125話 準備
遅れてすみません
眷属契約の準備は思った以上に大変だった。
リヴァイアサンが出現するのには第2層のフィールドダンジョンでもまだ小さいと言うのだ。
フィールドダンジョン自体はおっさんの特典でDP100分の1で購入できるのだが、天井と壁がないというだけで無限の広さがあるわけではない。
そして拡張するにはDPが必要なのだ。
100分の1で入手できる分、面積も小さいかもしれないが普通のフィールドダンジョンのサイズを知らないので比較もできん。
拡張する分のDPは普通のダンジョン領域と同じで面積で計算すると安くなっていない。
「リヴァイアサンの形に合わせて、こう、細長く第2層を拡張しようか?」
「それではギリギリすぎるわね。カメラワークにも困るわ」
カメラワークって……。
でもたしかにギリギリのピッチリした空間に出てくるのは嫌だというのはわかる。
リヴァイアサンの元のダンジョンマスターがダンジョンに彼女を入れなかったってのは仕方ないかもしれない大きさなんだけど、嫁にそんな窮屈な思いはしてもらいたくはない。
「強強の毛皮を何度か攻略して稼いでくるか」
「そこまで待てないわ! 瘴気を少しずつ解放するから、そのDPで大きくして」
「張り切ってるなあ。そんなにすぐに眷属になりたいの?」
「時間が……い、いえ、公私ともに愛するアナタのものになりたいのよ」
なんか誤魔化そうとしてるけど時間?
いったいどういう意味だろう。
誰か知合いとの約束でもあるんだろうか。
「あのう、ダンジョンの外でやるというのはどうでアリますか?」
「妖精島が大混乱になりそうだな。モルガンは大歓喜だろうけど」
そういやモルガンが最近姿を見せないが、なにかあったのかな?
この妖精島の幻夢共和国に発生したらしい邪神のダンジョン、激痛の盲腸の対処に苦労しているのかもしれない。
「儀式中に邪魔が入る可能性があるわ。私クラスになると契約の儀式にも時間がかかるのよ」
「え、でもミコちゃんの時はすぐだったよ。同じGRだよね?」
「彼女の時はガラテアの前に契約したから。その後だったらかなり時間がかかったはずだ」
以前、アキラと眷属契約しあった時もたしかに時間がかかったな、そういえば。
あの時は二人とも種族レベルが低かったのに。レベルの高いリヴァイアサンだとどれぐらいの時間がかかるのだろう。
「邪魔って邪神のダンジョンの?」
「他のダンジョンマスターがかぎつけるかもしれないわ。私を眷属にと狙う身の程知らずは多いもの」
「レヴィアはおっさんのだ!」
たしかに戦力と考えてもリヴァイアサンは魅力的だろう。強い眷属がほしいやつらが現れてもおかしくはない。
「それならば先に防衛戦力としてディアナ様を! あの方ならば頼りになる!」
「だがそれでは暴食の十二指腸の封印も解かれてしまう。敵も増えることになるぞ」
「……それで経験値を稼いでみんなをレベルアップさせてからの方がいいか? いつまでも邪神のダンジョンが敷地内にあるというのは落ち着かないし」
DPの確保にはいいかもしれないけど、もうダンジョンレベルを上げる覚悟はついた。他のダンジョンにも眷属をつれていけるようになる。爆弾をかかえたままでいる必要はない。
もっともその前にダンジョンを対策しておくことになるけどさ。
妖精たちの居住区と邪神のダンジョンの出入り口が同じ階層というのは避けたい。
こないだのテリーやアンコの時のように避難を同時にしなければいけないのでは対処しきれなくなるかもしれない。
できれば常若の国も避難させたいし。
さすが嫁、おっさんの考えがわかったのかレヴィアもゆっくりと頷いた。
「そうね。悔しいけれど私の契約よりも先にアルテミスを復活させましょう。ダンジョンの準備ができたら」
「ああ。問題は邪神のダンジョンの出入り口をどうするか、だ」
「小生が考えるに、このダンジョンの安全性を考えればダンジョン外に移動させるべきだが、それでは自らを要石にまでして封印したディアナ様も納得しないだろうね」
「そうなんだよなあ。……新しい第3層を追加してそこに移動させるか」
みんなには相談してなかったけど、その構想はあった。封印が解けたダンジョンをどうするかって。
「やつらの主力が蝿の騎士団だとして、その実力が発揮できない階層を創りたい。フィールドダンジョン化して、今の湖よりも深い水底にするか、極低温の氷結ダンジョンにするか、それとも他にするか。ただしDPがかかるから……」
「もちろん協力するわ。どうせなら海洋ダンジョン化しましょう」
「で、DP足りるかな……」
海ならば魚介類も獲れるようになっていいかもしれない。常若の国の湖には生物がいなかったけれど、深海の出入口からの浮上中にやつらを襲うモンスターを入れておくのもいいだろう。
あ、第2層の農地から川を作って第3層に流れ込むようにすれば栄養豊富な海にならないかな。……バランスが難しいか?
◇ ◇ ◇
レヴィアが徐々に解放した瘴気をダンジョンが吸収してDPに変換し、ついにおっさんのダンジョンレベルが10を超えてしまった。
いろいろとできることも増えたようだけど、まずはダンジョンの改装だ。
予定どおりに新第3層を追加、レヴィアやみんなの意見を参考にしながら領域を拡張し、おっさんの〈温泉作製〉にて低温の海水温泉を沸かせる。
かなりの量なので溜まるまで時間がかかりそう。レヴィアは待ちきれなかったのか、大量の海水を大きな魚や海棲生物ごと持ってきて新第3層に放水した。
「もう少し大きければ私の契約もここでできそうね。バハムートには少し苦労をかけたから、後でなにか差し入れましょう」
リヴァイアサンの瘴気をほとんどDPにしたおかげでここまでできたけど、これ以上大きくするのはちょっと大変だ。
海をかなり深く創ったのでDPも久しぶりに3桁まで減ってしまった。まあある程度なら妖精たちや新たに棲息することになった魚介類からも回収できるだろうから、電気代や下水料金、保険料で困ることはない。
しかし、常若の国ごと邪神のダンジョンの出入口を移動するのにもDPが必要なのでリヴァイアサンの瘴気を全て使うこともできず、これが限界。
海の深さもあるんで高さを上手く使えばこの新第3層でもリヴァイアサンがなんとか入れそうに思うんだけど「それではカメラ映えしないから嫌」だそうだ。
玉七つで召喚できるドラゴンみたいに上手くうねうねしてくれればカッコイイと思うんだけど……。
そして気になったのでレヴィアに確認したらバハムートってリヴァイアサンの職場の部下というか後輩らしい。
どうやらドラゴンタイプじゃなくて巨大魚タイプみたいだな。
すごいデカそうだけど、なにを差し入れするつもりなんだろう。デスワームのでかいやつでも捕まえればいいのかな?
「やっぱり海はいいねー!」
珊瑚であるコルノもはしゃいでいる。
もっと早く海フロアを用意してあげればよかった。
「水着を用意しないと」
「ハルコちゃんも張り切ってるね」
「常若の国の湖はみんなリニアに気を使って水遊びもしなかったからねえ」
「その分温泉で楽しんでいたのにゃ。泳ぐなんてケットシーには関係ないのにゃ。でもお魚は嬉しいにゃ!」
最初、予想以上に大きく出来た海に呆然としていた眷属たちもやっと見慣れてきたらしい。
水着はおっさんも気になるのでハルコちゃんには資料を渡しておくべきだろう。マイクロビキニやハイレグとかスク水とかの!
……魚やカニに襲われると困るから、新しく遊泳用のビーチを創る必要があるな。砂浜も用意しないと。
「こうして海ができてしまうのを見ると唖然とするしかない」
「ドリドリ」
もうだいぶミコも眷属として馴染んできてくれた。仲がいいのはレッド、フェアリー少女たちとクロスケだ。特にレッドは馬が合うらしくよく一緒にいる。
「タマ、引いてるよ」
「びゃ!」
ミーアに言われて慌てて竿を立てるタマ。おっさんたちのサイズでは上げられそうにない魚が多いので彼女が釣りに挑戦中だった。
弓と同じく糸を使うのがよかったのか、見事にスズキに似た魚を吊り上げてみせる。
「よくやったのにゃ!」
歓喜のあまり妙な踊りをニャンシーが始めた。……いや、あれはまさかムーンウォーク?
やめなさい、タマも真似し始めたじゃないか。
テリーとショタフェアリーたちも踊り始めたのをみんなが笑って見ている。
むう、たしかに楽しい。
だが娯楽目的でここを準備したわけではない。
邪神のダンジョン対策なんだけど、一応このフロアは。
おっさんの呟きをスルーしたのか、レヴィアがフィンブレードを解放して楽しそうにスズキもどきを刺身にしてくれた。
ま、いいか。
こんな時がずっと続けばいいな。
そんなことをのん気に考えていたおっさんは、DP100分の1がバグじゃないと知って安心した気の緩みがまだずっと続いていたのかもしれない。
……だから間抜けにも大切な者に死が近づいていることに気づけないでいた。




