155話 カエルの名前
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激痛の盲腸第1層での眷属育成がかなり進んだ。
眷属になった【ベールゼブフォ・キング】のハインリヒが思った以上にフェアリーたちとの連携がよかったのと、育成時の壁役となる前衛型ゴーレムが完成したのが大きい。
「みな見違えたのでアリます」
「ゲッゲッゲ、お嬢さん方が某の唇を狙ってくるので油断ならないのだよ」
「王子様にはならないと思うんだけどね」
魔王ガエルには有名なあの童話から名前をもらってつけた。別の童話からのハラバン(腹バーン)もいいと思ったんだけど拒否されたのが残念だ。
童話はこっちでも有名なのか、妖精たちがハインリヒにキスしようとしているらしい。
「そもそも童話ではハインリヒはカエルじゃなくて執事や家来の方ですよ。それにカエルとのキスは衛生的に問題ありなので止めましょう」
「某、綺麗にしているのである。無論、お口の貞操も守り通す所存」
ミコちゃんの注意に不満そうなハインリヒ。
妖精たちの不意打ちを見事に回避しているのはそんなに覚悟があったのね。カエルなので水系の妖精とじゃないと嫌なのかもしれん。
「口づけならばワシがいつでも受け付けておるというのに。女性限定ではあるが」
「ディアナ様そう言いつつ、酔ったフリしてフーマにキスしてたのにゃ」
「なにあの程度、親愛のキスじゃろ」
そうでもなかった。なにかドレインされてるんじゃないかと思うほどの吸引力で引き剥がすのに苦労したよ。
どことなくリニアの初ちゅーを思い出したのはおっさんだけではなかったようで、「さすが親子」と酔っ払いたちは微笑んでいて助けてくれなかった。
「そういうのは結婚してからにすべき」
アスカは悪魔なのにうちの眷属の中では一番の初心で貞操観念が強い。ハインリヒもこうだし悪魔の方が身持ちが堅いって……。
まあ妖精はそっちの方には奔放ってイメージもあるか。
「そうよリニアちゃん、早く結婚するの!」
「ママ、ま、まだ早いよ!」
リニアはいまだに結婚してくれない。幻夢共和国もだいぶ落ち着いてきてダンジョンに避難していた住人も戻り始めてきたのに。
ダンジョンの居心地がよすぎて住み着いちゃった妖精も多いけどさ。
「激痛の盲腸を完全に攻略してからって言われても、現状ではちょっと急げなさそうなんだが」
「眷属のみんなは強くなったんだけど、ねぇ」
激痛の盲腸第1層、ボス部屋では眷属フェアリー男子と前衛型ゴーレム、それに妖精の少女たちが攻めてきたモンスター相手に特訓中だ。
彼女たちは眷属ではない。
「にひひ、流行ると思ったんだよねー」
眷属フェアリー女子たちがうんうんと肯いている。
以前にもそう言ってたっけ。常世の国は食事がいいから、みんな太ってきたって。
そう。あそこに集まっている妖精たちはダイエットに勤しんでいるのだ。
多くはフェアリーたち。移動は飛んですませることが多いんで運動不足になってしまったとのこと。
「はいはい、時々はそこらに落ちている小石で攻撃するのを忘れないようにー」
声をかけて指示しているのはリアンファイブ。むこうでの常勤を熱望した子で妖精たちと一緒にトレーニングを続けており、他のリアンよりも引き締まっている。
って、パートナーのアントゴーレム、いつのまにかジムにあるようなトレーニングマシンに変形するようになっている? あの円盤はタイヤじゃなくてダンベルだったのか。
「なんて数なんだか。これじゃ邪神のダンジョンの攻略を進めようとしたら暴動が起きかねないね」
「ダンジョンで運動の後、幻夢共和国にも新設された大浴場によるってのが人気のコースだぁ」
妖精たちの着ている短パンやシャツはあまりにもトレーニング用特化でシンプルすぎてハルコちゃんは不満らしく彼女には珍しく愚痴っていた。
ハルコちゃんもあそこで鍛えてレベルが上がったからもっとスゴイ服を造りたいらしい。
戦闘中に使用したスキルは戦闘に直接関係なくても上がりやすい。
だからハルコちゃんは戦闘しながら裁縫してた。それでちゃんと上がっちゃうんだからこの世界のシステムはいい加減だよなぁ。別に針で攻撃なんかしてないのにさ。
「あっちがあのままでいいなら、テリーはそろそろみんなを助けに行きたいのだ」
もう一つの邪神のダンジョン、うちと繋がっている“暴食の十二指腸”も最近動きがない。アスカいわく「カツカツで手を出している余裕がない」とのこと。
テリーはそこの出身なので残っている同族を救いに行きたがっている。
「テリーも強くなってきたからそれも」
「待ってください、幻夢共和国上空に巨大な反応です!」
おっさんの台詞が、ダンジョン周囲の監視を続けていたリアンセブンによって遮られた。
巨大な反応?
いったいなにが現れたのだろう。以前ネズミたちが運んでいた巨大なイモ虫の成虫かなにかか?
「ウィンドウに表示するです」
静まり返ったコアルーム、大きく表示され直したウィンドウに映ったのは空を埋める大きな物体。
「オーロラ? でも今昼間でこんなにはっきりと見えるから違うか?」
「大きなレースのカーテンみたいだの」
うん。そんな感じ。咄嗟にノーム訛りが出てしまったハルコちゃんに同意だ。白とピンクのグラデーションの巨大な薄い物体がゆらゆらと揺れている。かなり大きいみたいだけど、対比物がないんでどれぐらいなのかはよくわからない。
「なにか見覚えがあるような」
「レヴィアちゃん、知っているの?」
「もう少しで出てきそうなのだけど。全体像は映せないかしら?」
レヴィアの質問で映像がどんどんと引いていく。まるで前世のクイズ番組みたいだ。
ヒラヒラが広がっている中心になにか丸っこい物体。目と口があるってことはこれは生物?
「金魚、だよな? 大きさは?」
フリルのようにヒラヒラしている大きなのはどうやら胸ビレだ。そして垂直方向に大きなハート形の尾ビレを持つ巨大な金魚。
それが幻夢共和国上空に浮いているのか。
「ヒレ部が大きく動いているので正確にはわかりませんが、最低でも10キロメートルは超えています」
「10キロ?」
でかすぎるだろ、それ。リヴァイアサンはもっと大きそうだけど、でもだからといって10キロ超えの金魚って。
「バハムート……」
「え、レヴィア、あれがバハムートなの?」
「ええ。いったいなんの用かしら?」
バハムートっていったら有名なモンスターじゃないか。前世ではゲームでもよく登場していた。
レヴィアの仕事の後輩でドラゴンタイプじゃなくて巨大魚とは聞いていたけど、まさか金魚だったとは。
「あれがバハムートかい。まさかこの目で見れるとは小生も感激だね」
「仲は悪くないんだったよな? ポテトチップでも用意しようか?」
「どのぐらい食べるんだろーねー」
敵ではなくレヴィアのお客さんならおもてなししないと。
といってもあんな巨大なお客さんにどう対処すればいいんだか。
「ヘタに餌をあげてフンをされてもマズイです。落ちた場所が大災害です」
「それもそうか。ダンジョン内の海エリアもマズイか? せめて海上に移動してくれればいいけど」
「そうね。伝えましょう」
レヴィアは彼女のために用意してある水場へと向かった。瞬間移動や水精たちへの指示に使う仕事場だ。
姿はまだ小さく幼いままだが最近は力も大分戻ってきたとのことで、できることも増えている。
すぐにウィンドウの映像に変化が現れた。バハムートの前方に積乱雲が出現。それがどんどんと形を細く長く変えていく。
「これがリヴァイアサンの写し……モルガン様が喜んでいそうだね」
ミーアの解説にタイミングを合わせたかのように、雲は一瞬で巨大なリヴァイアサンの姿となった。
久しぶりに見たこの姿。最後に見たのは彼女が死んだ時だから複雑ではある。
「バハムートと同一視されるベヒモスはレヴィアタンと対になってるとも、雄と雌の関係であるとも言われてますね」
「ミコちゃん、それは知ってるけどレヴィアはおっさんの嫁さんなのでバハムートの出番はないのだよ」
不安になるようなこと言わないでくれってば。




