116話 フーマの出すダンジョンの水は酸っぱい
2巻発売中です。
よろしくお願いします。
「二百四十三……二百四十四……二百四じゅ、イテッ!」
「そろそろタイガがやばそうなので誰かヒールかけて」
「はい!」
ゴブリンの棍棒に殴られ、頭から血を流しながらも腹筋運動を続けるタイガにヒールをかけるマリモ。ゴブリンは一瞬そちらを向くが植物の塊にしか見えないので気にせず腹筋中のダンマスを攻撃に戻る。ダンジョンにない植物なのに気にしてないのはINT値が低いせいだろうか。
「二百五十一……二百五、ありがとうございます!」
現在おっさん考案のスキル修行中。
方法を底辺ギルドのみんなに説明した時は「エージンの冗談じゃなかったのか」って怪訝な顔をされたけど、命の恩人のおっさんが言うならものは試しにって素直にチャレンジしてくれている。
だからってマイケル、ゴブリンになぐられて「ありがとうございます」はちょっと違うような。体育会系の体罰じゃないんだからさあ。
特訓の題目、どれから始めるかはあまり悩まずに腹筋にした。
〈腹筋〉スキルのレベルが上がれば〈頑丈〉スキルが習得できるはず。そうなれば種族レベルのアップ時にHPも上がりやすくなるので、このスキル特訓もしやすくなるというのが理由だ。
種族的に腹筋ができそうにないダンマスは治療班に回ってもらった。彼らの場合は直接ゴブリンに殴られるしかなさそうなのでどうしたもんかな。
大きなガタイのやつもいるから第1層のボス部屋でやってるけど、思ったほど暑苦しい絵面でもないかもしれない。
スケルトンとかいるから?
◇ ◇
「九百九十七……九百九十八……九百九十九……せぇん!」
目標の回数に到達したダンマスが汗だくになって倒れている。
いくら身体が強くなっても普段こんなことしないだろうから、ああなるのも当然か。
「はい、倒れてないでゴブリン倒して」
このボス部屋に入った時に真っ先にキャプテンゴブリンをみんなで倒し、残りのゴブリンも数匹を残して始末してある。そいつらももう汗だくでフラフラなのだが逃げることもできずに攻撃を続けていた。
「りょ、了……解」
おっさんの指示を聞いてよろよろと立ち上がりながら斬りつけるダンマスたち。緩慢な動きだが生き残りのゴブリンもバテバテなので回避することすらできず倒れていく。ペシッという感じで力もあまり入ってなかったようだがそれでも一撃なのはさすがにダンマスというべきか。
「それじゃ宝箱確認したら休憩。ちゃんと水分取れよー」
樽に蛇口のついたサーバーをアイテムボックスから出す。ノームが作ってくれたものだ。材料はうちのダンジョン産の木材なのだが、植物成長薬で急成長させたために木目が締まっておらず、あまり樽には向いていないとノームに愚痴られてしまった品だったり。
ま、長時間使う酒樽ならともかく、こんな使い方なら気にするほどの違いもないだろう。
「み、水……」
「おいしい……」
中身は柑橘系の果実で香り付けした冷たい水。大型種にはこの樽一つじゃ足りないかもしれないけど、その時は〈水魔法〉持ってるやつに出させよう。
「休みながらでいいから、スキル確認してくれ。どうなってる?」
「ほ、本当に腹筋スキルが入ってる!」
「俺も!」
「スケルトンも!?」
メビウスには筋肉がなくても〈腹筋〉スキルが習得できるか不明だったので参加してもらった。習得できたってことはやはり〈腹筋〉スキルは腹筋運動のスキルってことだな。
他の参加者も全員習得できていた。レベル差はあったが。
これは種族ランクの違いによるものだろう。予想どおり上位種族の方がスキルレベルが高くなっている。
「そうと知っていれば上位種族を選んだのに……」
「同ランクになった時、下位種族から叩き上げの方が強いみたいなんだって」
「ほら、上手くいけばレアな種族に進化できるかもしれないし?」
衝撃の事実に落ち込む【ホブゴブリン】を慰めるギルメンたち。
おっさんとしては種族もそうだけどその、ノリでつけてしまったような名前の方が落ち込みそうな気もする。
改名にもDPが必要なので改名したくても改名ができないとスパひろも嘆いていたしさ。
「おかしい。なんで吾輩の腹筋レベルはこんなに低いのである。こんなに割れているのに」
マイケルが腹筋を固めながら首を傾げている。【グレーターデーモン】は上位種族だから、もっとスキルレベルが高くなっていないとおかしいと。
「攻撃もらってゴブリンにお礼を返したせいだろう。たぶんあれで実戦ではなく、訓練扱いになってしまったんじゃないか?」
いくら死なないように配慮しながら行ったとはいえ実戦だからスキルが上がった。それが、あの台詞でマイケルだけ訓練になってしまったとおっさんは推察している。
精神的なものなのか?
それともスキルの習得や上昇を判定している神様がいて、観察されているのだろうか?
「検証したいところだが、まずはみんなの強化が先か」
「回復魔法のレベルも上がりました」
「やっぱり実際に傷を治した方が上がるようだ」
治療班も上がったか。これで多少の不公平はあるかもしれないが、全員がこの方法で効果があったってことになる。
「成功だな」
「コーチのおかげです。こんな変な修行、最初は信じられなかったけどここまで効果があるなんて」
「だから言ったじゃないっすか。アニキはスゲエって。今日の修行はアニキに言われたとおりちゃんと録画したっすよ!」
エージンはもう〈頑丈〉スキルを持っているので今回の修行は記録係として撮影していてもらった。
おっさんは顔が映らないようにマフラーで隠していたりする。だって面白く編集できたら動画サイトにアップしたいからさ。顔が映るのは恥ずかしいし。
もしアップする場合はみんなの顔にもモザイクをかけるべきだろうか?
「今回はまだいないだろうが、〈頑丈〉スキルもこれを続けていけば習得できるはずだ。こんな感じで他のスキルも覚えていく予定だが、できそうか?」
「はい」
「もちろんっチュ」
「監督についていくぜ」
疲れた顔ながらもみんなキラキラした目でこっちを見ている。一部眼球がない者もいるが。
「それじゃ、回復班のMPも減ったことだし今日はもうこの辺で解散ということで」
おっさん自身はみんなに声をかけたり死にそうなやつがいないか観察していただけだけど、妙に疲れた。早く帰りたい。
「あ、あの」
「どうした委員……コトリ?」
危ない。つい、委員鳥と言いそうになってしまった。
「このギルドのことなんですが」
おっさんにも入ってくれということなんだろうか?
いつかはどっかのギルドに入ってもいいけど、まだそれは早い。農業ギルドにも誘われてたりするんでそっちも気になってるし。
「いつまでも底辺ギルドを名乗ってちゃ駄目だと思うんです」
「ええっ、カッコイイじゃないっすか?」
最低野郎ってギルド名はたしかにカッコイイかもしれん。死亡率高そうだけど。
「これまでは自虐的にそれを名乗っていましたが、今ならもっと上を目指してもいいと思います」
「言われてみれば底辺から抜け出すという気迫が感じられぬ。監督、いい名前はござらぬか?」
いやお前誰よ。
なにかスイッチが入ったのか変な口調になってしまったダンマスの問いかけにおっさんは困る。
「なんでもかんでもおっさんに頼ろうとしない。それぐらい自分たちで考えなさい。新しい自分たちに相応しいギルド名をさ」
「新しい自分……」
名づけなんて眷属のだけで十分です。勘弁してほしい。
サブタイトルはネタですので、味は普通に水
柑橘系は香りだけです




