170話 常夜の国
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「おかえりー」
「おかえりなさい。大変だったみたいね」
「ただいま。疲れたよ」
お偉いさんの登場と講習会とは名ばかりの愚痴聞かされ。
その後やっと講習会っぽいことが始まって、神としての封印解除とその力の解説に練習というか稽古、いや、修行だったねあれは! 戻ってきた頃には3日経っていた。そりゃメールには明確な時刻が書かれてなかったけどさ。
合間合間に愚痴聞かされてしんどかったぁ。
頼み事までされてしまったし。
もっとずうっと長く長く感じていたから時間の流れが違ったのだろう。疲れは感じたけど、空腹と眠さを感じなかったのもあの空間のせいかな?
これでおっさんもこの世界で一応は神として認められることになったとのこと。資格試験がなくて本当によかった。
稀に講習を受けずに実技試験だけで神になろうとする者もいるのだとか。講習会の案内が届かないか理解できなかったパターンで。で、試験だけでは突破できずに命を落とすらしい。講習受けに行ってよかった。
「ダンジョンの方は特に問題はナシ。邪神のダンジョンの方からもいつも通りだったよ」
「クラーケンの手下もこなかったわ」
「そうか。よかったぁ」
ああ、爺神に強制された修行によってついに開眼してしまった〈神眼〉でレヴィアの神力が見えてしまう。おっさんの何倍だよコレ。
コルノの力も前以上に感じる。呪いの力かな、これ? おっさんがもっと神力をつければ呪いも解除できそうな気がする。
それでも、やっと帰ってきてコルノとレヴィアの顔を見たらほっとして一気に力が抜けてしまった。多少見え方が変わろうが愛しい妻だもんね。
「だいじょうぶ?」
「もう風呂入って寝たい……。だけどそうもできない。防衛当番以外のみんなを集めて会議しよう。モルガンとフツヌシも呼んでくれ」
「バハムートも呼ぶ?」
モルガンとフツヌシはおっさんの眷属じゃないけど、モルガンは妖精島の重要人物でおっさんの信者としても関係者だし、フツヌシだってダンジョンの一員だ。
「彼女は呼ばないでいい。仕事もあるだろう」
バハムートは最近うちのダンジョンにいる頻度が高いけど、まだ外部協力者ってとこかな? 言ったとおりにリヴァイアサンから引き継ぎ中の水の監視者という大事な仕事があるからこっちには組み込みにくい。
まあぶっちゃけた話、レヴィアを狙っているのでおっさん無意識に用心しているのかもしれない。
◇
すぐに皆が集合して会議開始。モルガンもおっさんの神力を感じてダンジョンに向かっていたようだ。
「真のご降臨おめでとうございますですわ! 今日は祝日となりましょう」
「やっぱりわかっちゃうのか? まだ抑えるの、慣れてないんだよな」
〈神眼〉持ち以外でもわかるとなると他のダンマスに会いづらいかもしれない。モルガンがおっさんの信者だからってことだけではないだろう。もっと隠蔽技術を高めなくては。
「クラノスに会ったのだな」
「ああ。ディアナの無事を喜んでいたよ」
「ふっ、ダンマスをけしかけた癖に。勝手なものだ」
珍しく不機嫌そうな顔を隠さないディアナ。アルテミスである彼女の祖父にあたるクラノスは、邪神のダンジョン討伐に熱心でない十二柱の神々に業を煮やして、ダンジョンマスターを創造。
怒った十二柱とダンマスたちが争いになって、十二柱がダンマスに敗れ、多くが滅した。
「クラノスは十二柱を脅すだけのつもりだったって愚痴ってたぞ。ちゃんと邪神のダンジョンを攻略するようになればダンマスを止めたって」
「怪しいものだ」
「ですね。この世界の主神、名前からしてクラノスはむこうのウラノスとクロノスが一つになっているような印象を受けます。そして、クロノスは自分が子に権力を奪われるという予言を怖れて、我が子たちを飲み込んでしまった神ですから」
ジト眼のディアナにミコちゃんが続く。そんな話もあったねえ。結局クロノスはゼウスに倒されちゃうのだけどさ。
「それでも、可愛い孫娘は滅さないようにダンマスたちに命じていたんだと」
「それは初耳だ。冥府にいるというデメテルが聞いたらなんと言うかな?」
デメテルは冥府にいるってことは滅されちゃったってことだよな。孫は助けたのに娘は見捨てたって知ったらそりゃ怒るだろう。だからディアナにも教えなかったのかねえ?
む。クラノスの話になってからレヴィアも微妙な表情になっている。思うところがあるのだろう。
「レヴィアのことも気にしていた。あ、一応、結婚は祝福してくれたぞ」
「ふん。あいつ、私の番を全然用意しなくて、ダンジョンマスターの眷属になれば番もきっと見つかるなんて誑かしてくるようなやつよ。用心して」
「リヴァイアサンがダンジョンマスターの眷属になったのってそんな理由だったのか」
「でも小人化もできなかった私をマスターは持て余していて、余計に疎外感を味わうだけだったわ」
「レヴィアちゃん、今はボクたちがいるからね!」
コルノがレヴィアを抱きしめる。うん、会議で席が離れていなかったらおっさんがそうしていたよ。ブリーフィングルームの座席、学校の教室タイプじゃなくて円卓にしとけばよかった。
教壇っぽい壇上のおっさんは続ける。
「とりあえず、あの爺神のことは置いといて」
「爺神……」
「おっさんは……ついに神様になりました」
ちょっとためてからの告白。みんな知ってるのにおっさんに合わせてくれたのか、拍手で迎えてくれた。
照れくさいが、恥ずかしがってる場合でもない。
「ついに我ら妖精の神がご降臨! 祝日ですわ! 祭日ですわ! お祭りなのですわ!!」
「宴ね!」
「宴っぽいのは毎晩やってない? 妖精たち、夜毎に酒飲んで歌って踊ってるような?」
モルガンとマブの発言には一応ツッコんでおく。だってあいつらいつも宴会してる気がするんだけど。
「あんなのはただの食事会よ。妖精の宴ってのはもっとデーハーで豪快でオールナイト!」
「いやいつも朝まで騒いでるじゃん」
あれと比べものにならないってどんだけなんだか。おっさんは静かに飲むのも好きなんだけどなあ。バブル期のディスコのような状態で踊り狂う妖精たちが頭に浮かんでちょっとため息。
いやいや、まさかね。
「祭りも楽しそうだけど、まずは神としての力を発揮しやすい場所を用意したい」
「神殿ですね」
「そう。おっさんのためのそれがあれば、妖精たちへの祝福や加護の添付がやりやすい。人間に遭遇した時のおかしな状態を上書きできる」
神殿じゃなくてもできるけど、GPって神のポイントの消費が大きくなる。なら、神としてのおっさんの場所があった方がいい。
「うむ。我も祠のおかげで多少は力をふるえておる」
フツヌシの住処となってる場所は妖精たちが建てたもので、妖精たちからすれば大きいんだけど彼にとっては祠レベルらしい。力をふるえているって言っているけど、妖精たちの調理用の刃物になんか祝福してるだけだし。
「妖精島を完全制覇した暁にはフツヌシ様の神殿はダンジョンの外に移し、護りの要にすべきだと思うのですわ」
「モルガンちゃん、フっつんの本体である刀を狙って冒険者とか来そうじゃない? それに寂しがると思うなー」
「うむ。我が妖精城をダンジョンの外に移築してディーナシーが島の護りとなろう。元々そう務めていたのだしな」
妖精島の元トップである三人がダンジョンではなく、妖精島の護りについて案を出す。
常若の国の妖精女王、ディアナ。
幻夢共和国の妖精大統領、マブ。
妖精教国の妖精教皇、モルガン。
うち二人はおっさんの眷属だ。それぞれの民もダンジョンの配下となった。眷属ではないモルガンの妖精教国も彼女をはじめとした妖精司祭たちがダンジョンに頻繁にやってきて宗教活動をしている。
「たしかに我を求める者は多そうだな。それに寂しがるのは我ではないぞ! 妖精たちの方だ! ……そりゃちいとばかしは寂しいと思わないこともないではないが」
「刀の癖に歯切れが悪いなフツヌシ。闇堕ちしてた頃はキレッキレだったのに」
「言うでないアスカ。まだ本調子ではないということにしておいてくれ」
「ぴぴ!」
そうだとばかりにフツヌシ刀の立て掛けられた椅子の上のギョヒーが鳴く。こいつも最新の眷属だ。
「ギョヒちゃんちょっと太った?」
「妖精たちが甘やかすからのう。我への供えもよく相伴しておるし」
「ぴ?」
ギョヒーは「太ったんじゃなくて成長期だから!」とばかりに首を精一杯伸ばした。ほっこりするなぁ。動画にしてあとでダンチューブにアップしたい。
クロスケは今回は防衛の当番なのでここにはいないけど、いたらどう反応したかな。
「やっぱり神殿は神社形式がいいのかな?」
「どうだろう? おっさんの種族がスクナヒコナなせいか、そっちの方が落ち着く気がするけど建てるのって大変じゃない? DPで建てられないこともないけど、自分で建てるより信者が建ててくれた方が効果が大きいんだってさ」
「神社の完全な再現は無理でも、それっぽい建物ならいいんじゃないかな? 妖精たちも楽しんで建ててくれると思うよ」
コルノ、なんか眼が輝いているね。クラフト系の担当なだけあってコルノ自身が楽しくなってきたのかもしれない。
まさか神社が巨大ゴーレムに変形とか考えていないよね? お寺だったら仏像ゴーレムとか普通に有りなんだろうけど。
「狛犬ゴーレムってよさそうだよね!」
「そっちか!」
コルノはゴーレムマイスターだけじゃなくて犬派を名乗ってた。ケットシーやアシュラをよくモフってるんですっかり忘れてたよ。
「信者妖精が作ってくれた石像をボクがゴーレムにすればいいよね!」
「なんかガーゴイルっぽいような」
「ガーゴイルは元々は雨樋の排水口ですよ」
そうなの? さすがミコちゃんはそっちに詳しいな。
「それよりも、気になるのはスクナヒコナと私が関わった国造りです。オオクニヌシの力を間接的に受け継ぐ私ですので、あとで国譲りしろという神が出てこないか心配です」
「タケミカヅチが出てきたら我が相手をするしかないのう。もう少し鍛えておくか」
コキコキっと無い指を鳴らすフツヌシ。タケミカヅチと相撲するつもりなんだろうか?
でも確かに横取りされたくはないな。クラノスに確認しておくべきか。また会うことになってるんだよね、面倒なのに。
っと!
それに関連したことも決めにゃならなかった。
「あと、おっさんが担当するもう一つの世界も用意しなくてはいけなくなった」
「もう一つの世界?」
「ぶっちゃけた話、あの世。妖精たちの死後の世界」
言いながら持ち上げた手首を垂らして幽霊ポージング。曲がってるこの肘を真っ直ぐ伸ばしたらキョンシーポーズだよね。こっちの世界にもキョンシーいるのかな。ゾンビの進化形?
「妖精たちの天国?」
「この世界では死んだら魂は冥府に送られる。そう、十二柱の生き残りであるハデスのダンジョン。死んだ妖精たちの魂もそこに送られてたんだけど、例の設定が魂だけになっても残ってるみたいでね。人間の魂の前で馬鹿ばっかりするからハデスが困って、妖精の魂は受け付けないってことになってる」
冥府は死者の魂を農夫とする大農園らしいんだけど、農作業の邪魔になっていたようだ。番犬であるケルベロスが歌で眠らせられたりお菓子で懐柔されたりして、亡者の魂が逃げ出して騒ぎになったのが一番の理由だって聞かされた。
「死者の魂がこっちでうろうろしてると瘴気によって面倒なアンデッドになったり、ガイアに捕まってモンスターの素材にされたりしてマズイから、死んだ妖精の魂が転生する準備をする場所を用意してくれって頼まれたんだ、クラノスに」
そのことで今度飲みに行こうって誘われてるんだ、クラノスに。ハデスも交えてさ。
「そんなことになっていたなんて! このことはその、あの世とやらが出来るまでは妖精たちには秘密にしておいた方がいいだろうな。不安になる」
「まあ、墓があって手厚く弔っていればそうはなりにくいから、そこまで心配しないでもいいだろう。妖精島に残っている妖精の魂たちは半分精霊っぽくなってるだけみたいだ」
講習会のおかげでそれがわかるようになったおっさん。その説明を聞いたテリーが顔を上げた。
「妖精じゃないけど、あいつらの魂も救えるのだ? 今度できるあの世に行けるのだ?」
「たぶんな。あの世は”暴食の十二指腸”を奪って、そこに用意するつもりだから。こっちの墓に魂が居なくても、むこうにいるかもしれないだろう?」
「ほう。ついに邪神のダンジョンを完全攻略する気になったか」
やらなきゃいけないとは思いつつ、戦力不足、準備不足を理由に先延ばしにしてたけど、いい加減に放置出来ない状況になってしまったんだよね。
テリーの仲間が餌にされてたこともわかるように向こうもなんか準備してるっぽいしさ。先手を打たなきゃ危険だ。
「うん。邪神のダンジョンを奪って常夜の国を創設する!」




