101話 テスタロッサ
書籍版の2巻は3月25日発売予定です
エージンのフレンドたちを指導することになってしまった。
頼まれたのは顧問で、ギルドには入らなくてもいいって言ってくれたけど別にのけ者にされてるわけじゃないよな?
顧問か。どっちかっていうと廃部寸前の運動部のコーチっぽい気がする。
竹刀でも用意しようか?
あ、竹はまだ見つかってないんだっけ。タケノコ食べたいなあ。
竹はいろいろ使い道がありそうだし、バイカンに聞いてみるか。
「お兄ちゃん、できただ」
「ありがとうハルコちゃん」
ハルコちゃんが作ってくれたのは俺の服である。
コーチだからジャージにでもしようか迷ったが、それではなめられてしまうかも、ともうちょい格好いい服を頼んだのだ。
「……赤い」
渡された服の色は赤だった。
ハルコちゃん、お前もか!
それともコルノが根回ししてる?
おっさんは逆襲する総帥じゃないんだからさ……。
「少し、地味ではないかしら?」
「えっ?」
「やはりここは光り輝く金色の方がいいのではなくて?」
たしかにあの総帥の乗ったロボなら金色のやつが一番好きだけど! レヴィアには俺の基礎知識、転写されてないはずなのになあ。
「派手すぎるから!」
「レヴィア様、赤いのは意味があるんです」
すすっと前に出てきたミーアが解説を始める。
「ノームやニス、クルラコーンといった赤い帽子をかぶる妖精も多い。赤というのは妖精たちにとって特別な色なんです」
「そういえばメローもそうだったわね」
ああ、そのものズバリ【レッドキャップ】なんて妖精もいた。あれは帽子を赤く染めるために人間を襲う凶悪なやつだったな。
「それだけじゃないのだ! この赤いのは火浣布なのだ。作るのが大変だったのだ!」
テリーが両手をぶんぶん回して抗議している。テリーは魔族なせいか、リヴァイアサンだからってレヴィアを敬ったりしてないんだよね。
「これが火浣布か。石綿じゃないんだ?」
前世でも伝説で出てきた燃えない布で正体は石綿ってされてたよな。けどこの服からはそんな感じは全くしない。
「あんちゃ、もっと鮮やかな赤にできなくてすまね」
「いや、これぐらいの方がいいよ、落ち着いた色合いで!」
赤とはいっても茜色や赤紅、柿渋色といったやや落ち着いた配色である。十分に派手な気はするが。
頼むから派手な方向へ持って行こうとしないでください。これ以上変な方向に持ってかれる前に試着してみることにする。
◇
「どう?」
「悪くないわね」
「カッコイイよ、フーマ! なんか忍者みたい!」
ふむと頷くレヴィアにキラキラ目を輝かせるコルノ。
忍者ねえ。赤紅のマフラーで口元をキッチリ隠せばそう見えないこともないかな。
そういや、俺の前世の名前に似てる甲賀の忍者服もこんな色だったような。
「迷彩でないのが残念ではアリますが、見事な保護色でアリますな司令殿」
アンコ、これが保護色ってどんな血の海にいなきゃいけなんですか、おっさんは。
ん、海?
ああ、深海魚の赤と一緒で暗闇だと黒よりも赤っぽい方が保護色になるんだっけ。そう考えるとこれも目立たない色って言えないこともないか。
[忍者スーツ・テスタロッサ
アイテムランクSR
火浣布製で火炎と熱に耐性を持つ
隠形にもプラス修正あり ]
鏡を見ながら〈鑑定〉してみたら本当に忍者装束だったし。
しかも赤の頭って。おっさん、スーパーカーじゃないんですが!
でもランクはSRだ。色と名前以外の不満はない。
「ハルコちゃん。これでエージンたちと会うよ、ありがとう」
もう一度ハルコちゃんに礼を言ってその頭を赤いとんがり帽子の上からなでなで。
「テリーとリオも手伝ったのだ!」
「テリー、リオ、ありがとうな」
二人もなでると「子供扱いするななのだ!」と文句を言いつつ逃げないテリーに嬉しいのか身体をスリスリしてくるリオ。……テリーは角があるので微妙になでにくかったりする。
「さて、あと用意しなきゃいけないのは……手ぶらでってわけにもいかないか?」
種を頼んじゃったしなあ。
かといってDPで買えるような物を持っていったんじゃDPを稼いでると思われる気もする。……顧問ならなめられないようにその方がいいのか?
うーむ。
差し入れっぽく、なんか軽くおやつ程度が無難かな?
うちで出せるおやつかあ。
「バイカン、果物はいくつか実になってたよな」
「はい……桃、林檎、梨ができておりますじゃ」
むう。種を頼んでおいてその辺りっていうのも変かな? むこうが持ってきてくれたのとカブっても気まずい。
どうすっかな。ワインなら妖精も作ってるぐらいだからブドウは珍しくなさそうなんでブドウにしとくか。
「ブドウもまたできてるよな?」
「はいですじゃ。……ワイン作成の時の種から育ったのが実を生しておりますじゃ」
もうか。植物成長薬スゲエな。
じゃそれを……そのまま持ってくのは芸がないな。
かといってワインはまだだろうし。
「そうだな、干しブドウでも作ろうか」
「レーズン?」
「そう。ちょっと種があったりするけど、そこは目をつぶってもらおう」
レーズンならそのまま食べられるし、菓子に使ってもいい。
前世で好きだったレーズンサンドを食べたくなってきたぜ。作り方知らないけどチャレンジしてみようかな。まだ材料が足りないけどさ。
「レーズンならオーブンでできるわね」
「そうなの?」
よく知ってるなレヴィア。おっさんは天日干しにしようと思ったのに。……フィールドダンジョンの謎太陽も天日といっていいのかね?
そよ風の魔法を使えばけっこう早くできると思うんだ。ニャンシーも風魔法使えるし。
「乙姫が好きなのよ、レーズンを使ったおつまみ」
「ああ、そういうこと」
なんだろう、乙姫って会ったことないけど嗜好がおっさんと近いのかもしれない。
レヴィアが作る料理がおっさん好みなのでそれを教えた乙姫には感謝である。
◇ ◇ ◇
約束の日。
衣装はハルコちゃん謹製の特注品だし、土産も持った。
挨拶もがんばって考えた。緊張しないように練習もした。
練習しすぎて逆に気合いが入りすぎてる気もする。
……なのに、誰もこない。
日付合ってるよな?
ダンジョンはこの世界中にあるから、時間は“ダンジョンマスター標準時”で決めたはずだ。
もう二時間は過ぎている。
じゃあ場所が違う?
集合場所は未熟者のダンジョン第1層の入り口のとこにしたはず。
転送魔法陣でこれるとこだから間違えようがない。
むう。からかわれたんだろうか?
エージン一人ならともかく、数人いるというやつのフレンドや新人ダンジョンマスターとやらの誰も現れないなんて。
「小人だからってなめられたかな?」
せっかくスーツやお持たせまで作ってもらったのに、これじゃ帰りづらい。
「はあ」
お持たせのレーズンを摘みながらため息が出るのは何度目だろう。
もういいか。
こんなに美味いのに。お前らになんか食わせてやらん!
あ、そうだ。
トーゲンの様子とゴブゴもたまには見に行こう。
ゴブゴはエージンの育成方針があるだろうって、酷い待遇に強く口出ししなかったんだけど今日はいいよね。
文句があるならやってこいってんだ。
一応念のために書置きを残して第1層の攻略開始。キャプテンゴブリンをさくっと倒して第2層へと移動する。
「ようゴブゴ、おっさんのこと覚えてる?」
ゴブゴのいる落とし穴に入り、ダンジョンマスター語で話しかけると、痩せこけた細い首でゆっくりと頷くゴブゴ。うう、見ているだけで痛々しい。
「エージンのやつ、今日きた?」
今度は首を振られた。今日はきてないのか。
どっかに隠れて、ションボリしたおっさんを覗き見て笑ってるわけじゃないのかな?
「まあいいや、ゴブゴ、これ食え」
ゴブゴにレーズンを渡す。ダンジョンの床の上に置かれたハンカチに載せられたたっぷりのレーズンに首を傾げるゴブリンスナイパー。
「お前のマスターのせいで作ってもらったんだ。なのに持って帰ったら作ったやつが落ち込むだろ。眷属のお前が責任取って始末してくれ」
「……ゴ」
弱々しく声を上げて、レーズンを一つ掴むゴブゴ。こいつの声を聞いたの始めてかもしれない。
それからゆっくりと口に入れて咀嚼。一粒のレーズンを何度も何度も咀嚼してやっと飲み込むと、ゴブゴの目からポロリポロリと大粒の涙が流れ出す。
って、なんでゴブゴまで両手を合わせておっさんを拝むのさ?
「そういうのはいいから。美味かったか?」
ブンブンと音がしそうなほど首を上下に振られた。そして、今度は両手でレーズンを食べ始める。それでも片手で一粒ずつ、ゆっくりゆっくり種までかみ締めて味わいながらではあったが。
こんなに味わって食ってくれたんなら、たとえ相手がゴブリンだろうとレヴィアも怒らないだろう。
「ああほらほら、そんなに泣くなって。水分だってたいして貰ってないんだろ?」
その言葉が逆につらい現実を思い出させたのか、今度は声を上げてゴブゴが泣き始めてしまう。
「まったく。ほら、水やるから。男なんだからそう簡単に泣くなよ」
わりと涙腺のユルユルな自分を棚上げするおっさん。だがその言葉にゴブゴが声を上げて抗議してきた。ちっちゃいレーズンだけでも口に入れたおかげかさっきより元気があるな。
「いや、おっさん〈ゴブリン語〉取ってないからなに言ってるかわかんないだけど」
ゴブゴはこっちの言ってることはわかってもダンジョンマスター語を喋れるわけじゃないんだよね。
言葉が通じないとわかると人差し指で自分を指差して、その次に胸の前で手を山なりに動かした。
「えっ、お前もおっぱい星人なの?」
違ったらしい。両手でバッテンされた。
もう一度ゼスチャーを始めるので、今度はゆっくりとやってもらう。
「お前は……おっぱい」
ここまでは合ってるのかな。そのままさっきとは別のアクションが始まる。
屈んでなにかを持上げる動作かな。
「持上げる? 違う?」
両手はまだ持上げてる形だ。
「持ってる? ああ、それでいいのか。ええと……お前は、おっぱい、持ってる」
頭上に両手で丸を作るゴブゴ。よかった、どうやらおっさんは水をかけられないで済むらしい。
「って、ええ!? ゴブゴ、もしかしてお前、メスなの?」
衝撃の事実であった。
ゴブゴはゴブ子で、エージンって巨乳じゃなきゃメスにも冷たかったのか。
今日のことも含めて後でしっかり説教しなくては!
そう思いながら、レーズンのほとんどをゴブゴに渡してダンジョンに帰り、フレンドチャットを始めたらそれどころではない状況だった。
「エージンたちが拉致られた!?」
テスタロッサはスーパーカーブームの時じゃないですよ




