127話 バアルのようなモノ
リヴァイアサンが強力だと言うモンスターといえども、さすがに800メートルの深海からの浮上は時間がかかるらしく謎の貝はゆっくりと、しかし確実に海上を目指し移動中のようだ。
監視ウィンドウに映してみるが、まだ深いところなので暗くてよく見えない。
他にもまだなにか出てこないかと暴食の十二指腸出入口も表示するがさらにに暗く、また出てくるのも瘴気の泡だけのようだった。DPもいい感じに増えているので瘴気も濃い。
巨大貝かぁ。
貝のモンスターで真っ先に思いつくのは蜃だよな、やっぱり。
たしか蜃は巨大なハマグリの妖怪で蜃気楼を吐き出すってやつだった。竜って説もあったから、もしそうなら強力なモンスターと見て間違いあるまい。
いい出汁が出そうだよなぁ。
あ、サザエ鬼ってのもいたっけ。……名前だけでどんな妖怪かは忘れたけど。
くっ、日本酒が出来ていれば倒した後のお楽しみがあったかもしれないのに!
とにかく、なにがあってもすぐに対処できるようにおっさんとコルノも新第3層に移動することにする。
湖の見張りをしてた班もほとんどを海岸へと向かわせた。
「異常は?」
「まだ変化なしでアリます」
「貝のモンスターについてだが、あのダンジョンにいたのか?」
「テリーは知らないのだ」
暴食の十二指腸出身の眷属に聞いてみたが知らないようだ。二人とも水棲のモンスターではなかったのだから当然と言えば当然か。
「水中ならボクがやっつけてこよーか?」
「いや、それだとおっさんたちが援護できないから浮いてきたとこを倒そう」
「そう?」
とりあえず水面にくるまでにはまだ時間がかかるようなので、ディアナの石化を解除することにした。
戦力は多い方がいいだろうし、いきなり戦いに巻き込んでなし崩しに味方という認識に持ち込めれば、というちょっとセコイ思惑もあったりする。
「状況がわかるようにここでやっちゃうから、なにか変化があったら教えてくれ」
「はい。ディアナ様をよろしくお願いします!」
アイテムボックスから出した石化ディアナを前にはらはらと涙を落としていたリニアが深く頭を下げる。
リニアはあのまるで舞台演劇のようなポージングにはなにも思うところはないのだろうか?
◇
さて、ディアナの眷属化儀式だが石化中にしておいてよかったと思う。いや、まだ終わってないけどさ。
なにこれ、時間かかり過ぎ。URだったアキラの時も時間かかったけど、それ以上でしょこれ。
もしかして石になっているのに抵抗できているんだろうか?
儀式の魔法陣が足元で輝く石化ディアナのそばではリニアが石化中のディーナシーのように祈りを捧げている。
その祈りがディアナに力を与えて儀式に抵抗してるんじゃなきゃいいのだが。
「敵の姿が見えた! 二枚貝だよ。ホタテ……かな?」
ホタテのモンスター?
お笑い番組に出ていたホタテの怪人を思い出してしまった。
くっ、こんなことでおっさんの集中を乱すとは侮れんモンスターだ。
もし本当にあの姿のモンスターだったらどうしよう?
ぶぶっ。いかん、今は儀式に集中だ。
「出入口から空気の球に入ったハエが浮上を始めたよ」
「でもハエたちはおっきなサメに食べられてるみたい」
「メガロドンね。獰猛な者たちだけど、貝には怯えて近づいていないわ」
メガロドンってサメ映画でおなじみの古代サメだよね。そんなものまでこの海に入れちゃってたの?
貝もそうだけど、メガロドンも気になる。見たい。〈鑑定〉したい。
「浮上速度が上がったのニャ!」
「フーマは? ……まだみたいだね。ボクたちだけでやるよ!」
一応、浮上と同時に集中砲火とは説明してたけど、遠距離攻撃を持ってる眷属って少ないんだよな。ミーアの雷とタマの弓矢ぐらいか。トレントたちの弓矢ではダメージはいきそうにない。
おっさんが動ければマジックミサイルを喰らわせるのに。
「もうすぐ浮上ね。みんな、準備はいいかしら?」
「OKだよ」
「いけるでアリます」
「いつでも逃げれるニャ!」
ボケたニャンシーはスルーするとして、ミーアは猫形態に変身、リニアも巨大化して雲を呼び始めたようだ。
リニアはここに留まってディアナを説得してほしかったんだけどなあ。
ムリアンメイドによる敵浮上までのカウントダウン放送が始まったのでおっさんも儀式を中断しないようにちょっとだけ海面を見る。
「……3、2、1、浮上します!」
ザバッとものスゴイ勢いで巨大貝であろう物体が海中から勢いよく飛び出した。
高く跳んだそれが再び海へ着水する前にレヴィアとミーアによる雷撃、タマの強弓が襲い掛かる。
やばっ!
わかっていてもあの光と音の激しさにビクッとなって儀式が中断しそうになってしまった。
「これじゃボクたち攻撃できないよ」
「さすがにこれでは生きてないんじゃニャいか?」
「たぶん貝ガラすら残っていないのだ」
「まだ! 気を引きしめなさい!」
角を出したままのレヴィアの叱責で緩みそうになっていた眷属たちが戦闘態勢を維持したようだ。さすがは俺の嫁。
二人の激しい雷撃によって海上は波と蒸気が発生して視界が悪い。
こっちからはよく見えないんだが敵が健在なのはたしかなようで、儀式中のおっさんにもなにかヤバイやつが近づいてくるのがわかった。
なにこの瘴気のバカでかさ。リヴァイアサンクラスじゃないか!
「見えたっ! 近づいてきてるよ!」
おっさんにも見えた。
巨大ホタテが閉じたまま海面をすべるように移動してくる。あれ、ホタテって貝殻をパタパタさせて泳ぐんじゃなかったっけ?
「……この雰囲気、まさか?」
「どうしたのレヴィアちゃん?」
「いえ」
海岸にだいぶ近づいた場所でホタテはパカッとずっと閉じていたその殻を開く。
その中から現れたのは貝の身ではなく、一人の女性だった。
あれ、このシチュエーションって……。
「アフロディーテ!」
おっさんの思った名をレヴィアが叫ぶ。
そうだよね、貝の上に乗る裸の美女ってヴィーナスだよね。
海にいる女性は全裸ではなかったけれど。
皮手袋、ブーツにビキニという昔の特撮ヒーローものの悪の女幹部っぽい姿だ。
顔は遠目でもすごい美女ってわかる。背中には天使のような翼が生えていて特筆すべきはその胸。リニア以上に大きな胸が波によってぶるんぶるんぶるるんぶるるん揺れている。
「誰が淫婦か!」
胸を揺らして接近しながらも爆乳女幹部が返してきた。
淫婦って……アフロディーテイコール淫婦なの?
「その顔、その声、そしてその胸! アフロディーテではないと言うのならお前は誰?」
「我はアシュタロト! アフロディーテではない!」
アシュタロト!?
悪魔の大公爵じゃないか!
「アシュタロトは蝿の騎士団に参加しているという話もあります。もしあのダンジョンがフーマさんの推察どおりベルゼブブのものなら、アシュタロトが出てきてもおかしくはないかと」
そーだった。さすがミコちゃん、よく知ってるね。
こんな大物の存在を忘れていたなんておっさんはなんと迂闊だったのだろう。
「レヴィアさん、アフロディーテもアシュタロトも起源は同じ豊穣神だとされています。似ているのもそのせいかと」
「そう。忌々しいことにこの我はアフロディーテと元を同じくする存在。だが、一緒にされては困る。アフロディーテは我が捨てた残りカスと考えてくれ。我はあんな淫乱な男好きではない」
あれ? 「元を同じ」ってそういうこと?
緑色の宇宙人な神様と大魔王みたいな感じなんだろうか。
ってか、悪魔の方に淫乱とか男好きって言われるってアフロさんはどんだけなのさ。
「そうね。たしかに顔も声も同じだけど、お前にはアフロディーテにあった色気がないわ。あの、男を誑かす淫靡な空気が」
「レヴィア様、アシュタロトも十分お色気な衣装と思いますが」
「アシュタロトのあんな健康的なものじゃないの。思わせぶりな眼差しは毒星の煌き、甘ったるく鼻につくのは毒花の香気、ギラギラとした眩さは毒蝶の鱗粉、男を蠱惑する囀りは毒小鳥の舌」
毒尽くしすぎる。毒星とか毒小鳥ってなによ?
レヴィア、アフロさん一応友達だったよね?
未婚をさんざんイジられたのを根にもってるのか。
「ほう。小さいのなかなか話せるようだな。ならば素直にこのダンジョンを我らに渡せ。そうすれば命は助けてやる。我はこう見えてかわ……小さきものに寛容なのだ」
今、可愛いものって言いそうになったよね。この悪魔、可愛いもの好き?
もしかしたら上手く丸め込めるかもしれない。
だが、レヴィアはすぐに返事をしてしまった。
「お断りよ。そっちこそ邪神のダンジョンを明け渡しなさい。どうせ私たちが勝つのだから抵抗するだけ無駄よ」
「ふっ」
「ふふっ」
美女と美少女が微笑んでいる。だけど周囲の感想はきっとこれだろう。
こえぇ。
気温がぐっと下がったと勘違いしそうになるぐらいブルってるぜ。
「ならば仕方ない。お前たちは可哀想だが婚礼装束のための栄養となってもらうことにしよう」
アシュタロトの乗っていた貝がドラゴンに変わった。それが正体か。
戦闘態勢になったと理解するおっさんたち。
「あら、婚礼装束? 私のためになら遠慮するわ」
「我のだ。もうすぐ結婚するのだ。まったく何百年待たされたか」
「アシュタロトの夫となるとバアルですから……ベルゼブブ?」
いつの間にか変身してフォーチュンブラックになっているミコちゃん。二人の雰囲気に飲まれずにのん気にそんな質問をする。
ベルゼブブはバアル・ゼブブだったっけ?
「あんなハエ贔屓なアホなどと誰が結婚するものか!」
「では……もしかして古代神バアル・ペオルが悪魔にされたベルフェゴール?」
「そうだ。やっと誕生したのだ! 早く会いにいかねば!」
ベルフェゴールと結婚ねえ。
あの悪魔ってたしか「幸福な結婚など存在しない」とか結論づけたんじゃなかったっけ。そんなのと結婚ねえ。
っていうかさ。
ベルフェゴールって……。




