86話 顔で選んだ
書籍版、10月25日発売です。
あとがきの下の表紙のリンク先、オーバーラップノベルス様のHPで立ち読みと口絵が公開されています。
「馬鹿にしてるのかしら?」
リニアの回答に不満そうなうちのカミさん。
二人の話はまだ続くようだ。出て行かなくてよかった。
「質問にはちゃんと答えなさい。私が聞いているのは、あなたにとってフーマとアルテミス、どちらが大切なのか、よ」
「あ、あたしは常若の国の騎士だ。ディアナ様が一番に決まっている!」
「それがあなたの本心?」
「そうだ!」
怒鳴るようなリニアの返答に、レヴィアはふう、とため息。ここまで聞こえたということはリニアに呆れているというアピールか。
「そう、フーマに恋愛感情は持っていないと言うのね」
「そ、それは……」
「忠誠心に消されるほどの、取るに足らない存在なのね。あなたにとって私の夫は」
いや、リニアは何百年もディアナとティル・ナ・ノーグのために戦ってきたんだしさ、それと比べられるほどの存在じゃないでしょ、このおっさんはね。
と、思っていたらさ。
「あ、あたしだってフーマのことが好きだ!」
いきなりのカミングアウトきました。
いや、もしかしたらそうなんじゃないかとは思っていたけど。
「自分のことをおっさんなんて呼ぶ変なやつだけど、あたしのことをちゃんと女の子として扱ってくれる。スプリガンになったあたしを不器用ながんばりやさんって褒めてくれたよ。騎士には必要だろうって剣だってくれたんだ。あたしがピンチの時もカッコよく助けてくれた。惚れるなって方が無理だろ!」
「ましてやあなたは、孤独に戦い続けて男性との触れ合いが少なかったのでしょう」
「そうだよ、ティル・ナ・ノーグにいた頃だって、まわりは女ばっかだったから彼氏なんていたことなかったよ!」
アルテミスに付き従ったニンフたちがディーナシーになったんだっけ。そりゃ女ばかりなのも当然か。他の妖精はティル・ナ・ノーグにはいなかったのかな。
だから免疫なくて、こんなおっさんに惚れてしまったと?
「……だけど、フーマにはレヴィア様やコルノがいるじゃないか」
「コルノはフーマの妻がもっと増えても問題ないようよ。あなたのことはコルノも可愛がっているでしょう。彼女いわく、フーマのお嫁さんはボクのお嫁さん、らしいわ。さすがはポセイドンの娘、といったところかしらね」
なんだろう、コルノがそう言う可能性を否定できない。というか、めっちゃ言いそう!
「それでも! こんな姿のあたしにはそんな資格なんてないだろ!」
目元まで隠すようにして被っていた、コルノの髪でできているカツラを地面に叩きつけるリニア。現れるのは傷や火傷で爛れ腫れてしまっている頭部。
リニアは強さを求めてスプリガンに進化したけど、今の姿をかなり気にしている。そりゃ女の子だもんな、当然だろう。
「あなたはこんなに立派な武器を持っているのに?」
すいっと僅かに浮いてすべる様にリニアに急接近し、その美乳に接触するうちの幼妻。
「な、なにを……」
動揺するリニアに構わず、レヴィアは無言でその胸に触れている。
時折、「くっ」と悔しそうな呟きが漏れているのは気のせいだろうか。
「レヴィア様?」
「はっ? ……アシュラの肉球以上の感触に思わず我を忘れてしまったわ。恐ろしい子ね」
マジですか!
い、いや、コルノとレヴィアの貧乳に不満があるというわけではなくてね。二人の胸は大好きだからね。
心の中で言いわけしてしまった。
「いくら胸が大きくたって、醜いあたしがフーマに好きだなんて言えるわけがないだろ!」
「私の夫を見くびらないで! それとも忍ぶ恋に酔ってるのかしら? 悲劇のヒロインにでもなったつもり?」
「超可愛いレヴィア様に言われても説得力ない! コルノだって美少女じゃないか!」
うん。二人は超美少女だ。そんな二人と結婚して毎晩してるなんて、異世界転生以上の超奇跡だろう。
聞こえてくるリニアの声は少し涙声になっていた。
「ふん。醜いから好きだと言えない? それってね、上っ面しか見ていないと私の夫を侮辱していることになるのよ」
そうは言っても気にはしちゃうでしょ。俺だってリニアみたいに顔を怪我していたら、コルノとレヴィアにプロポーズできていたかどうか、自信がない。
いや、コルノもレヴィアも顔で求婚に応えてくれたんじゃないってわかっているけどさ。
……顔じゃないよね? 生まれ変わったこの顔はそんなに悪くはないと思うけど、顔だけが理由じゃないよね?
「そ、そんなつもりじゃ」
「その理屈だと、もしあなたが夫の眷属になってダンジョンの力やDP治療でその顔が治ったらどうするつもりかしら?」
「え?」
「あなたの母親カリストは美しいと有名だったのでしょう。あなたも綺麗なのではなくて?」
間違いなく美少女だと思います。どんな顔なのかとっても楽しみだ。
「それでフーマがあなたを受け入れたら、フーマは顔が綺麗だからあなたを妻にしたと、ただの女好きだとそう言われることになるわ。我慢できる話ではないでしょう?」
「そんな……」
ええと、それぐらい俺は気にしないんですが。
美人の嫁さん貰ったら、陰口ぐらい言われるでしょ。って、リニアが嫁になってくれるなんてそんな話なの?
「私が夫と結婚したのは……結婚しようとしたのはあくまで私の都合よ。私の願望を叶えるためにフーマを利用しただけ」
「なんだよそれ! 利用したって……それであたしに偉そうに言えるのかよ!」
「後悔してるわ」
がーん、と頭をハンマーで強く殴られた以上の衝撃を受けてしまう俺。
レヴィア、俺との結婚を後悔してたの?
やっぱりおっさんとじゃ嫌なのか?
それとも夜の性活になにか不満でも……。
「結婚しろといきなり押しかけたりせずに、もっと普通にフーマと出会えれば……ずっと憧れだった恋愛結婚ができたかもしれないのに!」
「へ? 後悔って、それ? フーマに不満があるとかじゃないのか?」
「あるわけないでしょう! この私を妻にした最高の男よ。あれ以上の男なんて存在しないわ!」
「惚気かよ!」
ぐふっ。さっきと逆の意味でおっさん精神的に死にそう。
最高とかあんなに評価高いなんて……恥ずか死ぬ。
うぅーと転げ回りたいのを必死に堪えるしか今はできない。
「知ってのとおり、私はリヴァイアサン。最強の生物よ。だからこそ恐れられ、力は求められても妻としては求められたことはなかった。フーマだけなのよ」
「レヴィア様……」
「私と結婚したことが知れ渡れば、フーマは私の力目当てに結婚したと言われるでしょうね。それだけでも我慢ならないのに、女好きと、ゼウスのように女の敵扱いされるのを許せるわけがない」
ゼウスさん、この世界だとそんな扱いなのか。
ってか、リニアは知らないけどレヴィアはリニアの父親がゼウスって知ってるよね、知ってて貶してるの?
「フーマはゼウスなんかとは違う!」
なんかって、キミの父親なんですが。
やっぱり教えないほうがいいか。知ったらショックが大きそうだ。
「そうよ。だからフーマがそう呼ばれないように、今の姿のうちに、眷属になる前に告白しなさい」
「ええっ! あ、あたしがフーマに近づくなって言うんじゃないのか?」
「仕方ないわ。フーマには眷属が必要なのだから。ただし! 眷属になるのは告白してOKを貰ってから。理由は今言ったとおりよ。わかったわね!」
げっ、最後の「わかったわね」はこっちを見て言ったよ。もしかして俺が盗み聞きしてるの、バレてる?
迷彩服が必要なのはムリアンコマンダーじゃなくて、俺の方だったか……。
「は、はい!」
「そう。わかったのならば次は、その覚悟を見せてもらいましょう」
ぶわっ、とレヴィアの気配が膨れ上がる。
瘴気を解放してるのか。最初からそのつもりでダンジョンから出たんだな。あの瘴気の量がダンジョンで解放されていたらすぐにダンジョンレベルが10を超えてしまっただろう。
「ぐっ」
正面でレヴィアに相対しているリニアには相当のプレッシャーがかかっているはずだ。
「震えているけど、逃げないことは褒めてもいいかしらね。でもそれだけじゃ駄目よ。私を満足させてみなさい」
「れ、レヴィア様と戦え、と?」
「フーマの眷属に相応しいか、そしてあなたのフーマへの想いがどれほどのものか、私に示してごらんなさい!」
レヴィアの言葉の直後、リニアが真上に吹き飛ぶ。
なんだ、今の?
俺にはレヴィアの右腕が揺らいだようにしか見えなかった。
打ち上げられたリニアがバトル漫画のように顔面から着地する。
「う、うう……や、やってやろうじゃないか!」
「生き延びたら、認めてあげるわ」
待て!
奥さん、今なんか聞き捨てならないことを言ってませんでしたか?
発売まで1週間……マジか




