159話 リオハルコン(アスカ視点)
ブックマーク登録、評価、レビュー、感想、ありがとうございます
今回はアスカ視点
「いいから寄こせってーの、DPなら出すっつってんだろが!」
「だからこの子は売り物じゃないっつってんスよ!」
大きな角の生えた狼男と狼のフードを被った男が言い争っている。フードの男の後ろには、多くのモンスターたちが小さな人影を庇うようにして立っていた。
多くがダンジョンマスター。以前は自嘲まじりに”底辺ギルド”を名乗っていたギルドに所属しているダンマスである。
「お前らみたいなザコがかわいい子眷属にしてるなんて生意気なんだよ」
「いいえ。私たちはもう雑魚ではありませんよ」
そう前に出てきた一体のスケルトン。喋る知性のあるスケルトン、もちろんダンジョンマスターである。狼男はそのスケルトンにスッと近づくと。
「ふん。どんだけきても中堅ダンマスの俺がビビるかっての。ザコじゃねえ? 試してやんよ!」
ブン、と腕を振りかぶり、大げさなモーションでスケルトンに殴りかかった。雑魚ではないと証明するつもりだったのかスケルトンは避けずに殴られ、そしてバラバラになってしまった。
「ははは。一撃でバラバラかよ。野良のスケだってここまで弱くはねえぜ。たしかにザコじゃねえわ。クソザコだったぜえ」
バラバラになったスケルトンの骨はしかしヒビ一つ入っていないことにも気づかずに嘲笑する。調子に乗って彼はこんなことを口にした。
「もういい。こうなりゃ力づくだ。どうせお前ら初心者サービスで復活できんだろ。強さってもんを教えてやるぜ。その子は授業料だ」
鋭い爪で毛むくじゃらの指を鳴らす狼男。その瞳には狂暴な光が宿っている。狼の大きな舌をなめずりペロリしながら、次の獲物として狼フードに近づこうとした時、その異変に気づく。
片足が動かなかったのだ。
「ん? なんだ? ……小人?」
狼男の片足を小さな人影、身長30センチ程度の小人の男が抱えるようにして動かないように封じていたのだ。狼フードはそれに気づいて声を上げる。
「アニキ!」
「小人がクソザコをトレーニングしてるってのはマジかよ。受けるぅ。は」
「監督の実力がわからないとは、どっちが雑魚なんでしょうね」
また笑おうとしたが、それを止めた声で狼男は気づいた。今の声は粉砕したばかりのスケルトンの声だと。ハッとして振り向くがスケルトンの残骸がない。かわりにまったくダメージを受けた様子のないスケルトンが平然と立っていた。
「な、なんで」
「自分からバラバラになって衝撃を殺す、基本的な受け身ですよ。常識でしょう?」
「一瞬ビックリしたッスよ、まったく。それよりも自称中堅ダンマス、いつまでもそのままでいるつもりなんスか? そこ、邪魔なんスよ」
「無理ですよ、監督に捕まっちゃったんだから。自称中堅ダンマスに逃げることはできません」
のんびりとした雰囲気でしかも自分を「自称中堅」と蔑んだ二人を睨みつけるが、ニヤニヤとした顔を返されただけ。いや、スケルトンの表情はわからなかったが。
「監督だかなんだか知らねぇが俺が小人なんかに負けるかよ!」
「あーあ、身の程知らずっスねぇ」
「監督。お願いします」
スケルトンのお願いが引き金になったのか、足に捉まる小人を捕まえようと手を伸ばした狼男の姿が消え、同時にドゴッと大きな音が通路を満たす。
狼男のいた場所には小人が立っていて、天井を指差した。二人や他のダンジョンマスターたちがその先を視線で追うと、なにかがぶら下がっている。それは、頭が天井に埋まった狼男だった。
「アニキの十八番、イズナバスター・天ッスね!」
「相手ごと大きくジャンプし、小さな身体を活かして自らがダメージを受けることなく相手の頭を床に叩きつけるイズナバスター、準備段階のジャンプでそのまま天井にぶつけるイズナバスター・天。いつ見ても見事です監督」
二人が得意気に解説をする前でぶらさがった狼男の身体がぷらーんと揺れるのだった。
□ □ □
「なんだ、これ?」
「面白いでしょ、この前のあの不埒者の再現漫画です。よくできていますよね?」
「う、うむ。あの場には私もいたのでわかっている。これはコトリが?」
久しぶりに未熟者のダンジョンにやってきた私は挨拶をするなりすぐに一冊の薄い本を渡され、その感想を求められた。
前述の話はその内容である。漫画に描かれていたダンマスは我がマスターを除き、なぜか全員実物よりも美形に描かれていたがその特徴はよく捉えている。
あの時は頭が埋まったダンマスを引っこ抜くのに苦労した。下手に引っ張ると首や手足がモゲそうになってて、みんな自分の筋力強化を実感すると同時に力加減に苦労したのだ。
「いえ、これは別のダンジョンマスターさんのです。ジャージ乙女というペンネームで有名な方なんですよ」
「ジャージ乙女……たしかリアンテンがオススメの作家さんだと言っていたような。そのダンマスが何故このようなものを?」
内容がその、ちょっと私には向いていないものだったのでその漫画は見なかったが、そのような名前だった気がする。ダンジョンマスターであり、趣味で漫画を発行しているらしい。
「彼女は女性ダンジョンマスターや女性眷属のまとめ役みたいなこともしていて頼りになる方なんです。最近話題になっているアスカさんやタマちゃんのことを心配して、うちのギルドの特訓を取材するという名目で未熟者のダンジョンにやってきたようです」
「私を心配?」
「ダンジョンマスターの中には不埒な者もいるんですよ。女性ダンジョンマスターの数は男性ダンジョンマスターよりも少ないですからね。身を守るためにもギルドとは別に団結してるんです。その流れで女性眷属もフォローしてるんですよ」
「わかるような、わからんような」
心配されるほど、私は弱くはない。……と思う。
以前は今のマスターにいいように玩ばれたが、効率的に鍛えた結果、私は強くなっている。
……いや、油断はいかんか。リヴァイアサン殿やバハムートのような者が他にいないとは限らない。
「残念ながらアスカさんたちがいなかったんですけど、うちの連中が変に張り切っちゃってトレーニングもいつも以上に力を入れてたんです。それで取材だからってあの時の話もしちゃって。で、しばらくたってからインスピレーションが刺激されたってこの漫画が届いたんです」
「なるほど。会えなかったのは残念だ。ここしばらく忙しくてな、しかも今以上にこちらにはこれなくなりそうなんだ」
「そうなの? 大変なのね。後でジャージ乙女の連絡先も教えておくわね」
最近は激痛の盲腸の担当になって離れられなかったから、こっちにはあまりこれなかった。そしてまた強敵の来襲が予想されているので私もあまり留守にできないのだ。
面倒ではあるが、頼りにされている気もするのが複雑である。マスターは冥府に探索に行かせられないのを謝ることがあるが、正直それどころではないだろう。
「しかしだからか、タマや私が男に描かれているのは」
「ええ。私も男にされちゃった」
そう、タマと私らしきキャラクターも登場しているが、そいつらは男。さすがに作者があっていないせいかあまり似ていないが、有翼の男性キャラクターはコトリによく似ていた。
ああ、リアンテンが薦めてきた漫画も男ばかりだったものな。
「でも誤解しないでね、ジャージ乙女の趣味もあるけど、女性キャラを出すとそのモデルを狙うバカがいるからって」
「そんな理由もあるのか、了解した。それはそうとアレの使い具合はどうだ?」
「ふふ。最高です! もう手放せませんよ」
その時、私とコトリが訓練している――今は駄弁っているだけ――場所にエージンが乱入してきた。しかも会うなり挨拶もなしに。
「おっぱいは少しぐらいだらしない方がいいんスよ!」
そう叫ぶのだから、私が殴ったのも無理はない。フツヌシがいたら叩き斬っていたかもしれない。
「いきなりなんだお前は?」
「だからその胸のことです。委員鳥だけでなく、アスカさんまで!」
「ああ、これか」
ちょうどコトリと話していた物のことでエージンは立腹だったとのこと。
これはとてもいい物なのに。
コトリや私、有翼の女性には大きな悩みがあった。それはこの翼に由来するもの。
そう、翼が邪魔をして下着に困るのだ。ベルトやストラップが着けづらく、それ故に私がマスターに敗北する一因となってしまった。
「そんな補正下着なんてアスカさんには不要なんスよ!」
「断る」
「そんなぁ」
今、私とコトリが装着しているのは胸に直接貼り付けるタイプの下着だ。マスターによればシリコンブラという物に近いらしい。
下着の悩みをハルコに相談したところ、リオと研究してこれを作ってくれた。
試行錯誤の後、肌を傷めないが簡単には剥がれない粘着力の糸をリオが、それを布にし下着にすることにハルコが成功したのだ。
「これ、売れますよ。ジャージ乙女も欲しがっていたぐらいですから!」
「そうか? それならマスターに進言しておくか。ただ、うちの妖精たちにも広まりはじめていてな、売るほど生産できぬかも」
「そうですね、こんな上質のゴッサマーなんて集めるのは大変でしょうね」
販売できるか難しそうと話すとコトリは表情を曇らせる。よほど気に入ったのだろう。私もこれを知ってしまった以上、他は選びにくい。
ハルコとリオの探求改良により、外見もお洒落になってきているのだし。
フェアリーたちも翅があるのでこれは有用。葉っぱの色と形をした下着が現在フェアリーたちに流行している。
あまりにフェアリー用の下着を作ったせいか、それとも激痛の盲腸での特訓が実ったのかは不明だがリオは【フェアリーミミックスパイダー】に進化している。
彼女はちょっと奇妙なフェアリーといった感じの姿に擬態しており、スケさんとデートしている姿も目撃されている。……羨ましい。
「まあ、マスターに相談してみるよ。ブランド名はリオハルコンだから目にしたら試してみてくれ」
「はい。期待しています」
ガシッと両手を握られて懇願されてしまった。
むう、これは本当にマスターを説得してみなければならぬな。




