126話 カウントダウン
妖精女王の復活。
常若の国に発生した邪神のダンジョン、暴食の十二指腸の瘴気拡散を防ぐため、自らディーナシーたちとともに要石となって邪神のダンジョンを封印した妖精女王。
その女王こそが十二柱のアルテミスことディアナである。
ディアナの復活は我が眷属となった元ディーナシー、リニアの悲願だ。
ディアナを復活させると当然、暴食の十二指腸の封印も解けるのでその対策で我がダンジョンも改装して準備を整えた。
もちろん手順も考えてある。
以前に常若の国だけ移動させようとしたところ、邪神のダンジョンの出入口までついてきそうになったので、暴食の十二指腸はティル・ナ・ノーグに紐づいていることがわかっていた。
だからまずティル・ナ・ノーグごと新第3層海洋エリアの海底に移動させ、封印解除後に暴食の十二指腸に侵攻、ある程度敵ダンジョン領域を奪い、こちらのダンジョンの領域に書き換えた後にティル・ナ・ノーグを移動させる、というものだった。
……だが一つ大事なことをおっさんは忘れていた。
水圧である。
リヴァイアサンが溜め込んだ瘴気の量に調子に乗ってここの海の水深をかなりのものにしてしまったのだ。800メートルはやりすぎだったかもしれない。
ディアナたちは要石になっているのでたぶん大丈夫だと思うけど、石化を解除する前に破損させるわけにもいかないだろう。
いやぁ、うっかりうっかり。
配置転換前に気づいてよかった。
「むう。水を張る前にティル・ナ・ノーグを移動させておくべきだったか。手順をミスった」
水深を深くしすぎたのは1フロアでどこまで深くできるかのテストだと誤魔化すことにする。
「だけど海ができる前にふーいん解除しちゃったらすぐに邪神のダンジョンのれんちゅーがまたあふれ出てくるんじゃないかな? 海底もいーとこだからディアナも喜ぶと思うよ」
そりゃコルノは海底育ちの珊瑚だからそう思うかもしれないけどね。
レヴィアの友人ダンマスの竜宮城に行ったらコルノはどんなに喜んでくれるのかな。
「ディアナだけなら耐えられるかもしれないけど、他のディーナシーもいるから。水圧で破損したら可哀相でしょ。眷属になれば治るとはいえ、さ」
「アナタのダンジョンレベルが上がって眷属にできる総数が増えたとはいえ、全てのディーナシーを眷属にするのは大変でしょうね」
「み、みんなも助けて下さい。お願いします!」
すでに半泣きでおっさんを見つめるリニア。数百年も待ってやっとみんなと会えると思っていたのに、それが叶わないかもしれないとショックが大きいのだろう。
「わかっているから安心してくれ。ミーア、要石全員の場所はわかっているんだよな?」
「もちろん。スケッチどころか記録写真までバッチリさ」
「それなら簡単だ。要石だけを残してティル・ナ・ノーグを移動させる。建物は破損してしまうかもしれないが、人命いや妖精命優先だ」
要石にエアーコートを強めにかけるという方法もあるが、どこまで耐えられるか試していないし、一体一体かけるのも面倒だ。……配置転換の際に除けるのも面倒ではあるのだが。
ダンジョンマップのウィンドウを開いて湖底のティル・ナ・ノーグを表示。ミーアの資料と証言を元にマップにチェックを入れながら要石を確認して配置転換から除外していく。これが石化前だったら除外は一括でできたのだが、要石となっている現在ではオブジェクト扱いらしく細かく指定しなければいけない。
まあ、細かく指定することもダンジョンレベルが上がっていなければできなかったので新第3層を創るためにリヴァイアサンの瘴気でレベルが上がってしまったのは失敗ではなかったようだ。
◇ ◇
「これで全員か?」
「リニアにも確認している。間違いないんだね」
「全員、だと思います」
ディアナ女王と百人以上のディーナシーが要石になっていた。
国の人口としては少ないのかどうかもわからないが他の国はどうなんだろう?
このダンジョンに避難してきた妖精の数から考えるともっともっと多いと思うのだが。
まあでもディーナシーになる前はアルテミスに付き従っていたニンフだったらしいからこんなもんなのかね。
「うん、DPはなんとか足りるな。それではティル・ナ・ノーグの配置転換を行う。実行と同時に封印が解除されるはずだから全員、警戒してくれ」
眷属の多くが関係者移動用の転送魔法陣で新第3層に転移して邪神のダンジョンからの侵入に備え、おっさんは最下層のコアルームから指示を出す。
「フーマ司令、総員配置につきました」
こちらを振り向いて報告するムリアンメイド。眼鏡の形状からたぶんリアン6だと思われる。
「ウィンドウから目を離すな」
「は、はい!」
すぐにウィンドウに集中するリアン6。
ごめんね、怒ったみたいになっちゃって。あの台詞いっぺん言ってみたかっただけなのよ。
ついにコアルームも改装して、作戦司令室っぽくなっているのだ。
おっさんの席からは警戒ウィンドウをモニターしているムリアン少女たちのメイド背中が並ぶ。
ここの隣が囲炉裏付きのリビングルームとはとても思えないな。
「レヴィア様もシーワールドで待ち構えるとのことです」
まだ眷属ではないのでチャットが使えず連絡手段のないレヴィアの言伝をリアン8が教えてくれた。
レヴィアは間違いなくうちの最強戦力だ。しかももう瘴気を全解放したので手加減する必要もない。海はリヴァイアサンのフィールドでもあるのでよほどの敵が出てこない限り心配はないだろう。
なお、この場合の心配とはそのよほどの敵とレヴィアの戦闘でダンジョンが破壊しつくされることである。
「ティル・ナ・ノーグの湖に異常は?」
「ありません。警戒ゴーレムも健在です」
「そうか。それでは配置転換を開始する。カウントダウンを始めてくれ」
「了解。シーワールドにも放送します。カウントダウン、スタート」
「10、9、8……」
この放送機能はダンジョンレベルが低いうちに解放されていた機能だがあまり使わなかった。眷属チャットが便利すぎるからだ。
すぐに配置転換せずにカウントダウンしたのは気分を盛り上げるためもあるが、封印解除においてできるだけ隙を作りたくなかったためである。
「……3、2、1」
「ゼロ!」
「配置転換!」
リアン9がよみ上げるカウントダウンに合わせておっさんは、ティル・ナ・ノーグを移動させた。
「ティル・ナ・ノーグの移動を確認! 暴食の十二指腸出入口も移動したです!」
語尾が微妙なのはリアン7かな?
リアンたちも覚えてもらうためにキャラ付けをしている節がある。
「湖に異常は?」
「発生していません!」
「そうか。ならば今のうちにディーナシーたちを回収してくる。なにかあったらすぐに報告するように」
「了解しました!」
封印解除されたとはいっても、あの海底からすぐにはモンスターは上がってこれないはずだ。敵が出現する前に要石を回収、ディアナを眷属化してDPを少しでも稼ぎ、備えておきたい。
ダンジョン領域の上書きにどれぐらいDPを使うかまだわからないもんな。
ティル・ナ・ノーグの沈んでいた湖の付近に〈転移〉する。
「フーマ、うまくいったの?」
「ああ。これから予定どおりディアナたちの回収だ。サポート頼む」
「ボクにまかせてよ!」
薄い胸を軽く叩くコルノ。
彼女は万が一、ティル・ナ・ノーグの移動に邪神のダンジョン出入口がついていかなかった場合に備えてゴータローたちとともにここで待機してもらっていた。
「行っくよー!」
いつもの白衣をスタッシュにしまって湖に飛び込むコルノ。音も飛沫もほとんど出ない。さすがだ。
おっさんの方はそのままというわけにもいかないので、エアーコートを自分にかけてからそれに続く。ぼちゃんと、サイズを考えれば当然だがあまりに情けない音であった。
おっさんの手を引いているにも関わらずコルノはすいすいと湖底まで運んでくれる。エアーコートのせいか水の中という感じもせず、まるで飛んでいるかのようだった。
コルノに運ばれながらさっきチェックしたマップを確認しながら要石を回収していく。
さっきチェックしておいてよかった。建物がないんで位置情報だけが頼りだ。
「みんなお祈りしてるねー」
「封印のため、なんだろうな」
水中にも関わらずコルノは普通に話せる。おっさんもエアーコートのおかげで会話ができるようだ。
「みんな美人さんだねー」
「そうか? コルノやレヴィアの方が美人だと思うけど……」
たしかによく見ればディーナシーたちは美人ばかりだ。
身近に超美少女が多いせいでおっさんの感覚が麻痺しているのかもしれない。
その美人のディーナシーたちは全員鎧を着ていた。騎士妖精は伊達ではないということか。
まるで魔法陣のように特定の図形上に並ぶ要石たちの中心にディアナはいた。
他のディーナシーよりも豪華な鎧で、一人だけポーズが違っている。剣を抜いてその切っ先を天高く掲げているポーズだ。
「やっぱりボクの知ってるアルテミスによーく似てるなあ」
「たしかに……なにか関係があるのか?」
要石のディアナは片足を僅かに後ろに開いた気取ったポーズに見えたがとても美しかった。
そして、前世のゲーム“グレートマキア”シリーズに登場するアルテミスにそっくりの顔だ。
考えてみるとOLルックだから気づかなかったけど衣装を変えればあのヘスティアもグレマキのヘスティアに似ているかもしれない。
◇ ◇
全員回収したよな?
そうマップのチェックとアイテムボックスの要石を照らし合わせて確認中に眷属チャットで連絡が入った。
リアン8 》 邪神のダンジョンから侵入者です
フーマ 》 種別と数は?
リアン6 》 種族は不明。数は1、大きさは2メートル強。現在、海面に向けて浮上中です!
フーマ 》 海岸からは見えるか?
ニャンシー 》 まだ見えないのにゃ
フーマ 》 レヴィアはなにか言っているか?
リニア 》 形からたぶん貝だと言っています。感じる力はかなり強力だから用心しなさいと
貝?
強力な貝ってなんだろう?
水深は適当に決めたので変更するかも




