99話 ふみふみ
トーゲンの特訓開始の翌日、不安になりながら落とし穴を確認してみると多少傷つきながらも反復横跳びを続けるトーゲンと、疲れ果てた様子で休み休みトーゲンを攻撃しているゴブリンアーチャーの姿があった。
ゴブリンアーチャーの攻撃はトーゲンの重装甲に通用しなかったはずだがなんでトーゲンがダメージを?
確認のために〈鑑定〉してみたらゴブリンアーチャーのやつ、〈弓〉スキルのレベルがアップしてやがった。だからトーゲンにダメージが通るようになってしまったのか。
それでも、ほんのちょっぴりしかダメージを与えられずしかもトーゲンはゴーレム、MPによる修復能力もあるので問題になるほどの損傷ではないようだ。
トーゲンの方を見てみればこっちもちゃんと〈反復横跳び〉スキルを入手したようだ。まだ2レベルなので〈機敏〉スキルまでは遠そうだけどさ。
まあ、いい。ほっといても大丈夫そうなのでトーゲンの中に〈転移〉してMPだけ補充しておく。
ゴブリンアーチャーは迷ったが、倒さずにおいた。これを倒して、もしトーゲンのレベルが上がってしまってもまだ〈機敏〉スキルを習得させてないからその上昇値がもったいないというセコイ判断だ。
それにゴブリンアーチャーの〈弓〉レベルがもっと上がってトーゲンに大ダメージがいくようになれば〈HP倍増〉と〈HP再生〉のスキルが習得できる可能性がある。〈頑丈〉スキルもだ。
エージンの協力によって調査したところ、〈頑丈〉スキルはどうやら〈腹筋〉スキルを伸ばしていけば習得できるようなんだけどトーゲンはその構造上、腹筋運動はちょっと無理なんだよね。
◇ ◇ ◇
ノームがワイン樽を作ってくれた。妖精サイズではあるがせっかくだからとワインを造ってみることにする。
最初に植えた葡萄がかなり増えているので材料には不足しない。
「やっぱり踏むのか?」
「もちろん!」
コルノたちうちの眷属もノリノリで葡萄を踏んで果汁にする作業に参加していた。ミキサーゴーレムあたりを造ってくれればもっと効率化できそうなもんだが「それでは風情がないよ」とミーアに言われてしまった。相手の特殊能力を分離する必殺技とか使えそうなのにさ。
おっさんは参加しない。やはり踏むのは若い女性限定じゃないとね。できたワインを飲むのにもそっちの方が断然いいでしょ。
少女妖精たちがキャッキャッとはしゃぎながら前世との体感比で林檎かそれ以上の葡萄を踏んで搾っていく。妖精は身体が小さいから見ている以上に重労働みたいだ。
おわったあとに洗えるよう、足湯でも用意しておくか。
搾られた果汁を樽に入れて発酵させればできあがりだ。葡萄は元から果汁の自然酵母でアルコール発酵するらしい。皮や果肉も混ぜたまま樽に入れるのが赤ワインで、果汁だけのが白ワインか。ネットで入手したいい加減な知識で妖精たちの作業を眺める。
あとは時々スケさんが発酵の状態を確認してくれるらしい。頼りになるエサソンだ。
「フーマ様のおかげでいいワインになりそうです」
「そう? おっさん、なんにもしてないんだけど」
シルキーのおキヌさんの言葉に首を傾げる。もしかして俺の〈酒造〉スキルの影響?
でもスキルレベルもアップしてないし、ただのお世辞だろうね。
ワイン造りに参加してればレベルアップはしただろうけど、せっかくこのダンジョンで初めて造る酒だ。美味しく造ってもらいたかったので見守るだけで済ませた。次は参加しよう。
樽を見ているとウイスキーが飲みたくなってきた。おっさんはワインよりウイスキーの方が好きなのよ。
まだ小麦がないんで無理か。……いや、ワインができれば素材として〈複製〉の変換効率は悪くないかもしれないな。
でも蒸留器は錬金術とも関係してるみたいだから、〈錬金術〉スキルのレベル上げのためにチャレンジしてみるのもいいかもしれん。
◇
湯船に浸かりながらぼーっと考える。
温泉で日本酒は憧れるけどワインはどうなんだろう?
でもツマミ無しも寂しい。ワインに合う肴といったらチーズだろうか。
モルガンが多少家畜は連れてきてくれたけど妖精マイマイやヤモリとかなので乳製品はまだない。
妖精サイズじゃなくてもいいから牛か山羊がほしい。それとも、でっかい妖精犬がいるって言ってたから、そのお乳を使うんだろうか?
トーゲンがせめて人並みに動けるようになれば、人里に出て購入してくるってこともできるからそれまでは我慢か。
妖精の多くは朝を告げるニワトリの鳴き声も苦手なのでニワトリもいない。卵は〈複製〉でなんとかなっているからいいけど、たまには鶏のから揚げも食べたいよ。
これから妖精島は暑くなるようなので冷奴もいいな。大豆があればモヤシや枝豆もできるし、醤油、味噌、納豆にもチャレンジができる。油も取れるんだっけ?
調味料はレヴィアが自分のアイテムボックスに入れているのがあるけど、これは乙姫のとこで貰っているらしい。乙姫は冥府ダンジョン産の大豆で造っているのだろうかね?
バイカンによると妖精島にはそれっぽい豆がないので、やはりこれもトーゲン待ちなのである。
DPでそれっぽいモンスター買っちゃうかな。
……牛のモンスターってなんか凶暴そうなイメージがある。のんびりミルクだけ取る目的のモンスターだったらいいのだけど。
豆系のモンスター……トレントみたいな感じならいいけど小豆洗いぐらいしか思いつかない。あれは小豆を育ててくれるんだろうか?
「わ、足からブドウの匂いがするよ」
「コルノはずっとがんばっていたものね」
フェアリーは飛べるので足を使う作業は疲れやすいのか、すぐにリタイヤしていたし、働き者の多いノームはうちの妖精の中でも小柄なので体重が軽く、効率が悪いようだった。
結果、ダンジョン関係者が主戦力となって足どころか身体中葡萄の果汁に塗れながらのワイン造りとなった次第である。
「リニアちゃんもスゴかったよ!」
「力仕事なら任せてくれ」
最近ずっと鎧姿だったリニアがその巨乳を揺らしながら葡萄を踏む姿は妖精の男たちにも人気だった。
中には踏まれたいと言い出すやつもいて、妖精にもいろんな趣味があるんだなと呆れたよ。モルガンがもしその場にいたらレヴィアに踏まれたいって言いそうでちょっと怖い。
……というか、なんでリニアたちまでが?
この風呂場はダンジョンマスターとその家族用ということで、コアルームとちょっと離した住居エリアにあるんだけど。眷属用の大浴場は別に用意してあるよね。男湯と女湯別々にさ。
「フーマ、ほらブドウのニオイがするよ」
「ええっ! フーマいたのか!?」
影が薄くてすまん。
慌てて胸を隠すリニア。その動作で胸がおさえつけられて余計にエロく見えてしまうのはおっさんの業か。
「指令殿、浴場をお借りしているでアリます!」
一方、全く隠そうともせずに敬礼するアンコ。少しは恥じらいを持ちなさい。
「大浴場の女湯はリアンたちがちょっと壊しちゃってね」
ミーアもきてたのか。くっ。普段確認できない尻尾の付け根が気になる!
……けど見るわけにはいかない。
「パートナーゴーレムを洗おうとして、湯船を破壊してしまったのだね」
「お風呂に入るので眼鏡を外していて目測を誤ったのでアリますな」
ムリアン少女たちにもコルノがパートナーゴーレムを造ったんだけど、アンコや各リアンたちたっての希望でアリ型、つまり進化前の種族の姿のゴーレムとなった。
しかもあの戦いで入手したアリ素材を継ぎ接ぎしてコルノが石化させたゴーレム。ある意味フランケンシュタインなんだけどリアンたちには「親近感がわきます」「ほっとする」等と大好評だったよ。
そのゴーレムを風呂に入れようとしたか。親近感沸きすぎでしょうに。
「あの子たち今一生懸命修理してるから、あまり怒らないであげてね」
「わかった」
女の子たちの方を見ないようにしながら返事する。
見たい。とても見たいが見るわけにはいかない。
大浴場の男湯に〈転移〉で逃げるしかないか。
「それでね、フェアリーの娘たちもここにくればよかったんだけどね、おそれおおいって大浴場の男湯を使わせてもらってるんだよ」
……どうやらおっさんに逃げ場はないらしい。
こんな時、のんびり笑って眺める度胸がほしいぜ。




