167話 胡蝶の夢
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懐かしい曲が聞こえる。
大好きなロボットアニメのオープニング曲。これはセカンドシーズンの後期バージョンだったかな。
曲も好きだったから携帯の着信音にもしてたっけ。
「ってあれ?」
携帯が鳴っている?
状況が掴めずに周囲を見回す。
今いるのは布団の中だ。そこはやっと慣れてきた夫婦サイズのベッドではなく、見慣れたパイプベッド。そしてもはや懐かしくもあるアパートの部屋。
「え?」
しばらく混乱したまま動けず。
起き上がって布団から抜け出す頃には着信音は止まっていた。
ガラケーをチェックもせずにゆっくりと洗面台に向かうおっさん。鏡に映ったのは若い小人の姿ではなく、無精ヒゲを伸ばし、げっそりとした表情のくたびれたおっさんだった。
「夢、かぁ……」
そうだよなぁ。おっさんが異世界転生して若い小人になってあんなに可愛い嫁さんを貰えるなんてありえないよなぁ。
いい夢だった。あれが深層意識の願望? あんな子たちが自分の理想なんだろうかね?
出そうになるため息をぐっと堪える。もう一つの方は堪えきれなかったが。
鏡に映ったおっさんは美しくもない涙を垂れ流していた。
「こ、こんなことだろうと思ってたんだ」
夢の中でも自分があんなに幸せだなんて信じられず、若い身体に慣れてもいつまでも自分のことを「おっさん」と言い続けていたじゃないか。もし前世だって思っていた元の自分に戻ってもダメージが少ないように。
そうさ! 一人称おっさんは予防線さ!
なのに涙が止まらない。
「いい夢を見させてもらったぜ」
駄目だ。しばらく立ち直れないだろう。ガラケーの着信記録を確認する気にもなれない。
できることなんて続きが見れるように寝直すぐらいしかない。
すぐにでも寝れるようにアルコールを摂取することにするか……。尿意で目覚めることもないように度数の高い酒を少量。
トランプの絵札のようなヒゲの人物が描かれたウィスキーをショットグラスに一杯。安いけれど好きな酒だ。あっちにも持っていったっけ。
……いかん、また泣きそう。小さなグラスを一気に煽る。アルコールが喉を灼いていく感触に慰められながらベッドに戻った。
「ええと、目覚める前はどうなっていたっけ?」
続きを見るために夢の内容を思い出そう。すぐにメモを取っておけばよかった。年取ったせいか記憶力も低下しているのか、すぐに出てこない気がする。
たしか、乙姫とヘスティアたちと宴会して深酒して酔い潰れて、アリメイドに起こされたんだったよな?
邪神のダンジョンから持ち出した卵が孵って、温めていた眷属と連絡が取れなくて。
種族も違うオスのカラスになに頼んでいるだろうね、自分。温泉で暖めりゃよかったじゃん。って温泉タマゴになりそうか。
それで、様子を見るためにそこへ〈転位〉で瞬間移動したんだ。なんでダンジョン機能のウィンドウで確認しなかったんだろうね。まだアルコールが抜けてなかったのかな。
そこには気絶した眷属のカラスと卵の欠片、それに一羽のヒヨコがいた。
ヒヨコ、でいいんだよな?
ふわふわの産毛に包まれた可愛らしい身体にどう見てもヒヨコ。小さな嘴とつぶらな瞳を持つ雛鳥だった。
そう。つぶらな瞳だ。ヒヨコらしい黒目だけの可愛い瞳ではない。昔の少女漫画のようなつぶらな、人間の目。そんな目をしたヒヨコ。
そうだ! その目に見つめられて夢から目覚めてしまったんだ!
……あれ? 人間の目のヒヨコ?
そんな怪談どっかで見たような? なんだっけ?
彼女なら知っていたかな?
夢にはオカルトに詳しい設定のキャラクターもいた。ほら、あのフィギュアだよ。って……ない?
よく見たら飾ってあるはずのコルノのフィギュアもない!
それに気づいた時、部屋は一瞬で崩れ去った。
◇ ◇ ◇
「やっと目覚めたかよ、俺」
「え? シャドウ?」
「おう、俺様だぜ」
なんだ? リョウメンスクナモードになってるのか?
なにがどうなって……これも夢?
「ヒヨコの精神攻撃をくらってた? だが、おっさんには耐性スキルがあるはず」
「だろうな。普段ならあんな攻撃、せいぜいちょっと目眩したぐらいだろ」
「お前まさか?」
「おう、またとない機会だったんでな。利用させてもらった。ほんのちょっとの僅かな隙で緩んだとこで、その時不思議なことがおこった、ってさせてもらったぜ」
シャドウが出しゃばった影響でおっさんが精神攻撃をモロにくらってしまったということなの?
ってことはさきのはマジで夢でいいのか。だけどこれも夢ってことも……ああもう、混乱する!
なんでシャドウが出てるのさ。おっさんの暗黒面を自称するやつだけど、今出てくる必要があるとは思えないのだけど。……海勇者と戦いたい、なんてのはないよな?
おっさんと違って戦うのが好きみたいってのはわかる。でも負け戦はしたくないだろう。
聖剣をライバル視してたフツヌシと気が合うみたいだけど、勇者が使う聖剣は危険すぎるのは動画で観たばかりだ。あれと戦いたいなんてのはないはず。
それとも、ただたんに表に出たかった?
おっさんと入れ替わりたいってのはどうなんだろう? ダンジョン運営したかったとか。
「ったく、まーた面倒くせえこと考えてんな、俺。俺様が出てきたのはちいっとばかし言いたいことがあっただけだぜ」
「言いたいこと?」
「クラーケンと勇者の対策、上手くいかなくて酒に逃げただろ?」
「うっ。……いけないかよ」
いいワケがない。宴会してる場合じゃないのは頭の隅にひっかかってたさ! だから余計に無茶な飲み方して深酒した自覚もある。
いくらすぐにクラーケンや勇者の海賊船が来そうにないからって緩みすぎていた。
「いーんじゃね? 俺様も飲みたいし」
「はい?」
「酒飲む時は、一杯ぐれえは俺様のためって思いながら飲んでくれ。なーんかお供えみたいで微妙だけどな。……って、そうじゃねえよ! 俺様が言いたいのは妖精たちのことだ」
妖精たちのこと?
そういや妖精たちがいないな。嫁さんもいない。ヒヨコもいない。この部屋にはおっさんしかいない。
そのおっさんも気づいたらリョウメンスクナモードになる時の半裸じゃなくて、ちゃんと服を着ている。ハルコちゃんが用意してくれたのかもしれない。
「他の連中はどうした?」
「外してもらったぜ。ショッキングな内容かもしれないからな。まあ、俺ならとっくに気づいている内容なんだがな」
「おっさんが気づいている?」
「気づいているが目を逸らしている事実、ってやつだ。問題の一つの解決にも繋がる」
なんだ? ずいぶんともったいぶった言い方をしてくるな。シャドウってもっとストレートにぶつけるやつじゃなかったっけ?
それにおっさんが目を逸らしているって。
出来ることはワリとすぐに手を出しているはずなのに。
「妖精に人間の相手をさせようとしているが、アホな行動ばかりするようになったろ。普段も浮かれた連中だが、こんな状況なのにいつも以上にアホなことをするようになった」
「それか」
そう。今までの妖精たちなら素直におっさんの言うことを聞いて、今頃は人間が上陸してきた場合の訓練をみっちりとできているはずだった。
なのにウケ狙いの行動ばかりする様になってしまっていて。これではまるで情報収集時に集めた時の小人の口コミそのものではないかって。
小人は使えない。弱い上にバカばっかりする。選んではいけない種族。
ウチの、妖精島の小型妖精は別物だって思っていたんだけどなぁ。
「わかってんだろ? あいつらがああなってしまった原因」
「やっぱそうなのか?」
「たぶんな。他の行動時に変化はない。スイッチが入るのは」
「……人間の目に触れることを意識した時」
なんとなく理解はしていた。でもそうなると小型妖精は本当に対人で役に立たなくなるんで考えたくなかったんだ。
小さな入り口で人類種が入ってこなくするぐらいしか対策がなくなる。
でも水流を操ることが出来る聖剣、トライデントを持つ海勇者だとダンジョンを水攻めしてくる可能性もある。ただの液体なら問題ないけど、操られた液体だと面倒かもしれない。
「妖精は人間の前ではアホなことをしてしまう。本能でな」
「本能って……いや、そうか」
「そうだ。そうなるように設定されたんだ。神、たぶん主神によってな」
この世界は人間びいきだ。種族ランクだって人間だけが違う。上限レベルもないし、勇者になれるのも人間だけ。なんか人間びいきが過ぎて主神はカミさんとケンカしたらしい。……神様のカミさん。ふふっ。
この世界の生物のほとんどをデザインしたのが主神とそのカミさん。で、主神クラノスは一番自分に似てできた人間を気に入ってるんだとヘスティアが言ってた。酒の席で愚痴混じりで。
カミさんである大地母神ガイアは陸地になってくれているんだけど、デザインセンスは微妙。簡単にいえばクリーチャー系が大好きとのこと。だから瘴気をバラ撒いて好みに変化するようにしている。
はた迷惑な夫婦だが、前世のギリシア神話の神様だって迷惑な話ばっかだったもんなぁ。
「だから俺ならわかるだろ? 俺が神として妖精たちの本能の設定変更すればいいって」
「神としてって……あ、そうか。けど、そんなことできるのか?」
「できんじゃね? だからいい加減、講習会に行けっての」
う。講習会かぁ。神様の講習会なんて行きたくないなぁ。
だって他の神様ってのに会いそうだろ。なんか怖い。会いたくない。レヴィアも本調子じゃないから一緒に行ってくれと頼むワケにもいくまい。
けれど妖精たちがこのままというのも困る、か。
「行く、しかないか」
「んだ。面倒なのはわかっけど現状維持や先送りばっかできねって。絶滅危惧種の神様になるような小者なんて誰も相手にしねえって、きっと」
「だといいんだけどな」
二つの口から同時にため息。
底辺ギルドの連中は気のいいやつらばっかりですぐに慣れることができたけど、だからこそ余計にそうじゃない者と会うの嫌になったんだよなぁ。会わなきゃどんなやつかわからないっつってもさぁ。
クラーケンのような悪意のある存在を知ったのも大きい。神様にそんなのがいないとも限らん。
講習だけ受けてさっさと退散しよう。
あと絶滅危惧種はあんまりじゃね? ダンジョン産以外の小さい妖精は島以外じゃほとんど見かけないらしいからって。せめて希少種って言ってほしい。
「んじゃそろそろ引っ込むか」
「マジでそれだけ言いに出てきたのか?」
「まあな。次ん時は温泉に入りてえから、いい風呂用意しといてくれ、俺。もちろん混浴で」
「また出てくるつもりかよ。混浴ってお前のせいでおっさんがスケベ扱いされるん……」
おっさんの愚痴が続く前にシャドウは宣言どおりに引っこんで、おっさんはいつもの小さな姿となった。服もいつものに戻っている。シャドウのあの服は変身時に変わるものってことでいいのかな。レヴィアの服と同じような感じで。
コアルームに戻るとみんなが待っていてくれた。時間的にはまだ深夜なのに。
「お騒がせしました? 心配かけちゃってごめんね」
「急にシャドウの気配がしたから驚いたけど心配はしてなかったよ」
「あれもあなたではあるから、そこまでおかしなことはしないでしょう?」
意外と評価悪くないのね、あいつって。
「シャドウ、ちゃんとヒヨコも眷属化してたよ」
「ヒヨコを? ……眷属化しちゃったら成長が遅くなりそうだから卵は期待できないか」
まあ、モンスターだったようだしおっさんに攻撃するようなやつだからしかたないか。そもそもメスかどうかもわからなかった。
むう、鶏ほしかったなぁ。そうガッカリしてるとムリアンメイドの一人がスッと紙を渡してきた。
「メモ?」
「レプラコーンがマスターに渡すようにと」
レプラコーンはおっさんのスキルで現れる小人。彼のおかげでおっさんもダンジョン防衛の心配が減り、安心して眠ることができるのだ。直接会うことができないので連絡はこうしてメモかメールで行うことにうなっている。
「ふむ。ピヨん吉? ぎょひちゃん? なにコレ?」
「ヒヨコの名前案だそうです。マスターならきっとこんなネーミングにするからって」
おっさんのパターンを見切るとはさすがだ。でもなんかギリギリの名前のような。オス用とメス用に考えてくれたのね。ピヨん吉はともかく、ぎょひちゃんはどっからきた?
名前は本人、いや本鳥に会ってからということで眷属となったヒヨコに会ってみる。
「ピィ」
うん。目以外は可愛い。目も慣れれば可愛い……かも?
でも、オスだかメスだかは見てもおっさんにはわからんのよ。ヒヨコのオスメス判別なんて仕事が前世にもあったぐらいだもんね。
なので〈鑑定〉さんの出番である。まず種族は、っと。
ヒギョウさま(コカトリス)。
なんかカッコ付の種族名が出てきた。なるほど、ヒギョウさまだからぎょひちゃんなのね。
「ミコちゃん、ヒギョウさまってアレだよな?」
「はい。深夜零時に孵化した雛の怪談ですね」
オカルトに詳しい彼女がすぐに教えてくれた。たしか、ヒギョウさまの目を見てしまった弟の中身が変わってしまったって怪談だったおぼえがある。となると、魂を奪うとか入れ替えるって能力がある? おっさんを入れ替えようとしてシャドウが出てきてしまったワケか。
「でもコカトリスって」
呟きながらヒヨコのお尻を確認する。「わかっとるぅ」ってディアナがうんうん頷いているけど、見たいのはお尻じゃないから!
で、しっかりと見たら小さな小さな尻尾が蛇になっていた。たしかにコカトリスみたいだ。普通に孵化したらただのコカトリスだったのが深夜零時に孵化しちゃったからヒギョウさまになったと。
「コカトリスは雄鶏の産んだ卵から生まれる、ヒキガエルが暖めた卵から生まれる、などといわれてますね」
ミコちゃんの補足で視線がハインリヒに集まる。ヒキガエルではないが魔王ガエルなら効果があるだろう。おっさんもそう思ったからクロスケに温めるのを頼んでいた。
身におぼえがあるのか、大きな目を逸らすハインリヒ。しばらく沈黙が続き、だらだらと汗を流しながら弁明を始める。あの汗って油汗? 薬になったりして。
「じ、実はクロスケ殿の食事や湯浴みの時に代わりをしてたのだ」
「クロスケに任せろって言っただろ」
「だ、だって……配下たちが乗り手を見つけてかまいっきりで寂しかったのである! 少しの時間の代わりならばしかたあるまい、なのである!」
「寂しいってあんたね」
「ゴータロー殿もいつも見守っていてくれるから寂しくないのである」
いやあ、と頭に手を当てて照れているゴータロー。そんなことしてたの? 警備任務だから間違ってはいないけどさ。
「ゴータローはボクの力を強く受けているはずだから、コカトリスになっちゃったのはゴータローの影響もあるかも」
口元に拳を当てて考える仕草も可愛いコルノ。メデューサの娘の力なら、蛇と石化が絡むコカトリスも納得できる。
そうか、コカトリスなら石化能力もあるのか。たしかに鑑定情報にも石化があった。あと性別はメスである。
「ニャンシー、新しい眷属だからケット・シーが襲わないように連絡しておいてくれ」
「もちろんにゃ。でもこんな怖いやつ誰も襲わないと思うのにゃ」
怖いかな? ケット・シーにはわかるのかもしれない。その評価が不服らしく、ヒヨコは「ピピィピィ」と翼をパタつかせ低いジャンプを繰り返しながら抗議。
うん。可愛い。
「ダンジョンのマスコットの座のピンチなのにゃ」
「まさかライバルの誕生を促してしまうとは」
いや、うちのマスコット枠はゴータローだぞ。
次は年内に投稿したい




