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閑話 勇者と担当神

 書籍版、ついに本日発売です。こちらともども、よろしくお願いします。

 あとがきの下の表紙のリンク先、オーバーラップノベルス様のHPで立ち読みと口絵が公開されています。

 最新情報は活動報告をご覧ください。

 その部屋は異様な雰囲気に包まれている。

 城の一室、石造りの壁に囲まれた床には大きな魔法陣が描かれ、その中央には一振(ひとふ)りの長剣。

 鞘に収まってはいるが、剣からも只ならぬ力が溢れ出ているのを、その場で祈りを捧げる全ての者が感じていた。


「……」


 剣の間近で額を床に擦り付けるようにしていた少女が立ち上がり、大きく祈りの言葉を紡ぎ出し始める。それに合わせる様に床の魔法陣が強く輝いていく。

 その光は次々と色を変え、空中に集まっていった。


「……。……!」


 光はやがて人の形へと変化していく。

 空中で完全な人の姿となった光はよりいっそう強く輝いて、そして消える。消えた後には一人の少女が現れていた。

 それを確認すると、祈りを捧げていた少女は満足そうな表情を残して、倒れた。


「……え?」


 光から現れた少女はキョロキョロと部屋を見回す。


「なに、これ?」


 倒れた少女にかけよった青年は、祈りの少女が気絶しているだけと判断し、ほっとした顔になる。そして、光の少女へと近づいていく。


「なに? 外人さん?」


「……、……」


「英語じゃない? なに言ってるかわかりません」


 光の少女は青年の言葉がわからずに眉根を寄せて困った顔。

 青年はそれに気づかずしばらく話し続けるが、通じていないとわかるとある一点を指差して少女に示した。


「剣?」


 何度も手を前後させてそれを手に取るように促す青年。

 光の少女は仕方なく、魔法陣の中央に置かれていた剣を拾う。


「これって魔法陣?」


 床の模様を気にする少女に、今度は両手で握り拳を作り、それを繋げて離す動作を始める。


「……もしかして、この剣を抜けと?」


 剣を見つめる少女。

 その剣は柄も鞘も見事な装飾で彩られていた。


「高そうな剣……あとで弁償しろって言われても私は払えない」


 拒否しようとする少女。

 だが、青年は再び、剣を抜けとのジェスチャーをくり返す。

 助けを求めようと、少女は再び部屋を見回すが、青年と倒れている少女の他の部屋にいた者たちは両膝をついて手を組み、祈りを捧げるポーズのまま無言で少女を見つめているだけだった。


「剣を抜いたらいきなり襲い掛かってきたりしないよね?」


 大きなためいきを一つつくと少女は意を決して、ついに鞘から剣を抜いた。

 抜き放たれると同時に刀身が炎に包まれる剣。


「なにこれ?」


 慌てて剣を放り捨てる少女。

 だが、放り捨てられた剣は炎を纏ったまま、空中に静止。少女の真正面に浮いている。

 少女はそれから逃げようとするが、まるで床に張り付いたように足が動かなくなっていた。


「どうなって……さっきの部屋じゃない?」


 動かない足を見ているうちに、床の魔法陣が消えていることに気づく少女。辺りを見回せば、青年も、倒れている少女も、祈りを捧げる者たちも消えていた。

 場所自体も石造りの部屋ではなく、白一色の空間になっている。壁はなく、白い空と白い地面があるだけの空間。そこに少女と剣だけがいた。

 ……ほんの数秒前までは。


「赤ちゃん?」


 剣と同じく空中に赤ん坊が浮いていた。

 よく見ると、その背中には小さな翼が生えている。


「天使?」


『違う。もっと上位の存在なり』


 それは少女の耳ではなく、脳に直接響いてくるような声だった。


「あなたの声?」


『うむ。僕は神。名はエロス』


「エロス?」


 少女は再び眉根を寄せる。エロスと名乗った赤ん坊から離れたいが、いまだに足が動いてくれない。


『はあ。お前たちの国では変な意味のようだな。僕は愛の神だ。行為そのものに、たいして興味はない』


「愛? そんなものは新しい乗り物を用意するために遺伝子が見せる錯覚よ」


『若いのにずいぶんと枯れた恋愛観だな』


 ぱたぱたと小さな翼を動かして少女に近づくエロス。至近距離に到達すると、ぴとっと軽く少女と額同士を合わせた。


『なるほど。ツクシは幼き頃に母親が父親と自分を捨てたので、愛など信じられない、か』


「なん、で……?」


『神だと言ったろう。心ぐらい読めないでどうする?』


 少女――ツクシは勝手に自分の心を覗かれた不快感に苦々しげに表情を歪ませる。


『怒るな。ツクシの担当は僕だ。仲良くした方がお互いのためになる』


「担当? なんの?」


『勇者としての君を遣わす神が僕だ』


 エロスのその発言に呼応するように空中の剣の炎が勢いを増した。


「勇者?」


『そうだ。君は勇者としてこの世界に召喚された』


「ドッキリ? 一般人を騙そうなんて悪趣味ね」


『残念ながらバラエティ番組の趣向ではない』


 ツクシはそれでも信じられない、いや、信じたくないと、その話を否定する材料を探す。


「神様がそんな紙オムツをはいているなんて信じられない」


 エロスは紙オムツのみを身に着けていた。


『神が丸出しというワケにもいくまい。それにツクシたちの国のこれは名品だぞ。僕は気に入った』


「ドラッグストアで爆買いしていた外国人のようなことを言わないで」


『格好のことを言うのなら、ツクシだって残念な姿ではないか。ジャージなど中年女性が着るものではないのか?』


「これはトラックスーツ。イモジャーと一緒にしないでほしい」


 黄色いトラックスーツを着ているツクシ。ある一定以上の年齢の男性十人中八人が彼女に「カンフー映画好き?」と聞くような姿である。


『ふむ。カッコいいジャージなのだな』


「……もう、それでいい。それで、なんで私が勇者なんてしなければいけないの?」


『聖剣がツクシを選んだのだ』


「聖剣?」


 炎を吹き上げ浮かぶ剣。その炎が顔にかかりツクシは目を瞑るが、恐れていたような熱は感じなかった。


「熱く、ない?」


『それこそが聖剣火焔剣(ブレイズソード)がツクシを認めた証。そもそも、聖剣は主と認めた者にしか抜くことはできん。もう一度、手に取ってみよ』


 エロスに促され、しぶしぶと火焔剣の柄を持つツクシ。途端に、今まで動かなかった足が動くようになった。


「そんなに私を勇者にしたいの?」


 剣を見つめるツクシに答えるように炎が強く揺らめく。


「でも駄目ね。私は酷いアレルギー持ちなの。異世界でなんて暮らすことは不可能よ」


『アレルギー?』


「そう。私は身体が弱いの。それでも少しでも健康でいられるよう、日課のランニングの途中だったのよ」


『ほう……ふむ。マイナス耐性が多いな。小麦や牛の乳も駄目か。たしかにこれでは生き抜くのは難しかろう』


 ツクシは百以上の食品その他のアレルギーを抱えていた。

 医者にも「よく普通に生活していられるね?」と聞かれるレベルだ。

 普通になんてできていない、とツクシは反論するのだが。


「私は世界に嫌われているの。……いえ、私の身体が世界を嫌っていて過剰に反応してしまうのかしらね」


『だが、その程度ならなんの問題もない。……ほら、だいぶポイントは消費したがこれでそのアレルギーとやらはなくなった』


「え? ……適当なこと言わないで」


『ならば、ほれ、これを食すが良い。あとで食べようと楽しみにとっておいたプリンだ。卵と牛の乳がたっぷり入った品らしいぞ』


 いつのまにかエロスはプリンの載った器とスプーンを手にしていた。

 その目はツクシではなく、そのプリンに注がれている。よく見ると涎も垂れていた。彼にはオムツだけでなく、涎掛けも必要なのかもしれない。


「嘘だったら私、死ぬんだけど」


『嘘ではない。それに、死んだとしても生き返らせてみせよう』


「無茶苦茶ね。……まあいいわ。未練もないし。食べてみたかったものの一つを食べて死ぬのなら悪くはないでしょう」


 発作は苦しいのだけどね。その言葉を飲み込んで剣から手を離す。剣は再び、空中に浮かんだ。

 ツクシは落ちていた鞘を拾って剣の上部に振ってみるが、吊っているような物には触れなかった。下部も、エロスの上下も試してみたが同様になにもなかった。


「頭がおかしくなりそう……もう、壊れているのかしら私?」


 ツクシはぽいっと鞘を放り捨てて、プリンとスプーンを受け取る。


「発作が酷いようなら、一思いに殺してね」


『待て!』


「なに? 今さら嘘だったとでも言うつもり?」


『いや、一口だけにしてくれ。やっぱり僕も食べたい』


 小さなふっくらとした赤ん坊の手でじゅるっと涎を拭うエロス。

 視線はプリンに固定されている。


「そう」


 なんだか馬鹿らしくなってツクシはプリンの上下の中ほどにスプーンを勢いよくつっこみ、全体の半分ほどを掬い上げ、それを一口で頬張った。


『ああっ!』


 エロスの悲鳴を無視して、久しぶりの、いや、もしかしたら生まれて初めてのプリンを味わうツクシ。


「うっ」


『なんだと?』


「ううっ……」


『馬鹿な、マイナス耐性は消したはずだ』


 オロオロパタパタとエロスがツクシの周りを飛ぶ。

 そして。


「美味いっ!」


 ツクシの台詞により、空中で盛大にずっこけた。


『いつの時代のギャグだ!』


「だってこんなに美味しいなんて……おかわりは?」


『あるわけないだろう。って、全部食べたなっ! 僕の分がないじゃないかっ!』


 ツクシの手にある器は空になっていた。

 未練がましくスプーンを咥えたまま話を続けるツクシ。


「今のとこ、アレルギーは出ないみたい」


『だから言っているだろう。ツクシの身体はもう、そんなものには悩まされない。いったいいくらポイントを使ったと……』


「ずいぶん大盤ぶるまいね。担当とやらはそんなにサービスいいものなの?」


『……たしかに気が大きくなっていたかもしれない。なにかと干渉してきた鬱陶しい存在が遠くに行った解放感からかな』


 プリンの皿から目を離し、今度は遠くを見ているエロス。

 だが、その瞳はわずかに濡れていた。


「健康にしてくれたのは感謝してあげてもいい。でも、健康になったぐらいで勇者やれって言われても困る」


『強欲なやつだな。ならばサービスついでだ。貴様に相応しいスキルをやろう』


「スキル?」


『強力なオンリースキルだ。他のやつらには見つからないように隠蔽しておいてやるから、うまく使えよ』


 それだけ言うと、パチンと指を鳴らすエロス。

 赤ん坊の指でよく鳴らせるとツクシが感心していたら、いきなり風景が変わっていた。


「魔法陣? さっきの部屋か」


「気づかれましたか、勇者様」


「ええ……言葉が通じてる?」


 先ほどまでとは違い、青年の言葉がわかることに驚くツクシ。


「その様子だと無事に聖剣に選ばれたようですね。あなたはいかなる神に遣わされた勇者様なのですか」


「いかなるって……」


「勇者様はステータスを確認することができると伝えられています」


「ステータス? わ、なんか出た!」


 目の前に浮かぶウィンドウに驚きながらも、指でなぞる様にその文字を確認していくと、ある箇所でツクシの指が止まる。

 隠蔽してるオンリースキルってこれか? 声に出さないように注意しながらツクシは考える。

 <強奪>ね。説明文を見る限りたしかに強力ね。隠す必要があるのはわかる。でも、もしかしてこれ、私の名前に合わせたりしてない?


 ツクシのフルネームは剛田(ごうだ)つくしだった。


 強奪(ごうだつ)駆使(くし)ってこと? ダジャレじゃない。

 エロスのスキル選択に呆れるツクシ。

 だが今はそれ以上に受け入れがたい事実があった。


「エロスの加護……」


 つい、気になったステータスの一文を声に出してしまった。


「おお、あなたを遣わした神はエロスなのですね! 皆、この方はエロスの勇者様だ!」


「え、ちょっと」


 抗議するツクシの声は、しかし周囲の歓声にかき消されてしまう。


「エロスの勇者様!」


「エロスの勇者様!」


「エロスの勇者様!!」


 エロスの勇者様の大合唱にツクシの精神はごりごりと削られていくのだった。



 ツクシのアレルギーはわざと無茶苦茶な数にしています。


 もしも書籍版のネタバレ感想等がおありでしたら、活動報告にいただけると嬉しいです。

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