88、喧騒
悲鳴が聞こえてきた方向に向かうと、そこには既に人だかりが出来ていた。
中心でどうやら二人の男が言い争っているようだ。
片方が胸倉を掴み、まさに一触即発と言える。
「一体何があったんですか?」
カコが一番近くに居た野次馬の一人に何があったかを問う。
「いや、詳しくは知らないけど急にこうなったらしいよ」
「ふざけるな!」
その人の声を遮るかのように胸倉を掴んでいる男の怒号が響き渡る。
「かはっ……ふざけるな、とは何のことで? そもそも一体何を根拠にそんなことを?」
「惚ける気か!?」
胸倉を掴んでいる男は筋骨隆々、だがその身長は低く、口には立派な髭を蓄えている。
まさに俺の中の『ドワーフ』のイメージそのものだ。
対して掴まれている男はドワーフの男とは対照的だ。
肌、そして真っすぐに伸びた髪は雪のように白い。
そして何よりも目を引くのは整った顔立ち、そして少し尖った耳だ。
エルフかと思ったが、以前に見た時よりも少し耳が短く感じる、おそらくハーフか何かだろう。
「アラタ、どうする? 止めた方が良いんじゃない?」
「ああ、そうだな」
これ以上は殴り合いに発展する、そう考え俺達は間に入ることにした。
「おい」
「あ? 誰だお前は?」
「誰でも良いだろ、一旦少し落ち着け」
「部外者は引っ込んでろ!」
……ダメだな、完全に頭に血が上っている。
仕方がない。
「少し痛いぞ」
「がっ!?」
俺は王としての力を少し開放し、だが男の手がもげたりしないように気を付けながら胸倉を掴んでいる手を捻り上げる。
その痛みに耐えかねた男はエルフの胸倉から手を離した。
「げほっ、げほっ」
「大丈夫ですか?」
エルフの方はカコが見てくれている。
せき込んではいるがどうやら怪我はなさそうだ。
「ここは人の目が多い、良いから落ち着け」
「てめぇ、何をしやがる!」
ドワーフの標的はどうやら俺に変わってしまったようだ、血走った目で拳を振りかざしてきた。
だがその動きはお世辞にも洗練されたものとは言えず、せいぜいチンピラと言ったレベルの動きだ。
……対処は簡単だな、だが裏を返せば相手は素人で下手なことをすると怪我をさせてしまうかもしれない。
なら取るべき行動は一つ、気が進まないけどな。
「……っ」
「アラタ!」
その拳は俺の頬へと吸い込まれ鈍い音を響かせながら周囲から小さな悲鳴を出させた。
けどまあ、全然痛くないな。
あのシスターの一撃に比べれば遥かに劣る。
「……あ」
ドワーフも俺を殴ることにより少し我に返ったようだな。
その顔が苦虫をかみつぶしたような顔になっていく。
「まあまあ、な? 落ち着けって」
「……ちっ」
……よし、とりあえずは落ち着かせることが出来たな。
「カコ、そっちの人に怪我はないか?」
「うん、大丈夫だったよ」
「そうか……と言うわけだ、ここはもう恨みっこなしにしないか?」
「……」
「あんたもそれで良いか?」
「……ふん、まあ、あなたがそう言うのなら構いません」
「そうか、あんたもそれで良いか?」
「……構わない」
「ふん、その人に感謝するんですね」
「……」
そう言ってエルフの男は去っていった。
……とりあえずはこの場は収まったな。
「アラタ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「……そう? 少し赤いけど?」
「本当か? まあ、そのうち治るだろう」
「……なあ、ちょっと良いか?」
声に振り替えるとその声は件のドワーフだった。
ただしその顔は血走って怒り狂ったものではなく、気まずく思っているかのようなものだった。
「どうした? まだ何かあるのか?」
「いや、そうじゃない……殴ったりして済まなかった」
「ああ、別にこれぐらい良いさ」
「お詫びと言っては何だが、付いて来てくれないか? 治療させてくれ」
「……そんな大した怪我じゃないんだけどな」
「いや、なら何か奢らせてくれ、昼食はまだか?」
{……どうするの?}
{このまま押し問答をしても仕方がないだろう、引き下がらなさそうだし}
{……そうだね}
「良いのか? ならお言葉に甘えて」
「この先に旨い食堂があるんだ、付いて来てくれ」
そう言ってのっしのっしとドワーフは歩を進めていった。
{やったな、飯代が浮いたぞ}
{……厄介ごとに巻き込まれなければ良いけど}
{いや、まさかそんなわけないだろ}
流石に無いよな?
……無いよな?