プロローグ
思えば酷い人生だった。
俺は宮古 秀、21歳。男性。女性との交際経験無し。人生常に崖ぷっちの人間。
両親の顔は知らない。俺は歓楽街のごみ捨て場に捨てられていたそうだ。施設に入った後は職員から虐待を受け、その時出来た傷のせいで里親はなかなか見つからなかった。警察に行こうかとも考えたが、帰る場所が無くなる気がして行けなかった。
10歳の時、とある独り暮らしの男性の里子になったがそこでも虐待を受けた。ろくに服も洗えず、飯も食べれず毎日近所のごみ捨て場を漁っていた。そのせいで、学校では虐められ俺は疲れきっていた。虐められはしたが人を傷つけたことは無かった、他人を傷つけたらそいつらと同じになるような気がして。
なんども自殺を考えたが恐怖により断念した。
そんな俺もなんとか高校を卒業し、運良く田舎の農協に就職しやっと俺の人生が始まると期待に胸を踊らさせていたが現実は真逆の方向に進んだ。
就職して3年目、里親の借金の肩代わりをさせられ借金取りに追われた、当然仕事もやめさせられた。
家も持てず、その日の飯も得ることが難しい。生きることが辛い、でも死ぬのは怖い。
だがこんなことを思うのも今日で最後かもしれない。
何故なら、
「はぁ、はぁ、はぁ......。くっ、まだ追ってくる。」
「いい加減観念しろ!」
いつものように借金取りと追いかけっこをしているのだが、本日はいつもと様子が違った。場所はとある寂れたふ頭、そして借金取り達の手には無骨な黒い塊。そう拳銃が握られていた。
俺は逃げる、この一年間なんとか逃げ続けたが今回ばかりはダメかもしれない。何故なら、いつもより彼らは殺気だち、人数も多い。
まだ発砲はしてこないがそれも時間の問題だ。
「なっ!? 行き止まり!!?」
「追い詰めたぜ、ゴミタ。」
ゴミタ。そう俺を呼んだ借金取りは俺を学生時代に虐めていたグループのリーダー坂町京介であった。
彼は俺のことをゴミタと呼び、いつも追いかけ回しては寄ってたかり殴ってきた嫌ないじめっ子である。
ゴミタのあだ名の由来は、俺が中学の時、飯を得るためごみ捨て場を漁っていた所を見付けられてからこう呼ばれている。最初は抵抗していたが、そのたびに殴られたので諦めることにした。
「これでお前との6年間だっけか? まあいい、追いかけっこが終わりだと思うと、なかなか感慨深いものがあるなあ......。
まぁ、そんなこったどうでも良い。観念しな、逃げようなんて思うんじゃないぜ。」
坂町はいつもの俺を殴るときの顔でそう告げる。もうこの顔は見飽きてしまった。
だが、何故だろう。今日は少し寂しそうな顔をしていた。
「んで? 坂町、今日は俺をどうするつもりだ? いつものように仲間と一緒にリンチか?」
後ろにはコンテナ、左右にもコンテナ、前には京介ら借金取り達。前門借金取り後門コンテナ。逃げ道はない。
俺は諦め、せめてもの抵抗のつもりで飄々とした口ぶりで坂町に質問する。
「へっ、ゴミタのくせに。まぁいい、教えてやる。今日の遊びはお前の解体ショーだ。」
「なにいってるんだ、人の事を鮪みたいに言いやがって。昔、俺にやった皆の前で服を脱がすとかそういう系か? たっく、男ばかりでホモかよ。」
「バーカ。解体ショーってのは、お前の体をばらして使えそうな部分を売るんだよ。」
へっ? なにそれ、俺は聞いてないぞそんなこと! そんな死にかたは嫌だ。俺にはまだやりたいことがあるんだ。借金をなんとか返して、もう一度何かの職に就いて............普通の人生を送る。そして、優しい人と結婚して温かい家庭を作る。
こんな所で死んでたまるか! 俺は全身全霊、体に力を込めてコンテナにしがみつき、よじ登った。
京介達の何処か呆れたような顔が目に写ったがそんなこと気にしている場合ではない。
(よし、案外登れる。このまま......。)
バァン!!!
あれ? おかしい。右足に力が入らない。それに何か生暖かいものが右足から流れ出ている。咄嗟のことにコンテナから手を離してしまった。
俺はそのまま、コンテナから落下した。そして、気がついた右足に穴が空いていることに。そこから、おびただしい血が流れることに。
(そうか......俺撃たれたのか。)
撃たれたと認識した瞬間、焼けつくような激痛が体を貫き、俺は右足を押さえて転げ回る。
血が抜けていく不快に似た喪失感がなんとも気持ちが悪い。
「手間かけさせやがって、せめてもの情けだ。解体ショーの間は眠らせてやるよ。 よし、お前ら運ぶぞ。こいつに薬射っとけ。」
最後に見たのは、京介のどこか悲しそうな目だった。
俺は首筋にチクリとした痛みを感じると、そのまま意識を失い目を開けることはなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『おぉ......。我が子よ可哀想に......。』
母のように優しい女性の声が聞こえる。俺の人生に母はいなかったが何故かこの声には母だと感じてやまない安心感があった。
これが死ぬってことなのか? それにあの声は神様か? 思えば俺の人生良いことなんて一つも無かったな。
折角だ、神様だというのならお願い事の1つでもしておこう。
「もし神様ならお願いします。身に余る望みですが、どうか次の人生は朗らかで優しく、暖かい。そんな光溢れた人生にして頂けないでしょうか......。
そして、それらをもう二度と奪われないだけの力を。」
俺はすがるように、声の主に自分の望みを口にした。聞こえなくてもいい。最後の望みだ、少しのわがままを言わせて貰おう。
『わかりました。我が子よ、望みを叶えましょう。貴方に新たな人生を......そして、それを奪われないだけの力を差し上げましょう。正しく使いなさい。』
答えてくれた。もしかしたら、本当の神様なのかもしれない。神様なんて信じたことは無かったが、やはり神様は俺達人間のことを見ていてくれているのかもしれない。
「神様、ありがとうございます。答えて下さるなんて......。俺はその力を家族、友のためには振るうことを約束します。」
なら、俺は誓おう。必ず、家族を友を守ると、そしてそれらを奪うものは、どんな相手だろうと立ち向かい。うち倒すことを。
そして、平和な日溜まりのように暖かい人生を送ろうと。
『あらゆる逆境にいながらも、その清廉な魂は素晴らしいものです。それは貴方の美徳、どうかその美しい魂を濁らせないようにでは、行きましょうか。貴方の二度目の人生を!』
「はい、神様。次こそは必ず良い人生にしてみせます。」
ピコーン
《固有スキル『正義』を修得しました。》
《スキル『忍耐ex』を修得しました。》
スキル? どういうことだろうか......。まあ、いいか。次こそは必ず......。
意識が薄れていく、これが死ぬってことなのか。
来世は必ず......。
(確かに悪い人生ではあったが、最後の最後に良いことがあったな。)
それが宮古 秀が思った最後の言葉だった。