102話 ベルフ
2巻は3月25日発売予定です
我が家に戻ってエージンに文句を言おうとフレンドチャットを開始する。
これも眷属チャットと同じようにパソコンじゃなくて直接ダンジョンマスターのウィンドウでできればいいんだけど、それにはダンジョンレベルが足りない。
まあ、そんな急な連絡があるフレンド……というかフレンドなんてアキラとエージンしかおっさんにはいないか、そう自嘲していたらさ、エージンたちが緊急事態らしい。
サッキィ 》 申し訳ありません
サッキィ 》 ご主人様がパソコンを使えない状況なので
サッキィ 》 代わりに私が連絡させていただきます
エージンも眷属がパソコンを使えるようにしてるみたいだ。
サッキィはおっぱい星人のエージンの眷属らしい巨乳のサキュバスだったよな。まだバニースーツ着てるんだろうか。
フーマ 》 約束の時間になってもこなかったけどなにかあったのか?
サッキィ 》 ご主人様たちはさらわれました
フーマ 》 さらわれた?
サッキィ 》 はい。眷属チャットで私に状況を知らせています
ダンジョンマスターが誘拐されるってどういうことだろう。
エージンだってけっこう強いと思うんだけど。元からスピードが結構あったし、アキラの血子になることで吸血鬼化してるからさらに強くなっている。俺の訓練も受けたし……。
フーマ 》 たちってことはエージンだけじゃないのか?
サッキィ 》 はい。本日フーマ様と会う予定のダンジョンマスター様たちもごいっしょです
だから誰もこなかったのか。
エージンは底辺ダンジョンマスターだって言ってたけど、そう簡単に捕まえられるもんなんだろうか。
フーマ 》 どういう状況なんだ
サッキィ 》 ご主人様たちはフーマ様との約束の時間前に集合し、その時にさらわれたのです
フーマ 》 未熟者のダンジョンでか
サッキィ 》 はい
特に戦いがあった形跡はなかったけど、俺が行く前にダンジョンが修復されたか、それともたいした抵抗もできずに捕まったか……。
未熟者のダンジョンはダンジョンマスターしか入ってこないはずだから、相手もダンマスってことになる。
フーマ 》 いったいどんなやつがエージンたちをさらったんだ?
サッキィ 》 犯人はわかっています
フーマ 》 そうなの?
サッキィ 》 ご主人様がギルドに誘っていた新人ダンジョンマスターです
フーマ 》 新人?
サッキィ 》 名前はハイパ。フーマ様と同じ時期にダンジョンマスターになったようです
フーマ 》 種族はわかるか?
サッキィ 》 はい。ですが種族名以外はよくわからない種族です
フーマ 》 それでいいから教えてくれ
サッキィ 》 ベルフ、だそうです
ベルフ……。
聞いたことのない感じだけど、強い種族なのかな。
フーマ 》 知らない種族だ。ハイパはどんなやつなんだ?
サッキィ 》 無気力な方だとご主人様はおっしゃってました
フーマ 》 無気力なのにダンマスをさらうのか?
サッキィ 》 ご主人様からのチャットによれば、防衛戦力にするためのようです
フーマ 》 さらった相手を戦わせるのか
酷いことをする……動けなくした相手を無理矢理に眷属にするダンジョンマスターらしいと言えないこともないけどさ。
耐性のないダンマスなら眷属にできるけど、それも一日だけ。その後は耐性ができてしまう。
フーマ 》 エージンたちは眷属にされたのか?
サッキィ 》 いえ、魅了を使われたようです
サッキィ 》 ご主人様は抵抗に成功したのですが、他のダンジョンマスター様たちがかかってしまい
サッキィ 》 その方たちを助けるために魅了されたフリをしているそうです
エージンはアキラに〈魅了〉されて血子になったから、他のやつの〈魅了〉なんて受けたくなくて抵抗できたのかね。
フーマ 》 エージンたちは今どこに?
サッキィ 》 ハイパのダンジョンです
フーマ 》 そりゃそうか。防衛戦力だもんな
サッキィ 》 ハイパは勇者に狙われているようで、そのための戦力としてさらわれたとご主人様は言ってます
フーマ 》 勇者!?
サッキィ 》 はい。魅了で近隣から人間を集めすぎて目立ってしまったようです
勇者はマズイな。
ダンジョンマスターがコア破壊された相手のほとんどが勇者だった。
俺だってそんな危険人物に会いたくないから、小さなダンジョンを創ったんだ。
でもそうか。運営だけじゃなくて人間相手に目立つのも危険なのか。
フーマ 》 まあ、エージンのギルドってダンジョンレベルが低いやつばっかなんだろ?
フーマ 》 勇者に殺されたとしても無料復活できるさ
サッキィ 》 それが、ダンジョンの防衛に自信がなくて
サッキィ 》 コアと同化していたダンジョンマスター様も数名いるらしいのです
ダンジョンにコアを残していくのが不安ってのはよくわかる。おっさんも最初はそうだった。そのレベルのダンマスもいたのか。
フーマ 》 そいつらが見捨てられなくてエージンもさらわれたのか
サッキィ 》 そのようです
エージンのやつめ。
アキラには酷いことをしたけど、仲間思いではあるみたいだな。
サッキィ 》 ご主人様たちを助けていただけないでしょうか?
フーマ 》 そうは言ってもね
サッキィ 》 ご主人様がいつも「アニキはスゴイっすよ」っておっしゃってるフーマ様ならばなんとかできるはずです
フーマ 》 過大評価だよ。助けてやりたいけど、ハイパのダンジョンだってどうやって行けばいいか
サッキィ 》 ハイパのダンジョンはこのダンジョンと同じ右足大陸にあります
フーマ 》 近いのか
サッキィ 》 いえ、このダンジョンはふくらはぎ、ハイパのダンジョンは太ももにあります
同じ大陸にあってもそれじゃ遠すぎる。
エージンのダンジョン付近だったら〈転移〉で行けなくもないのだけど。
サッキィ 》 ですが、邪神のダンジョン“強強の毛皮”が近くにあるようです
フーマ 》 ゴワゴワの毛皮、ね。邪神のダンジョンのネーミングはよくわからんな
サッキィ 》 そこからなら人間の足で歩いて三日ほどでつくそうです
フーマ 》 おっさんは小人なんですけど
サッキィ 》 私たちが直接行ければいいのですが、ハーピィでも遠く……
ダンジョンマスターが一緒にいないと眷属だけでは邪神のダンジョンへの転送魔法陣が使えない。
ダンジョンレベルが高ければ眷属単独でも使えるようになるけれど、エージンもまだそこまでのレベルにはなっていない。
フーマ 》 エージンはコアと同化してないんだろ
サッキィ 》 はい
フーマ 》 なら最悪、勇者にやられても復活できる
死に戻りはまだ体験したことないし、できればしたくもないけどこれならエージンの心配はない。
問題は他のコア同化してるダンジョンマスターだ。
サッキィ 》 そうですけれど……
フーマ 》 スマン。今のところ、おっさんは力になれそうにない
サッキィ 》 いえ、こちらこそ無理を言って申しわけありませんでした
サッキィ 》 一応、ハイパのダンジョンの詳細情報だけはメールでお送りさせてください
サッキィ 》 それではこちらでなんとか対策を考えますので失礼します
サッキィはおっさんの協力をまだ諦めていないらしい。
エージンも頼りになる知り合いは俺ぐらいだって言ってたもんなあ。
◇
「それでフーマは迷ってるんだね」
「おっさんが迷ってる?」
「助けに行きたいのでしょう? けれど、ダンジョンを長時間離れたくはないので迷っているのね」
今日のことを話したらあっさりと嫁さんに俺の葛藤が見抜かれていた。
そんなにおっさんはわかりやすいんだろうか?
「マスターはお人よしのところがあるからな。リニアのことだって世話をやいた」
「そこがフーマのいいところだろ。あたしは感謝してる。フーマが行きたいのならダンジョンはあたしたちが護るから心配せずに行ってきてくれ」
ミーアとリニアの言葉に他の眷属たちもうんうん、って頷いてる。
あれ?
俺ってクールで打算的な男なはずなんだけど。
リニアを助けたのだってディアナ対策なんだよなあ。
「それだけじゃなくて、ハイパも問題なんだ」
「ベルフとは小生も知らない種族なのだね」
「それがさ、サッキィがよこしたメールでやつの正体がわかったかもしれない」
あの後すぐにロディがメールを運んできたよ。おっさん、よほど頼りにされているらしい。
「ハイパのダンジョンの名は“怠惰の魔王城”。やつはたぶん……ベルフェゴールだ」
ベルフェゴールだから【ベルフ】ってことなんだろう。
七つの大罪の一人。怠惰を司っていたはずだ。
なんでダンジョンマスターにそんな大悪魔がいるのさ。
おっさんだって転生スターターでそんな種族いたら選んでいたよ、きっと!




