158話 げこくじょう
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人魚フォームのバハムートの浸かる風呂はわりと大きく、もちろん温泉だ。このボスエリアの主であるアスカの好みで少し熱めになっているが、バハムートも平気のよう。人魚の魚部分が茹だったりしないのだろうか。……どんな出汁が出てるのかな?
そろそろいいかとバスタブの縁に立って名乗ることにする。
「さっきはあんなだったから自己紹介し直すけど、おっさんがフーマ。レヴィアとコルノの夫でダンジョンマスターだ」
「ハムちゃんはバハムートよ。リヴァイアサンお姉さまのカワイイ妹分!」
「ただの仕事の後輩よ」
以前、レヴィアは彼女のことを水の管理者として自分の後釜になってもらう予定だって言ってた。その時はこんな面倒そうな顔はしてなかったけどね。
レヴィアの台詞がショックだったのかバハムートはおっさんの隣、バスタブの縁に腰掛けるコルノの膝の上のレヴィアにぐいっと顔を寄せる。でっかい顔が近距離でうるうる涙してるのはプレッシャーあるな。
「リヴァイアサンお姉さまぁ」
「情けない声を出さないの。私の後継者でしょう」
「リヴァイアサンお姉さまがいらしてくださらないのにお仕事なんてやってられません。ストライキですぅ!」
「だから仕事を放棄してここへ来たと言うの?」
ギロリとロリなレヴィアがバハムートを睨む。幼い姿なんで迫力は半減しているが、その分とても愛らしい。
つい、頭をなでなでしてしまうのは当然と言えるだろう。
「リヴァイアサンお姉さまが心配だったんですぅ。最近クラーケンのやつ、ちょっとチョーシくれてますから」
「あれも野心だけは大きいのよね。海の支配者になりたいなんて」
「シメちゃいましょう。誰が上か思い知らせちゃいます」
「イカだけに」
つい言ってしまった。だってクラーケンって巨大イカのイメージしかない。それとも海の支配者なんて言ってるぐらいだからあの神のイメージでタコ頭だったりするんだろうか?
おっさんのギャグはスルーされてバハムートが続ける。
「あいつもリヴァイアサンお姉さまが本調子でないことに気づいています。今こそ下剋上のチャンスだとでも思ってんじゃないですかぁ?」
「下剋上か。いずれ某もあやつを倒して一族の滋養としたいものだ。某らの苦労を散々わからせた後でな」
うんうんと頷くハインリヒ。「あやつ」ってベルゼブブ? おっさんの眷属になったせいかあんまり「本体」って呼ばなくなっているんだよな。
きっと言いたいことも色々あるんだろう。うむ、それこそまさにゲコ苦情である。
「なにを偉そうにこの両生類」
「なんだと魚類。悔しかったら変態してみろ。ゲッゲッゲッ」
ふふんとばかりに頬を膨らませゲコゲコ鳴くハインリヒ。以前よりは上手く膨らませられるようになって得意気だ。レヴィアにはビビってたのにバハムートは平気なのか。瘴気を抑えているから強さが理解できてないだけなのかもしれない。
このカエルも少しは強くはなってるんだけど、まだまだみたいだな。
あと、変態ってのはオタマジャクシがカエルに姿を変えること。アブノーマルな性癖の方ではないよな。そうであってほしい。
「ふん、足が生えたぐらいでなにを威張って。それぐらい余裕でできるんだから」
「上半身が魚で下半身が人なのは止めなさい。みんな引いてしまうわ」
「はいリヴァイアサンお姉さま!」
そんな形態にもなれるのか。侮れんなこの怪魚。
あ、シーラカンスにもなれるんならなってくれないかな? こっちに来てから見た古代魚ってメガロドンみたいな前世のB級映画でお馴染みの凶暴なやつしかいないんで感動が少ないのよ。
「クラーケンか。ポセイドンも面倒なやつと言っておったが、狩りがいがありそうじゃの」
「お前はさっきの……もしかしてアルテミス? 生きていたの?」
「まあのう。今はフーマの眷属のディアナだ。それにしても惜しいのう。下半身が魚ではどこが尻か難しいではないか」
カエルよりも変態な元女神がいたよ。たしかに魚類の尻はどこと言われても困る。排便する場所はだいたいが下の方についているよな。人魚はどうなんだろう。それともトイレになんていかないのかね。
「アフロディーテのソックリがいたり、死んだはずのアルテミスがいたり。さすがリヴァイアサンお姉さまが選ぶだけのことはある、のでしょうか?」
「フーマの人徳よ。他に私に傷をつけた剣の神フツヌシもいるわ」
「リヴァイアサンお姉さまに傷を!?」
「ええ。弱っていたとはいえ、自慢のフィンブレードを切り落とされたわ」
あの折れた刃ことリヴァイアサンのヒレ、加工できればいい武器になりそうなんだけど、まだうちにはそれが出来るやつがいないのが残念でならない。ドワーフの名工が眷属にほしいよ。
「どいつですか? そんなやつハムちゃんが叩きのめしてやりますぅ!」
「よしなさい。あれはもう反省してるの。今は味方よ」
「……リヴァイアサンお姉さまがそう言うのなら」
納得していない顔でバハムートは引き下がった。
フツヌシは反省したというか、我を取り戻したというか。
あいつ、たまに体を動かしたい時はアスカではなくリニアに頼んで振ってもらっているんだよ。自分でも動けるが、それよりも「イイ」とのことだ。よくわからんが刀としての本能なのかもしれん。
アスカが駄目なのは闇堕ちしたトラウマもあるが、それ以上に料理に使われるのを嫌ってだ。メガロドンを捌くのに使われた時はしばらく愚痴が続いてメンドウだった。
「クラーケンに話を戻すけどディアナ、狩りがいって泳げるの?」
「ん? クラーケンやその係累は地上にも上がってくるぞ」
「え? マジ?」
「マジよ。陸で生活する種もいるわ」
陸イカ? 丘ダコ? そういや前世ではタコが海から上がって畑から大根やイモを取るって伝承もあったっけ。未来の地球はイカに支配されてるって説もあったような。
でもそうなると、クラーケンの襲撃に備えなければいけないのか。ダンジョンだけじゃなくて妖精島の各国もなんとかしないと、妖精たちが触手に襲われる薄い本な展開になりかねん。
「ダンジョンの防衛力を高めた方がいいか。妖精教国や幻夢共和国も警戒が必要かもしれん」
「フェアリーは飛べるからだいじょうぶなのでは?」
「空を飛ぶイカがいないとも限らない」
前世ではトビイカってのがいた。トビウオみたいに海面を飛ぶ。
こっちの世界だったらモンスター化して凶悪になってたりするかも。
「クラーケンの系統はいい出汁が出るのよ。乙姫もよく玉コンニャクを煮るのに使っていたわ」
「乙姫、リヴァイアサンお姉さまのこと心配していましたよ。まだ泣いているんじゃないかって」
「泣いて?」
「最後にあの子と会った時にちょっとあったの。まだあなたに会う前だったから乙姫の結婚話に嫉妬してしまって。……そういえばあの子ももう結婚したのかしら?」
ああ、レヴィアと初対面の頃、そんなことを言っていたような気がする。
乙姫もダンジョンマスターでレヴィアの友人。レヴィアの〈人化〉の訓練や料理等の花嫁修業もつけてくれたんだった。あと黒セーラーも乙姫の見立てだったっけ。
「でも乙姫にも私が結婚したという連絡は入れてあるのだけれど」
「そんなの信じられませんよ。ハムちゃんだってこの目で見てもまだ疑ってるんですから」
「いやいやいや、マジに結婚してるからね。おっさんたち」
「こんな結婚、ハムちゃん認めません! ……と言いたいとこだけど、リヴァイアサンお姉さまは幸せだって言うし、反対するかどうかはしばらく観察させてもらってからにしますぅ」
そう口では言いながらもまたおっさんを睨むバハムート。今の人魚フォームだと力も落ちているらしいが、暴れないでくれよ。
って、しばらく観察って居座るつもりなんだろうか。観察は口実でレヴィアのそばにいたいだけだとはわかるが。
「バハムートに認めてもらう必要なんてないわ」
「そんなぁ」
「バハムートには仕事があるでしょう」
「そうだな。レヴィアからバハムートのことは頼りになる後輩って聞いている。仕事を忘れてうちに長居なんてできないだろう?」
一応、フォローは入れておこう。少しでも仕事にやる気が出てくれると助かる。レヴィアたちの水の管理って、聞いた話だとこの世界が水没しないために超重要な仕事らしいからな。
「ほ、本当ですか!?」
「あ、ああ。嘘じゃない。管理者の座を譲っても安心できるって」
「リヴァイアサンお姉さま、そこまでハムちゃんのことを!」
「え、ええ。でも仕事を放り出してしまうようではその評価を改めなければいけなさそうね」
レヴィアのため息。おっさんから見るとかなりわざとらしいが、小人だから多少大げさにしないと伝わりにくいのかもしれない。レヴィアはおっさんよりも小人歴が長いから経験値は大きいのだろう。
バハムートの方はがーんという効果音が背後に見えそうなほどにショックを受けていて。
「バハムートがちゃんと仕事を済ませているのならば客として来ることはいいかしら、あなた?」
「そうだな。レヴィアの友人ならばおっさんが断ることはないよ」
「だそうよ」
「わかりましたリヴァイアサンお姉さま! パパッと片付けてお友達のハムちゃんがまた来ますぅ!」
落ち込んだ顔を一転、瞳をキラキラさせて元気よくバハムートが了解した。納得してくれたようだ。おっさんの言った「友人」が効いたのかもしれない。憧れの人物の友人と認めてもらったのならばテンションも上がるだろう。
「帰りは少し遠回りして行きなさい。この島がクラーケンや他の連中に興味を持たれるのが少しでも遅れるように。そうね、乙姫のダンジョンに寄って、私が本当に結婚していると説明してきて」
「はーい。クラーケンのおバカにこの島のこと感づかれないようにします」
「次に来る時は本当の姿ではなく、バハムートだとバレないようにして。……それと」
「リヴァイアサンお姉さま?」
欺瞞工作の指示のあとになにか追加しようとするレヴィアに、バハムートは首を捻る。あとなにかバハムートに言うことってなんだろう。
「私がこの姿の時はレヴィアと呼びなさい。親しい者はそう呼んでいるでしょう?」
「は、はい。レヴィアお姉さま! う、う、うぇぇぇん!!」
「な、なんで泣くのよ?」
「う、嬉しくてぇ。ハムちゃんがレヴィアお姉さまの妹でお友達で親しい間柄って……」
バハムートは感激のあまりに泣き出してしまった。こりゃすぐに帰ってくれなさそうだな。
さりげに妹ってのも認めたことになってるし。




