150話 赤い頬
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ダンジョンの侵食。
邪神のダンジョンとの戦いではむこうのダンジョンの領域を奪い、上書きしていくことになる。
当然それはあちらも同じ。邪神のダンジョン側に自分のダンジョンの領域を奪われてしまうこともある。奪い合いだ。
もちろん、簡単にはいかない。
自分のダンジョンとして上書きするためにはDPが必要になるだけではなく、敵性存在がその領域にいては駄目なのだ。
ルームガーダー、エリアボス、階層ボスなどと呼ばれる強力なモンスターが広範囲を担当し、守っている。やつらを倒さなければ領域の上書きはできない。
だからおっさんはまだ、世界の中心には手を出さなかったんだよね。戦力が不足していると思って。
「今回はとりあえず、アスカ、たま、アンコをうちのルームガーダーとして配置させてもらうから、もしダンジョンから敵モンスターが出てきたら防衛を頼む」
「わかった」
「まかせるにゃ」
「了解でアリます。腕がなりますな」
まあ、敵がダンジョンから出てくることはないと思うがアンコが張り切っているようなのでそれは黙っておこう。
もしかしたらすごい強いモンスターがいるかもしれないしさ。
◇
幻夢共和国をうちの出城にしている間も、“激痛の盲腸”からの動きはなかった。DPがしっかり入っているところを見るとまだ活動はしているのは確かなのだけど。
「これより邪神のダンジョン、激痛の盲腸の攻略を開始する!」
壁ゴーレムたちが小さくした激痛の盲腸入り口で眷属たちに声をかける。
ゴーレムたちはもうダンジョンの通路にしか見えなかった。さらに、普段はうちのダンジョンの拡張やメンテナンスを行っているゴーレムたちが壁ゴーレム通路を補強、外側にも石や土を盛ったりしてるのだ。
突入メンバーは戦闘力とダンジョンに詳しそうなミーアとリニアの二人はもちろんとしてカルコ、チェト、ルカンのフェアリー男子三人、それにディアナと眷属ディーナシー二名、狭くした通路をギリギリ通れるアシュラだ。
アシュラはうちのダンジョンの階層ボスをしているのだが、そこまでたどり着く敵がおらず、そろそろもっと育てたいので連れ出した。
代理階層ボスはテリーとリオのコンビに任せている。たぶん大丈夫なはずだ。
あ、眷属たちには止められているがおっさんも突入するよ。激痛の盲腸がどんな感じか確かめたいしね。
「大将は本陣でどんと構えているものだぞ」
「そう言うディアナ様も戦ではよく出陣していたと聞いているんだね」
ディアナの説得もミーアのデータによっておま言う状態になってしまった。
妖精島でも戦争があったのかちょっと気になるな。今聞くとミーアの話が長くなりそうなので聞かないけどさ。ディアナも反論しても長い解説が返ってくるのがわかっているのでおとなしいし。
……いや、あれは前を歩く小人形態ミーアのホットパンツに包まれたお尻に注目しているな。だがミーアの後ろ姿だと綺麗な脚の方が気になると思うのだが。あくまで尻派ということか。
機嫌よさげにゆらゆら動く猫尻尾にちょっと心惹かれるのは確かだけどさ。ああ、ぎゅっと握りたい。
壁ゴーレムが作った狭い通路を抜けるとすぐに降り階段が見えてきた。小人サイズではない。むう、ちょっと面倒そうだな。
だが、ミーアはすいすいと大きな階段を降りていく。雷獣形態に戻らなくても余裕なのね。そういや、進化したミーアは小人状態でも飛べるんだった。
フェアリーも飛べるしパートナーゴーレムもこの程度の段差は越えられる。ディアナはアシュラにいつの間にか跨がっていた。リニアも人間サイズに巨大化し、肩にディーナシーたちを載せて階段を降りていく。
おっさんも飛べるので問題はない。
激痛の盲腸は通路に照明がないようだ。モンスターたちは夜目が利くのだろうか。
ミーアの出したスパークボールの電光がダンジョン通路を照らす。洞窟みたいに見える壁だな。
「まだマブの奥義が効いているみたいだね」
「ここまで届いたのか? それとも外で聞いてしまって戻ってきて寝たのか?」
通路の先にゴブリンが三匹倒れている、眠っているようだ。
ここはフェアリー男子たちに経験値を稼がせるべきか?
っと、〈鑑定〉したら睡眠中の状態異常になっていないのがいるな。
「気をつけろ、狸寝入りしたのが混じっている!」
「ほう、気づいたか。さすが婿殿」
「知ってるなら言ってくれ」
「わかったわかった。あいつだ」
アシュラに跨がったまま弓を構え、大きく引き絞って放つディアナ。ちなみに鏃はコレドが加工した鉄製だ。
ほとんど見えないほどの速さでその矢が、倒れて寝たふりをしているゴブリンの尖った耳の奥に吸い込まれるように突き刺さり「グギャッ」という叫びを上げビクンと痙攣してゴブリンは動かなくなった。
あれ、もしかして一撃? ゴブリンからすれば爪楊枝ぐらいの矢なんだけど……。
鑑定結果も死体になってるし。
「ふむ。久しぶりで鈍ったかの。声を上げさせてしもうたわ」
「さすがは狩猟の女神か」
「元、な。今は気楽なダンジョンマスターの眷属じゃ」
かっかっか、とそれでも寝ているゴブリンを起こさないよう声を潜めて笑うディアナ。うん、味方でよかった。
「ディアナ、今度は起きる程度にやってもらえるか? フェアリーたちを鍛えたい」
「おお。そうであったな」
「え? 僕たち?」
「ああ、カルコ、チェト、ルカン、あのレベルのゴブリン程度ならお前たちでも勝てるはずだ。だが、油断はするなよ。アシュラもサポートしてやってくれ。他の者は本当に危険になるまで手を出さないように」
仲間の断末魔でも起きなかったゴブリン二匹のレベルは低いので、フェアリー男子の経験を積ませることにする。
反復横跳びや腹筋は今回は無しだ。それは普通に戦えるようになってからの方がいいだろう。
「りょ、了解です」
「やれます。い、いつでもどうぞ!」
「ま、待って、ゴーレムを準備しないと……」
うわ、予想以上にガチガチになっているな。まだ連れてくるのは早かったか?
いきなり戦闘させられるとは思ってなかったのか、それとも自分たちよりも巨大なゴブリンを前に怖くなったのか、固くなったフェアリーたちをリニアが激励する。
「しっかりしろ! 落ちつくんだ」
「で、でも」
「フーマも言っているだろう、お前たちなら勝てる! 訓練どおりにやって駄目だったらそれはあたしの責任だ。だから気にせずに戦え」
リニア、それは逆にプレッシャーになるんじゃ?
そう思ったけど、教官である彼女の声にフェアリーたちの緊張は少しは解れたようで。
「そ、そうだ、こんな時は深呼吸だった!」
「う、うん!」
「え、ええと、まずは吐くんだっけ? 吸うんだっけ?」
……一名、不安なのが残っているな。ルカン、どっちでもいいから深呼吸して落ち着け。
顔では教官面してるけどハラハラしてるがわかるのか、肩に乗っているディーナシーがニヤニヤとリニアを見ている。ディアナも同じだ。
リニアは常若の国が邪神のダンジョンを封印する前は最年少のディーナシーで、あっち側のポジションだったから、その彼女が若手を育てているのが微笑ましいのだろう。
「次は……こう!」
チェトが自分の両頬をバシンと強く叩いて気合いを入れる。
へえ、やつはフェアリー男子の中では冷静なやつと見てたんだけど、熱いとこもあったのか。
その赤くなった頬を見て残る二人も気づく。
「教官がよくやってるやつだ!」
「僕もやる!」
そうか、リニアが見せていたのか。見上げると表情は変えてないが、バシンバシンと続く教え子たちと同じようにリニアの頬も赤く染まっていた。
「あ、あいつら」
「そう照れるな、いい子たちではないか。ふむ。これなら子育ても問題なさそうだのう。婿殿、早く孫を抱かせてくれ」
どうあってもそっちに持って行くのね。




