165話 こすると白いのが出てくる棒状のもの
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遅れてしまって申し訳ありません
自陣である常世の国ダンジョンではほとんど着けることのない鎧を着込み、緊張した面持ちで歩みもゆっくりのリニア。まるで怖がりなのにお化け屋敷に入ってしまったお客さんかと思えるぐらいにビクビクしている。
ガサッと足元の茂みからした音に猫のように跳び上がって驚き、震えながら腰の剣に手をのばした。
「な、なにものだっ!」
「ひぃっ!」
茂みから出てきたのは小さな妖精。スプリガンの能力で人間大となっているリニアはうっかり踏んでしまいそうな大きさだが普通サイズのフェアリーの少年だった。
「な、なんだ、フェアリーか」
「お、おっきい……バケモノ?」
その言葉が聞こえてしまったリニアはもう既に目が潤んでいたが、ぐっと堪えて続ける。
「化け物ではないぞ。人間だ」
「ニンゲン?」
「そうだ。この島のこと聞かせてもらえないか?」
フェアリーからの印象をよくしようと目線を合わせるためにしゃがんで顔を寄せると、今度はフェアリーが泣き顔。耐えきれずにポロポロと涙の雫を散らす。
「いじめないで!」
「え? いや、あの!」
「た、食べないでー」
フェアリーはそれまで使わなかった翅を震わせてふわっと浮かび上がり、ぴゅうっと逃げ出してしまった。あまりの素早さにリニアでさえ反応することはできなかったよ。
「いじめないよぅ。食べないよぅ……」
ぐすっと流れる涙を拭きもせず両手を地面について落ち込む姿に耐えきれず、おっさんはいったん中断を命じるのだった。
今は治っているけど、醜い傷跡で怖がられるのを気にしていたもんなあ。そりゃリニアにはきついか。
あのフェアリーは失格。あとでよく言って聞かせないと駄目だな。……ディアナとカリストには知られないようにしないとフェアリー少年がどんな目に合うか心配でならない。
「なにこれ?」
「第一島妖精選手権。今のフェアリーはその参加者」
アスカの質問に簡潔に答えるも表情を見るかぎり、よくわかってないようなので詳しく説明するしかないようだ。
邪神ダンジョンから戻ってきた彼女には手伝ってもらわないといけないからな。
「この妖精島に人類種が上陸する可能性が出てきたんだ。その対応のための訓練も兼ねて、どんな風に妖精が人間に接触すればいいかを試している。リニアが人間役をやっていたのだけど、さすがにもう可哀想なんで次からはアスカがやってくれ」
「わ、私がか?」
自分を指差して驚くアスカ。そんな嫌そうな顔せんでもええやん。そりゃ今の見てたらそうもなるだろうけどさ。
「やはり人間と同じサイズじゃないとどんな感じかわからない。だけどゴーレムだと喋れないから、巨大化できるリニアがやってたんだ」
「そ、そんなこと言われても……わかった。やろう」
落ち込んでいるリニアをチラリと見て人間役を引き受けた。アスカもいい子だねえ。
元のサイズにまで小さくなったリニアを審判席に座らせて慰める。ほらほら、こんな可愛いリニアを怖がるなんてありえないでしょ。抱き寄せて背中をぽんぽん。コルノ、そんな微笑ましそうな顔で見てないで手伝ってくれってば。
スタートラインに立ったアスカはリニア以上に険しい表情で周囲を見渡す。
おいおい、そんな殺気をバラ撒くなって。
その威圧感に耐えきれなくなったのかスタートの合図前なのに、さっきのよりちょっと年上のフェアリー男子が震えながら現れた。もうすでに半泣きである。
「そ、そこの人間、わしとティーしばかへん?」
あまりの恐怖にギャグに逃げたようだ。
はい、フェアリー男子失格。アスカは硬直してるけど、攻撃にはしらなくてよかったよ。今の彼女は強いからね。
怖くなくても、もうなんかどうやったらウケるかしか考えてないようになってきたようにも思えるのでいったん中断。
こんな役はテリーが適任なのだが、助けたかった仲間の半数近くが死んでしまっていてかなり落ち込み中。現在は生きて救出できた者たちの面倒を見ながら、死んでしまった者たちのお墓を建てているのでこっちには顔を出せていない。
もしかしたら気分転換にはいいかもだが、無理して空元気を見せるテリーなんておっさん泣いてしまう自信があるので呼ぶ気もない。
テリーがあんなに邪神ダンジョンに行きたがっていたのにそれを引き留めていたのはおっさんだ。
もっと早くに行かせていればもう少し助けられる人数は増えたのかな。でも、寄生対策ができるようになったの最近だし、それがなかったらテリーだって危険だったはず。おっさんの心のために間違ってはなかったと思い込むことにする。
救出された者たちは全員チェックしたが〈鑑定〉でも寄生されてないのを確認した。寄生されていた者もいたようだがテリーが現場で適切に処理したようで、今のところは大丈夫だろう。体力の回復のために養生させているし。
一方、同じく邪神のダンジョンに行っていたアンコは救出して仲間になった同族ともいえるレギオンアントとともに三葉虫の群れを狩っている。
あれ以来妖精島に頻繁に出現するようになっている三葉虫なんだけど来る度に数が増えている。
三葉虫は攻撃力はあまり強くないが防御力が高い。分厚い外骨格がかなり硬いんだ。その分重くて陸上では動きが遅く、落とし穴等の罠で対処してたんだけど、ダンゴムシみたいに丸まるやつもいたりしてとどめを刺すまで時間がかかっていたんだよね。
でもレギオンアントたちは手際よく三葉虫の脚を切断して動きを封じるんだ。大顎すごいね。それから妖精たちと一緒に殻を上手に解体。おいしくいただくって寸法。
丸まってしまったやつは転がして運んで、大鍋に投入され茹でられてしまう。茹でない方がノームの職人たちが殻を加工する時にはいいらしいんだけど仕方がない。
味はちょっと蟹っぽい? 妖精たちは喜んで食べているよ。大きさからいえば可食部は少ない方だけど、おっさんや妖精たちの大きさからすれば問題は無いからね。
硬い殻も素材として優秀なんで、そこまで嫌なモンスターではないんだけど、数多く襲来されるとさすがにちょっと面倒。アンコたちが帰還したのでちょうどよかったよ。
レギオンアントたちも戦闘経験と食料を手に入れられてアンコは喜んでいる。
やはりハエに寄生されて女王を失ってしまったアリたち。真っ先に女王を狙っていたようだが、ハエたちは後のことは考えていないのだろうか? 寄生先の群を潰してしまったら次世代が困るだろうに。
それとも女王に進化できる個体は残していた?
アンコいわく「進化できたら眷属にしてやってほしいでアリます」とのこと。がんばれば女王種に進化できそうな個体もいるらしい。妖精たちと争わないならレギオンアントが増えるのもアリか。アリだけにね。
アスカの報告によればやつらはこれまで以上に強引にハエの数を増やそうとしている。それこそ邪神のダンジョン内のバランスを乱しかねないほどに、だ。うちのダンジョンへの攻撃のための下準備という可能性はじゅうぶんにありえる。
はあ、まったくなんでこんなタイミングで……。本人には責任はないのだが、情報を与えてくれた乙姫が恨めしい。
▽ ▽ ▽
あの日、またこのダンジョンに乙姫が現れた。
海勇者の動画を携えて。まずはこれを見てと挨拶もそこそこに鑑賞会が始まる。撮影者は配下の人魚だそう。
なんでも、乙姫のダーリンの海賊船がこの妖精島にくる可能性があるかもしれない。もし彼がきても殺さないでくれとのことで念を押しに来たワケだ。
おっさんのダンジョンレベルが上がった事で大きく、画質もよくなったモニターウィンドウに映される動画の始まりは凪の海。
風も波もない静かな海をものともせずにスイスイと進む帆船があった。無風状態なので膨らんでいない帆の上に掲げられた旗には大きなドクロのマークだ。まごうこと無き海賊船である。
これが乙姫のダーリンの船か。人魚に撮影させているのはストーカー行為のような気もしないではないけど、一緒に乗ってるやつのことも考えると必要な行為ではある。
舳先に立つのは日焼けした肌に金髪を短く刈った若い男。イケメンってほどではないが海賊船には似つかわしくないサワヤカボーイにしか見えない。
「まさかこれが乙姫の想い人? 好み変わったのかしら?」
「え? 違う違う! ダーリンなんかじゃないわよ! こいつはお邪魔虫の海勇者よ!」
慌ててモニターウィンドウ上の男を指差す乙姫。その指がぶんぶんと動かされているとこを見るとかなり興奮しているのだろう。「その間違いはあんまりすぎる!」ってさ。
海勇者。陸上での活動が多い他の勇者と違い、海での活動が多いことからこう呼ばれている、らしい。海での戦いは勇者であろうとかなり大変なので滅多に現れない。
陸地のダンジョンマスターはあんまり関係ないからと気にしてない者が多いが、海や海岸付近のダンジョンでは戦々恐々としている。
映像を見る限りでは聖剣よりもサーフボードの方が似合いそうな兄ちゃんにしか見えないんだけど、外見じゃ強さ測れないもんなあ。あ、よく見たら背中に、というか肩に三叉の矛を紐で引っ掛けてた。あれが聖剣だったよな。
でも、強さ以上に海勇者には気になることがあってさ。
「これが海勇者ねえ。言われてるようなポセイドンの転生には見えないわね」
「そーだねー。お父さんってより、アポロンの転生の方がしっくりきそう」
「たしかにこのうさんくさい微笑みはやつっぽいのう」
ポセイドン――一部異世界のゲームのだが――を知るレヴィア、コルノ、ディアナは事前情報との食い違いに首を傾げていた。うん、おっさんもポセイドンには見えないかな。
ってかディアナはアルテミスだろ。双子の弟に対してうさんくさいって評価はあんまりなんじゃ?
「やめてよ。アポロンっていえば女も男もどっちもイケてたそうじゃない! ダーリンの貞操が心配になるわ!」
「マジですか?」
「うむ。ポセイドンと美女を狙い合ったり、アフロディーテと美少年を奪いあったりしておった」
「うっわー」
モーホーの神様って……いや、ディアナも女の子大好きだけどさあ。しかも両刀とか。アポロンももう滅ぼされてるはずだけど、美少年のダンマスが色仕掛けで罠にはめて倒したのかもしれない。
現存の神に会うのがちょっと怖くなってきたなぁ。いい加減、講習会にいかにゃならんのにさ。
ま、こんなちっこいおっさんのことなんて狙う物好きはおらんか。
頭を抱える乙姫から視線をモニターウィンドウに戻すと、海勇者の隣に眼帯の男が立っていた。裸の上半身は傷だらけで重量級筋肉男。サイドとバックはロングヘアーでありながら毛が一切無い頭頂部にも大きなバッテンの傷跡が見えている。ああ、シイタケの飾り切りを思い出すなあ。
「こっちがダーリンよ!」
「うそ! このシイタケハゲなの?」
さすが夫婦、レヴィアも同じこと思ってたみたいだ。乙姫のダーリンは海賊船の船長って聞いてたけど、海賊帽は被らないのかな?
あ、海勇者とシイタケハゲが肩を組んで歌い出した。声は聞こえないけど機嫌良くリズミカルに揺れながら歌っている。
顔が真っ赤なのはたぶん酔っているからだろうけど、海勇者モーホー説を聞いたばかりなだけに余計な想像をしてしまうのは仕方あるまい。乙姫もそんな風に考えてしまったようで。
「いやぁぁぁ! ダーリンを汚さないで!」
「落ち着け、ただの酔っ払いだろう」
「でも、でも!」
「まあまあ、男同士だってあれぐらいのスキンシップなら普通だから」
たぶん。
きっと。
ヨウセイの穴の連中もあんな感じだし。やつら普通に女好きだし。
カラオケ好きなエージンの影響も大きくてよく歌ってる。スケルトン系は自身を楽器みたいに鳴らすし、最近はあっちで働いているカエルたちも教えてもらった歌を歌い出す始末だ。
混乱してぐるぐる目で「うがー」って奇声を発しながらヘッドバンギングしている乙姫。マッチョ好きでもモーホーさんは駄目なのね。
どうしたもんかと悩んでいると、ムリアンメイドがお茶を持ってきた。乙姫用のは人間サイズのメイドワゴンをアリゴーレムが二頭立てで牽いて運んでいる。見た目のバランスは悪いがそこはコルノ作のゴーレム、一頭でも余裕だったりする。
「どうぞ」
映像を一時停止して、リアンファイブがドラム缶のような大きな湯飲みを抱えて渡そうとするも、混乱中の乙姫は気づかない。
「今ちょっとショッキングなことがあってな。もう少しで落ち着くから」
「そうなんですか? せっかくお話が聞けると思っていたのに……そうだ、美味しいキュウリもありますよ」
人間サイズだったら大根よりも大きく見えることになるそのキュウリを両手で抱えて、乙姫の前に差し出すリアンファイブ。彼女はトレーニング行為にハマっており、筋肉に詳しい乙姫を尊敬しているとのこと。乙姫のダンジョンにあるというジムにも興味津々だったりする。
「え? キュウリ?」
「美味しいですよ」
「あ、ありがとう」
混乱しながらも目の前に突き出されたキュウリにはさすがに気づいて反射的に受け取ってしまうと、乙姫がこちらを見たのでとりあえず肯いておく。
トレントたちをはじめとする妖精たちが丹精して育てた野菜だ。形は前世のよりちょっと曲がっているけど味には自信がある。
ため息か深呼吸かわからない深い息をはいた後、乙姫がキュウリに親指を当てて軽くスライドさせると、どんな理屈かヘタの部分がスパッと綺麗に切断され、空中に跳ねる。すかさずもう片方の手でそのヘタ部分を掴むとキュウリ本体と切断面どうしを合わせて円を描くようにスリスリと擦り合わせはじめた。
初めて見るその行動にリアンファイブは目をパチクリ。さらに切断面に出てきた白い汁を指で拭った乙姫にハンカチを渡しながらも表情は驚いたまま。
「ヘタあわせか。懐かしいな」
「ヘタあわせ?」
「ああやるとアクだったか苦いのだったかが取れるんだ。前世でも若い子は知らない子もいたっけ」
キュウリのヘタあわせ、婆ちゃんがよくやってたなぁ。
リアンファイブだけじゃなくて、コルノやディアナも気になったのか、ワゴンからキュウリを取り出して試し始めた。うん、キミたちのサイズだと二人がかりになっちゃうよね。
出てきた白い汁をなめたコルノが微妙な表情。
「そりゃアクだからなぁ。お茶飲んで」
「うん」
「ふふふっ。あら、美味しい」
やっと乙姫が表情を緩ませた。コルノはこれを狙ってたのか。……いや天然か。試さないと納得しないとこあるもんなぁ。
乙姫が落ち着いたようなので、塩とマヨネーズの皿を渡して動画の一時停止を解除して視聴を再開。コルノも口直しにとばかりにマヨネーズを指ですくってなめ始める。せめてキュウリにつけなさいってば。
すぐに映像に大きな動きがあった。船の動きが遅くなり、その前方に大きな渦が出現。
海勇者とシイタケハゲもそれに気づいて歌を止め、他の船員も騒ぎながら海を覗くと同時ぐらいに一気に渦が盛り上がった。たぶん渦の中からなにかが現れるのだろう。
「レヴィアの小人姿初めて見た時もあんな感じだったよな」
「あの時はかなり緊張してたんだから」
あの出現パターンは水棲モンスターの流行りなんだろうか?
やはりおっさんの予想どおりにモンスターが現れる。巨大な人影。船の大きさがよくわからないけどそれより確実に大きそうな巨人だ。体色は暗褐色で特徴的なのはその頭部。無数の触手を首から生やすタコだった。
「あれが万脚の王を自称するクラーケン……」
いや、もろにアレじゃないですかぁ! 巨大な両腕で海賊船をガッチリと捕まえ、あのタコ独特の横一文字の瞳が海勇者を睨み付けるクラーケン。
海勇者は怯まずに「ヤァーッ」って雄叫びを上げながら船の外へ飛び降りる。その足元にはいつのまにか大きな板が。サーフボード? いや、もしかして盾? どっちかはわからないがその板の下には盛り上がるようにして波が発生。海勇者を受け止めていた。
さっきまで波なんてなく、クラーケンの起こした渦潮がまだ残っているのにもかかわらず、海勇者は見事に波乗りしていた。
「あれが聖剣トライデントの能力の一つ、水流操作ね」
「なるほど。だから波がなくても海賊船がスイスイ動いていたワケか」
たしかに海勇者の進みたい方向に波が発生しているみたいだ。時折大きな波が海勇者を高く持ち上げ、クラーケンのまわりを探るように周回する。
クラーケンの方からも大波が発生して海勇者を襲うが、トライデントの方が力が強いのか海勇者に届く前に波は弱くなって消えていった。
「海賊の方も攻撃をはじめたよ」
火薬が許されないこの世界なのでもちろん大砲はなく、固定式の大きな弓や槍で攻撃する海賊たち。人魚もそう指示されているのか時折船長をアップになるよう撮影していた。
至近距離にもかかわらずクラーケンにその攻撃が通じているように見えていなかったが、さすがに鬱陶しかったのか、首元の触手から電撃が放たれ、海賊たちを襲う。バチッと大きな音ともに命中してしまった海賊はその場に倒れた。
「あんな攻撃もあるのか」
「霧や幻影、毒もあったわ」
「最も得意なのは」
レヴィアの台詞の途中で、海賊を倒され怒った海勇者がトライデントを投擲。その周囲に小さな渦潮を纏ったトライデントはクラーケンの右肩に命中。肩を吹き飛ばした。大きな水しぶきを上げて海面に落ちたクラーケンの腕はビチビチと跳ねながらその姿を一本の触手へと変化させ、沈んでいった。
トライデントの方は海勇者の方に引き返していく。自動的に戻るのか、便利だなぁ。
「触手だったの、あれ?」
「ええ。クラーケンの得意なのは擬態。様々な色や形に変化するのよ」
前世にもミミックオクトパスって多彩な変化を見せるタコがいたっけ。あれのスゴいやつってことか。
片腕では不利だと思ったのか、タコ頭の巨人はみるみると無数の触手を持つ巨大なタコへと変わっていった。
「クラーケンクラスのモンスターなら取れた腕ぐらいくっつきそうなもんだけど?」
「それが聖剣の嫌なところよ。聖剣に斬られた箇所は再生しないわ。どんなに綺麗な切断面でも再びくっつくことはないの。例えば手首を落とされたとするでしょ。そうしたらもう手首から先は再生されない。ならばと自分で肘の辺りから切断すれば、手首も再生すると思うでしょ」
「まあ、定番だな」
「でもやっぱり手首は再生しないの。勇者の使う聖剣は手首という存在を切断してしまう」
うわ、そりゃ勇者がダンジョンマスターに嫌われるワケだ。あとで調べたところによるとマジに聖剣で斬られたら〈再生〉系のスキルを持っていても治ることはない。だから元に戻そうとしたら、ポイントを消費して新たに生やすしかない。もちろんそのポイントは再生させるよりも大きいらしい。聖剣こええ。
「ふん、存在そのものを斬ることぐらい神剣だって当然のようにできる」
自分も負けてないってアピールするフツヌシ。そんな能力あったんだ? アスカと戦った時、おっさんマジにヤバかったじゃん。あの時はフツヌシが全力を発揮できなかったからなんとかなったのかもしれないね。
映像では海勇者が操ったのか、海賊船は戦いの場所からスーッと離れていって海勇者とクラーケンの一騎打ちになっていた。
触手の直接攻撃や電撃も、海勇者を守るように波が立ち塞がって届くことはなく、クラーケンは一本、また一本と触手を落とされていく。……あれ? これ、海勇者が勝っちゃうよな。クラーケンってもう倒されたの? それとも逃げるのか?
おっさんが疑問に思ったところに、それまで以上の渦潮を纏ったトライデントの投擲が炸裂。うわ、大きな目玉が吹き飛んでいったよ。
「倒しちゃった?」
「ええ。 足の一本をね」
「足?」
喜ぶ海賊船長のアップからカメラが変わると、クラーケンの残骸がボロボロの大きな一本の触手に変わっていく場面だった。まさか、あのクラーケンって触手の擬態だったの? 本体じゃなくて?
「クラーケンの触手は全部とはいわないけど、大きいモノには意思があるわ。そして本体から切り離されても独自に動くことができる。何本が別行動しているかはわからないのよ」
「げっ」
そういや前世でタコは触手ごとに脳を持ってるって本当かどうかわからない話があったけど、それのスゴいバージョンか。って、本体はもっと大きいってことだよな。まさかリヴァイアサンやバハムートクラスなんじゃないだろうな?
映像を止めて乙姫がおっさんたちに向き直る。
「まあ、クラーケンのことは今回は置いておいて。実はね、この海賊船が妖精島にくる可能性があるの」
「はいぃ?」
「もしそうなっても、ダーリンだけは殺さないでね。ホモ勇者は殺しちゃってもいいから」
いや、無理ですから!
勇者なんてあんなの見たら近づきたくもないですから!
△ △ △
「てなことがあってさ」
「そうか、だから……救助者の見舞いにきた妖精たちがキュウリばかり差し入れて、変な儀式を見せたのか」
「はい?」
海勇者と海賊たちが妖精島に上陸してもいいように対策中な理由を説明すると、アスカは妙な関心をしていた。
キュウリのヘタあわせ、なんか妖精たちの間で流行っちゃったんだよね。




