90話 中二男子憧れの
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11/17 ハイエロファント→ポープ
「美味いか、豚汁」
「こんなにおいしいものを食べたのは生まれて初めてなのだ!」
「そうか」
テリーはお世辞なんて言えそうにない子なので本当に喜んでいるのだろう。味噌で味付けした豚汁を堪能している。
なお、油で炒めるかどうかとか、肉やコンニャクの有無で区別するとかあるみたいだけど、おっさん的には味噌味が“豚汁”で醤油ベースが“けんちん汁”だったりする。細けえことはいいんだよ。
「おかわりなのだ!」
テリーはかまどから続く炊きだしの列に並びにいった。
かまどの横に立ったトレントたちが鍋から豚汁を妖精たちによそっている。
評判もいいようで、並んでいる妖精たちの列は長い。
「お前もそれで大丈夫か?」
テリーに置いてかれた彼の相棒、アリグモを見ると爪だけの足先を器用に使ってお椀を持って豚汁を食べていた。けっこう雑食のようだ。
クモなんて飼ったことないから食事が不安だったけどこれなら困ることはないかな。
「駄目な食べ物あったら残していいからな」
返事のつもりか、お椀を持ってない脚をくいっと上げるアリグモ。
こいつにも名前をつけてやらないといけない。
アリグモ……アリ系は残しておかないとムリアンの名づけで詰みそうだ。となるとクモから考えるか。
スパイダーだからパイ……駄目だな。メスだからおっぱいのパイから取ったと勘違いされそうだ。
レオ……いや、秒殺する方ならいいけど、秒殺される方になっちゃうかもしれない。グオゴゴゴって。
女の子にレオってのもあれだし。ちょっと変えるか。
「うん。お前の名前はリオだ」
少しの間の後、脚を何本もリズミカルに上げて踊るように喜びを表現するアリグモ。どうやら気に入ってくれたらしい。
「どうしたのだ、相棒?」
「名前をつけたんだ。これからはリオって呼んでやってくれ」
豚汁を手に戻ってきたテリーに説明する。どうせだったらテリーには「地獄よりの使者」って名乗らせるのもいいかもしれんな。
「スゴイのだ。ネームドになったのだ!」
テリーも両手を上げて喜ぶ。それでも大盛りでよそっていた豚汁をこぼさないのはさすがだ。
以前の食事は大変だったらしいからな。
なんでもフライナイツはテリーやクモ等の糸紡ぎができるモンスターを集めて働かせていたらしい。
ハエのくせに服なんか着るのかと思ったら騎士団の旗のためだとか。そして他にハエ以外の幹部もいて、そいつのための服を作ることもあったようだ。
「幹部がくる時だけは食事がよくなったのだ。綺麗な糸を紡がせるために栄養をつけさせなさいって。でも幹部の目がなくなるとほとんど食事はもらえなかったのだ」
「大変だったんだな」
「相棒、リオたちクモなんかハエの敵だからもっと酷い扱いを受けていたのだ。だからみんなで逃げ出したのだ!」
つらかった事を思い出したのか、溢れる涙を手の甲で拭うテリー。
「……ほとんど逃げられなかったのだ。テリーとリオはなんとかアリたちに潜り込めたけど……あいつらにもこれ、食わしてやりたいのだ」
ううむ。邪神のダンジョン内も一枚岩ってわけじゃなくて、かなり格差があるらしいな。
「むこうではなにを食べていたんだ?」
「用心棒をするかわりに、アリたちが獲った獲物をわけてもらっていたのだ。虫やネズミの肉が多かったのだ。すっごいたまに出るゴブリン肉はごちそうだったのだ。でも一番は一度だけもらった蜜アリの蜜なのだ。とおっても甘かったのだ」
ゴブリンがごちそう……たしかにレギオンアントの群れならゴブリンは狩れるかもしれないけど、アキラは臭いって愚痴ってたよな。
邪神のダンジョンの食生活はあまり豊かではないようだ。
「蜜か。これなんてどうだ?」
さっきフェアリーにもらった瓶から中身を少し小皿に出す。ドロっとした琥珀色の液体である。
それをテリーに渡すとクンクンと匂いをかいでペロッと舐めた。
「おいしいのだ! もしかしてこれってハチミツなのだ?」
「いや、ハチじゃなくてフェアリーが集めた蜜だ」
そうか。美味いのか。
でもその蜜、うちのトリップトレントの花から採れた蜜だから、ちょっとおっさんは口にするの気が引けるんだよな……。
「あっちのダンジョンにもハチはいたのか?」
「いるのだ。アリよりももっと小さいけど。でもハエたちが監理していて、ハチミツなんて噂でしか聞いたことなかったのだ。蜜の採れる花に近寄っただけでテリーの仲間は殺されたのだ」
未練がましく小皿をペロペロしながらも涙目のテリーが教えてくれた。フライナイツって酷いやつらだな。
ああ、はいはい、リオにもあげるから。
「そうか。ハチがいるならほしいな」
ブレンド妖精粉で高速栽培ができたとしても、受粉できなきゃ実は生らないはず。フェアリーたちに頼むかどうか迷っていたんだよ。
「ハチか。ディアナ様もハチを操っておられたな」
「そうなの?」
さっきまで妖精女子たちにキャーキャー言われながら囲まれていた超美少女リニアがやってきた。
レヴィアの予想では俺の誘いを断っていたフェアリーの少女たちも眷属になってくれる可能性が高いとのこと。綺麗になったリニアは俺の眷属になったからだと思っているらしい。
女性の美しさへの憧れは恐怖や畏怖をも簡単に上回る、ってレヴィアが言っていた。
「フーマのおかげでディアナ様に顔向けすることができそうだ。あ、ありがとう」
「あのままだったら顔も見せないつもりだったのか? まったく」
「あんな姿でお目を汚すわけにはいかないだろ。それよりも、これから進化するから見ててくれないか?」
「ちょっと待ってくれ。先にステータスを確認しておくから」
進化したらステータスがどれぐらい変わるか確認しておきたい。
『リニア
【スプリガン】
ランクSR LV75』
うん。前回見た71レベルの時よりもステータスは上がっている。掲示板情報どおり、種族ランクSRだと1レベルアップで基礎能力値が1から3上昇するっっていうのはあっているみたいだ。
「うん。データは確認できた。進化してもらえるか?」
こくんと頷いたリニアは片膝を立て、祈るように両手を組んで目を閉じた。
どんな変化があるのかとわくわくしていたら、ピカッと一瞬輝いてそれでおわったみたい。
「ど、どうだ?」
「え? マジでもう進化したの?」
見た目はあまり変化していないんだけど。アリが小人になったみたいに凄い変化はないのかな。
「見た目はあんまり変わってないね」
「ベルセルク・スプリガンって種族だってさ」
ミーアも変化がわからなかったのか。
『リニア
【ベルセルク・スプリガン】
ランクSSR LV1』
うん。ちゃんと進化してるっぽい。ステータスもSTRとVITが50、他の各基礎能力値が30上昇している。パワータイプみたいだ。
それにしても、もしかしたらって予感はあったけどベルセルクなのか。知ってるだけでも二度も狂暴化したもんなあ。
それに前世ではリニアと同じカリストの子供の“アルカス”が“こぐま座”になったって話も“グレートマキア”でネタにされてて、あのシリーズのアルカスは熊に変身できるキャラだった。
ウルフサルクのエージンが狼に変身できるように、ベルセルクってついている種族のリニアもクマに変身できるに違いない。それとも巨大クマなんだろうか。
……まさか、左腕が義手だから大砲入れたい、とか俺が考えてたからこの種族になっちゃったってのはないよね?
黒い鎧を装備してたわけでもないし……あ、レギオンアントの甲殻で鎧を作れば、黒い鎧になっちゃうな。むう。黒騎士になるのか。
「よかったなリニア。黒騎士なんて中二男子の憧れの職業だぞ」
「え? あ、ありがとう?」
どうせだからでっかい剣も用意しちゃうかな。
あ、ベルセルクの証であるクマフードも必要か。エージンの狼フード、チャッピーみたいに補正がつくはず。
「妖精島にちっちゃいクマっているか?」
「小さいのどころか、クマはいないよ。ディアナ様はそれでよく残念がられていた」
「そうか」
クマを倒してフードを作ろうにもクマがいないか。邪神のダンジョンにクマのモンスターがいればいいけど。いないなら、ハルコちゃんになんとかそれっぽいのを作ってもらうしかないか。
……ぬいぐるみのクマっぽいフードも可愛いかもしれない。ハルコちゃんと相談してみよう。
「騎士だったら馬が必要だよね。この子たちは馬にしてみようかな」
リニアが使っていたゴーレム義手、ゴーレム義足を手に考える表情のコルノ。ついでだから聞いておこう。
「コルノ、ゴータローの進化は?」
「量産型ゴーレムで試したら、改修してから進化した方がステータスもよかったから、どう改修したいかゴータロー本人が悩んでるとこ」
あれ、ゴータローももう進化してると思って、アリん娘たちを進化させちゃったけど早まっちゃったかな。
「いっそのことゴータローにもレギオンアントの甲殻をパーツにしてもいいかもしれない」
「それもおもしろそーだね。強度が足りなかったら石にしちゃえばいいんだから」
コルノも乗り気だ。幸いにして、処分に困りそうなほど材料は集まっている。
俺の装備品もノームたちに加工してもらおうかな。
それとも二ヶ月後の<ガラテア>でドワーフ娘を眷属にして……いや、大悪魔と戦うかもしれないから、装備品よりも直接の戦力になる人物の方がいいか。
そうなるとあの娘になるな。
転生する直前に入手したフィギュアを思い浮かべていると突然、視界にウィンドウが広がった。
「警報ウィンドウ? ……侵入者か。でも常若の国の湖からじゃない?」
『
クロスケ>カァァァ
ハルコ>本当だか?
クロスケ>カァカァ
ハルコ>わかっただ
クロスケ>カァ
』
「あんちゃ、お客さんだ。クロスケが出入りする穴から入ってきたみたいだの」
ハルコちゃんたちノームは<鳥語>のスキルを持っているからクロスケの言葉がわかる。俺も取った方がいいかもしれないかな。
「出入りする穴って巨大空間にいるのか?」
「んだの」
ダンジョンの監視ウィンドウを操作すると、たしかにクロスケの他にもう一羽カラスがいる。
「敵ではないのか?」
「たぶん。妖精教国からきたって言ってるの。でも避難してきたわけじゃなくてシスターみたいだの」
妖精教国か。九人のシスターによって治められている宗教国家だったよな。
そのシスターがやってきた?
「面倒そうだけど会いに行った方がいいか」
「なら、レヴィア様も行った方が話が早くすむと思うよ」
「そう? ならば行きましょう、フーマ」
ミーアの提案でレヴィアが腕を組んできた。反対の腕にコルノも。
「ボクも行く。さっきは留守番だったのにまたなんて嫌だよ」
仕方なく俺は二人を連れて巨大空間に転移した。
◇
お客さんであるカラスは大人しくクロスケと待っていてくれたようだ。
「お待たせ」
「カァ!」
クロスケが一声なくと、もう一羽のカラスがトコトコと歩いてきた。
少しクロスケよりも小さいカラスだな。俺たちの前に立って、じっとこっちを見ている。
今気づいたけど、ハルコちゃん連れてこないと俺、このカラスと会話できないんじゃ……スキル買うしかないのかな?
「いつまでその姿でいるつもりかしら?」
「失礼しました」
シャベッタァァ!
シスターカラスは精霊語でそう詫びて、次の瞬間には小人の姿になっていた。ストロベリーブロンドの長い髪の美女だ。
「ワタクシはモルガンでございますわ」
「モルガン?」
「はい。ワタクシはリヴァイアサン様の御神気を感じたのでその場所にかけつけたのですが、既に御姿はなく。その残り香を辿ってここまで来たのですわ」
リヴァイアサンの神気?
もしかして、さっきリニアと戦ってた時に解放された瘴気のことだろうか?
「それだけでたった一人でここまで来たの? シャンバラのお偉いさんなんだよね?」
「当然ですわ! シャンバラが崇める神こそリヴァイアサン様でございますもの!」
「そうなの?」
だからミーアはレヴィアを連れてけって言ったのか。
思わずレヴィアを見ると微妙に困った表情をしてるな。
「本当はリヴァイアサン様は残念ながら妖精たちの神ではないのです。水妖に属する妖精たちはその恩恵に預かれるのですが……それでもワタクシたちは加護を得られなくとも、リヴァイアサン様に感謝を捧げ、信仰するのですわ!」
そう宣言すると、俺たちの、正確にはレヴィアの前にきて膝立ちして両手を合わせる。
「リヴァイアサン様、お目にかかれて光栄なのですわ!」
さすがシスター、レヴィアがリヴァイアサンであることを見抜いたらしい。残り香を辿ったって言うのは本当なのかも。
「……私はあなたたちの神ではないわ」
「それでも構わないのですわ。祈りを捧げる相手がいるというだけで、救われる者もいるのです」
そんなもんかね。前世の日本人的宗教観がいまだに残ってる俺としてはイマイチわからないんだけど。
「モルガン。あなたは妖精教国の妖精教皇でしょう」
「え?」
それってシャンバラのトップじゃないか。そんな妖精が一人でやってくるってありえるの?
『モルガン
【フェアリー・ハイプリエステス】
ランクSSR LV88』
マジだった。女教皇って……。リニアと同じSSRだけどレベルが段違いじゃん。
「あなた様の信者ですわ」
「教皇ならば、もっと先に感じなければいけないことがあるでしょう。なにを気づかないフリをしているのかしら?」
ずいっと俺の背中を押してモルガンの前面に出すレヴィア。
「あなたは?」
「ここのダンジョンマスター、フーマだ」
「私の夫よ」
「ボクはコルノ。ボクもフーマのお嫁さんなんだよ」
俺たちの自己紹介に目を見開いて驚愕するモルガン。組んだ手もワナワナと震えている。
「あ、ああ、あなたは……」
崇拝するリヴァイアサンの夫ってことでショックだったんだろうなあ。もしかするとリヴァイアサンがずっと未婚ってのは有名だったのかも。
「あなた様は……妖精神様!」
まるで土下座のように頭を地面に擦り付けるモルガン。
ああ、そういやそんな称号、最近増えてたっけ。
“妖しい精神”みたいでちょっと気になってたけど、やっぱり“妖精の神”ってことなんだろうか?
次回は番外編とまとめかな
書籍版売れてないみたい?




