閑話 管理者のお仕事
2巻発売中。苦戦しております
あなたの清き一買を!
「それではお先に失礼しますねー」
「お疲れさまです」
「お疲れっしたー」
ダンジョンマスターサポート部コールセンターの業務を定時で終えて、隣の給湯室のコンロに火を点ける炉の女神ことヘスティア。コンロは便利だけど風情がないのがよくないと思いながら。
「フーマさんのところの囲炉裏は素晴らしいんですけど、ちょっと小さいんですよねー」
ヘスティア神殿の中心、巨大な炉から炎が吹き上がる。炎の中から出てくるのはまず大きな双丘。ついでムッチリとした脚。
ヘスティアが自身の力を使って炎から炎へと移動したのだ。
「ただいまー」
「おかえりなさいませヘスティア様」
「おかえにゃちゃいー」
ニンフと共に出迎えた舌っ足らずなまだ幼い火精にヘスティアは思わず笑みがこぼれた。
「ふふっ。出迎えご苦労様」
「すぐにお食事になさいますか?」
「今日の」
ヘスティアがメニューを問いかけている途中で、目前に昔のモニタ一体型パソコンに手とタイヤをつけたようなものが現れた。ヘスティアのメールペットであり付喪神のヘパさんである。
処女神であるヘスティアの神殿で働くのは全て女性ばかり。その中で唯一の例外だ。もっとも、性別などあってないような存在ではあったが。
「ヘパさん。またお仕事ですかぁ?」
無言で手に書類の束を出現させ、がっくりと肩を落とした主へと差し出すヘパさん。
ヘスティアはため息をつきながらその書類を受け取った。
ニンフにお茶を淹れてもらい、愛用の大きな湯のみ片手に書類をチェックする。ほとんどが火精からの報告だ。重要でない案件はヘパさんが省いてくれているので、残ったこれらは目を通さないわけにはいかない。
「まあ、問題なんてほとんど起きませんよね……これは!」
せいぜい山火事の範囲の調整ぐらいかなーと思いつつチェックしていたヘスティアはその書類を手に椅子から立ち上がる。
「四番案件です。あの子たちに連絡を」
「すでにヘパさんに呼ばれてこちらへ来ております」
「そう。さすがですねヘパさん。ついでに出動まで指示してくれればいいのに」
得意げに踊っているように見えるヘパさんを恨めしそうに睨むが言っても無駄なこともわかっている。あの精霊を動かせる権限を持つのは“火の管理者”であるヘスティアだけなのだから。
「はい、それではパウダーイーターの皆さん、出番ですよー」
小さな小さな火精に女神が指示を出すと、すでに任務内容を知っていたのであろうその群れはふっと神殿から消えていった。
「まったく、勇者にも困ったものですー。なんですぐにあんな物を作ろうとするのー」
「主神様への報告と勇者の担当神に行う抗議の準備もヘパさんが整えております」
「そう。それを済ませたら食事にしますー。あ、今度炉端焼きを試してみましょーか」
「了解しました」
数時間後。
パウダーイーターの向かった地では大きな騒ぎが起こっていた。
「勇者様、大変でございます」
「なんだ? モンスターか? それならさっそく銃の実戦テストを」
「それどころではございません! 火薬が消失しました!」
「なんだと! どういうことだ?」
せっかく苦労して完成させた黒色火薬が試射の前に消えてしまったと聞いてさすがの勇者も驚きを隠せない。
その勇者の耳に声が届いた。勇者にしか聞こえない声が。
「だからあれほど警告しただろう。火薬は駄目だと」
「お前は!」
「お前、ね。神に対していつまでもその態度。だから私の言葉を無視したか」
大きなため息まで聞こえてきたが勇者にもその姿を見ることはできなかった。
声の主はこの勇者の担当神である。
「そこまで増長するほどの力を持っているのになんであんな物を欲しがったのかな?」
「銃があればみんなも戦えるだろ!」
「銃なんかなくったって鍛えればいい。残念だよ。君は聖剣よりも銃を選んだんだ。もうそれはいらないよね」
慌てて勇者が自分の腰を見るが、ベルトに固定していた聖剣は忽然と姿を消していた。
「私も君の担当を外れる。もう会うこともないだろう。さよならだよ、元勇者」
勇者の担当神は別れを告げると聖剣を手に去っていった。
それを影からこっそりと眺めていたヘパさんもパウダーイーターとともにヘスティアの元へと帰っていく。
火薬喰い。
銃火器をよしとしなかった主神が生み出した精霊である。
神が危険と判断した爆発物、火薬類をその名のとおりに喰らう。
たとえどんなに密閉されていようが分厘も残さずに消し去る。アイテムボックスに侵入することはないがそれでも、アイテムボックスから火薬を出せば瞬く間に喰らい尽くすのだ。
パウダーイーターの存在はほとんどの神にも極秘。もちろん人類種に知る者はいない。
この極小の精霊を動かすのも“火の管理者”の重要な仕事である。
◇ ◇ ◇
「久しぶりねバハムート」
「リヴァイアサンお姉さま!」
日の光の届かぬ深い深い海の奥。さらにさらに深い世界一の大海溝の底。
そこが“水の管理者”の職場だった。
「最近写しばかりだったから直接会えて嬉しい!」
「そうだったかしら?」
「そうですよ! そのせいか、いつも以上にお美しく感じます!」
深海の暗闇の中でも彼女たちの目には関係ない。それどころかバハムートの目にはリヴァイアサンがキラキラと輝いて見えていた。
なお、こんな会話をしている彼女たちの姿は大海魔龍と大怪魚である。どちらも全長うんキロの巨体だ。
「そう。それはきっと恋をしてるからね」
「鯉? あんな小さな魚にそんな栄養が?」
「ふふっ。魚類ではないわ。恋愛の方よ」
バハムートの誤解を訂正しつつ、そういえばアキラに預けたあの鯉はどうなったかしら、と自分に挑戦した吸血姫を思い出すリヴァイアサン。
「ああ、そっちですか。……恋愛っ!?」
「そうよ」
「ま、まさか、相手はオスじゃありませんよね?」
「当然でしょう。いくら結婚相手に苦労したとはいえ、私は同性に興味はないわ」
そう言いつつも彼女の脳裏にはとある少女の眼帯をかけた顔が浮かんでいた。
「そ、そんな! お姉さまはいつか一緒にキマシの塔を登ってくれると信じていましたのに!」
「なにを言っているのバハムート?」
「いつもみたいに愛を込めながらハムちゃんと呼んでください!」
「いつそう呼んだことがあって?」
毎度のことながらバハムートの相手は妙に疲れるリヴァイアサン。
だが自分を慕っていることもわかっているので無碍にもできない。なにより、彼女はリヴァイアサンに次ぐ海の実力者であり、いずれ後を任せようと思っている相手だったりする。
「お姉のイケズ」
「馬鹿言ってないで仕事を始めるわよ」
「はぁい」
二体はダンジョンマスターのようにウィンドウを開きデータをやり取りしていく。これも水の管理のために主神から与えられた力である。
「今月の水の増加量はこれぐらいですね」
「ふむ。季節を考えると北半球の分はあまり減らさないでもいいわね」
「そうですね。ではこれぐらいで」
リヴァイアサンの真下、海底に巨大な魔法陣が出現して強く輝いた。すると、今まで静かだった深海に強い流れが発生し、大きな渦となっていく。
これはリヴァイアサンが海水を魔力に変換したために起きた現象だ。
この世界の〈水魔法〉は魔力を変換して水を発生させる。そのため、使えば使うほど水の総量は増えていってしまう。世界を水没させないために水を魔力に戻す必要があるのだ。その水量のコントロールを行うのが“水の管理者”に与えられた重要な仕事である。
「あいかわらず凄いですお姉さま!」
「バハムート、あなたは私の後を継いで水の管理者となるのよ。これも覚えなければいけないわ」
「お姉さまがいなくなるなんてありえないから、その必要はありません」
「私は寿退職したいのよ」
バハムートにだけならいいだろうと辺りに他の者がいないのを確認してリヴァイアサンが告げる。もっともこの強力な渦潮と、二体がいるだけで発生するプレッシャーに耐えられる存在なぞそうはいないのだが。
「あなたになら言ってもいいかしら。私、結婚したのよ」
「え……お姉さま、エープリルフールはとっくに過ぎてましてよ。そんな自虐的な嘘をつくのはいけませんわ」
嘘だと言うバハムートにリヴァイアサンは答えず、ただじっと大怪魚をみつめるだけ。
ブレスの一発も貰うと思っていたのにその反応にショックを受けるバハムート。
「マジ……ですか?」
「大マジよ」
「嘘です! お姉さまが結婚なんて! あ、相手は誰なんですの!? ……も、もしかしてヒモくん?」
「ヒモ? バハムート、たしかにあなたなら番を養うことになるでしょう。でも、扶養家族をヒモ呼ばわりはいけないわ」
バハムートにもそんな男がいたのね、こんなことを知ったら以前の自分なら嫉妬のあまりに海を荒らしていたかも知れないのに今はほほえましく思えるわ。そうリヴァイアサンは苦笑する。
「ち、違います! ハムちゃんはお姉さま一筋なのにそんなやついません! そうじゃなくて、ベヒモスのことですってば!」
「ベヒモス? ……ええと?」
「ハムちゃんの弟のベヒモスです」
「……あ、ああ、そういえばあなたには弟がいたわね。全く似ていない双子の弟が」
大怪魚バハムートには双子の弟、大巨獣ベヒモスがいる。
ベヒモスも姉と同じくリヴァイアサンに恋焦がれていたが、陸に生きる自分は彼女に相応しくないと何百年も告白できていない。
「でもなんでここで名前が出てくるのかしら? バハムート、いくら長い間私に結婚相手が見つからなかったからって、弟に無理強いするつもりだったの?」
「い、いえ、そんなことは……」
「私が不甲斐ないばかりに心配かけたわね。でも安心なさい。私はもう結婚したのよ」
リヴァイアサンの笑顔がまぶしすぎて、バハムートは弟の想いを告げることはできなかった。というより自分の脳内アルバムにリヴァイアサンの笑顔を焼き付けることに集中して、弟のことなんてすでに頭から消えていた。
一方、地上では。
ブゥゥゥゥエエエエエエエエッグシ!!
森の木々が吹き飛んでいく。超大型台風以上の瞬間風速を叩き出したそれはベヒモスのクシャミだった。
「だ、誰かウワサしてるんだな。も、もしかしてリヴァイアサンさん? 今ごろはお姉ちゃんと仕事してるはずなんだな……ぼ、僕のことを紹介してとかお姉ちゃんに言ってたりして……でゅへへへへへへ」
あまりにも自分に都合のいい妄想に巨体を捩って悶えるベヒモス。ゴロゴロどころかゴゴゴゴゴと転がるその振動は大陸を震わせ大地震を引き起こした。
それによって津波まで発生。ベヒモスは姉に酷く怒られることになるのだが、彼はまだそのことを知らない。
2巻、売れてません。
このままだと続刊は……。




