107話 セドリック王子Ⅱ
2巻、3月25日発売です
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「と、とにかく、このダンジョンはちゃんと攻略してきたんだ。約束どおりお前たちには城に帰ってもらうぞ!」
「王子、いくらレオンタイン殿に自分以外の男を近づけたくないからってそれは」
「違う。お前たち騎士を俺のわがままに付き合わせるわけにはいかないと何度言わせる。魔王が国を脅かしている現状、騎士であるお前たちを私事で使うのは心苦しい」
王子は騎士たちを一緒に連れていきたくはないようだ。
極秘事項をバラされて焦った王子が誤魔化すために言い出したかと思ったら、ちゃんとした理由があったのね。
「我らこそ勝手に王子についてきたのです。お気になさるな」
「第一王子とはいえ、王位継承の目がない俺のためにここまできてくれたことは嬉しく思う。だが、お前たちは優秀な騎士。俺ではなく、国のために尽くせ」
「王子!」
王子の言葉にぶわっと男泣きを始める騎士たち。
ええと。
なんですかこの茶番劇。さっきまでの男子学生ノリのせいで冷めた目でしか見れないんですが。
王位継承の目がないってのもちょっとだけ気になるけど、お家騒動に巻き込まれるのも面倒なので聞かなかったことにしたいなあ。
「幸い、お前たちの代わりとまではいかないが、安心して盾役を任せられる仲間も得た。安心してくれ」
えっ。それってもしかしてトーゲンのこと?
あんなに渋ってたのに、自分の目的のためならそれも利用するのはさすが王子様。政治的な理由ってやつ? ちょっと違うか。
とりあえず流されるままにトーゲンに頷かせておこう。
「桃幻卿! 王子のこと、よろしく頼みますぞ!」
騎士団長がトーゲンの大きな手を両手で握って懇願してくる。それに他の騎士も続く。
「王子はこう見えてコーラヘヴンにとって必要なお方なのです」
「多少ワガママなところはございますが、それ以上にいいところもお持ちです」
「セドリック王子こそ我らの忠義を捧げるに相応しい」
「なにとぞ無事にお返しください」
ふむ。王子ってば人望はあったのね。言われている本人は照れているのか真っ赤になってしまった。「私が骨折した時」とか「妹の結婚相手が」とか王子の実績が述べられ始めると、我慢しきれなくなったみたい。
「いいからもう帰れ!」
◇
女性陣が戻ってくるのを待って、騎士たちは渋々と同行しないことを承諾し、おっさんたちの出立を見送るのだった。
「いいか、絶対に振り向くなよ。そんなことをしたら、なにかあったのですか、ってすぐこっちにくるからな」
「なんかテレビであったね、子供だけでおつかいさせるやつ。隠れてついてきてる人がいたりして」
どうなんだろう。〈感知〉には反応はないんだけど。
騎士団長は〈鑑定〉したところ種族レベルは20だった。他の騎士は10以上15未満。ステータスとスキルを見る限り、ダンジョンで遭遇したダイアウルフの群れにも遅れをとることはなさそう。
一番弱い騎士でもトーゲンよりステータスの値が上だったのはショックだ。
トーゲンは重装甲だから騎士たちが持っていた剣で簡単にダメージを受けることはないはずだけど、なにか技を使われたら装甲も突破されるかもしれない。トーゲンの武器もイマイチなんで、勝つのは大変そうだ。
もし戦うことになったら、おっさんがトーゲンから降りて戦わないといけないだろう。
王子の言葉を信じるなら優秀らしいから、あんな強さの人間がごろごろいないことを祈る。
「それだけセドリック王子のことが心配なのでしょう」
「俺は子供ではない」
「セドはまだまだ子供」
レオンタインの言葉に目に見えて落ち込む王子。
騎士たちが教えてくれたところによると、レオンタインは王子の教師の一人らしい。女教師に惚れてしまった生徒なのね。
「桃ちゃん、その盾使えそう?」
騎士の一人が使ってくれとトーゲンにこの盾をくれた。
ヒーターシールドだ。表面には翼が生えて輪っかのついたガラス瓶の紋章が描かれている。どう見てもコーラの瓶である。なに、こっちにもコーラあるの?
トーゲンが紋章をじっと見ていたらツクシちゃんが説明してくれた。
「面白いよね、その紋章。コーラヘヴンってね、昔召喚された勇者が作った国みたい。きっとコーラが大好きだったんだね」
「初代王の今際の言葉は、コーラ飲みたい、だったと伝えられている。よほど素晴らしい飲み物なのだろうな」
「どうかな? 私はアレルギーがあったから味は知らないんだけど」
コーラが飲めなくてツライからせめて名前だけでもって、コーラ天国と名づけたのかな?
王になったのもコーラを作るためだったりして。でもコーラってどうやって作ればいいのかわからなかったんだろうな。おっさんにもわからん。サイダーなら炭酸水に砂糖を入れればいいってわかるんだけど。
子孫にまでそんな言葉が残ってしまうなんて、勇者の方も苦労してるみたいだ。
とりあえずトーゲンにコーラ天国騎士のヒーターシールドを装備させておく。紋章のせいでトーゲンのデザインとは合わないが、せっかくだからな。サイズ的にもゴブリンダンジョン産の盾より良さそうだしさ。
「ふむ。やはり盾にも髑髏がほしい」
レオンタインさん、あなたが王子になにを教えているのか気になるんですが。
まさか美術じゃないよね?
◇ ◇ ◇
歩き続けて夕方、適当な場所で野営の準備を始める。
サッキィからの情報どおり、あのダンジョンから歩いて三日の距離に“怠惰の魔王城”があるようだ。
「ホントは馬で行ければもっと早いんだけど、私がまだ馬に乗れない」
徒歩の理由を教えてくれたツクシちゃんに騎士が書いてくれたコックリ表で「自分も乗れない」と返す。トーゲンは重いから乗れる馬を探すのが難しいだろう。
ちなみにこのコックリ表はトーゲンのマントとして装備できるようになっている。日本語の五十音と右足大陸語が書かれた便利な品だ。書かれているのは裏地なので装備中の外見はそれほど気にはならない。……はず。
王子もツクシちゃんも初めてではないのだろう、テキパキと野営の準備を進めていく。荷物が少ないと思っていたがちゃんとテントもある。さすがは王子なのか、アイテムバッグを持っていた。
「初代王がダンジョンで見つけた品だ。王家にはいくつかあるのだ」
「王子ってば勝手に持ち出したくせに」
「だから気を使って一番小さい物を持ってきたではないか」
コーラ天国王家が何代続いているかは知らないけど、ダンジョン産マジックアイテムは丈夫なようである。
火起こしは火打石ではなく、ツクシちゃんの聖剣であっさりと点火。すぐに焚き火ができてしまった。
「便利でしょ、このユグドラシルブレイカー」
ツクシちゃんの言葉に答えるように剣の炎が揺らぐ。
「勇者様、その剣の名は火焔剣です」
「その名前、ちょっと地味だから禁止」
禁止ってあーた……。
ブレイズソード? ユグドラシルブレイカーって世界樹を壊すってことだよな。それってまさか、北欧神話の炎の剣?
レーヴァテインや勝利の剣と同一視されることもある有名な剣じゃないか!
そんな強力な剣を持ってるの、この勇者ちゃんは?
あと北欧神話ネタでそんな名前をつけるなんて、ツクシちゃんは中二病確定だな。
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