかかって身動きを封じられたハエたちの姿が映し出される。
これはリオとは別の蜘蛛モンスターが張ったトラップだ。生産活動はハエに捕まっていたツラい時を思い出すので、今は戦いたいとダンジョン攻略組に参加している。
「捕まえたハエだが、眷属化するかもと思ってまだ生かしてあるがどうする? おすすめはせんが」
「いらないなあ。うちの子たちも嫌がるだろ」
虐待されてた相手が仲間になるなんておっさんだって嫌だ。性格も悪そうだしね。
「うむ。ならば某らのオヤツに」
「そこは捕まえたやつの……いや、ちょっと待てよ?」
実験してみるのもいいかもしれない。
さっそく第1層のうちの支配エリアに部屋を一つ増やして、ハエを運ばせて。
「門を偵察に行ったグレムリンから緊急報告が入りました! 門番のオークナイトがスケルトンになったそうです」
「あれはアンデッドは美味くないからと使うのを嫌がっていたが、ついにそこまでポイントがつきたか」
「それってつまり、食材のリサイクルってこと?」
「うむ。新たにモンスターを召喚するより、死体をアンデッドにした方がポイントが安くつく!」
アンデッド、ねえ。あの世にするつもりでダンジョンを奪おうとしているからちょうどいいのか?
美女アンデッドいるかな。ヨウセイの穴のアンデッドダンマスがゴブリナうらやましいらしくてよく愚痴ってるんだよね。
って、スケルトンの美女なんておっさん判別できないっての。
特効と特攻のどちらが正しいか迷った
特攻だとカミカゼっぽいので特効としてます




