154話 カエルの王様
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古生物。
前世では遙か古代に生きていたとされる生物だ。すでに絶滅し、現存しないということにロマンを感じるのは当然のことだろう。
代表格はやはり恐竜。生まれ変わったこの世界では似たような生物もいるとのことでいつか会えるかもと楽しみにもしていた。
なぜこんなことを考えているかといえば、目の前に現れたからだ。
残念ながら恐竜ではないが。
ベールゼブフォ。
それが眼前の巨大ガエルの鑑定結果である。
前世の古代種だ。まさかこっちでは生き残っているなんて!
うちのお隣さんな邪神のダンジョンにいるかもしれないベルゼブブが名前に入っているだけでなく、デビルフロッグ、デビルトード、地獄ガエルとも呼ばれたかな。中二大好きなカエルだって覚えていたよ。
大きさは40センチぐらいだけど脚を伸ばしたら倍ぐらいになりそうだ。そして口がでかい。たしか鋭い歯も生えていたはず。おっさんたちの大きさならバリバリと喰われそうである。
現れたこいつらの数は多いがほとんどがモンスター化はしていない。邪神のダンジョンにもそんなのいんのね。
それとも、うちの狭い通路を通るために急遽用意したのでモンスター化が間に合ってないというのもありえるか。
「なにか覚えのある気配を発しているのがいるんだが」
頬をかきながら呆れた声を出すアスカ。
彼女の視線の先には数少ないモンスター化した個体がいる。
大きさは60センチ超え、基本的な体色は黒。背中にドクロ柄と、腹巻きのように火炎模様を纏った中二病というか地方の不良が喜びそうなやつだったり。
種族名は【ベールゼブフォ・キング】である。殿様悪魔ガエル、いや、ここは中二病を再発させて魔王ガエルとでも呼ぼうか。
しかし困るな。眷属化するならばこいつなのだろうが、愛車代わりにしたらとても忍者には見えない。おっさんはヤンキーではないのに。
その魔王ガエルもアスカに気づいたのか、頬を膨らませてゲロゲロとわざとらしく鳴いている。一生懸命普通のカエルのふりをしているようだが、もともと頬が膨らまない種族なのに無理矢理膨らませているのが一目でわかるのはどうしたものか。
アスカがじっと魔王ガエルを見つめると、目線をそらしそれを誤魔化すためにかハエもいないのに舌を空中に伸ばした。
長いな、それに速い。あれならフェアリーも簡単に捕らえられそうだ。レヴィアがやってきた頃に侵入してきたケロタウロスより確実に強敵だろう。
「おい」
「ゲロゲロゲロゲロ」
呼びかけにもカエルアピールを続ける魔王ガエル。うちの領域に攻めてきておいてそれはあからさまに怪しすぎる。
アスカの大きなため息にびくうっと反応してるし。
「やはりか」
再び特大のため息のアスカ。ジトっとした半眼でカエルを睨むとやつはだらだらと汗をを流し始めた。
これがガマの油か。ってあれは販売のための口上で実際の材料は違ったんだよな、たしか。
「フーマ、こいつはさっさと処分しよう。カエルは食えるがこいつは止めておいた方がいい。腹を壊すどころではすまない」
「そ、それはあんまりではないかね、お嬢さん」
アスカの物言いにたまりかねて魔王ガエルがついに喋った。って喋れるのかこいつは。しかもダンジョン語だし。
「アスカ、知合いなのか?」
「うむ。こいつの本体と、だが。こいつは我が前上司の分体だ。カエルゆえにハエを喰らうので本体に嫌われていてな、別のダンジョンに売り払われた」
「売られた、自分の分体をか。そういうのもあるんだ」
邪神のダンジョンでもダンジョン間の取引はあるのね。通貨はやはりDPなんだろうか。それとも瘴気?
魔王ガエルがリーダーなのかモンスターでないカエルたちも鳴きもせずにじっと待っていて会話の邪魔をしていない。
「アスカの前の上司ってやはりベルゼブブか? いくら名前がベールゼブフォだからって本当にベルゼブブの分体とはね」
「キミ、名前というのは重要なのだよ。この世界ではね」
「そうだ。だから主人に名前をつけられた者は強くなる」
ネームドにするのってそんな意味があったとは。となると、つけた名前によって強さが変わったりするのだろうか?
あとさ、のんびりしてる場合でもないような。
「世間話もいいが、そろそろやろうか?」
「えっ?」
カエルの驚き顔というのを初めて見た気がする。大きく開いた口にはびっしりと鋭い歯が並んでいて怖い。
なんでそんなに驚くはわからないけどさ。
「こ、この愛らしくも粋で見目麗しいジェントルマンと戦おうというのかね?」
「愛らしくはないな。ドクロ柄はもっとカッコイイのいるし」
うん。うちのトーゲンの方がいいよね。
もう少し鍛えて早く人類種の街へ行かせていろんな種を収集させたい。こんなカエルじゃ人間の街なんていけないだろ。
「ほう。それは気になるがいいのかね、某はただのカエルではないのだよ」
「そんなこと言ったって、うちのダンジョンに攻めてきた敵なんだろ、戦うしかない」
「それは違うぞ。一族の繁栄のために栄養豊富な虫を求めているだけだ。この島には大型の虫が多く生息しているというではないか」
カエルたちの餌のためにダンジョンを出たとでも言っているつもりだろうか。
たしかに邪神のダンジョンだとこんなお化けカエルでもゴブリン以下の存在として餌にされる方っぽい。
だが。
「その情報は古い。島にいた大型の虫たちはほとんどが食い尽くされたぞ」
「な、なんだと!」
「お前の本体が放ったネズミたちによって」
「本体! そこまで某が嫌いか!」
いやいや、魔王ガエルの嫌がらせのためにネズミを使ったのではなくて、自分のダンジョンの封印を解くためにネズミたちに力をつけさせるべくその栄養として虫他を食いまくった、なんだけどね。
「妖精たちに手を出せば絶滅させる」
アスカの手のフツヌシが宣言する。
ひさびさの出番で張り切っているな。それに妖精たちが自分を祀る祠を作ってくれたので、フツヌシも妖精を大事にしているんだよね。
「そ、某に手を出せばリヴァイアサンがただではおかぬぞ」
「へ? リヴァイアサンが? 知り合いなのか?」
水棲生物だからレヴィアの知り合いでもおかしくはないが、それならば見逃すことも考えていい。確認する必要はあるが。
「いずれあやつの夫となる身だ」
「は?」
「ふはははは、ビビりおったな。それもそうであろう、リヴァイアサンは恐怖の化身。それを妻としようなど恐ろしすぎて声も出まい」
「いや、あのな」
え、レヴィアとそこまで仲が良かったの?
そんなこと聞いたことないんだけど。そんな相手がいればあそこまで必死に婿取りになってなかったはずだけど。
なにより、もしそんな仲だったとしてもおっさんは今更嫁を渡すつもりなどこれっぽっちもないワケで。
「リヴァイアサンは行き後れを随分と気にしていると聞く。ならば某が夫となってやろうではないか! 正直某も恐ろしくてたまらない。だがこれも一族を護るためなのだ」
ガタガタと震えて汗の量も増える魔王ガエル。目もなんかイっちゃってる気がする。
なんか自分に言い聞かせているみたいだ。そこまで怖いのかね。
それを見てアスカがまた特大ため息。
「いちいち情報が古いな、お前は」
「ずいぶんと酷い言いようじゃないか、人の嫁さんにさ」
「はい?」
「このフーマこそリヴァイアサンの夫だ」
目に正気の色が一瞬戻ってこっちを見るが、即座に首を捻った。
まあ、こんな小さいおっさんがリヴァイアサンと結婚したなんて信じられないのも当然ではある。レヴィアは小人の姿を知られていなかったのだから。
「本当だ、フーマこそリヴァイアサンの夫にして妖精の神」
フツヌシの言葉を信じたのか、やつは土下座を始めた。
カエルなので頭を下げれば土下座になってしまうだけだが、地面にめり込むぐらいに大きな顔を押し付けている。
命ごいか。そんなことをされても困る。
「命が惜しいならば帰るんだな」
アンコがいれば「カエルだけにでアリますな」って言ってくれるのにいないのが残念である。
アリだったアンコならカエルは敵だろうからもう戦い始めてるかもしれないけどさ。
「そ、そんなことを言わず、通してはくれまいか? 島が駄目と言うのなら海を渡って別の土地を目指す」
「信じられるものか。お前の食い意地の悪さはよく知っている。妖精を食いたくて嘘をついているのだろう」
「魔王の分体の誇りにおいてそんな嘘はつかん。それに小骨が多いのは苦手なのだ。某はどうなってもよいが一族のカエルたちだけでも通してほしい。なにとぞ、なにとぞ」
カエルたち一同まで土下座を始めてしまった。
むう、これではおっさんたちが悪いみたいじゃないか。
「必死だな」
油断せずにカエルたち全体を見回したが戦おうとしたり、なにか小細工をしている様子もない。
マジで戦う気はないのだろうか。
「フーマさま、かわいそう」
「なんとかなりませんか?」
「カエルちゃん、カワイー」
いかにも魔族らしい情に訴える攻撃に慣れてないフェアリー女子たちが絆されはじめてしまった。
この娘たち、簡単に騙されそうでおっさん不安になってしまう。
「やさしいのはいいが、敵に対しては非情になることも必要だ」
やれやれと首を振るのはアスカ。そう言いながらもフツヌシを鞘におさめているのもやさしい彼女らしい。
「なんとかって言われてもなあ。ここを通して海に出たとこでこの島の周りの海は強力なモンスターばかりだ。生きてはいけまい。だからって島で暮らさせるのも危険だろう、餌の虫もいないし」
眷属にするにしてもモンスターではないカエルでは戦力的に不満だ。それこそ虫相手にでもなければ役には立たないだろう。
……ん?
「大きな虫が食いたいと言ったな。バッタもか? でかくて凶暴なやつだ」
「望むところなのである」
頭を下げたまま魔王ガエルが即答した。
やる気はある、か。こいつらならば戦えそうだ。
「ふむ。ならばこの島ではないが、紹介できるところがあるぞ。数が多くて困っているんだ」
「まことであるか! なにとぞお願いする!」
「裏切られたら困るから、お前には眷属になってもらうがいいか?」
「それで一族が助かるならば喜んで!」
ならいいか。
この魔王ガエルがどれほどの戦力になるかは置いておいて、むこうでは役に立つはずだ。
◇ ◇
カエルどもを仲間にして数日。
やつらは役に立っているらしい。
「さすがアニキっす、黒バッタにはまいっていたっすよ、一匹一匹はそれほど強くもないっすけど、数が多すぎて面倒すぎるっす」
旧ハイパの魔王城ことシェアダンジョンの付近に植えられた黒ジソ。おっさんが渡したもので生命力も強く成長も速い。
未熟者のダンジョンにやってくるお客さんに販売する炭酸水の風味付けに使用している。なかなかに美味いのだが、問題が一つ。
妖精島でもそうだったらしいけど、黒ジソを狙って、どこからともなく大きな黒バッタが襲来するのである。
この黒バッタ、ヨウセイの穴の連中よりは弱いのだが、数が多くて困っていたのだ。
「黒バッタに時間を取られなくなって本当に助かっているっすよ」
「一族の皆も喜んでおる。フーマには感謝してもしきれん」
「その分働いてもらうからな」
ベルゼブブの分身なのは気がかりだが眷属化も成功したしなにより、こいつあまり強くはない。
レヴィア見て気絶したんだよなぁ。




