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130話 リヴァイアサン死す

 リョウメンスクナ。

 一つの胴体に二つの顔、二対の手足を持つ鬼神。

 ぶっちゃけた話、俺はその姿ぐらいしか前世のリョウメンスクナを知らない。

 リョウメンスクナっぽくなったのもスクナがもし瘴気進化したらどうなるかと考えた時にスクナ繋がりで思いついたからなだけだ。

 〈変身〉スキルのイメージにそれが反映したのだろう。


 だが、大きく強くなったのは確信できる。

 小人の時よりも身体中に力が漲るのを感じている。


「ほう、それが貴様の真の姿か」


「お前を倒す姿だ」

「お前を殺す姿だ」


 む?

 後ろの顔から出た言葉が微妙に違うようだがまあいい。些細なことだ。

 アシュタロトに勝てればそれでいい。


「我を倒すなど片腹痛い。愛らしくなくなった貴様に容赦はせん!」


「瘴気をばらまくお前らにとってはこの雄々しく逞しい姿の方が愛しいだろうが!」


 まただ。

 勝手に後ろ面の口が言い返した。

 無駄口を叩いてないで攻撃することに集中したいのだが。


 アイテムボックスから四本の剣を出して装備する。

 ゴブリン・キングが装備していたロングソード二本に、レギオンアントクィーン複製素材から作ったダガー二本。

 どちらも手持ちでは最高ランクの剣。これらを使うために大きく〈変身〉したようなものだ。


「そいつ相手に接近戦は無謀だ!」


 雷獣姿でまだ残っていたミーアの叫び。

 そんなことはわかっている。だが俺の魔法ではダメージを余り与えられていない。

 ならば危険だが接近戦しかあるまい。


「行くぞ」

「行くぜ」


 海面を駆けるように飛びながらアシュタロトに接近。

 近くで見るとますます美しい女性に向かって躊躇なく長剣を振り下ろし、短剣を突く四本の腕。


『〈四刀流〉スキルを習得しました』


 目の前には多数の羽根が舞っているがアシュタロトの姿はなく、少し離れた上空にいた。


「逃げたか」


「無礼な。我と切り結ぶほどの腕ではないと見抜いただけよ」


「肩で息をしていながら口だけは達者のようだな」


 どう見てもアシュタロトはまだボロボロでリヴァイアサンのブレスのダメージから回復していない。

 やるなら今だ。

 まっすぐ飛んでアシュタロトに向かうと見せかけて、フツヌシを構えなおした彼女の背後に〈転移〉。今度は四本全てで突きを狙う。


「ふん。賎陋(せんろう)な攻撃だ」


 長剣は二本ともフツヌシに斬られ使えなくなってしまったが、レギオンアントクィーンダガーをアシュタロトの剥き出しの脇腹に刺すことができ……浅くしか刺さらなかった。

 渾身の力を込めた短剣が1ミリも刺さっていない。ダメージもほとんど与えていないようだった。


「なんつーカタい女だ」


 後ろ面に激しく同意する。種族ランクGRだからってこれはない。

 俺の攻撃では血の一滴すら流れていないじゃないか。


「我は貞淑なのだ。淫奔(いんぽん)なアフロディーテなどと一緒にするな!」


「その意味じゃねぇよ! 貞淑? はん、ただ単にそんな話がなかっただけだろうが!」


「やめてフーマ、その台詞は私に効く……」


 青い顔してたのに余裕があるなと、アシュタロトの警戒を後ろ面にまかせてレヴィアの声がした方を見ると彼女の顔色はさらに悪くなっていた。

 まさか今の台詞のせいではあるまい。

 コルノが薬を与えているが、あまり効いてはいないようだ。

 渡してある回復薬は何ポイント回復のタイプなのでHPの膨大なリヴァイアサンの回復には雀の涙なのだろう。全体の何割回復のタイプが作れなかったのが悔やまれる。


 こうなったら早くアシュタロトをしとめてレヴィアの治療に専念したい。

 折れた長剣を棄て、アイテムボックスから同じ剣を取り出し攻撃を再開する。ただし、今度は〈分身〉を使いながら。


「我には無駄だ」


 その言葉どおり的確に本体を狙って斬ってくるアシュタロト。本体を見抜いているのは確実だろう。

 だが斬られるのは分身。分身が残っている限り、本体とすり替わる。この大きさならば分身と本体をまるごと全て斬ることもできない。


「無駄だと言うのが」


「わかってるさ」

「わかってんぜ」


 そう。()った。

 アシュタロトは硬い。リヴァイアサンのブレスにも耐えるさすがGRという防御力。

 だが、それだけだ。


「ええい、鬱陶しい!」


 やはり本体を狙ってきた上段の大振り。焦りからか雑なその攻撃。それを待っていた!

 即座に全ての剣を手離してそれを受け止める。

 所謂、真剣白刃取りである。分身が残っていなければ試す気にもならない技だ。


『〈真剣白刃取り〉スキルを習得しました』


「小癪な」


「なんのために手が増えたと思っている」


 ガッチリと大きく力強くなった二本の手がフツヌシを合掌で受け止めていた。

 腕が二対なら成功する確率も倍だ。

 ……って、残りの俺の手は?


「破廉恥な」


 真っ赤な顔でアシュタロトが俺を睨んでいる。

 それはそうかもしれない。

 残る二本の手はフツヌシではなく、アシュタロトのその豊満な胸を鷲づかみしていたのだから。


「早く刀を離した方がいいぜえ」


 そう後ろ面が言いながらモミモミ。

 俺はそんなことをするつもりはないのだが、二本の手が勝手に動いて揉んでいる。いやマジで。言いわけとかじゃなく!


「下種が」


「できねえよなあ。手前の強さはフツヌんによるもの。手前自身は硬えだけで強いわけじゃねえ」


 そう。アシュタロトは強くない。攻撃の要であるフツヌシを抑えてしまえばその脅威度は大幅に下がるだろう。


「フツヌん? だがわかってるじゃねぇか」


「言いおったな!」


 力を込めて刀を動かそうとするアシュタロト。だが、俺も手を離すつもりはない多少手が斬れようが構うものか。

 ……モミモミ。シリアスやってんのにまだ手は胸を揉んでいる。コルノやレヴィアでは味わえなかった未知の感覚が伝わってくるが、断じてこれは俺の意思ではない。


「そうかよ。あくまで離すつもりがねえってんなら!」

「ちょっ、待て後ろの、なにをするつもりだ!」


 勝つためとはいえ、嫁の前でそれはまずい、と止めに入ったのだが間に合わなかった。

 後ろ面に操られた二本の手は器用にもアシュタロトの着衣パーツ、つまりはブラを外してしまったのだ。

 そう、アシュタロトの巨乳を堪能していたのは後ろ面だ。


「あれは本当にフーマなの?」


 ポイとそのブラを放り棄てる後ろ面の所業に驚愕した嫁の声が耳に届く。


「ま、待て! 俺じゃないから! 後ろのやつが勝手にやっただけだから!」


 白刃取りを続けながらも慌てて言いわけする。

 俺がこんな鬼畜だなんて嫁に思われるわけにはいかない。


「おいおい、冷てえな、俺。正真正銘、俺様は俺だろ。瘴気によって目覚めた、俺が奥底に封じていた暗黒面、それが俺様さ!」


「いや、俺に暗黒面とかないから!」


「名づけてシャドウフーマ!」


 勝手に名乗られました。

 上手くいけば並列思考(マルチタスク)ができるかもしれないと思っていたもう一つの顔は、予定外に邪悪。

 ミコちゃん、早いところ浄化してくれ!


「さて、まだ手を離さないとは、さすが露出狂のねーちゃんだ」


「ふん。貴様ごときに見られてもなんとも思いはせん!」


「そう言うわりには涙目になってるが。くくっ、よかろう、ならばその覚悟を試させてもらいますか!」


 今度はアシュタロトの腰に後ろ面(シャドウ)に操られた手が向かう。

 まさかそれは。いくらなんでもマズイだろ!


「や、やめろ!」


 バサバサと翼を動かして暴れ始めるアシュタロト。その影響で封印(ブラ)から放たれた彼女の胸が大きく揺れる。

 ブラなしでもその形を保つとか、その大きさでありえるのか?

 なんて考えてる俺の思考は余裕ではなく、現実逃避。必死にフツヌシを抑えていて、手は出血中だったり。


 後ろ面(シャドウ)の手がついに彼女の腰に到達した瞬間、フッとフツヌシから力が抜けた。

 見ればアシュタロトは泣きながら片手で後ろ面(シャドウ)の手からガードしている。

 いくらアシュタロトでも片手では俺を抑えるのは無理。今だと力をこめてフツヌシを奪い、砂浜に放ると刃がほとんど砂浜に突き刺さってしまった。


「フォーチュンブラック、浄化を!」


「は、はい!」


 打ち出の小槌を右手に、その柄につけられたカラフルな紐を左手で伸ばすフォーチュンブラック。


「災いの悪しき心よ、幸運の導きによって福となれ!」


 大きく振りかぶった小槌の打撃のわりに叩かれたフツヌシからは、ポン、と軽い音がして光が周囲に散らばる。


「浄化できました!」


 あ、いや、そっちじゃなくて後ろ面(シャドウ)の方をお願いしたかったんだけど!

 その言葉は神の浄化という大仕事の疲れからかへたりこんでしまったミコちゃんに言えるはずもなく。


「ククク。さあて、お楽しみの時間だぜえ」


 舌なめずりする後ろ面(シャドウ)。いやホント、あんたマジで俺なの?

 ドカッと砂浜にアシュタロトを蹴り落とし、その翼を踏みつける俺。

 やばい、ちょっと油断してたうちに腕二本だけじゃなくて脚まで操られている。


「ほらほら、さっさとクッ、殺せ、って言いなよねーちゃん」


 いやそれは聞いてみたいけど。

 マジで悪役なんで勘弁してほしい。

 そんな俺の願いが届いたのか、両手で胸を隠すアシュタロトの前に立ち、後ろ面(シャドウ)を止める者が現れた。


「待ってほしいのだ!」


「テリー? 手前、どういうつもりだ?」


「この悪魔(ひと)を殺さないでほしいのだ」


 そのテリーに気づいたアシュタロトは彼を叱咤する。


「馬鹿者、逃げろ! こやつは貴様が相手できるようなやつじゃない!」


「テリーの心配をしてくれるのだ?」


「ああ。糸紡ぎの小悪魔よ。姿を見せなくなって心配していたのだぞ。無事なようでよかった。早く逃げるがよい」


「駄目なのだ! 今度はテリーが守るのだ! フーマ様、お願いしますなのだ!」


 土下座するテリー。……誰が土下座なんて教えたんだろう? 邪神のダンジョンには元からある風習?

 後ろ面(シャドウ)はそれにチッと舌打ちして頭をかく。


「なんだよ、知り合いか?」


「そうなのだ。むこうの幹部でこの悪魔(ひと)だけがテリーたちにやさしかったのだ! この悪魔(ひと)だけがちゃんとごはんをくれるのだ」


 頭を上げてそう告げるテリーにアシュタロトは驚く。


「待て! その言い方だと他は食事を与えなかったみたいではないか」


「そうなのだ。アシュタロトがいない時はろくにごはんを貰えなかったのだ。ハエたちには旗を作るためならいくら使いつぶしてもかまわん、なんて言われたのだ!」


「旗……だと?」


 たしか騎士団の旗だって言ってたな。それを聞いたアシュタロトの顔色が変わった。これは、怒りだろうか。


「あのハエども!」


「どうしたのだ?」


「お前たちに糸を紡がせていたのは我の婚礼衣装のためだ。綺麗な糸を紡がせるためにも食事をしっかりと与えるようにと何度も念をおしていた。なのに……旗、だと?」


 今度はボロボロと泣き出すアシュタロト。

 スッキリして復活しなければいいのだが。


「惨めだ。婚礼衣装ができるまでと我慢して生地を使わぬ服で耐え忍び、それが故に辱めを受けたというのに……あまりにも惨めではないか」


「あれだ、お前あんま強くねえからなめられてたんじゃねえの?」


 後ろ面(シャドウ)の指摘が正解だったのか、今度は声を上げて泣き始めてしまった。

 どうしよう、これ。


「哀れな女ね」


「レヴィア! 回復魔法を!」


「無駄よ」


 コルノに肩を借りてやっと立っているレヴィア。早く治療したいのだが。


「このまんまじゃ抱きしめることもかなわねえか。仕方ねえ。元に戻るぞ、俺。リオ、こいつを縛っとけ」


 テリーについてきたと思われるリオの糸で泣き続けるアシュタロトを確認すると、俺の変身が解除された。後ろ面(シャドウ)の方からでも解除できるのか。……まあもう変身するつもりないからどうでもいいけどさ。


 レヴィアの前にはディアナがいて、沈痛な表情になっていた。


「リヴァイアサン、そう、なのか?」


「ええ。だけど今の私はレヴィア。ダンジョンマスターフーマの妻、レヴィア。そう呼びなさい」


「……わかった。レヴィアよ、ワシのことはお姉さまと呼ぶがよい」


 ディアナはなにか知っているのだろうか。レヴィアを見る目が悲しげだ。

 あとさり気なく自分のことを「お姉さま」と呼ばせようとするな。あんたの口調はお姉さまというより「おじさま」だろうが。


「フーマ。あなたと結婚した日々。それまで生きてきた長い時間よりも幸せだったわ」


「そんな今にも死ぬようなことを言うな」


「ごめんなさい……」


「レヴィア!」


 使える限りの回復魔法を彼女に施すがいっこうに顔色は戻らない。時折吐血さえするレヴィア。


「油断していたのね。あと半年はもつと思ったのに。アシュタロトとの戦いで死期が早まってしまった」


「レヴィアちゃん?」


「私、寿命なのよ」


 寿命?

 リヴァイアサンの寿命? 最強の生物じゃなかったのか?

 千年以上生きてるらしいけど……それでも神なんだから……死んで神になる?

 俺の頭はごちゃごちゃと混乱していて。


「そ、それならフーマの眷属になればたぶんなんとかなるよ!」


「ごめんなさい。間に合いそうに……」


 こふっと吐血。

 なんだよ、これ。無理矢理にでも眷属にしておけばよかったのか?


「いい加減に泣き止みなさい、アシュタロト。あなたの半身によれば女の涙は武器だそうよ。こんな所で使う物ではないわ」


「……アレと一緒に……ぐす」


「いいこと、あなたは私の死期を早めた責任を取ってフーマの眷属となりなさい。私の代わりにこのダンジョンを護るの」


「……弱い我がいたところで役には立たん」


 リオの糸でぐるぐる巻きにされ、顔だけが出ているアシュタロトを勧誘するレヴィア。もう死期が近いというのにこのダンジョンのことを……。

 少しでも楽になるようにアイテムボックスからベッドを出してレヴィアを寝かせる。


「フーマならあなたを……強くしてくれるわ」


「で、でも我は運命の相手を!」


 まだそれは諦めてなかったのか。

 さっき彼女は弱いと自虐してはいたが、それは違う。

 心が折れてなければアシュタロトは今にでもリオの糸を引きちぎって逃げられるはずだ。

 結婚のためにと、戦う意志が戻らなければいいのだが。


「それこそダンジョンマスターの眷属になることで冥府に行ける可能性が出てくるわ」


 冥府!

 そうだ。ハーデスのダンジョン。そこへ行けば死者を取り戻せるかもしれない。

 俺にもまだ希望がある!


「俺も冥府へ行ってレヴィアを生き返らせる!」


「その必要はないわ。私はずっとあなたと一緒よ」


 レヴィア……俺が危険なダンジョンに行かないように……。

 寿命で死ぬのなら生き返ってもすぐに死ぬかもしれなから、それをなんとかする方法を考えないといけないな。


「リヴァイアサン……いや、レヴィア殿」


「あなたの気持ち、私にもわからないでもないもの。不思議ね、あの女と同じ顔なのにこうも親近感がわくなんて……がんばりなさい」


「ありがとう」


 俺としてはレヴィアが死ぬ原因となったアシュタロトを赦したくはない。

 だが、レヴィアが言うのであれば仕方ない?


「コルノ、フーマをお願い。あなたはいつもどおりに彼を支えて」


「……うん」


 涙でもう見えてないんじゃないかというコルノが頷く。


「リニア、私が許したのだからしっかりなさい。あなたはもっともっと強くなれるわ」


「はい!」


 大きなクマから小さな姿に戻ったリニア。今にも泣きそうなのをぐっと堪えている。


「ミコ、あなたの力は予想以上だったわ。もしあのシャドウフーマが出てきた時は……」


「わかっています」


 打ち出の小槌ではレヴィアの延命はできないのだろうか?

 そんなことばかり考えてしまう。


「他のみんなもフーマとこのダンジョンを頼むわね」


「わかっ……たのだ!」


 ここにいない眷属たちも代表してテリーが泣きながら答えた。


「あなた……あなたと出会わなければこんな幸せな気持ちを知ることはできなかった。ありがとう……いつまでも……愛しているわ」


「俺もだ。愛している、レヴィア。死んだって忘れない。絶対に離さない!」


 満足気に微笑んだレヴィアは……それから眠るように息を引き取った。

 海岸を皆の慟哭が支配する。

 あまりにも悲しくて……レヴィアの身体にすがりそうになった俺はそれを目撃した。


 遺体が眩く光り輝き始めたのだ。


「レヴィアっ!!」



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