115話 鍛える理由
ハルコちゃんがゴブゴに作ってくれたネコミミと尻尾は本物と見紛うほどの見事なできであった。
「使いやすい素材があって助かっただ」
強強の毛皮でエージンたちの蘇生前にちょっと戦ってダイアウルフを倒してたんだけど、その素材が役に立ったみたい。
「よく似合ってるよタマちゃん」
コルノの言葉に照れたように頭をかくゴブリンスナイパー。
タマというのはコルノがゴブゴに新たに与えた名前だ。彼女のことだから「ゴブ子ちゃん」って呼ぶと思ってたのにおっさんの読みが外れたよ。
ただし、ネコミミだからタマというわけではない。ゴブリンスナイパーは〈複製〉すると卵一個分だから、というのが名前の由来だとコルノが嬉しそうに言っていた。
「服もなかなか可愛いわね」
「ありがとう、レヴィア様」
ゴブゴが着ていたのはゴブリンらしい粗末なものだったが、これもハルコちゃんが女の子らしい可愛らしいフリル多目なものを用意してくれた。
タマはやつれているので、ちょっともうゴブリンには見えなくなっている。
「これは小生も進化が楽しみになってきたよ。猫科になるといいんだね」
「キャットゴブリンかにゃ?」
なにその謎モンスター。
〈鑑定〉対策としてタマの種族は【ゴブにゃん】に偽装したけどさ。もしかしたらメダルで召喚できるかもしれん。
「リニアのは今度クマモンスターを倒したら新調しよう」
「い、いや、今のままでもいいよ。わざわざ作り直すこともないんじゃないか?」
リニアの、というのはベルセルクの証ともいえるクマフードだ。適当な大きさのクマがこの妖精島にいないためにリニアのクマフードはまるでテディなあれの開きを纏うような物となっている。
「リニアが気に入ってるならそのままでいいか。妖精らしくて可愛いし」
「かわっ!」
クマフードを手に真っ赤になったリニア。
まだレベルが低いので彼女の〈熊化〉はこのフードを使ってもたいして見た目が変わらないだろうけど、完全にクマ化したらぬいぐるみになりそうで気になっているんだよね。
色もリニアの髪に合わせて桃色だからピンクのクマのぬいぐるみになったりして。前世のメールペットを思い出すなあ。
「ん? ロディ?」
タイミングがいいのか、おっさんのメールペットのロディがメールを咥えて出現した。パソコンを立ち上げなくてもメールが確認できるのは便利だ。まあ、ダンジョンレベルが上がれば自前のウィンドウでできるようになるらしいんだけどね。
「ええと……なんだ迷惑メールか。ロディ、ご苦労さん」
差出人が知らない名前の[重要]ってだけの件名なんて間違いなく迷惑メールだよなあ。こっちでもあるんだ。内容を見る気もせずにゴミ箱に入れといてもらった。
ロディも素直に従ったので問題はない。
◇
「コーチ、まずはこれをお納めください」
未熟者のダンジョンで底辺ギルドの連中の特訓開始。
委員鳥コトリがおっさんに差し出したのは前世でも見覚えのある種だった。この縞はヒマワリの種だろう。
むう、もしかしておっさんはハムスターのように両手で受け取らなければいけないだろうか?
ソラタもなんか羨ましそうにこっちを見ているし。
「ありがとう」
迷ったあげくに結局片手で受け取ったが大きいな。どんなでっかい花が咲くか楽しみだ。
たしか食用にもなったはず。油も取れるかもしれない。
「吾輩からはこれである」
他のギルメンも以前約束していた報酬を差し出してきた。特訓の後でもいいんだけどなあ。お宅訪問のお土産と一緒でこういう品は先に出した方がいいんだっけ?
「うん。みんなありがとう。助かるよ」
「命も助けられたし、こんなんじゃ全然足りないぜ」
「んだんだ。オラたちがもっと稼いでいればちゃんとしたお礼ができるのに……」
ツリーシャドウのジョルトの言葉にみんなが下を向いてしまう。自分たちの不甲斐なさが身にしみているのだろう。
ジョルトのくれたのは、彼の実や種ではないようだ。トレントとは違うのね。
「わかってる。それをなんとかしたくてここに集ったんだろ。多少なりともおっさんが手助けしよう」
「コーチ!」
おっさんにまかせろなんて大きなことは言わない。できるのは本当に小さな手助けだけだ。おっさん小さいからな。
あとさ、委員鳥はさっきからおっさんのこと「コーチ」って呼んでるよね。まさかスポ根なノリを期待されてる?
ジャージと竹刀を用意してくるんだったか。
「これからお前たちを鍛える。だが、その前にどうして鍛えた方がいいかわかるか?」
「はいっ!」
「じゃマグロウ、答えてくれ」
「強ければモテるから!」
その答えにおおっと歓声と拍手がわき上がる。
いや、気持ちはわからないでもないけどさあ。
「……他には」
「はい」
「うん。マリモ」
「生き残るため。強くないと勇者に殺される。ハイパみたいに」
たぶん挙手したであろう、目のついた草の塊に聞いてみたら今度は歓声も拍手もなく、場の空気が重くなった。
続く挙手もないのでしかたなくおっさんが口を開くしかない。
「ハイパが死んでいるのを死亡者リストで確認したか?」
全員が無言で首を動かした。ほとんどは縦だけど数名、横に動かしたやつがいるな。興味なくて調べなかったか、それとも自分を利用したとはいえ知り合いの死を確認するのが怖かったか。
「その死亡者リストだが、ダンの名前が載ってないのは知っているか?」
「ダンって、まさかナンバーワンダンジョンマスターの?」
「最近順位表に名前がないから死んでるって噂だけど違うの?」
「それじゃ生きてる?」
おっさんの問いに疑問の声を上げるギルメンたち。
その中に言おうとしていた情報を持っているやつがいた。
「ウワウワサ、ダン、ダンダンジョンで異世界に行ったんじゃないないか」
カニミツだったので微妙にわかりにくかった。
まあ、その情報だ。
「ダンの持っていたオンリースキルがDP交換リストに出ていたという情報がある。これはすぐに売れてしまったらしい」
「それは自分も目にした。ダン死亡説のきっかけになった情報だ」
メビウスってどうやって喋ってるんだろうな。スケルトンの発声器官も謎である。まあ、おっさんの声の大きさもあるから考えるだけ無駄なのかもしれん。
「オンリースキルはこの世界で唯一のスキル。多少下位互換のスキルがある場合もあるけれど、全く同じスキルは存在しない」
「だからダンが死んだことになるっすよね?」
「いや、死ななくてもいい。そのオンリースキルの所有者がこの世界からいなくなればいい」
「だから異世界……」
そう。生きていようが死んでいようがこの世界からいなくなってたら、オンリースキルが所有者なしになる。
異世界なんてと笑えるやつはここにはいない。だって全員、異世界にきた者ばかりなんだからさ。
「おっさんもダンはこの世界にいないんじゃないかと思う」
だっておっさんの〈複製〉はダンのスキルだったみたいだし。みんなには秘密だけどね。
「ま、まさか元の世界に?」
「それはわからない。だけど人類種でも行える勇者召喚があるんだし、別の世界に行く方法もあるはずだ」
「たしかに……」
「帰れるのか?」
帰りたいのかな?
その姿だと帰れても大変だと思うけど。言いたいけど言わない。
おっさんも人事じゃないし。
「だが仮にそれがあったとして、ダンジョンマスターに邪神のダンジョンを攻略させたい運営がほっておくはずもない」
「それじゃどうやって? 他の世界のやつに召喚でもされたのか?」
「多くの眷属もいなくなってるらしいから、違うんじゃないか」
ダンの眷属で有名なのはアフロディーテ。彼女が生きてるかもしれないと知った時のレヴィアはどうでもいいと口では言いながらも嬉しそうだった。
「ダンは“世界の中心”を攻略中に行方不明になっている。鍵はそこにあるはずだ」
「も、もしかしてあの噂が本当っチュか? 世界の中心の最深部には願いを叶えるお宝があると……」
「その可能性を信じて世界の中心の攻略を進めるダンマスが増えているみたいだ」
ダンがフレンドに宛てたメールにもそんなことが書かれていたらしい。
最深部に到達するのは並大抵の苦労じゃないとも。
「コーチ! さっきの質問の答えって、まさか世界の中心を攻略するために鍛えるというのですか? あのダンでさえ千年かかったダンジョンですよ。不可能です!」
「そうか? まあ、それはいい。なにも世界の中心を攻略しろとは言わない。攻略するやつを相手に商売すればDPが稼げると言いたいんだ」
「商売?」
「そのためにはダンジョンレベルを10にしなければいけないが……邪神のダンジョンの本格攻略を開始すれば、むこうのダンジョンの領域を奪って自分の領域にすることができるようになる。そこを店舗にすればいい」
実際、そうやって稼いでいるダンマスもいる。出入り口付近でダンジョン産のアイテムを売買しているようだ。
おっさんもそのうち銭湯をオープンさせてもいいかもしれない。
「だ、だけど無料復活が……」
「コアを破壊されたらどのみち復活できないから無料復活は捨ててもいいが、そもそも10レベルになるDPを貯められない……」
「立地が悪くて侵入者がこないのに強くなっても……」
ここにきてまだ怖気づいているか。
おっさんもまだ10レベルになってないから強く言えないけどさ。
「だからこそ鍛えて、強くなって、邪神のダンジョンをみんなで攻略してDPを稼ぐんだ」
「そうっす! アニキについていけば間違いないっす! オイラはカラオケハウスをやるっすよ!」
エージン、お前はもうちょっと考えろよ……。




