111話 豆腐
2巻発売中
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三日目。
今日で魔王城にたどり着く予定だ。いったいどんなダンジョンなんだろう。楽しみでもある。
まあ、攻略するつもりはないんで外見ぐらいしか楽しめないだろうが仮にも城を名乗るのだ。少しは凝った外見をしてるのだろう。
だが、勇者たちの歩みは遅い。
緊張で遅くなっているのではなく、警戒しながらだからだ。
「デスワームの気配はしないだろうな」
歩きながら何度も振り向き、トーゲンに聞いてくる王子。よほど今朝の光景が衝撃的だったのだろう。
朝、移動を開始してすぐにモンスターの群れを発見した。十数匹からなる【オーク】の群れだったのだが、むこうはこちらに気づかず先制攻撃を狙える状況。
オークはよくある太った人間の頭が豚のタイプだった。手足も豚足ではなく五本指のようで皮鎧と剣や槍を装備している。
そのオークの群れの足元の地面が突然崩落。そのまま地面へと飲み込まれてしまったのだ。デスワームの仕業である。俺の〈感知〉によりデスワームに気づいていたこちらは静かに見守るだけ。デスワームが食事を終えていなくなるまでそこで固まっていた。
〈感知〉から反応が消えたのでやっと確認してみると、陥没の範囲は直径10メートルを超えている。
でっかいミミズの原始的な生物かと思ってたら、こんな猟みたいなことをするのかよ。おっさん内部でデスワームの危険ランクがアップ中である。
おかげでデスワームに王子がビビッてしまい足取りが重いというわけだ。
早く魔王城につきたいんだけどなあ。
「それで王子、魔王城を見つけた人と合流するんだよね。その人の居場所、わかるの?」
「問題ない。むこうが見つけてくれる」
ツクシちゃんの質問に偉そうに答えるビビリ王子。
見つけてくれるって言うが、街道もなく大きな岩もけっこう転がってるこの荒地を歩く俺たちを?
そりゃトーゲンは大きいし色もアレだから目立つかもしれないけどさあ。
でもまあ、魔王城に人が連れ去られているのを突き止めた人物みたいだし、凄腕の斥候なのかもしれない。そういうこともありうるか。
その人物は今も魔王城の監視を続けている。
あ、〈感知〉に飛行物の反応。サンダーバードかと一瞬焦ったがどうやら普通の鳥らしい。ビビッてんのはおっさんも同じだったみたいだ。その鳥もこちらに気づいてすぐに方向を変えて飛び去った。
コーラクラウン山に近づく俺たち。
行く手に現れたのは腰の曲がった爺さんだった。歩行を支えるためと思われる杖には大きな鳩が止まっている。爺さんを指差しながらドヤ顔の王子。
「ほら、見つけてくれただろう」
「早かったですな、王子」
「嫌味を言わないでくれ師匠。途中でいろいろあってな」
爺さんが王子の師匠?
おっさんと同じく興味を持ったツクシちゃんが先に〈鑑定〉したようで驚きの声を上げる。
「わ、レベル69? 今までで一番高い!」
種族レベルのことだよね?
たしかにそれなら騎士団長の倍以上なんですけど。
人間の種族ランクはC。他の種族でいえばNと同じランクらしいんだけど、人間のみNではなくCである。
なぜならNランクはレベルが25でカンストし、Rに進化できるようになるのだが、人間は25でカンストしない。
というより人間は種族レベルがカンストしないらしいのだ。ズルい。
このせいで人間は神に選ばれた種族だと調子に乗る連中もいるらしいのだが、Nのカンスト25レベルまででも到達できる人間はほとんどいないので、それで偉ぶられても、と他種族はあまり相手にしていない。
なのにこの爺さんが69? 年齢の間違いじゃないのかと思っておっさんも〈鑑定〉したがツクシちゃんの言うとおり、レベル69だった。マジかよ。
あとこの爺さん、〈テイム〉のスキルも持っていた。あの鳩は爺さんに使役されていて、さっきの〈感知〉に引っかかったのもあいつ。鳩が俺たちを見つけたようだった。城に魔王城のことを知らせたのも鳩が運んだ手紙らしい。
「どんな状況だ。さらわれた者たちは無事か?」
「生きてますな。あの者たちは自ら進んで魔王に従っております。無闇に殺されることはありますまい」
ああ、〈魅了〉か。ダンマスだけじゃなくて人間にも使っているのか。
魅了されてる状態なら眷属化じゃないからDPは入るのだろう。そのためにさらったのかな。
「あやつらはこれを作らされております」
高レベル爺さんが持っていたのは……草? あまり大きくない植物だった。
「ちょっと、これって大麻だよ!」
またもおっさんより先に〈鑑定〉するツクシちゃん。その結果に声を荒げる。
そうか大麻か。こんな葉っぱだったのか。……なんでハイパはこんなもん育てさせてるんだ?
麻薬なんて怠惰のイメージにはあってるような気もするけどさ。
「ですな。コーラヘヴンでは育てることも禁止されているご禁制の品」
「拐かされた者たちを助ける理由がまた増えましたね」
「うん。早く助けに行こう!」
「お待ち下され」
すぐに出発しようとする俺たちを爺さんが止める。爺さんが案内してくれるんじゃないんだろうか?
「まだ報告が残っております」
「そんなものは向かいながらでいいだろ」
「それが、そうもいかんのですな。現在、魔王城には多くのモンスターが集結しております。中には大型種も確認されておるのですな」
エージンたちだ。
エージンとサッキィが眷属チャットで連絡、パソコンを使ったフレンドチャットでサッキィとニャンシーたちが情報交換、それから眷属チャットでニャンシーたちからおっさんに報告がくるわけだが、当然エージンたち底辺ギルドメンバーの情報も入手している。
たしかに高レベルの人間でも警戒しなければいけないような種族もいるわ。
「ましてこれからでは魔王城に到着するのは夜となりましょう。夜はやつらの時間ですな」
爺さんに説得されて魔王城の攻略は明日に持ち越されることになった。
たしかにエージンはヴァンパイア化してるから夜しか外に出れないんだよな。
◇
「どうするのフーマ?」
「ここまでくれば勇者たちと行動を共にする必要はないはずよね」
「ああ。むしろ一緒に行動するのは危険だ。とはいえ、あの爺さんはちょっと相手にしたくないんでチャンスをまとう」
現在、爺さんが拠点にしてるという大きな岩がいくつか折り重なった影で休息中の勇者パーティ。食事も爺さんが大きなトカゲを焼いてくれた。あまりにも大きいトカゲだったのでダンマスの誰かかと不安になったが〈鑑定〉したら違った。よかった。
炎も煙も外からはわからないようになっているらしい。
「増えたモンスターには飛行するタイプもおって、この辺りまで偵察しますな」
たしか偵察してるのって、天使みたいに見えるやつなはずだけどモンスター扱いなのか。……まさかおっさんたち小人もモンスター扱いなのか?
「では、こちらからも偵察に行ってきますな。王子たちはここから出ないように」
爺さんは杖をつきながらもすごい速さで行ってしまった。
鳩も一緒だ。辺りはもう暗くなってるけど役に立つんだろうか。鳥目じゃないの?
だが、チャンスである。
「桃ちゃん、なんだか大変な状況みたいだから……桃ちゃんが嫌なら魔王城まで一緒にこなくてもいいんだよ」
「桃幻卿には魔王城に行く理由がない。呪いを解く方法があるという確信でもない限り、無理につきあう必要もないだろう」
ツクシちゃんとレオンタインがそんなことを言ってきた。危険な場所に無関係なトーゲンを連れて行きたくなくなったのかもしれない。
「たしかに予想以上に危険なようですね。私たちも出直すかどうか相談しなければいけません」
「いや、師匠がいればなんとかなる!」
聖女の言葉に反論する王子。どんだけあの爺さん強いんだか。
それともダンマスたちを見てないから甘く見てるのかね。
「魔王城の場所も爺さんから聞いてるし、もういいかな?」
「じゃあフーマ」
「ああ。コルノ、お願い」
トーゲンに指示を出してコックリ表にゆっくりと指を向かわせる。トーゲンの選ぶ答えに注目する勇者パーティ全員。
その背後に〈転移〉するおっさんとコルノ。
コルノは素早く封印の眼帯を外す。最近ショートカットに切り揃えてるコルノの青髪が深紅に染まり、伸びていく。
一瞬だった。
ほんの一瞬で勇者パーティは全員が石になってしまった。
「ふう。トーゲンが石にならなくてよかったよー」
眼帯を付け直したコルノが肩の力を抜いていく。彼女の石化は視界に入ったもの全てなので、トーゲンまで石にしかねないので緊張していたようだ。
「お疲れさま。コルノがいてくれてよかったよ。この後も頼むね」
「うん。まっかせてー!」
さてと、爺さんが戻ってくる前に出発しますかね。
◇
「勇者たちはあのままでよかったのかしら? 石化解除薬までおいてきて」
「あんな危険物、ダンジョンに持ち込めないでしょ。自力で石化解除されるかもしれないし」
「いーんじゃない? 勇者も悪い子じゃなかったからコワしちゃうのはボクもちょっとイヤだったもん」
石化した勇者パーティはあの場所に置いてきた。石化解除薬と書置きを添えて。
〔ゴメンナサイ
鎧の呪いが発動してしまい、勇者たちが石になってしまった
石化は薬で治るのだが、薬はこれしか残っていない
もう一緒にはいられない
短い間だったが、楽しかった
得体の知れない自分と一緒にいてくれてありがとう
サヨウナラ
石化解除薬は石化した人間を日光に当てながら使ってください〕
石化解除薬はコルノの涙を複製した物だ。ちゃんと石化を元に戻せる。もちろん〈鑑定妨害〉で偽装済み。
薬を置いていったのは爺さんに俺たちを追わせないため。日光云々は嘘だ。そんな必要はない。ただの時間稼ぎである。日光が必要としておけば爺さんもすぐには石化を解除しないだろう。爺さんが他の方法で石化を解除したらその時はその時だ。
「でもさ、あのおじーちゃん、ちゃんと書置き読めるかな?」
「あ、老眼……」
「手紙を城に送ったと言っていたから大丈夫よ」
それもそうか。
月明かりの中、トーゲンを走らせる。
魔王城はもうすぐだ。いったいどんな造形か。
「お城みっけ」
「あれか」
モニタとなっているタブレットを操作して拡大表示する。
トーゲンも暗いダンジョンの落とし穴で特訓したおかげで〈暗視〉スキルを入手しているからか、画面にもハッキリと映っていた。付近にあるちっちゃい畑は大麻だろうか。
そして、お楽しみの魔王城の外見は!
「すごく……豆腐です」
まさかの豆腐建築。
ガッカリだった。




