147話 干し
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幻夢共和国の住民の多くをうちのダンジョンで保護することになった。
思った以上に多くの妖精がいたようだが、それよりも先にマブをあやす作業が立ち塞がる。
「リニア、これが本当に妖精大統領なのか?」
「う、うん。ママ、落ち着いて、ね」
「うぇぇぇぇぇぇん」
両手を軽く握って目元に当ててマブは泣き続け、こっちの話を全く聞いてくれていない。
ドリームランドのトップであるからどんなやり手の妖精かと身構えていたのだが、これは予想外すぎる。
ええと、小さな子に泣かれた時はどうすんだっけ。前世では姪っ子が泣いた時はアイス買ってやればすんだのだが。
「マブ、歌い続けて疲れただろ? ほら、甘い物でも食べないか?」
アイテムボックスからレーズンを取り出してマブの前に出す。一粒だけだけど、おっさんたちからすればそれで十分なサイズである。
「甘いもの?」
目元から顎のあたりまで両手を下ろしたマブ。涙で真っ赤になったその瞳はレーズンにロックオンしていた。
レーズンを持った手を左右に動かすと、首がしっかりと追随するし。
「レヴィア殿の干しブドウは絶品でアリますよ」
「そ、そんなもので……」
アンコがレヴィアの名を出したのがマズかったのか、レーズンに伸ばしかけたマブの手が止まった。引っ込めないとこを見ると、葛藤もありそうなのだが。
「干しイモもあるぞ」
サツマイモを蒸かして切って乾燥させただけのものだが、これがなかなかに美味い。
アスカの眷属入りとタマの進化によって人間サイズの人手が入り、蒸したイモの切断が楽になったのと、やはり進化したニャンシーの風魔法によって乾燥もしやすくなったので、干しイモ作製が捗っているのだ。
「干し……イモ?」
20センチぐらいの大きなサイズの干しイモを高く掲げたら、視界からマブが消え、干しイモの重さも手から消えた。
上を見れば、マブが両手で干しイモを持って飛んだまま、大きく口を開けてかぶりついている。
「もぐ……これは二度芋じゃないわ。でも……おいしー!」
二度芋は妖精たちが育てているジャガイモだ。あれもなかなかに美味い。
大きな翅があるとはいえフェアリーサイズのマブなのに、見る見る間に干しイモが小さくなっていき、「おいしー」の連発とともになくなってしまった。
「おいしかったけど、あの甘さであの大きさ、モンスターになっているわよね? この妖精島にもついに凶暴なモンスター植物が……」
そう呟きつつ、たらりと涎をたらした残念な美人。
この世界に満ちる瘴気が凶暴で醜悪なモンスター化させるのは、動物や虫、妖精だけではない。植物ももちろん変化してしまう。そして、小さく寿命が短いものほどその影響を受けるのが早いのだ。
以前は豊穣神デメテルの加護によってその変化も抑えられていたが、現在はそのデメテルがダンジョンマスターとの戦いで死んでしまい、人間たちの農業は危機的状況らしい。
もっとも、他のモンスターと同じく、モンスタープラントも強いやつは味がいいので、農家(?)たちは狩人も兼ねていることも多い。
弱いやつは味がイマイチだが、それほど倒すのにも苦労しない。
妖精島は瘴気を撒き散らす邪神のダンジョンがなかったのと、瘴気を吸い取り葉に溜めるトレントとその葉を食べて成長する【浄化蝶】の存在があったので瘴気が薄く、モンスタープラントもほとんど現れなかったそうだ。
「じー」
人差し指をくわえながらじっとこっちを見続けるマブ。その視線に耐えかねておっさんの手に残っていたレーズンを渡す。
「わぁい。ありがとー!」
受け取ってすぐにレーズンにかぶりついてニンマリ。どうやらお気に召したようだった。
「これもおいしー! リニアちゃんたち、いつもこんなおいしーの食べてるの?」
「あ、ああ。ダンジョンで作ったイモとブドウだよ。ダンジョンの力でモンスターにもなっていないんだ。ドリームランドからきた妖精たちも手伝ってるよ」
「ふーん。報告のとおり、ヒドイ目には遭ってないのね」
「当たり前だよ! フーマはそんなことしない!」
報告? スパイがいたのか。
まあ、ダンジョンで受け入れた後に家族や仲間を連れてくるって出て行った妖精もいたからそいつらのことかも。
「うちのダンジョンは邪神のダンジョンとは違う。瘴気を撒き散らすのではなく、集めるのが仕事。だからドリームランドにできたダンジョンは敵だ」
もしかしたらおっさんとは別のダンジョンマスターのダンジョンかと心配になったけど、そうではなく邪神のダンジョンだった。瘴気が出ているのがわかるから間違いない。
「そうなの?」
「やはり知られてなかったか。瘴気以外じゃ区別しにくいかもなあ。まあいい。マブに聞きたいことがある」
「なにかしら? さっきのおイモとブドウだったらどっちが好きか迷っているから、もう少し食べ比べしないと答えられないわ」
「そうじゃなくてだな」
まだ食うのか。
おっさんだったら次にほしいのはお茶になると思うのだが。
「マブは邪神のダンジョン……このドリームランドに現れたダンジョンの手先ではないよな?」
「……もしそうだとして、それを素直に言うとでも」
「おっさんの眷属になれば、な。確認のために眷属になってくれないか?」
かなり強引なお誘い。だけどここの邪神のダンジョンを攻略するとなると強い眷属がほしい。なにより、DPがほしい!
「眷属?」
「ダンジョンマスターに仕える部下ってとこだよ。あたしだけじゃなくてディアナ様もフーマの眷属になってるんだ」
「あの子まで!?」
「モルガンもなりたがってるけど、ちょっと面倒そうなんで断っている」
モルガンはおっさんではなくレヴィアが目当てなのはあからさますぎる。リヴァイアサンが眷属になったらその時にでも考えればいいだろう。
マブの場合は彼女が眷属になってくれれば、ドリームランドの住民も従いやすくなるという目論見込みである。
「モルガンちゃんがもう少し使えれば、私はこんなに苦労しなかったのにぃ」
「苦労? 妖精教国と戦争しようとしていたことか?」
「違うもん! それはインプがしようとしてたことだもん! 私がダンジョンに潜っている間にインプが大臣に化けてやってたことだもん!」
「ダンジョンに潜ってた?」
マブがダンジョンに潜って、留守にしている間に邪神のダンジョンのインプがドリームランドの大臣になりすましていたってことか。
でもなんで?
マブは一人でダンジョンを攻略しようとしていたのだろうか?
「そうよ! リニアちゃんの顔を元に戻すためよ。モルガンちゃんは無理だって言うからそれしか方法がなかったの。ダンジョンなら治せる薬があるはずって」
「あたしのために……」
「でも薬は見つからなくて、インプたちがドリームランドに侵入しているのにも気づかなくて……大統領失格ね」
話によると、マブはあの当時のリニアの顔を見て逃げ出したことを相当気にしており、どうしてもそれを治して、リニアと仲直りしたかったらしい。そのために大統領としての仕事もおろそかになっていた。
「リニアちゃんも眷属ならママもなる! だから代わりに、と言うわけでもないけどドリームランドのみんなのことをお願いします」
ぺこりと頭を下げるマブ。
言われなくてもDPのために保護するつもりだったけど、頼まれちゃうと責任感が重くのしかかってくるなあ。
「わかった。ドリームランドの住人は取りあえずうちのダンジョンで保護するから手伝ってくれ。その後ここにダンジョンの出張所を創って邪神のダンジョンを攻略する」
マブが邪神のダンジョンに潜っていたのなら瘴気も溜まっているだろうから、眷属にすることでかなりのDPが見込める。そのDPでコア中継器を購入しよう。ちょおっとお高いけどさ。
邪神のダンジョンの完全攻略、開始だ!




