10話 キャプテンゴブリン
眷属との契約は魔法陣によって行われる。
眷属となる相手が、儀式の終了まで魔法陣の上にいてくれれば承諾とみなされ契約完了。途中で逃げ出せば契約失敗である。
このため、相手が逃げ出せないように弱らせてから儀式を行い、無理矢理眷属にすることも可能である。
モンスター育成ゲームの捕獲のようだけど、よく考えればダンジョンマスターって非道だよなあ。
目の前では、動けなくなった瀕死のゴブリン下の床に魔法陣が輝いている。
アキラが契約の儀式中なのだ。あ、魔法陣が消えた。
「よっしゃ、契約完了!」
「わかった。ヒール! ヒール!」
ヒールは消費MP1で8~10のHPを回復してくれる。2回も使えば、瀕死のゴブリンはフル回復する。
ゴブリンの能力はレベル1の人間と同じくらいなのかもしれない。
「回復魔法って便利だよなあ、オレもとればよかったぜ」
「ヴァンパイアは再生スキルがあるからとらなかったんだろ?」
「たぶんな。でもあれ、1レベルじゃ回復量も微妙なんだよなあ」
たぶん?
再生スキルは短時間でHPを回復させてくれるスキル。実は俺も持っている。
「吸血スキルでもHP回復するんだろ?」
「そうなんだけど、まだ戦闘中に生きてるやつから吸えるほど慣れてねーよ」
手加減に失敗して殺してしまったゴブリンの死体は、いざという時の回復薬代わりにアイテムボックスにしまった。アキラのと、俺のに。
「オレとフーマにゴブリンが6。なんとかなるかな?」
通路を先行させているゴブリンを眺めながら呟くアキラ。
まだ数の差は大きいが、なんとかするしかない。
眷属契約は全てアキラが行った。
使い捨てにするつもりなら俺がやってもよかったが、ボス戦で裏切られたアキラのために彼女の戦力を増やして、俺は裏切るつもりはないというアピールだ。
逆にアキラが裏切って襲ってきたら、俺はさっさと転移で逃げればいい。
「ここがボス部屋だ。入ったら、ボスを倒すまで扉は開かなくなる」
俺たちの前には、洞窟には相応しくない立派な、だけどおどろおどろしい悪趣味な装飾を施された扉があった。
「開ける前に作戦を確認しておこう」
「そうだな。お前たちはゴブリンの相手だ。無理に倒さなくていい。少しでも粘れ。オレがキャプテンゴブリンを倒す」
アキラの指示にゴブリンたちが頷く。頭悪いって言ってたんで理解してるのかちょっと心配だ。
「俺はサポートに回る。アキラもあんまり無理するなよ」
「ふん。復活はタダだし、もう失うもんもねえ。多少の無理はするぜ」
「わかった。死ななければ俺が治す。死ぬな」
ったく。美少女が死ぬのなんて見たくないっての。
「フーマ……よしっ! 行くぜぇっ! お前ら気合入れろよ!」
アキラに合わせてゴブリンたちが鳴き声を上げながら武器を突き上げる。
あーあ、これでボス部屋の中の連中に気づかれてしまったな。
ま、どうせ扉を開ける時に気づかれるから奇襲は無理か。
「開けるぜ。突撃ぃっ!」
俺の返事を待たずにアキラが扉を勢いよく蹴り開け、眷属ゴブリンとともに突っ込んでいく。
乱戦になると眷属ゴブリンと敵ゴブリンの識別がしにくくなるので、俺も魔法で先制攻撃。1匹のゴブリンの目にアイスニードルを命中させた。
アキラにはショボイなんて言われた魔法だが、俺のアイスニードルの長さは5、6センチ。太さも1センチ近くあり、とても針とは呼べないサイズだぞ。
そんなものが片目に刺さったのだから、あのゴブリンは満足に戦えまい。
魔法を使ったせいか、俺を脅威と判断したらしいキャプテンゴブリンが俺を指して一声鳴くと、敵ゴブリンが俺に一斉に向かってくる。
待てよお前ら、はいてないんだから寄ってくるなよ。お前らのなんて見たくないんだよ!
「フーマ!」
「俺にかまわずボスをやれ! 作戦通りだ!」
まさか、いっぺん言ってみたかった台詞のトップ10に入る「俺に構わず」を言えるとはなあ。
テンションを上げながらボス部屋を駆ける。
何匹向かってこようと問題はない。俺の素早さだってちょっとしたもんなんだぜ。
我に追いつくゴブリンなし。
距離を開けたところで反転。向かってくるゴブリンを鑑定して敵ゴブリンを識別、魔法を発射。そして再び疾走。
それを繰り返す。
アキラと戦いだしたためキャプテンゴブリンがあまり指示を出せず、敵ゴブリンたちが回り込むなんてこともしなかったので余裕でした。
眷属ゴブリンたちが氷針で傷ついた敵ゴブリンをおさえ始めて、俺を追ってくるやつがいなくなったので、アキラとキャプテンゴブリンの戦いを観戦する。
キャプテンゴブリンは人間の男性くらいの大きなゴブリンで、ゴブリンのくせに帽子をかぶっていた。
武器は剣、それに盾と皮鎧を装備していて、素手のアキラはやりにくそうだ。体格的にも負けているし。
致命打はもらっていないのだから、ヴァンパイアエンプレスも、さすがレア上位種族といったところだろう。
アキラが大きく跳躍して、キャプテンゴブリンの頭に拳を振り下ろそうとするも、盾で防がれる。
「盾の使い方がうめーぜ」
なんか嬉しそうね、アキラ。もしかして戦闘狂?
「援護する!」
アイスニードルを発射する。宣言で俺に気づいていたキャプテンゴブリンは回避に成功するも、それが隙となってアキラからの目潰しをくらった。
うわあ。
えげつない。
俺が言うなって気もするが。
抜き出した指をぺロリと舐めるアキラ。吸血鬼らしいその動作は血濡れの舌がちょっとエロティック。
「ギィィィィィィ!」
視界を失って焦っているのだろう。キャプテンゴブリンは大きく鳴いて無茶苦茶に剣を振り回し始めた。
アキラが距離をとったのにも気づいていないようで剣を振り続けている。
俺はアイスニードルで足を狙って攻撃。ダメージ自体は少なそうだがそれによって転倒するキャプテンゴブリン。
すかさず駆け寄ったアキラが盾を蹴飛ばし、剣を持つ右手首を踏み砕く。
キャプテンゴブリンの絶叫がボス部屋に響き渡る。
それを吸血女帝の拳が途切れさせた。
「グロ……」
キャプテンゴブリンの頭部は陥没し、ボス部屋の床にめり込んでいる。
敵ゴブリンたちも全滅していた。眷属ゴブリンも4匹が死亡。そうでないやつも瀕死である。
「生き残りは2か。これぐらいならうちで飼うから治してやってくんないか?」
「はいはい。ヒール! ヒール!」
生き残ったゴブリンたちを魔法で癒す。ボス戦の経験値も入っているだろうから、育ててみるのもアリか。
ボスを倒したからか、ボス部屋の中央に宝箱が出現していた。
「罠はないな」
「じゃ開けるぜ。中身は……帽子? フーマのみたいだな」
入っていたのはキャプテンゴブリンのとお揃いの、小人サイズの帽子だった。
『小人用キャプテンキャップ
キャプテンの証
守備力+1
小人用 』
なんだかなあという鑑定結果だ。
「戦闘に参加したメンバーのサイズになるのか? 悪かったな、アキラ」
「そんな帽子いらねーし! ボスに勝てただけでじゅーぶんだし!」
「いや、キャプテンゴブリンの分があるだろう。あれならアキラも使える」
デザインも守備力アップの数値も微妙だけどさ。
結局、文句を言いながらもキャプテンゴブリンの装備をあさり、剣と盾、帽子を装備するアキラ。
皮鎧はサイズが合わないということで俺がもらう。あと宝箱とゴブリンの死体も。素材があって困ることはない。
「フーマのアイテムボックス、ずいぶんと入るんだな」
「そりゃ増量したからな。力のない小人が運ぼうとしたらこれを使うのが当然だろ」
「そんなもんか」
増量したのは10,000キログラム分。普通なら10,000DPだ。高いけどものすごく高い額でもないので不思議には思うまい。
小人価格だから100DPだったけどね。
ボス部屋の来た時とは逆の方にある扉を開くと階段があり、それを降りると邪神ダンジョンに転移してきた時のとよく似た部屋だった。
やはり床にポータルの魔法陣があり、この小部屋からも自分のダンジョンに戻ることができる。
次に邪神ダンジョンにくる時はポータルの転移先にこの部屋も指定できるようにもなったようだ。
「どうする? 帰るか? それともこのまま2層を探索するか?」
「ステータスはどうなった? DPはもらえているか?」
「ちょっと待ってくれ……ああ、DPも入っている。お、レベルも上がった!」
「よかったな」
俺の方はまだ1レベルだ。レア上位種族のレベルが上がりにくいというのはマジらしい。
スキルレベルの方は水魔法と回復魔法のレベルが上がっていた。
元々温泉作製スキルを持つ種族。水魔法と相性がよくてレベルが上がりやすいとかもあるのかもしれない。
DPは俺にもちゃんと入っていた。モンスターを倒した分も入っているし、かなりの儲けといっていいだろう。
「2層探索はちょっとだけしてみようか。せっかく眷属がいるんだし。次にくる時は連れてこれないんだろ」
「そうだった。つきあってくれるのか?」
「まあ、この際だし」
本当はちょっと腹が減っている。アキラは吸血してるんで気が回らないんだろうけど。
もう昼回ってるだろうしなあ。
素材を入手したから、使ってみたい気もする。
「他のダンジョンマスターに会わないもんだな」
「5層以下は稼げないから空いてるらしい。よほど低レベルのやつじゃないとこないってあいつが言ってたぜ」
あいつってのはPKだろうな。
軽く話しながら邪神ダンジョン2層を進む。階段を下りたのだから、地下1階のような気もしないでもないが、ややこしくなりそうなので2層と思うことにする。マップにも2層って表示されてるしさ。
2層は洞窟のような1層とちょっと違って、通路がだいぶ四角く、人造物のような感じになっていた。
「えっ?」
突然アキラが声をあげる。
「どうした?」
「あれ……」
彼女が指差すのはこの先の十字路、その中心。
そこには1本の剣が無造作に置かれていた。
「あれは、オレの聖剣だ!」




