169話 待ち構えてた
ブックマーク登録、評価、レビュー、感想、いいね、ありがとうございます
いよいよ初神者講習に出ることとなったが、一人じゃ心細い。
ヨウセイの穴の連中のおかげでダンマスにはあまり緊張しなくなったが、行った先にいるのはたぶん神。気が重い。
「レヴィアが前の状態の時にさっさと一緒に行ってもらうんだった」
「でもあの時はもう寿退職を申し出てたから行きづらかったわ」
「そうですねー。申請が通らなくてレヴィアさんが暴れてたかもー」
担当神のヘスティアには講習を受けるにあたってのアドバイスをしてもらっている。彼女が講師だったらよかったのに。ダンジョンマスターのサポートが担当なので違うんだと。
「じゃあ……」
「わ、我は嫌だぞ。ちょいと前まで闇堕ちしてたもんであっちには顔を出せん。せめてあと二、三百年経たねば……」
フツヌシにも断られてしまった。神としてのつきあいってのもあるのね、やっぱり。それにおっさんよりも大きい刀を持って行くってのはちょっと変か。
「わかったよ、うん。ギョヒーの面倒を頼む。なんかフツヌシに懐いてるみたいだから」
「闇堕ちしてたせいかのう?」
結局、ギョヒーと名づけられたヒギョウさま。妖精たちからは「ギョヒちゃん」か「ギョヒーさま」と呼ばれているようだ。
眷属にはなっているがまだヒヨコなので特に仕事を与えていないから好き勝手にダンジョン内をうろついていて、手隙の妖精たちが多いフツヌシの祠の付近で遊んでいるのをよく見る。
闇堕ち関係なくよく相手をしてくれるから懐いているんだろう。どんだけ引きずっているんだか。刀の神らしくスパッと割り切ってくれればいいのに。そう言うとさらに落ち込みそうだから言わないけどさ。
「ミコちゃんは運営からまだ神認定されてないみたいだし」
「ランクがGRなだけでなく、信者も必要なのかもしれませんね」
この世界の神認定ってどうなってるんだろ? おっさんにもメールがくるぐらいだから神同士なら認識できる? フツヌシもそんなこと言ってたような気がする。おっさんにはまだわからないんだが。
「えっと、信者の信仰心によるGPの貯蓄量が判断基準だったような? 担当神じゃないんで詳しくないんですよねー」
言いながらグビッとワインを煽るヘスティア。頼んだのはこっちだけど、せめて報酬の晩酌は解説がおわってからにしてほしい。
それとも神認定の条件をポロッと漏らしてしまったのは酔ってるおかげだろうかね?
「仕方ないか。行ってくるから留守を頼む」
講習会といいつつメールには日時指定はなく、メールで申し込んだら都合のいい日時を問われてしまった。受講するやつがあまりいないってことなのだろうか?
日時決定のメールに同梱されていた神域と呼ばれる空間の情報。これを受け取ったことでおっさんはその場所へ移動できるようになってしまったよ。
今回は指定された場所へポータルで向かうことにする。
メールによれば担当してくれる神は女神メティス。ディアナ情報によればアテナの母親であるという。
「知恵の神でゼウス神に飲み込まれて頭に同化したので、女神アテナはゼウス神の頭から産まれたのだとか。その時ゼウス神は頭痛が酷くて、斧で頭を開かせると成人したアテナが出てきたとされています」
ミコちゃんの前世のギリシア神話情報にディアナも肯く。女神飲み込んで頭かち割って出産ってゼウスさん無茶苦茶やりおる。
「うむ。どうやらゼウスがダンジョンマスターに滅されてしまった時に巻き込まれず、無事に分離できたようだ。あれも最愛の女神を死に際にやっと手放したか」
手放さなかった最愛の女神って、ゼウスってばヤンデレ気質も持っていたのか?
「ディアナさんは直接会ったことはありませんでしたっけ? 聡明な神ですよー」
「ゼウスが手を出した女性にしては珍しく、ヘラに嫌がらせを受けておらんのが羨ましいとよく母上が愚痴っていたぐらいしかイメージがない。姉上の母ならそれはそれは尻が美しいのだろう」
感想がそれか。ヘラってばギリシア神話の悪役令嬢だもんなあ。破滅しないタイプの。
ギリシア神話乙女ゲーがあったらヘラクレスが少女化して主人公になるのかね? 男神が襲ってきそうで難易度高そうすぎる。
「アテナかー。今はダンマスの眷属になってるんだっけ? 盾はちゃんと持ったままなのかな? それともダンマスに奪われちゃったのかな?」
自分の母親であるメデューサに関連のある神の名にコルノは一瞬、顔を曇らせる。おっさんがもっと強くなってDPを貯めてメデューサの首がついているとされるアイギスの楯の持ち主に譲って貰えるように交渉すべきだろうか?
もし持ち主が神だったらさらに面倒だろうなあ。まず情報を集めなくてはいけない。破壊されてなければいいが。
神としてがんばらなければいけない理由ができてしまった。世界は違うけどコルノを母親に会わせてあげたい。
◇ ◇
「やれやれ。やっときたか。まったく、待たせおって」
ポータルをくぐって神域を確認するより先に目に映ってきたのは白髪白髭の爺さん。
トーガだっけ? 前世のギリシャや古代ローマでイメージするあれ。それみたいなのの白いやつを着て木の杖を持ってるまさに神様って感じの爺さん。
なに? おっさんを待ち構えていたの?
「儂はクラノス。この世界クラノガイアスの主神である!」
「は、はい?」
いきなり主神キター!
なにこれ?
会社の説明会聞きに行っただけなのに、社長の面接が待ってたみたいなこの状況!?
「あ、あの、今日は初神者の講習で」
「うむ。儂がその講師じゃ」
「え? 暇なの?」
つい、そうツッコんでしまったおっさんに罪はないと思う。
だってさ、アテナのこととか聞きだそうって決意して、慣れない女性との会話という大ハードルを覚悟してきたのに、現れたのはそのさらに上の存在。ハードルどころかバリケードが出現したワケで!
「儂とて暇ではない! わざわざ時間をつくってやっておるのじゃ。感謝せい!」
「はあ」
「リヴァイアサンの番となった者の確認は重要案件じゃからの。まったく、心配事を増やしおって」
主神様は大きなため息。いかにもわざとらしすぎる。
神がリヴァイアサンの番となる生物を消したか創らなかったのは意図的なんだよな、たしか。あまりにも強すぎるから繁殖したら困るってさ。
「別れろ、と?」
「いや、そうは言っておらんからその目をやめい」
そりゃキツい目にもなるでしょ。どんだけレヴィアが苦しんでたと思ってるのさ。そのおかげでおっさんと結ばれることとなったとはいえ、褒める気にはならない。
おっさんが余計なことをしたとの言いがかり、結婚にイチャモンつけるのか? いくら相手が主神でも温厚なおっさんだって下手にばかり出ないぞ。
おっさんの怒りを感じ取ったのか、再びの今度は自然なため息を見せるクラノス神。いや、こんなやつは爺神でいいか。爺神が右手の指をパチッと鳴らすと景色が一変。開けた空間から一気に狭くなった。
「ここならば落ち着いて話せるじゃろう?」
「四畳半の畳部屋にちゃぶ台って」
転生者からの知識だろうかね? おっさんと夕日の決闘でもしたいのかしらん?
ちゃぶ台の上には爺神用のだろう湯気をたてている湯飲みと、小さなちゃぶ台に小さな座布団。おっさんサイズなのでそこに座れということだろう。
爺神が自分用の座布団に胡座をかいたのを確認しておっさんも座る。あの出だしでなければ緊張して正座だっただろうけど、もちろん胡座だ。
……いかんな、シャドウが出てきそう。つい最近出たばっかりだし癖になりかけているのかもしれない。落ち着かなくては。
小ちゃぶ台に載ってたお茶をいただいて一息。玄米茶か、美味いな。冥府産のお米使ってるのかな?
おっさんが一服して落ち着いたのがわかったみたいで爺神もズズッと茶を啜る。外人さんは音を立てて飲むのって下品って嫌うんだと思ってたけど神様だと違うの?
「リヴァイアサンのことは儂も気にしておった。あやつはガイアの作品でも傑作の一つじゃからな」
「え? リヴァイアサンもあの女神が創ったの?」
ガイアってグロ系のクリーチャーっぽい造形が大好きで、世界中をそんなモンスターで溢れさせようと瘴気をバラ撒いているんだと思ってたんだけど。
リヴァイアサン、そんな路線じゃないよ? むしろカッコいいよ。夫の欲目なしで!
「うむ。儂が番を創らなかったのは、あやつが繁殖すればガイアはリヴァイアサンをさらに気に入って儂を構わなくなったであろうからなのじゃ!」
「はい?」
え? 世界が滅茶苦茶になるからとか、そんな理由ではなくて?
お茶飲んでる時じゃなくてよかった、もしそうだったら吹き出してたよ確実に!
「ガイアは儂や息子たちより自分の作品の方が評価が高いようなんじゃよ」
「そんなことってある?」
「息子たちの女好きに腹を立てておってのう。儂に似たからだと言うんじゃ。儂はガイア一筋なのに!」
ああ、ゼウスもポセイドンも女好きだっけ。ハデスもこの世界じゃ嫁さん二人いるらしい。
ゼウスとポセイドンはこの世界でも女性に手を出すために手段を選ばなかったんで、ガイアも怒っちゃったのかな?
「そんなに愛してるんだったらさっさと仲直りすりゃいいのに」
「それができれば苦労はせんわ! 儂が最後の、最後の、本当に最後の手段にと! とっておったリヴァイアサンの夫になりよってからに!」
「最後の手段?」
「お気に入りに子供ができれば機嫌もなおるかもしれんじゃろ? その子にばかり心が行きそうで止めておったんじゃがの」
カミさんのご機嫌取りの最終手段がレヴィアの子って。主神にしては情けなさ過ぎやしませんかねえ。
おっさんの方も負けないぐらいおっきなため息が出てしまうのは当然といえよう。
「ふう」
「お茶のおかわりは自分でいれてくれ。お前さん向けのだと小さくてこぼしそうでな」
「はいはい。手下の天使とかいないの?」
「こんな情けない話、配下に聞かせられるわけがなかろう!」
情けないってのは自覚してたのかよ。
おっさん向けサイズの急須に適温の温泉を発生させて、溢れる前に止める。
「スキルも使いこなしておるようじゃのう。今まで使うやつがおらんスキルだったのに」
「リヴァイアサンやバハムートが世界の水量を調整してくれてるって知ってるから安心して使えるんだ。あんな重要な仕事をしてるんだからもっと報いるべきだ。じゃなきゃ水魔法で水が出せるあの世界は水没する」
「うむ。ガイアはリヴァイアサンに大洪水を起こさせる構想も持っておったようじゃからのう。あやつなればそれが出来る。もしそんなことをしたら雄は与えないと脅しておったのじゃが、もうそれはきかんのう。どうしたもんじゃろか?」
ガイアさん、大量絶滅でも起こす気だったの?
それとも箱舟でも用意させて都合のいい連中だけ生き残らせるつもりだったとかかな。
にしても神がビビる力を持ってるってのはマジかもしれんね、レヴィアすごい。
「うちの嫁さんはそんなことしないから安心してくれ。幸せを自分からぶち壊したりなんかしない」
「お前さんもリヴァイアサンをけしかけて世界を混乱に染める気はなさそうじゃのう」
「当たり前だろう。おっさんはのんびりのほほんと暮らしたいだけなの。家族と温泉つかってお酒飲んで美味しいもの食べて。余計な争いなんて面倒くさいだけだろ」
「うむ。あやつの番がお前さんでよかったわい。その言葉を信じて祝福しようぞ」
座ったまま、隣に寝かせていた杖を手に取り、ちゃぶ台上のおっさんの上にかかげる爺神。杖の先がぼんやりと柔らかく光って、おっさんに光の粒子が降りかかる。
これが祝福?
「儂の加護を与えた。まあ、儂の名刺みたいなもんじゃな。これを見れば他の神もむやみに喧嘩をふっかけてこんじゃろう」
「名刺代わりって」
「お前さんが滅されたらリヴァイアサンが暴れるじゃろうからの。世界の滅亡を防ぐためとでも思うがよい」
うちの嫁さん、どんだけ危険視されてんだよ、あんなに可愛いのに。
あと、他の神が喧嘩ふっかけてくる可能性もあったのか。おっさんが弱いからなめられちゃうのかね。
「これで勇者がダンジョンに来なくなればいいんだけど。あ、そういや妖精が人間の前でバカばっかりしようとするのってのもクラノスさんのせいか?」
「クラノスさん? 呼び捨てでも様付けでもないのは新鮮じゃのう。いかにも儂が小さな妖精たちに設定した性質じゃ。ガイアに可愛いと言わせたくてのう」
「そんな理由!?」
「ほれ、猫動画とかほっこりするじゃろ? あんな感じで小さな妖精が人間の前で可愛い仕草をすれば、ガイアもその仕草が楽しめるように人間を評価するじゃろ?」
なんだかなぁ。妖精よりも人間のため?
そりゃおっさんも猫動画好きだけども! だからってそんな性質、わざわざ設定する? ああいうのはたまにしか見せないのが見れるからいいのであってさ。
「評価させたいって、ガイアさんは人間も嫌ってるのか?」
「息子たちの浮気相手のための種族なんじゃないかと疑っておる。それに他の世界の人間どもが他種族を絶滅させまくっておって、それも原因のようじゃな」
「ああ、そう言われるとわかるような。浮気相手に関しては完全に息子さんのせいだが」
ズズッと二人してお茶を啜る。う、同じタイミングで口を離した。なんか嫌だ。
まあ、ガイアさんの趣味嗜好は今はどうでもいいか。重要なのは人間よりも妖精。
「妖精たちのその設定を解除するにはどうしたらいい?」
「ふむ。お前さんは妖精の神じゃ。それを出来ないことはないが、必要かの?」
よほど妖精にバカをさせたいのか、目を細めておっさんを見る爺神。
なに、そんなに嫌なの?
だからっておっさんは従うつもりもなくて。
「もちろん。妖精たちがバカやって死んだら困るよ。リヴァイアサンだって悲しむ。彼女も妖精たちを可愛がっているからね。人間のせいで妖精が死んだら報復するかもしれない」
「むう。わかった。ならばお前さんの信者になった妖精ならば解除できるとすればよかろう。信者なら祝福も与えやすいし、GPの消費も少なくて済むじゃろう」
「そういうもんなの?」
「ほっほっほ。それを教えるための講習じゃったのう。どれ、講習を始めようかの。ちゃんと教えておかんと代わってもらったメティスに怒られてしまう。それだけならまだしもガイアに告げ口でもされたらかなわんじゃの」
メティスとガイアって仲がいいってヘスティアも言ってたっけ。連絡取ってるのかな。妻と息子の嫁が仲良しなのはいいけど、敵に回すと怖そうではある。ギリシア神話でもガイアとメティスが結託してクロノスを騙したんだっけ?
「講習はやるのね」
「ビシビシいくからの。覚悟するのじゃよ」
お手柔らかにお願いします。
いいね受付はじめまてます




