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145話 無限の羊(リニア視点)

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今回はリニア視点です

 なんて単純なんだろう。

 フーマが来てくれた、それだけであたしの気持ちはだいぶ軽くなった。


 マブに会う。

 今回の一番の目的だがそのことにあたしは緊張していたんだ。

 幻夢共和国(ドリームランド)が見えてきても近づくのに躊躇していたのも実はそっちの方で思い悩んでいたのが大きい。


 ドリームランドの妖精大統領フェアリープレジデントマブ。

 ディアナ様の子――実は違ったのだが――として育てられたあたしは小さい頃からマブの知り合いであり可愛がってもらってた。

 常若の国(ティル・ナ・ノーグ)が封印された時も、そのそばで暮らすあたしにマブは密かに何度も会いに来てくれたよ。ドリームランドで暮らそうって誘ってくれていたんだ。


 悩んでいる途中でゴーレムたちにゴータローが運ばれてきた。マブの夢の女王の子守歌(クィーンズララバイ)にかかってしまったようだね。

 フーマがゴータローの様子を確認する。


「他のゴーレムと違って寝ちゃったのは心があるから、かな?」


「ゴゴゴ、ってイビキなのか寝言なのかわからないね。アンコも寝ちゃったとこを見るとマブが攻勢を強めたみたいだよ。もっと離れた方がいいかも」


 緩んだ顔で涎をたらしながら眠りこけているアンコ。カワイイけどあたしだってフーマにこんな顔は見られたくないのでそっと涎を拭いてあげた。

 あたしにも歌声が聞こえている。知っているから聞き流すようにして抵抗(レジスト)できているけどそれでもちょっと眠くなってきた。


「蟻酸ではないのか。あ、いや、そうだな、俺にも歌が聞こえてきた。ちょっと眠い程度だけどこのままだとやりにくいか」


 フーマは右手の人差し指と中指を揃えて立てて顔の前にもってきる。

 うわ、カッコいい! 真剣な顔にドキッとしてしまう。

 そのままなにかブツブツと小声で唱えて、やがてフーマの周りに何頭もの羊が現れた。

 綺麗なピンク色のモフモフのカワイイ羊たちだった。大きさはフーマより少し小さいぐらい。影もなく空中に浮いているので実体ではないのかもしれない。


 ピンク羊がやはり空中に浮いている柵に向かって一頭ずつ走り出す。ピョコンと軽やかに飛び越えたピンク羊はさらに少し走って消えていった。

 一定の間隔を置いて続いてジャンプしていくピンク羊たち。一頭一頭が違う仕草で飛んでいくので見ていて飽きないよ。中には柵を越えた時にドヤ顔でこっちを見たり、二足歩行で走り出して転んでしまう子もいたりして微笑ましい。

 ピンク羊は補充されているのか、数が減る様子がない。夢中になっていたらいつの間にか眠気も消し飛んでいた。


「これぞ無限の羊(エンドレスシープ)!」


「フーマ忍法?」


「いや、幻術なんだけどね。深夜の作業を頼んでいる小人さん(レプラコーン)が眠気対策に編み出したんだ」


 フーマのレプラコーンか。見たことはないけど知らぬ間に作業を終えている凄腕の妖精なんだよ。


「前世でさ、眠れない時には羊を数えるって風習があったんだけど、どうやらおっさんの国では逆効果だったみたいでね。ダンジョン語でも妖精語でも羊と眠りの単語は似てないからってレプラコーンが試したみたいだ」


「凄いんだね、マブの奥義に対抗できるなんて!」


「これで作業中は大丈夫だろう。さて、ゴータロー起こさないとゴーレムの報告が詳しくわからないな」


 ゴータローとレッドは喋れるけど、他のゴーレムは喋れない。身振り手振りである程度、言いたいことはわかるんだけどゴータローに通訳してもらった方がわかりやすい。ゴータローのも「ゴゴゴ」ばっかなんだけど、なんとなくわかるんだよね。


「コルノは?」


 ゴータローとレッドじゃなくても、コルノはゴーレムマイスターを名乗っているだけあってゴーレムの言いたいことがわかる。彼女がいればゴーレムたちの報告も問題ないよね。

 でもフーマは首を横に振って言いにくそうに口を開いた。


「コルノはちょっと……昨夜がんばりすぎて」


「あ、そ、そうなんだ」


 が、がんばるってアレだよね?

 そりゃあたしがこっちにきていてフーマの相手を一人でしていたら次の日は大変かもしれない。

 ゴクリ。

 想像してしまって顔が熱くなる。兜を脱がないでよかった。エッチなことを想像してしまって赤くなったとこなんてフーマに見られたくない。


「ゴーレムに効くかな? ほら、ゴータロー起きなさい」


「……ゴ?」


 半信半疑でフーマが試した状態異常の回復薬でゴータローが目覚めた。さすがフーマの妖精薬だね。

 寝ぼけているのかキョロキョロと首を動かしていたゴータローがピンク羊を発見、目を輝かせる。穴の奥が光っただけだけど、どんな目をしてるんだろうね?


「そうだ、あの羊を数えるんだ、ゴータロー」


「ゴ! ゴ!」


 ゴータローが嬉しそうな声を上げ、太い指を折りながら数えていく。その仕草はゴーレムというより、幼い妖精にしか見えない。


「ゴーレムが運ぶモンスターも増えてきたな。無限の羊(エンドレスシープ)でモンスターが起きても困るから、ちょっと転移でダンジョン(うち)に置いてくる」


「うん。気をつけて」


「リニアもダンジョンに帰らないか?」


「いや、あたしはマブに会わないといけないから」


 まだあたしがここにきた目的を果たしていない。マブと話をしなければいけない。

 本当ならもっと早くにマブに会わなければいけなかったんだ。


「そうか。危なくなったらすぐに逃げるんだぞ」


「わかってるって」


「アンコ、リニアを頼むな」


「了解したでアリます!」


 回復薬で目覚め、やはりピンク羊を眺めていたアンコがフーマに振り返り、返答と敬礼をする。フーマはもう一度「頼む」と言い残して寝ているモンスターを巻き込んで〈転移〉していった。


「ゴータロー、ゴーレムをちょっと下がらせてくれ」


「ゴ?」


「アンコもこっちにきてくれ。踏み潰すとマズイ」


「おっきくなるでアリますか」


 理解したゴータローもゴーレムたちを少し離してくれた。

 これぐらいでいいね。

 あたしは深呼吸してからむん、と身体に力を入れる。途端にムクムクと大きくなっていく。フーマが言うには15メートル前後の身長になるあたし。


「これなら城からでもマブも気づいてくれるだろ」


 あたしに合わせてか、ピンク羊たちが巨人となったあたしの目線の高さにまで浮いてきてしまった。ゴータローとアンコが眠って逃げることができずに踏んでしまったら困るので二人をつまみ上げて掌に載せる。


「おお、これはいいでアリますな」


「ゴ! ゴ!!」


「あんまりはしゃいで落ちるなよ」


 二人を落とさないように意識しながらも、街に近づくようにゆっくりと歩き出す。

 ゆっくりと言っても巨人の足だとすぐに街が近づいてくる。

 歌声も大きくなってくるがフーマのエンドレスシープのおかげであたしたちはまだ起きていた。


『止まりなさい』


 歌声と同じ声が聞こえた。


「な、なんでありますか? 今、頭の中で声がしたでアリますよ!」


「マブの念話だ。だいじょうぶだから落ち着いて。マブ、私です。ティル・ナ・ノーグの騎士リニアです」


 あたしの声が聞こえたのか、再び頭の中で声がする。懐かしい声、マブの声だ。


『嘘、リニアちゃんはそんなにおっきくない!』


「進化したんだ」


『嘘よ、リニアちゃんが私に会いに来るわけない! 偽者よ!』


「すみません、今まで顔を見せなかった不義理は謝ります。ワケがあったんです」


 マブは何度もあたしに会いに来てくれた。ドリームランドで一緒に暮らそうって誘ってくれた。

 でもあたしはある時からマブが会いに来てくれても姿を隠して会わなくなって、やがてマブも諦めて来なくなったんだ。


「私はスプリガンに進化してしまって醜くなってしまったのです。そんな姿をあなたに見られたくはなかった」


 そう、スプリガンに進化したあたしはマブに会うのを恐れた。醜くなったあたしを嫌われるのが怖かったんだ。


『知ってるもん! 私見ちゃったんだもん!』


「え?」


 マブがあたしの姿を知っていた?

 もしかしてそれで会いに来てくれなくなっていた。

 もう既にあたしはマブに嫌われていたのだろうか。だからまだ子守歌を止めてくれないのだろうか。


『よく隠れんぼして遊んであげた私だもん、リニアちゃんが隠れている場所なんてすぐに見つけられるもん!』


「そ、そういえばあなたに隠れんぼで勝てたことはなかった……」


『あの時リニアちゃんの顔を見て、怖くなって逃げた私をリニアちゃんは嫌ってるんだもん!』


「逃げ、た?」


 そんなことがあったのだろうか?

 思い出せない。

 あたしが気づかないうちに顔を見て、それで逃げ出した?

 それともあたしがショックのあまり、そのことを記憶から消してしまった?


『だからリニアちゃんがあたしに会いに来てくれるわけがない!』


「そんなことはありません! あの姿は自分でも恐ろしく思うほど醜かった! 怒ってなどおりませぬ! あなたを嫌いになどなるはずもない!」


『だって姿が戻っても会いにきてくれなかったもん!』


 聞こえてきた声は念話なのに涙声だった。

 相変わらず泣き虫なんだね。

 あたしをドリームランドに誘うときもいつも最後は泣き落としにかかってきたっけ。


「そのことは謝ります。すぐにはこれぬ事情もあったのです」


『嘘よ! あなたは偽者で本物のリニアちゃんはきっと私を怒って嫌ってるんだもん!』


「私は本物です!」


 アンコとゴータローの載っていない方の手で兜を脱ぐ。片手だとやりにくいけど強引に外して放りすてる。


「マブ、私の顔をお忘れですか!」


『や、やっぱり怒ってるんだもん!』


「怒ってなどおりません!」


「あー、リニア隊長、怒鳴っては逆効果なのでアリますよ」


 あ。

 久しぶりの再会なのにあたしのことをわかってくれないマブにちょっと熱くなっちゃったみたいだ。

 あたしはスプリガンだけじゃなくてベルセルクでもあるから熱くなりやすいんだよね。冷静にならないといけない。


「ありがとうアンコ」


「なに、隊長のフォローも自分の役目でアリますよ」


 深呼吸を何度かして心を落ち着ける。

 ヤバかった。もしかしてあのまま熱くなっていたらバーサークしていたかもしれない。そんな駄々っ子な状態なんてマブに見せるわけにはいかない。


「怒っていないから信じてください、マブ」


『本当? 本当に怒ってない?』


「ええ。ですから直接会ってゆっくり話をしましょう」


『じゃ、じゃあ、昔みたいに呼んで。怒ってないならそんな他人行儀な話し方しないでしょ。そうしたら信じるわ!』


 昔?

 昔って……やっぱりあれ!?


「一応、これは騎士としての話し方なのですが」


『やっぱり怒ってるんだ! 私のことなんて親しいと思ってないんだぁ!』


 はぁ。

 思わずため息が出てしまった。

 あれはちょっと……フーマの言うところの黒歴史なんだけどねぇ。


「アンコ、ゴータロー、笑うなよ」


「なんでアリますか? 任務中に笑ったりなどしないのでアリます」


「ゴ!」


 二人の返事によって覚悟を決める。

 再び何度も深呼吸をして。


「お願い、あたしのお話を聞いてママ(・・)!」


 顔が熱い。きっとあたしの顔は真っ赤になっていることだろう。

 ディアナ様を通じて親交のあったマブ。

 まだ幼かったあたしはマブのことを「おかあさん」って呼んでしまうことが何度もあった。

 だってノリと言うか雰囲気と言うか、母さん(カリスト)にかなり似てるんだよマブって。

 それをマブがすっごい気に入っちゃってカリストとの区別のために自分のことは「ママ」って呼ぶように言ってきて、ちっちゃかったあたしは素直にそれに従って。

 ああ、一国のトップにそんな態度だったなんて恥ずかしくて転げそう!


「リニアちゃんだぁ! やっとママに会いにきてくれたのね!」


 今度のは念話ではない。

 あたしの顔の前に蝶のように大きく美しい翅を広げた妖精が飛んでいた。



リニアは実は恥ずかしがり屋


羊数えは英語圏だとsheepがsleepが似てるとか、sheepの発音がいいとかあるようです

本当かはわかりませんが日本語でやると逆効果なんだとか

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