89話 デコ
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こちらともども、よろしくお願いします。
俺がリニアを受け入れたことで、一時避難の警戒モードだった妖精たちはお祝いムードになってしまった。
むう。まだ邪神のダンジョンからの襲撃はありえるんだが……第1層、巨大空間の仮設住宅に戻りたいって騒がれるよりはいいか。
安全が確認できるまでは妖精たちを近づかせたくない。モンスターに寄生されても困るしな。
とりあえず、炊き出しくらいは用意するか。
妖精たちが騒いでいる間に眷属やゴーレムたちで、妖精たちの仮設住宅を第2層に運んでしまおう。
適当な場所を選んでストーンウォールを立てる。高さはそれほど高くない。俺の身長よりちょっと低いぐらいか。そこに直角に接するように左右に同じ高さのストーンウォールを立てた。上から見てコの字型になったらのその上に大きな金網を置く。
「地面も少し掘った方がいいか? レッド、コの字の中を少し掘ってくれ」
「ドリ!」
さすがレッド、すぐにちょうどいい深さになったので、かまどの完成だ。
バーベキューコンロとか持ってればよかったんだけど、前世のおっさんはインドア派。キャンプなんてしなかったからね。
金網はフィギュアのディスプレイ用で買ったはいいが使わなかったやつを複製した物だ。素材は“未熟者のダンジョン”で入手したゴブリンたちの武器だったりする。
金網の上にアイテムボックスから出した前世の大鍋を置き中に熱い温泉を湧かした。
「温泉はこれぐらいでいいか。うん。なんとか耐えられそうだな」
温泉をストップさせて横からかまどを確認する。鍋の重さで網がたわんだり曲がったりしてなかったので、一安心。
複製野菜や複製肉、レヴィアが持ってきた物を洗って乾燥させた昆布を切って大鍋に投入していく。こんなもんだな。
かまどに木材を置いて、ファイヤーニードルで点火。この木材はノームたちが集め、薪として乾燥させていた木を見本に、ゴブリンのこん棒を素材にして複製したもの。ちょっと小さいけど、なんとかなるかな?
俺のやろうとしていることに気づいた妖精たちも手伝ってくれるというので、火力調節は彼らにまかせることにする。
「おキヌさん、チャー、頼むな」
「任せてくださいフーマ様。家事こそ我らが本分ですので!」
やたらに張り切っているのは【シルキー】のおキヌさんや【ブラウニー】のチャーたち。家事妖精だもんなあ。ちなみに名前は適当に呼んでたらそのまま定着してしまったものだったりする。
家事というか、巨大鍋で料理を作る観光イベントみたいな気もするけどさ。山形の芋煮会だっけ、重機まで持ち出してた前世のニュースを思い出した。
少し離れた場所に薪を並べて竈のそばに階段状にストーンウォールを追加する。これで薪の追加と飛べない妖精でも鍋の調整ができるだろう。あ、お玉も置いておくか。
あとは……盛り付ける器がいるな。
妖精たちに鍋を任せてダンジョン内に設置した俺の作業場に転移、木製の器とフォーク、スプーン、ついでに箸を大量に複製した。
テーブルは巨大空間の妖精たちが使っていたのを運べばいいか。それなら食器も複製する必要がなかった気もするが、テリーやアリん子たちの分のついでと思うことにしよう。
今度は巨大空間に転移し、チャットでアリたちに集合をかける。待ってる間にテーブルや仮設住宅をアイテムボックスに収納して……やはり全部は一人じゃ大変だな。
「お、きたか。異常はなかったか?」
異常はなかったらしい。アリたちが首を横に振ったのを確認して一安心。
「そうか。ゴーレムたちは引き続き湖を警戒してくれ。アリたちはこれから転移するから抵抗しないように」
コルノ研究所ことコアルーム側のボス部屋にアリたちを連れて転移。うん、ちゃんと十二体いるな。
「これから君たちに進化してもらうつもりなんだけど、やっぱりコマンダーみたいに人型……小人になったりするのか?」
少し迷っていたのもいたみたいだけど他のアリが頷くのを見て、それに合わせたのか全員が頷いた。
「オーケー、わかった。ハルコちゃん連れてくるから進化しといてくれ」
進化するのってどんなプロセスなのか、かなり気になるけどアンコみたいに裸の女の子になってしまうのではじっくり観察するわけにもいくまい。
虫だけに蛹や繭になるのかな? そう思いつつ、ハルコちゃんを連れて転移で戻ってきた時にはもう進化がおわっていた。進化ってけっこう速いのね。
「ハルコちゃん、この子たちの服を頼む。迷彩はいらないから普通のメイド服をお願い」
「了解しただ。みんな可愛い子だごど。やりがいあるの」
アリたちは働きアリだったせいか、アンコより少し幼い姿へと進化した。顔は十二人みんな似ている。アンコにも似ているかな。
[【ムリアン】
R LV1
アリの妖精
変身能力を持つ
嗅覚が高い
視力が低い
フーマの眷属 ]
なるほど。【ムリアン】ね。【ムリアンコマンダー】はこれの進化系なんだろう。
でも、視力が低いのか。眼鏡を用意してあげなきゃいけないのかもしれない。
◇
第2層に戻り、アイテムボックスから収納したテーブルや仮設住宅を出していく。
「ミーアとアンコにも<アイテムボックス>スキル付加しておくから、あとで回収してこっちに運んでくれ」
「ついにそのスキルが手に入るのかい? これで常若の国の研究が捗るねえ」
「了解であります!」
「アイテムボックスって高いんじゃなかったの? 1,000DPだったよね」
コルノの疑問はもっともである。スキルのDP価格はほとんどが転生エディット時の100倍になり、基本ボーナススキルはさらに何倍。そして、ダンジョンマスターではなくその眷属に追加付与する時も余計にかかる。俺の小人価格が適用される小さな種族でもやはり高い。
コルノに付与した時も高かったので覚えていたのだろう。
「リニアを眷属にするから、DPを減らしておきたいのもあってね」
眷属にする時には、眷属になる対象が持っていた瘴気がDPに変換される。長い間邪神のダンジョンの近くで生活していたリニアはかなり多くの瘴気を溜め込んでいるとみていいだろう。
無料復活できるレベルを超えてしまう危険を少しでも減らしておきたい。
巨大空間全部をダンジョン領域化したから、ダンジョン内での配置転換もできるようになったので、メインのダンジョン領域からもっと離れた場所に配置して、連絡通路をもっと細長くしておく。
第2層のフィールドダンジョンも領域を広げて……思ったよりもDPが残っていたな。アリとハエでそんなに稼げたのか。数が多かったし、レベルも高かったもんな。それともナイトフライが大きかったか?
あ、アリたちとスケさん、テリー、アリグモ加入の分もあったか。
アリはレベルが高かったし、スケさんは瘴気で進化したキノコを育てたいと瘴気の濃い場所に長い間いたこともあったみたいだからなあ……。
うん。保険料と電気代その他のダンジョン経費も数ヶ月分まとめて振り込んだし、これでもしリニア加入で入るDPが少なくてもなんとかなるな。
ショタフェアリーたちの加入時分はほとんどなさそうだから気にしないでいいだろう。
「あと他には買うもんあったかな?」
「ガチャってのはやらないの?」
「おっさんのガチャ運をなめちゃいけない。あまりにも低すぎて前世では全く課金しなかったぐらいだ」
リセマラにチャレンジした時も目的のキャラが手に入るまで目茶苦茶時間がかかってそれ以来リセマラはしなかった。転生スターターだっていい種族出すの、苦労したし。
ソシャゲのガチャで溶かす金があったらフィギュアかプラモ買ったよ、前世のおっさんは。
まあ、そのおかげでコルノを嫁にできたんだからいいじゃないさ。
「でも、眷属ガチャのハズレ扱いなんでしょ、小人系の種族って」
「それを狙ってると逆に出ない気がする。ゴブリンしか引けない自信があるよ」
小人系眷属がほしいなら、そのハズレを売ってもらった方がいいだろう。人身売買みたいで気が引けないでもないが。
「こんなもんかな?」
適当にDPを消費したので、妖精たちに囲まれていたリニアを呼んだ。
「な、なんだよ?」
耳の先まで真っ赤っ赤になったリニアがやってくる。恥ずかしいのか、俺と目を合わせてくれない。
「準備ができた。そろそろ、いいか?」
「わ、わかった、やってくれ!」
目をギュッと瞑って硬直するリニア。むう、これではまるで……。
「キスするのかな?」
「するんじゃない?」
やはりそう見えたのか、妖精たちの囁く声が聞こえる。あれ俺、<鋭敏>のスキル切ってたよな? それでも聞こえるくらいみんな言ってんのか……。
「契約の光に従い、我が眷属となれ、スプリガンの少女よ」
誤解を解くために必要のない詠唱まで追加して契約を行うことに。その間、リニアは微動だにしなかった。
契約の魔法陣の光が収まっても硬直したままのリニア。妖精たちが「やっぱりキスする?」とかうるさいが、気にせずにDPを確認する。
げげっ、やっぱりかなりのDPが入ってきている。ダンジョンレベルがついに8になってしまった。
マズイな。予想はしてたけど、これではディアナを復活させる時に眷属化したら確実に無料復活できるレベルを超えてしまうだろう。
……リニアに説得してもらうしかないか。とりあえず、彼女を大切に扱っているとアピールするために傷をDPで治しておこう。
「コルノ、リニアのゴーレムアームとゴーレムレッグを外してくれ」
「はーい。ミーアちゃん、リニアちゃんを支えてあげて」
「はいはい」
レヴィアによって切断され、左肘に接続部がわずかに残っていたゴーレムアームが外され、ついで右膝のゴーレムレッグもリニアから離れていく。
「え? え?」
片足でも転倒しないようにミーアに支えられたリニアはやっと硬直が解けたが、状況がわからずに混乱中のようだ。
俺がウィンドウを操作してDPを消費すると、ニャンシーの脚を治した時のようにリニアの左肘と右膝が光り出した。そして、彼女が気にしている酷い状態の頭も。
「なんだよ、これ?」
「落ち着け。治療はすぐにおわる」
「治療……?」
光がぐにゃっと手や足の形になって、いきなりフッと消えた。頭の光も同様だ。
「手が治った? あ、足もある?」
治ったばかりの左手と右足に驚くリニア。しきりに動かして、触って、確かめている。
一方、俺たちは醜い傷痕が治ったリニアの顔に驚きを隠せない。
予想はしていたが、それ以上に美少女だったのだ。
傷が治っても髪はまだ短く、おでこの出たベリーショートヘアだったがそれもまた似合っている。
今まではほとんどなくてわかりにくかったけど、リニアの髪は桃色だったのか。
「ふーん。リニアの母親、カリストが美女だったというのは本当のようだね。まさかこれほどリニアが可愛いとは思わなかったよ」
支えていた手を離したミーアの発言によって、リニアもそのことに気づいた。自分の顔は自分では見えないので気づかなかったようだ。それとも、スプリガンという種族になってしまった以上、顔は治らないと諦めていたのかも。
「か、可愛い?」
「ほら、お使いなさい」
レヴィアが手鏡をリニアに渡す。受けとった手鏡を恐る恐る覗き込むリニア。
「……治ってる」
「よかったわね。治してあげた夫に感謝することね」
「あ、ありがと……レヴィア様ぁ……う、うぅ……」
レヴィアに抱きついて再び号泣しだすリニア。
今まで泣くのを堪え続けて生きてきた分の涙を今日一気に流しているのかもしれない。
そろそろペースアップしたい……。




